映画・ドキュメンタリー

24. September 08

【上映会】 映像でメコンを渉る 第3回 『水の恵みと人々、カンボジア』(メコン・ウォッチ事務所・御徒町)

 メコン・ウォッチでは、これまで収集してきた映像資料や作成したドキュメンタリーを皆さまと一緒に鑑賞する会を定期的に開催していきます。第3回は、カンボジアの川や湖での漁業に関する作品をご覧いただきます。英語字幕の作品ですが、カンボジアや漁業に関心のある方は英語が苦手でも十分興味を持って見られると思います。皆さまのお越しをお待ちしています。

■日時:2008年10月3日(金)18:30開場、19:00上映開始、終了予定20:30
■場所:メコン・ウォッチ事務所(JR御徒町駅より徒歩5分)
 台東区東上野1-20-6 丸幸ビル2F(1Fがローソン)
 地図:http://www.mekongwatch.org/images/map.png
※会場の場所が少々わかりにくくなっております。地図をよくご確認の上お越しください。
■参加費無料
■参加申込:事前にご連絡下さい。お申込みの際には、お名前、ご所属、緊急連絡先、メコン・ウォッチ会員の方はその旨もお伝えください。定員25名(先着順)。定員を超えた場合のみ、こちらからお断りの連絡をさせていただきます。
■申し込み・問い合わせ:(特活)メコン・ウォッチ(担当:木口、木村)
 Tel: 03-3832-5034 Fax: 03-3832-5039
 Eメール: event@mekongwatch.org
 Website: http://www.mekongwatch.org

【上映作品】
「洪水が引いたあと」(原題:"When the floods recede") 55分
 監督 Peter Degen, Pocho Alvarez
 制作 Peter Degen, Peter Swift

 カンボジアには「水のあるところには魚がいる」ということわざがあります。人々は季節によって溢れかえる水の中で暮らしていますが、「洪水」は人々に豊かな漁業資源をもたらすものでもあるのです。
 上映作品は、トンレサップ湖周辺を中心に、漁業や人びとの生活の風景を生き生きと鮮やかに描いています。特にさまざまな形の漁具を使って魚を捕る風景や、農民が牛車を連ね、プラホックという魚の発酵食品を作りに水辺に向かう映像は一見の価値があります。しかし、このような生活も近年の様々な社会変化により変容を強いられており、住民は過酷な現実に直面しています。
 制作者のPeter Degen氏はメコン河委員会漁業プログラムの元職員であり、現在もカンボジアで漁業の専門家として活躍しています。Degen氏の深い洞察と美しい映像、住民の語りをお楽しみください(カンボジア語・英語、一部英語字幕つき。音声には多少雑音が入ります。)

■メコン・ウォッチには活動の中で収集した映像資料や、プロジェクトで制作したドキュメンタリーなどの蓄積があります。人々の暮らしを紹介したもの、社会・環境問題を取り上げた作品、研究機関の制作した資料など、作られた背景や内容、視点は様々です。これらは商業ベースにのる可能性が低く、一般の方の目に触れる機会はほとんどありません。メコン圏への理解を深めていただくため、これらの資料を生かして定期的に鑑賞会を開催していきます。

※この会では、上映作品の選定・準備のお手伝いをしてくださるボランティアを募集しています。月に2回ほど事務所に集まっていただけることが条件です。ご関心の方はメコン・ウォッチまでご連絡ください。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

18. September 08

【映画】井口昇監督 『片腕マシンガール』 (2008年)

Photo_3    ヤクザ一家に家族や友人を皆殺しにされた少女が,マン・マシーンとなって敵どもを豪快に処刑していく『キルビル』みたいなカッコ良い映画。
 脚本・監督を務める井口昇は,長らくAV業界でキャリアを積んできたつわものである。その昔は,にっかつロマンポルノの現場から,優れた映画人を輩出していったように,現在はアダルト業界からも異色のクリエイターが生まれてくる時代である。また一方で,アダルト作品の制作の現場にも,一級のクリエイターが集まることも珍しいことではない。例えば,海外でも評価が高かった前田俊夫原作のアニメ『超神伝説うろつき童子』の制作スタッフなどがそうで,特に作画スタッフには日本アニメの世界で数々の実績を積んできたクリエイターたちが集まり,第1作から音楽を手懸けている天野正道も,現代音楽や吹奏楽の分野で非常に高く評価を受けているわが国を代表する現代作曲家のひとりである。また,アダルトレーベルで有名なKUKI(九鬼)のスタッフの中にも,昔から暗黒舞踏や現代アートに興味を持っている人もいて,そんな噂を聞きつけて,だいぶ前になるが私もKUKIの制作現場を訪ねたことがある。
 当時(1990年初頭)はちょうど,現代アートのジャンルにインタラクティブ(双方向性)やヴァーチャル(仮想現実)という新しいインスタレーションの概念が台頭してきた頃で,ネットがまだ無かったあの時代では,誰もがそのような事を簡単に出来るわけでもなく,その表現スキルは目新しい表現としてもてはやされた。しかしすでにゲーム業界などではこのインタラクティブや特にヴァーチャルという概念は,技術的にも現代アートとは比較にならないほどはるかに進んでいて,その中でも新しい試みを牽引していたのは,間違いなくアダルトゲーム業界である。当時私がKUKIのスタッフルームで見せてもらったのは,パソコンのマウスの動きに連動して画面の中の男性の下半身が動くという極めてシンプルなシステムのものであった。これを体験した時の印象は,世間一般でいうところの卑猥なもの,あるいはいかがわしいものというよりも,例えば,メディアを介して分断された有機端末としての身体の在り様を突き付けられた感じである。そしてマニュピレータの役割を担うマウスをつかんだ瞬間に,自分と,それから画面の中に存在する仮想の身体が一つにつながり,ついには身体の境界が曖昧になっていく。こういった身体感覚は,日常で普通に暮らしているだけではなかなか感じることはできない。これはまさにクリエイターの創造の産物であり,アダルト作品の制作スタッフが常にこんな面白いことを考えていることに,私は非常に新鮮な感覚を得たのを覚えている。
 彼らに共通して言えることは,飽くなき新たな身体性の追求である。仮想の世界で新たな身体を創ることであり,それが芸術表現であるのか否かの問題ではない。
 こういう状況の現場を実際に見てきた私にとっては,井口昇という一人の映画クリエイターがAV業界出身であっても,何ら驚かない。むしろ,そこでどのような身体表現を培ってきたのかに興味がわく。
 『片腕マシンガール』もまさにそんな作品である。この映画は全編を通して,日常生活を送っている人間の想像をはるかに超えた,あらゆるパターンの外傷性侵襲に見舞われた身体を体感することができる。主人公のアミの左腕が煮えたぎった油で天婦羅に揚げられたり,背後から包丁でさされた人間の喉から血液とともに未消化の胃の内容物が吐き出されるシーンなど,斬新な猟奇的表現が実に多い。これらの画面から伝わる鈍痛,穿孔痛,圧迫痛,刺激痛などを想像しているうちに,人間の身体とは別の見方をすれば,身体各部に高性能のセンサーをネットワークさせた有機端末でもあることがわかってくる。そしてその有機端末が壊れる瞬間,つまり死ぬ瞬間に起こる,まるでケンシロウに経絡秘孔を突かれた時のような無機質な脊髄反射が時に滑稽にうつるのである。
 この作品を見て,このようなある意味,身体というものを突き放して遊べる感覚に陥るのには理由がある。それは惜しみないスプラッター・シーンや身体崩壊シーンが続出するにもかかわらず,その「場」の空気というか,例えばコンクリートの廃墟があったり,いかにも今日的なニュータウンの核家族や,人の気配がまったくない寂れた北関東のようなロケーションが,実に乾いた空気を作り出しているからである。本来ならばもっと湿度の高い空間でこそ,このような作品の生々しさやエロスは伝わってくるものだが,あえてそれをやらずにクールな空間におさめたことに,この作品の明るさと楽しさがある。
 キャラクターもとても魅力的で印象に残る人たちばかりである。その中でもやはり良い味を出しているのは,町工場で働く善良なスグルさんだ。彼はヤクザ一味の抗争に巻き込まれるまでは,妻とともに小さな町工場を細々と経営し,一人娘とともにつつましく暮らしてきたような人だ。その彼が娘を殺されたことを機に,静かに復讐の炎を燃やしていく複線が,のちに拍手喝采でもって現れる怒涛のカタルシスを補強しているのである。
 いつもは都会の片隅でひっそりと生きている小市民のスグルさんが,娘の死を機に復讐を決意し,ただ黙々と工場の片隅で必殺兵器を作っている姿を見るにつけ,その兵器が一発目の咆哮をあげる瞬間が非常に待ち遠しい。このような気持ちになったのは,塚本晋也監督の『バレットバレエ』以来である。しかもここに至るまでに随所に古き良き日活時代を思わせる人情的シークエンスが散りばめられている。それゆえに,これから始まる残忍な処刑さえも,興奮と拍手のうちに共感を得る仕組みになっているのだ。まさに,我慢に我慢を重ねて耐えてきた状況から,ついに“やっちまいな!”という場面が訪れるのである。
 善良なスグルさんが作った必殺兵器とは,非常に殺傷能力が高い身体装着型のマシンガンとチェーンソーである。それは自分の命と引き替えにアミと妻のミキに託される。そしてそれはヤクザのリンチで片腕を切り落とされたアミの身体と一体化して最初の咆哮をあげるのである。切り落とされた片腕の代わりにマシンガンという新たな身体を獲得したアミは,狩りを楽しむプレデターのように敏捷に動き回ったかと思えば,サイコガンを持ったコブラのようにヤクザのボスの前で仁王立ちしてマシンガンを構える。この復讐のマン・マシーン化したアミのえじきになったヤクザたちは,ワルに相応しい最もむごい死に方をしていくのでカタルシス倍増なのである。
 この物語でもうひとつ面白いところが,アミのマシンガンに対抗して,非常にローテクな殺戮武器がでてくるところだ。これらの武器はマシンガンやチェーンソーほどの殺傷能力はなく愚鈍な印象なのだが,これがワルたちの手にかかると実に生々しく邪悪になる。スグルさんの妻のミキの脚を食い千切ったのも鉄で出来た虎ばさみのような武器である。ワルたちの手にする武器の数々は,「投げる」「振り回す」「突き刺す」「叩きつける」といった古代ギリシャ時代の兵士の野蛮な武器の面影がある。アミのマシンガンやミキのチェーンソーが失った身体の一部だとしたら,ワルたちが繰り出すローテク武器は,人間の原初的な暴力性をその行為で象徴的に表したものである。
 人類が初めて手にした武器が「石」であったように,あの時代から人間の考える残虐な行為の数々は今も同じである。このような武器の中で,唯一アミのマシンガンに対抗できそうなのはヤクザのボス・木村の妻スミレが両胸に装着した乳輪様のドリルである。これを男性が装着するとすれば,塚本晋也監督の『鉄男』と同様に擬似的男根として局部に装着されるのだろう。どうやらこれは男性諸兄の,いわゆる永遠の“男のロマン”であるらしい。
 実はこの武器こそが,これはアミやミキがマン・マシーンとなって装着する兵器と唯一互角に戦えそうなのだが,前者は死んでいった身内の怨念や失った自分の身体を補遺する身体の一部であるという執念が宿っている。スミレのドリルが敗れた原因の理由を探せば,死者の怨念とそれを弔う者の執念が宿った兵器には勝てなかったということではないだろうか。
 それから,上映中に非常に象徴的だったのは,続々と登場するワルたちの処刑シーンに,会場から拍手や歓声が巻き起こったことである。この事態は,私が足を運んだシアターだけの特有のものなのか,それとも全国的にこのようなことが起こっているのかは定かではないが,日本のシアターでこのような光景を見たのは初めてなので,こちらの方も新鮮であった。
 近年このような作品は,わが国で猟奇事件が起こるたびに批判の対象とされてきた。そのたびに,どうみてもアートが何たるかを微塵も理解していないような社会学者や多少左翼がかった精神科医たちは,たちまちこのような作品に病根を求めようとしてきたわけだが,それはいささかナンセンスな考えである。ホラーやスプラッターというものは本来,辛気臭い空間で一人楽しむものではなく,こうやって大勢で盛り上がってカタルシスを感じながら楽しめるものであり,われわれはその健全性の中に,クリエイターの表現に内在する猟奇性をエンターテインメントとして味わうのである。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

15. August 08

【試写会】『マシュー・バーニー:拘束ナシ』(映画美学校第2試写室)

Photo_2
 美術家マシュー・バーニーのドキュメントフィルム『マシュー・バーニー:拘束ナシ』が京橋の映画美学校の第2試写室で上映された。マスコミ試写であるこの日は,40席ほどの試写室はすべて来場者で埋まり,通路に座布団を並べた桟敷席まで用意するほどの盛況ぶり。マシュー・バーニーの作品が今年の横浜トリエンナーレにも出品されることもあって,各界からの関心の高さがうかがえる。またここの試写室は京橋,銀座界隈に多く残っている老舗の工業ビルの中にある。その地下は船のボイラー室を思わせる堅牢な作りになっており,偶然にも今回上映される作品の雰囲気に見事にマッチしていた。
 マシュー・バーニーの作品を見るのは,私も日本作家の一人として出品していた現代アートの国際展『人間の条件』展(1994年・青山スパイラル,キュレーション=南條史生)で,ビデオアート作品を見て以来,実に約10年ぶりである。当時彼の作品を見たかぎりは,あまり強い印象は残っていなかったが,今回の最新ドキュメントフィルムを見ることによって,彼の当時の作品から一貫してコンセプトにあった「拘束からの解放」というテーマがより鮮明になったように思う。
 『マシュー・バーニー:拘束ナシ』は,スポーツとアートの境界線を横断するようなマシュー・バーニーの「拘束のドローイング」シリーズの9番目にあたる作品の制作過程を追ったドキュメントフィルムである。「拘束のドローイング9」では,彼はパートナーのビョークとともにわが国の調査捕鯨船「日新丸」に乗り込み,撮影スタッフのみならず,捕鯨船船員らの協力も得て,油性樹脂の巨大な抽象彫刻を制作する。この彫刻は,操業中の「日新丸」の甲板に数日間放置された後,樹脂を囲っていた金属の型を外し,その抵抗の開放によって固形化して見えた樹脂の彫刻が自重により変形,崩壊していく様子をカメラに収めている。作品で使用された油性樹脂は,鯨の皮下脂肪組織を暗示しているが,実際には鯨の皮下脂肪組織というよりはヒトの体脂肪組織や,あるいは排卵期を経過した女性器から分泌される粘張度の高いバルトリン腺液やスキーン腺液などの分泌液のようでもある。その樹脂の中にマシュー・バーニーが顔を埋めるパフォーマンスを過去に行ったフィルムを見ていると,その行為自体に彼の個人的な性的行為を連想してしまうのである。このドキュメントフィルムの中には,そのような性的メタファとなり得るような要素が多く登場し,それ自体がマシュー・バーニーが一貫して描いている身体性の認識と繋がっていくのである。
 「拘束からの解放」をテーマに掲げたマシュー・バーニーの一連の仕事の源流はスポーツにある。実際のアートワークでは,アトリエに設置された勾配のある板の上を疾走したり,ジャンプしたり,中吊りになったりしてドローイングを行うが,これら全ては彼のアスリート的視点に立った行為である。つまり,限定された空間と動きが制限された身体で行うアートワークは,彼にとっては困難を超えるための“トレーニング”であり,それは例えばマラソンの高地トレーニングや,水流抵抗をつけたプールでトレーニングする競泳選手と同じである。これらの発想は,けしてアートワークの視点から記号的に立ち上がったものではなく,学生時代は実際にアメフトのプレイヤーであったマシュー・バーニーが,“アスリート”としてスポーツのフィールドに立ってアプローチしたものである。そこで目指しているのは,様々な負荷で拘束された身体がやがて抵抗を解き放ち,そこで一気に爆発するカタルシスの類なのであろうか。もしそうならば,これは一流のアスリートが必ず経験していく通過点の一つであり,それは即ち,例えば阪神タイガースの金本や水泳の北島やフィギュアスケートの浅田真央が求めるような究極の身体の獲得へと必然的に繋がっていくだろう。この時期,奇しくも五輪開催中にこのようなドキュメントフィルムを見れたことは実に興味深い。
 ただそこで問題となってくるのは,拘束から解放されて究極に達した後の身体がどうなるかということである。マシュー・バーニー自身は,それを「身体の崩壊」という言葉で表現している。例えば,サイドスローの速球派のピッチャーが渾身の投球をする時に,その遠心力と抵抗で,腕の血管が切れてしまうことがあるのを彼は知っているだろうか。「日新丸」の中で制作した樹脂彫刻が,金型を外したとたんに自重で崩れていく様子は,まさに彼が言っている「崩壊」という言葉をそのまま描いているように思えた。
 またこの作品の中には,わが国の捕鯨文化に対するマシュー・バーニーの理解や考察も非常に詳細に描かれている。とても意外であったのは,彼が欧米文化圏にありながら,わが国の捕鯨文化を感傷的に捉えることなく,古来からの民俗文化として淡々と受け入れている部分である。『マシュー・バーニー:拘束ナシ』の中では,その捕鯨文化の中で伝承されてきた民俗芸能をベースにしたいろいろなパフォーマンスが見られるが,そこで登場する鯨は動物としての鯨ではなく,あくまでも資源としての鯨なのである。彼は,わが国の資源エネルギー産業に化石資源が台頭してくるまでは,鯨が油などの資源を支えるための重要な役割をしていたことにも言及している。そして彼はしばしばこのドキュメントフィルムの中で自分のことを“客人”と呼び,そして“客人”として船に上がるために,自分も鯨になるというのである。おそらくは鯨のいろいろな部位でできた装身具を身にまとったマシュー・バーニーの姿は生贄のようでもある。確かに,わが国のマタギなどの狩猟民俗文化では,しばしば人間に殺される動物に扮して魂を清めるという行為が伝承されているが,彼がそこまで知っているか否かはさだかではない。
 そしてエンディング近くで,やや混濁したリンパ液が満たされたような有機的なタンクの中で,生贄のように差し出された模造の下半身が切り裂かれるカットが挿入される。そのタンクの中ではCG処理で映像化された少量の血液が凝固しながら浮遊している。人間の身体ももはや単なる油脂と蛋白質の塊でしかないようなことを思わせる効果的なカットである。それはフィルムの中に過去のアーカイブとして焼き付けた船上での実際の鯨の解体シーンや,船上に放置された樹脂彫刻が崩壊していくシーンとも同質の質感であり,これらがみごとに符号してくる。特に鯨の解体シーンの,表面の黒い皮膚を切開すると同時に乳白色のぶ厚い皮下脂肪が露出して,その下の内臓組織が熱気を立てて放出される様子は,マシュー・バーニー的な見方をすれば,それは,皮膚,脂肪組織,筋肉組織の圧力で今まで所定の空間に配置されていた内臓が,切開による体内圧の解放によって一気に外に流れだし,崩壊していくということである。つまりこのカットでようやく,マシュー・バーニーが頭の中で描いた複雑な構造のデッサンの一端──ようするに,マシュー・バーニーが「拘束のドローイング」でコンセプトとしてきた「拘束の解放」という一貫したテーマと,彼がわざわざ「日新丸」へ乗り込んで試みた鯨の身体を物語の中心に据えた船上でのパフォーマンスとの繋がりが見えてくるのである。それは彼の作品の中ではいつにもまして難解な構造であり,この作品に参加した「日新丸」の船員らにも,彼がやりたかったことの意図や意味を理解した人はいないかもしれない。しかし少なくても,完成されたフィルムを見た人たちの中から,“偏見に根差した日本文化の描き方ではなくて,日本文化はそれとしていったん受け入れ,自分なりの理解のうえ,それを表現しているのではないか”という声も聞かれたことも事実である。そういう意味でも,本作品が横浜トリエンナーレという場で多くの日本人の目に留まる機会を得たことは,彼にとっても良いことであろう。

今秋,渋谷ライズXにてロードショー
横浜トリエンナーレにも出品予定

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

27. Juli 08

【映画】河崎実監督 『ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発』

Photo_4
 河崎実監督の最新作『ギララの逆襲 洞爺湖サミット危機一発』が封切された。一言で言うと,この夏最高のバカ映画である。私はこういうバカ映画はそれなりにカタルシスがあって大好きだ。
 今回の作品は,かつて1969年に松竹で制作された『宇宙大怪獣ギララ』を,設定も一新してリメイクされたものである。前作同様にギララが宇宙怪獣であるということや,ギララの細胞核が宇宙胞子という未知のおそらく真菌類なんかで構成されているということは改変されていない。
 また,物語の設定や公開時期を先のG8洞爺湖サミットにターゲットしてきたのも,かつての昭和の怪獣映画の伝統的様式にのっとっており,今は大人になった往年の怪獣映画ファンも喜んでいることだろう。この部分だけでも河崎実監督のやる気まんまんなところがうかがえる。
 “昭和の怪獣映画の伝統的様式”というのは何かというと,この場合,スクリーンに登場する新怪獣が,旧来の名所旧跡のみならず,新たにお目見えした観光スポットや話題の建物を壊したり,世界的に注目が集まる行事の会場に怪獣が襲来したりすることである。例えば,大阪万博が舞台となった『ガメラ対大魔獣ジャイガー』(1970)や,新都庁舎が派手に壊された『ゴジラ対キングギドラ』(1991),横浜みなとみらいが舞台となった『ゴジラ対モスラ』(1992)などがそれに相当する。このような場合,壊されるビルの一部のオーナーから歓迎されなかった1984年版の『ゴジラ』は例外として,怪獣映画の舞台となった町からはおおよそ喜ばれることの方が多い。その理由の一つとして,怪獣に壊されることで,その建物に観光資源としての一種の“箔”がつくと考えられているからだ。だから,今度はぜひわが街へ怪獣が来て欲しいと考えている自治体もあると聞く。
 昭和時代よりも怪獣映画がめっきりと少なくなった現在でもその伝統は続いていて,例えば近年では,Vシネマとして制作された変身ヒーロー『星間特捜アサルトマン』が,静岡県熱海市を舞台にロケを行ったのが私の記憶には新しい。これは熱海市民には大変好評で,今年8月6日・7日の両日に熱海市で開催される『あたみ初川納涼市』という地元の祭りで,アサルトマンがヒーローショーのゲストとして熱海市から招待されている。(問合せ/熱海市役所産業振興課0557-86-6203,http://www.ataminews.gr.jp/news/news0.html
 また怪獣映画の伝統的様式として次にあげられるのは,怪獣がこの世に存在しているという約束された虚構空間で展開される数々の場面である。防衛隊から任命された科学者が,オシロスコープなどの非常にアナログな装置を使っていて,その装置からまるで意味不明な不思議な音がしていたり,厳重なセキュリティ・システムをすり抜け,政府の中枢機関にいとも簡単に潜り込んでいる子供がいて,その子供が勝手に怪獣の名前を命名したりする。(今回の場合は,目がギラギラしているからギララだそうだ)また,なくてはならないのは,怪獣と非常に関わり深い未開の集落があって,そこにたまたま迷い込んだ記者が,ものすごい形相をした集落の人々から怒りを買うが,そこの子供とは仲良くなり,怪獣退治の糸口を発見するといった場面である。これらの場面は怪獣映画の荒唐無稽な作りもの感を際立たせるものであると同時に,われわれ見る側が,この虚構空間で,いかに物語の世界観に浸れるかという「余白」を提供しているのだ。このようなシークエンスで,“こんなことあるわけない”,“こんな展開は都合よすぎる”などと「正気」に戻ってしまった不幸な人は,怪獣映画の様式美を味わう前に,それが作り出す壮大な虚構空間からただちに脱落していくだろう。

 怪獣映画には,社会風刺などの強いメッセージが込められることも多い。それはシリアスに社会性を帯びたメッセージであったり,またはコメディーの手法で表現される場合もある。今回の本作品の俳優陣も,ビートたけし,ザ・ニュースペーパーといった芸人を重要な役どころで起用したのも興味深い。わが国の怪獣映画において物語の中でコメディー的シークエンスが挿入される時,多くの場合それは芸人ではない映画俳優の演技が担ってきた。今回はその役目をまさに「笑い」や「風刺」や「ナンセンス」のプロである芸人に与えているところに,河崎監督の狙いがある。
 以前私はこの作品がクランクインされたニュースを耳にした時,そのキャスティングを見てある種の不安を覚えたと書いた。それは,社会風刺コント集団であるザ・ニュースペーパーを指してのことだ(参照:http://ringer.cocolog-nifty.com/kunst_und_medizin/2008/04/post_306a.html
 お笑い界には,彼らの他にも社会風刺をネタとした芸人たちが何人もいて,例えば松尾貴史や鳥肌実などはよく知られている。彼らがザ・ニュースペーパーと断然に異なる部分は,松尾貴史や鳥肌実は,「お笑い」という虚構の中で際どい芸をやることである。特に,『朝まで生テレビ』の各パネラーの形態模写ならぬ思想模写を演じた松尾貴史の芸を見た時に,これはナンセンスの頂点だとも思った。これに対してザ・ニュースペーパーは,ネタが社会風刺であるのは良いとして,彼らから派生したユニットのグループが,サヨクのリアル集会にも実際に登壇し,そのサヨク集会の主張に沿った芸を披露するということを過去にやっているのである。わが国には表現の自由があるので主義主張についてはとやかく言うつもりはないが,そういう行為自体が「お笑い」として面白くないと言ったのだ。なぜなら,社会風刺というのは「芝居」や「お笑い」という完全なる虚構空間でこそ,そのナンセンスさやバカバカしさが発揮されるものであり,それを同じ思想の者だけが集まった実際のサヨク集会でやってしまったら,それはもはやギャグでも笑いでもなく,単なるプロパガンダに成り下がるからである。本来ならばここで,例えばパンク・ロッカーの忌野清志郎が,かつて歌番組生放送中にゲリラ的に歌った“FM東京はオマ○コ野郎!”みたいに,そのサヨク集会にまじめな顔をしてぞろぞろと集まってくる“自称”文化人やら“自称”教養家庭の主婦やらプロ市民,さらには集会責任者らをもコケにして,笑い飛ばしてしまうのが「お笑い」としてのスタンスではないかと思うからだ。しかし,本作品に限り,私が心配していたことは杞憂であることがわかった。やはりザ・ニュースペーパーのような芸風の芸人たちは,映画や芝居という完全なる虚構空間でこそ,その力とギャグセンスが絶大に発揮されるからだ。今回は松下アキラが演じる小泉さんや福本ヒデが演じる安倍さんが,良い味を出しながら随所で笑わしてくれる。脚本自体も非常に際どく,G8首脳たちの腹黒さも十分に表現している。特に,この時期に北朝鮮のテポドン・ミサイルもお笑いにしてしまったり,そもそもギララが地球に飛来した原因が中国にあり,G8に参加していない中国が,各国首脳にまるで欠席裁判のように叩かれまくる様子はよくやったと思う。
 俳優陣ではなんといっても「東スポ」記者役の加藤真希が良い演技をしている。(余談だが,私のPCは,「とうすぽ」を一括変換すると「東スポ」とちゃんと出るのにも,今驚いた)
 怪獣映画における「良い演技」とは,もちろん非常に真剣にバカを演じることである。演じる人間側に,少しでも照れや恥ずかしさがあったら,怪獣映画はたいてい失敗する。しばしばエキストラを大勢使った一般人の避難シーンなどにおいて,怪獣から逃げている人たちが,なぜかスクリーンの中では照れ隠しなのか半笑いしていることがある。これから怪獣に踏み殺されるかもしれないという時に,あの表情はないだろう。怪獣が存在しているという虚構空間にいるのだから,その狂気を失ってはいけないのである。今回,その人間の狂気の源となっているのは集落の守り神・タケ魔人に捧げるアイヌ風の「舞い」である。密林の中にひっそりと佇む神社の庭で,家長制度の中で生きてきた集落民が輪になって踊る様は,「祭り」というものが本来持っている原初的かつ男根原理主義的な「野生」が感じられ,それが洗練されたグローバリズムを標榜するG8サミットとは対極をなしているので面白い。このような空間の境界に加藤真希が迷い込み,真剣な演技をみせるのだから,面白くてしかたがない。特に防衛隊のジープの後方から身を乗り出して「タケ魔人サマー!」と叫ぶシーンは,今思い出しても笑いがこみあげてくる。ほんとうに,よくここまで演じてくれたと思う。彼女の“名演”なくして,「ギララVSタケ魔人」のカタルシスは得られなかっただろう。
 音楽もこれがまた良い。オープニングから変拍子でたたみかけるテーマが伊福部マーチを思い出させる。リズムの後半にアクセントがくるマーチは,伊福部昭もおそらくインスパイアされたであろう力強いアイヌの舞曲のようだ。

 さて 『ギララの逆襲』と銘打っているとおり,この作品の主役であるギララについてもふれることにする。
 今回のリメイク版で改めて見ても,ギララのデザインはやはり秀逸であると思った。宇宙怪獣の名に相応しく,地球上のいかなる既存の生物からもイメージを由来されることはない。頭頚部の鋭角的なフォルムや頭頂部にあるセンサー状の感覚器官が,当時の昭和の時代の我々が,宇宙的なるものに対してイメージしたデザインである。これを見ると怪獣映画というものが,わが国固有の文化であることがわかる。
 怪獣,すなわち空想上の化け物は,もちろん西洋世界でも古代から登場し,キリスト教絵画でも画家ウッチェロなどが聖ゲオルギウスと竜の戦いをモティーフにした作品を描いている。
 怪獣は大航海時代を迎えても,文明を持った人類にとって未開の地が無くならない限り,イメージが枯渇することなく描かれてきた。そこでわが国の怪獣文化がすごかったのは,科学文明が発達して先端情報時代を迎えて以降,その想像の源は,伝説や史記ではなく,一人一人その才能が突出したクリエイターたちが担ってきたことである。ウルトラシリーズの怪獣や宇宙人のデザインを手掛けた成田亨や池谷仙克,等身大の変身ヒーロー作品で実に多彩で魅惑溢れる悪役キャラを描いてきた出渕裕や雨宮慶太らがまさにそうである。これは他の国には類を見ないことであるから,私は怪獣映画をわが国固有の文化と呼ぶのである。
 近年,わが国の怪獣映画に多大にインスパイアされたと思われる化け物映画がいくつか公開されてきた。『クローバーフィールド』(2008)や『グエムル』(2006)などが記憶に新しい。しかしここに登場する制作者たちがいわゆる“怪獣”と称しているものは,実は怪獣ではなくただの醜い化け物である。設定もデザインもリアリズムを求めすぎる余り,地球上にすでに存在する既知の生物の奇形としか映らない。そして存在そのものが初めから人類の敵である。これは西洋文化における「病」のとらえ方と実によく似ていて,「病」も「化け物」も基本的には外部から侵略してくる「他者」であり,容赦なく駆逐する対象なのである。わが国の神社が,例えば山形地方の「ツツガムシ」の事例のように,「病」も「カミサマ」として擬人化して祀ることで,なんとか「病」と「人間」との間に講和を築こうとしてきた日本人の気質とは明らかに異なるのである。そのような理由から,私は『クローバーフィールド』や『グエムル』に登場する化け物にはまったく感情移入できない。むしろ東宝が北朝鮮と合作した『プルガサリ』(1985)の方が,よほど怪獣映画としてのカタルシスを感じる。こちらはまさしく「怪獣」である。人間よりもプルガサリを思わず応援してしまいたくなる。
 今回のギララも同様で,G8首脳もそこそこがんばれ! ギララはもっとがんばれ! とギララも応援したくなる映画だ。昔,テレビでウルトラマンを見ていて,尻尾が半分焼け焦げながら大阪城を壊して暴れるゴモラを見て,ゴモラがんばれ! ウルトラマンなんて倒してしまえ! と思った人は1人や2人,必ずやいるはずだ。怪獣映画の原点はここにある。怪獣が一方的に悪者になるのは化け物映画であって怪獣映画ではない。

 最後に,怪獣映画を楽しく見る方法をひとつ提案する。それはエンドロールが流れるまでは,けして「正気」に戻るな,ということである。閉塞感ただよう今の世の中で,せめて夏休みだけでも怪獣映画を見て,日本人にはカタルシスを感じて欲しい。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

18. Juni 08

【DVD】『28週後』(2007年 イギリス・スペイン作品)

 未知のウイルスの感染の恐怖を描いたパニック・ホラー作品。話題を呼んだ前作『28日後』の続編ともいうべき作品である。
 この作品に登場するレイジ・ウイルスなる病原体は,もちろん物語上で設定された架空の病原体である。潜伏期間が非常に短く,感染者の血液,体液と接触した瞬間に体内でウイルスが爆発的に増殖して,たちまち発症する。その間約数分あるいは数秒である。実際にこのような性急な症状をあらわす病原体は地球上には存在しない。
 ウイルスの存在意義,またはその目的───つまりは自分をより広範囲に拡散・伝播させるということを考えた場合,そのウイルスの乗り物,あるいは容器である人間の身体は,潜伏期間中はある程度の堅牢さがなければならない。 したがって,治療法や診断法も確立されてない未知のウイルスは,潜伏期間が長ければ長いほど彼らにとっては有利であり,広範囲に拡散してからではウイルスを制圧することはより困難になる。その点を考えると,レイジ・ウイルスの場合は,初動さえ誤らなければ,広範囲に伝播する前に制圧することは容易である。(ただし,多くの犠牲者を出すことにはなるが)
 このように公衆衛生学的観点から『28週後』を見た場合,ウイルスの存在には些かリアリティに欠けるのだが,それとは別に,人間が想定外の事態や未知の恐怖にさらされた場合に起こりうる一種のパニック状態については,未知の病原体という記号を効果的に使いながらうまく描けていたように思う。

 『28週後』を見ていて,実在の病原体の恐怖を描いたある2つの作品を思い出した。ひとつは狂犬病ウイルスを題材としたスティーブン・キング原作の『クジョー』(1984年・アメリカ)と,もう一作品は破傷風を題材とした『震える舌』(1980年・松竹)である。この2作品は,実在する病原体の特徴を臨床学的にも非常に正確に描いており,単なる恐怖映画を越えてしまった恐ろしささえある。わが国においては,戦後直後からの防疫によって,今日では狂犬病については完全制圧したことになっている。しかし破傷風についてだが,この病原菌は我々が日常的に目にするごくありふれた土壌の中にもともと生息している菌であり,この病原菌自体を自然界において完全制圧するのは不可能である。言いかえれば,誰でも破傷風菌に感染する可能性はあり,実際に,年に数例の発症報告もある。
 レイジ・ウイルス,狂犬病ウイルス,破傷風菌には,それらによって体内で生産されるのが神経毒素であるということに共通点がある。神経毒素は末梢神経だけではなく,最終的には脳も冒されるので,死の間際の人間は見た目にも激烈な症状を表す。『クジョー』では,野生のコウモリから狂犬病に感染した犬が,その容貌とともに次第に凶暴になっていく様子が克明に描かれ,また『震える舌』では,河で泥遊びをしていた少女が破傷風菌に感染し,その神経毒素によって全身が痙攣,硬直し,光を見せることで発狂していく様子は,まるでエクソシストで見せた悪魔の姿ものものである。レイジ・ウイルスの恐怖は,このように狂犬病ウイルスや破傷風菌と同様に神経毒素に冒されて凶暴化した感染者が,愛する家族も含めてまるで悪魔の形相でせまってくるところに,救いようのない怖さがある。
 また,人間の身体がウイルスや病原体にとっての乗り物や容器であると理解するならば,猛毒のウイルスを全身に貯留した感染者たちは,「患者」というよりも,むしろ生きた生物兵器ともいえる。彼らが生存者めがけて突進してくる様は,宛ら自爆テロの様相さえ呈している。特に,主人公たちが逃げ込んだ車に凶暴な感染者たちが押し寄せ,フロントガラスに感染者の血液,体液,分泌液が生々しく付着するシーンは,前出の『クジョー』でも出てきたもっとも恐ろしいシーンでもある。

 作品の舞台がロンドンというのも象徴的だ。なぜならばロンドンは,近代生理学がもっとも栄えた場所であり,臨床医学の歴史もここからスタートする。そして中世から19世紀にかけて,様々な疫病と戦ってきたのもロンドン衛生局である。その様子は,中世から近世にかけてのヨーロッパの宗教絵画をみれば一目瞭然である。例えば,グリューネヴァルト作の『聖アントニウスの誘惑』(1515)はあまりにも有名だ。これは当時ヨーロッパ全土で蔓延した「聖アントニウスの火」といわれる疫病を題材にした作品である。この作品の表題にある聖アントニウスとは、かつての修道院制度の創始者の名前だ。後のリシェ(Charles Richet, 1859-1935)をはじめとする研究者たちは、画面の中で悶え苦しむ人々を苦しめている病は、その聖人から名をとった「聖アントニウスの火」という疫病であると分析している。
 「聖アントニウスの火」とは、麦に麦角菌(エルゴット菌)が寄生して発生する食物病虫害の一種で、この疫病に冒された麦や麦製品を食べると、幻覚をともなう激しい中毒症状を起こして死にいたる。画面の中で多くの化け物が病人に執拗に群がる様は、LSDと似た幻覚作用をもたらすエルゴット菌の毒素で神経を冒された人々が幻覚として見る地獄絵図なのである。この光景は、古くから西洋の写本などで表わされてきた「死の舞踏」のような寓話や戯画的要素を感じ取れるが、実は、この光景は、画家の空想上のものではなく,グリューネヴァルトが実際に疫病で死んだ病人を遺体安置所で描いたデッサンが下敷きになっているのである。当時,わけもわからず得体の知れない疫病に冒されて死んでいった者は,それを悪魔の仕業であると思いこんでも何ら不思議ではない。また同時にキリスト教社会であるならば,神経毒素で冒されて錯乱する疫病患者を見て,悪魔が乗りうつったとして「病」のみならず,その患者そのものに穢れや恐怖を感じ,彼らから本能的に逃げ惑うのも理解できる。
 このように,『28週後』の作り出している世界観とは,中世から近世にかけてのキリスト教社会における「病」をめぐる恐怖の所存をより視覚的に煮詰めたものであろう。そこにロンドンという街を設定することで,この町の持つ独特の空気の重さと密度が閉塞感を産んでいる。ここで展開される地獄絵図は,守護聖人すら制圧できなかった,まさに現代に蘇った『聖アントニウスの誘惑』である。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

13. Juni 08

【映画】林家しん平監督『深海獣レイゴー』(2008・インターメディア,於・北沢タウンホール)

 自主制作映画と銘打ちながら,約1億の製作費をかけ,しかも完成までに足かけ4年を要した作品である。一言申し上げると,こんなことをやらかして,まったくバカじゃないかと思うのは私だけではないだろう。しかし,バカにならなければ怪獣映画などは撮れないという今日の映画業界の情況を理解することで,この作品が紆余曲折の末,完成に至り,商業映画として公開へと踏み切った監督以下スタッフの方々にまず敬意を表したい。

 『深海獣レイゴー』の制作の話題がちらほら聞こえてきたのは,今から3年ほど前である。詳しくは以前のエントリー(http://ringer.cocolog-nifty.com/kunst_und_medizin/2008/03/index.html)でも書いたが,ちょうど東映の大ヒット作品『男たちの大和』の公開時期と重なっていたのである。そして,それを意識するかのごとく,この作品のタイトルも当初は『レイゴー対大和』であったと思う。今回完成した作品を改めて見ると,初期の原案どおり,『レイゴーVS大和』の体は成していた。つまり,我々が子供の頃,ゴジラやガメラの映画に強そうな新怪獣が登場するたびに,この“ゴジラVS─”または“ガメラVS─”という未知の対決に胸を躍らせた怪獣映画における期待値は十分に満たしているということである。
 今回,このレイゴーなる大怪獣が戦う相手は旧帝国海軍の最大にして最強の戦艦大和である。林家監督によると,このような奇想天外なプロットが出来上がった経緯は,もともとは自分が好きなゴジラ的世界観とガメラ的世界観のミッシングリンクを仕掛けることから広がっていったらしい。つまり,この2つの世界観に何らかの接点を持たせるとすれば,設定に様々な拘束がかけられるであろう現代や未来を舞台にするよりも,ゴジラ,ガメラがこの世に姿を現す以前の近代を舞台にすることで,その空洞の空間で自由に大怪獣を暴れさせることができるのである。

 ゴジラ,ガメラは文字通りわが国を代表する二大怪獣であり,その人気も二分している。そこで2つの世界観にニアミスが起これば,必然的にゴジラとガメラは戦いざるを得なくなり,そこで展開されるであろう“ゴジラとガメラはどちらが強いのか”といった論争は,例えば「エイリアンVSプレデター」のように大人の思惑もからんだ不毛な結果になることは目に見えているわけである。そこであえてゴジラもガメラもまだ姿を表わさない近代に舞台を設定したのは正解である。しかも,全編を通して,ゴジラ,ガメラはそこにはいないが,いずれ我々の前に現れるであろうことをによわせる演出が随所になされ,この二大怪獣をあえて登場させることなく,ゴジラ的世界観とガメラ的世界観の融合を果たしている。例えば,怪獣が現れる予兆として,最初にその怪獣の餌である別の生物が現れたり,怪獣と思われる未確認生物の目撃が特定の人物に限られたりする。また,土着の住民に警告をされたり,別の場所で被害にあった人物と偶然に接触したりといったシークエンスは,怪獣映画の伝統的な様式美である。この作品でも,レイゴーに自分の艦がやられたとされる敵国の水兵が大和に救助されるという重要なシーンがある。ただ一点だけ残念なのは,この敵国の水兵からは被害にあった自分の艦や僚艦の名前が具体的には出てこないことである。ここでもし敵国の艦の名にアイオワ級戦艦の名でも上がれば,それだけでもレイゴーという未知の大怪獣がいかに強大であるのかを印象づけられたであろう。また同時に,そのレイゴーに対し,航空兵力ではなく艦に搭載された重火器のみで迎え撃つ大和が文字通り史上最強戦艦であることを揺るぎない事実として描けたであろう。

 では,今回登場するレイゴーなる大怪獣は一体いかなるものかといえば,それは監督に言わせると,“ゴジラになる前のゴジラ”である。円谷監督の初代ゴジラの設定を踏襲するとすれば,ゴジラは中生代の生物が放射性物質によって変異をきたして誕生した怪獣であるから,当然ゴジラ以前の何者かがそこに存在していたはずである。実はこの“ゴジラになる前のゴジラ”という着想は,以前にも大森一樹監督の『ゴジラVSキングギドラ』でも出てくるが,ここでは南方に展開していたはずの連合艦隊と,島に生息していたゴジラ以前の巨大な爬虫類が戦うことはなかった。そのかわりにその巨大な爬虫類は米帝の艦砲射撃によってあっけなく倒されるのである。それに比べてもレイゴーは,例え“ゴジラ以前のゴジラ”であるとしてもいささか強暴である。人を好んで喰うあたり,捕食動物として食物連鎖の最頂点に君臨している様子がうかがえる。これに対する大和も,スペック上は世界最強戦艦である。史実ではそのスペックを活かす場がなかったが,そのことがかえって,大和亡き後の今日でも,様々な所謂「架空戦記」といわれるものに幾度となく登場する経緯となっている。
 レイゴーと大和との戦いで面白いのは,大和は史実に沿った姿で忠実に登場することである。したがって巨大怪獣と対する時には当然のことながら94式三連装46サンチ砲をはじめとする重火器で戦う。ゴジラやガメラでは自衛隊のオーバーテクノロジーによる超兵器に見慣れているせいか,これは非常に新鮮であるとともに,大和に搭載された重火器の威力をあらためて感じさせるアイディアだ。
 また,この作品においておそらくは議論の俎上に上がるであろうと思われる“これは「怪獣映画」なのか「戦争映画」なのか”という問題提起であるが,私は個人的にそのどちらにも当てはまらない,まったく新しいジャンルの作品であると位置づけることにする。なぜならばこれは,一見すると怪獣映画や戦争映画に見えそうなのだが,実はその両者に通底している伝統的様式美により「日本」というものの強さと美を再構築することを試みた作品だからである。監督自身はこれをジャパネスク怪獣ロマンと呼ぶ。強いものにも“ものの哀れ”が存在するわが国独自の世界観である。
 昨今,わが国に古くからある怪獣映画にインスパイアされたと思われる外国産の怪獣映画を見る機会が多々あるが,そこに登場するものは,怪獣ではなくただの化け物である。生物的リアリズムを求めすぎるあまり,単なる嫌悪感に満ちた「魂」のない物体がそこに存在するだけだ。翻って,林家監督が作り出した世界観は,怪獣にも「魂」が宿るという世界観である。この主題は,監督がインスパイアされたという金子修介監督の平成ガメラ3部作や,また大森一樹監督の『ゴジラVSキングギドラ』にも一貫して通底している。レイゴーと大和の戦いでも,主砲で一撃を喰らわしたレイゴーに向かってなおも銃座から一斉掃射をする水兵に対し,それを制止した大和の艦長もまた,そんな美意識を持った人物に描かれている。駆逐艦の円陣の中で展開されるこのシーンが非常に凄惨であるだけに,日本海軍の伝統的なシーマンシップがより際立つ。
 ラストは,死闘の末,大和以下連合艦隊が,再び昭和20年4月7日の史実世界へと戻ってい行くという演出が違和感なくなされている。その後大和がどういう運命をたどったかということは,我々日本人なら誰でも知っているだけに,大和という艦が持つもう一つの側面,つまり悲劇性が怒涛の海に展開されていくのである。この部分はそれを感じさせるのに十分なシークエンスなので,賛否両論あると思うが歌舞伎パートの演出は,やや過剰ではないかと思った。

『深海獣レイゴー』公式web
http://www.reigo.jp/

| | Kommentare (2) | TrackBack (1)

01. Juni 08

【映画】佐藤真監督『阿賀の記憶』(上映会場:四谷地域センター集会室)

 5月31日(土)、映像民俗学の会の主催で、故・佐藤真監督の代表的な2作品を観る機会を得た。
 今回の上映会は、一昨年、うつ病の悪化で入院する予定だった成増中央病院付近の団地屋上から投身自殺をしてこの世を去った佐藤監督を偲びながら、佐藤監督のドキュメンタリー映画における方法論などを検証するという趣旨のものである。
 その中から、ドキュメンタリー映画における様々な矛盾を問題提起した作品として、同『阿賀に生きる』と同様に、ドキュメンタリー映画界の中では“問題作”との称号を得ている『阿賀の記憶』についてふれる。

 『阿賀の記憶』は、前作『阿賀に生きる』から10年後の作品で、前作と同様、新潟県阿賀野川流域で暮らす集落の人々の日常を記録した作品である。前作と異なる点は、高齢世帯が中心であった集落の人々の幾人かが、すでに物故者としてカメラから姿を消していることである。映画の構成は、阿賀野川流域の自然を映しながら、そこの住民の語りを入れるという手法をとっている。これは、前作『阿賀に生きる』でもドキュメンタリー映画が長らく抱えている矛盾を浮き彫りにしていく経緯にもなっている。
 そのドキュメンタリー映画が抱える矛盾は、その作品に史料的価値を求めるのか、あるいは映像という“芸術作品”としての美学的価値を求めるのかで常に揺れ動いていることである。またもし仮に、後者を求めるとするならば、監督とカメラマンとの間で起こってくる美学的闘争も、時には無視できなくなる。これは私事で大変恐縮だが、私の親類にあたる岩波映画の故・吉瀬昭生が、撮影現場を訪れる私に常々言っていた言葉、「自分は芸術家は嫌いだが、職人は好きだ」という言葉とも無関係ではない。つまり映画製作という、絵画や彫刻のなどの美術表現とは異なったいわば総合芸術においては、各セクトのクリエイターたちが勝手に作家性を主張しだしたら映画は成立しないわけであり、そこで求められるのはディレクターの構想を最高のパフォーマンスで提示できる技術なのである。しかしこれはあくまでも建前論であって、私も学生時代から、生前の吉瀬とは、ここの部分だけは常に意見が対立していたのを思い出した。佐藤の作品の中でも、しばしばメイキング映像が挿入されていて、撮影カメラマンとディレクターである佐藤との間で、雰囲気が一瞬険悪になるような場面もときおり登場している。このような経過を経て作られた映像という「作品」が、いったい誰のものであるのかといった著作人格権の問題は、佐藤の事実上の遺作となった『「映画監督って何だ?」メイキング版(ディレクターズカット)』で大いに語られていて興味深い。
 話を『阿賀の記憶』にもどすが、この作品ではもうひとつ、ドキュメンタリー映画が抱える矛盾について、いわば確信犯的に問題提起されている。それは、佐藤の著書の中でもしばしば語られていることだが、佐藤の撮った映画は、一瞬無垢なドキュメンタリーに見えてしまうが、実は巧妙でフィクショナルな仕掛けがしてあるということである。つまり、ドキュメンタリーとは日常を記録し編集していく行為に他ならないが、果たして撮影スタッフという異物が介入した空間に、「日常」など存在するのかという問題提起である。
 『阿賀の記憶』の冒頭のほうのカットで、阿賀野川でアユ漁をする漁師の姿が登場するが、この漁師のしぐさは、あきらかに自分の視界にいる撮影スタッフを意識しているのがわかる。目線もあきらかにカメラ目線であり、その行為ひとつひとつに一種の演技性なるものを感じるのである。また別のシーンでは、饒舌に話す村の住民の姿が出てくるが、ここでも同様のものを感じる。このようなものを見せられた時、われわれが共通言語としてこれまで認識してきたドキュメンタリーという様式そのものが、実は非常に疑わしいものになっていくのである。そしてそのことが、多くのドキュメンタリー映画関係者に対して違和感やいかがわしさを感じさせるきっかけになったのは言うまでもない。これはドキュメンタリー映画の根底を揺るがすような問題だからである。やや乱暴な言い方をすれば、映像表現におけるドキュメンタリーなどもはや幻想にすぎず、カメラが介入した空間にそもそも「日常」や「自然」などないとも言いきれてしまうのである。このような場合、例えば、“やらせ”と言われる民放の秘境探検番組(例えば『川口浩探検隊シリーズ』など)すら、ドキュメンタリーの立場からは一方的に批判できなくなるという実に面白い状況をつくりだしてしまうことになる。
 佐藤監督の一連のドキュメンタリーにおける方法論をみていると、そこにはドキュメンタリーにおける良心というものに対するささやかな悪意すらあり、そのことが、ドキュメンタリーとは単なるアーカイブズではなくて、そこには何らかのクリティークがなければならないという主張が強く感じられる。
 では、『阿賀の記憶』という作品を、ドキュメンタリーにおけるイデオロギー的対立項ではなく、映像芸術、つまり「作品」として見た場合、どんな風景が見えてくるのであろうか。当然のことながら、まず阿賀野川が象徴的存在として登場する。佐藤は様々な姿の阿賀野川を撮っているが、その中で印象的なのは遠方の町の灯を背景にした夕刻の阿賀野川である。この絵は、阿賀野川流域に点在する木造の集落を映すよりも日常的生活感にあふれている。それは、川という空間そのものが本来持っている有機性がそうさせるのである。川や水辺を象徴的に扱った作品といえば、野村芳太郎監督『震える舌』や坂野義光監督『ゴジラ対ヘドラ』がすぐに思い出されるが、川は、人間の生活排水、汚物はもとより、人間の情念、怨念、穢れまでも流れ込み、ある意味、人間の生活が作り出していく「病」をも抱えたまま流れていく存在である。『阿賀の記憶』の中に流れる阿賀野川は、そうした、かつて第二水俣病の発生地域でもあった流域集落のわずかな記憶を病の痕跡として、生活の中に横たわっているようにみえる。それはあえて社会問題的テーマを全面に出さなくても、川の持つ有機性や、そこで暮らす人間の生活を描いていけば、「絵」として病の痕跡を表現できることを佐藤は知っているようだ。
 演出的映像で面白かったのは、10年ぶりに訪れたこの場所で、前作『阿賀に生きる』を野外でインスタレーションするところである。林の中に大きな布を設置し、そこにプロジェクターで投影するのだが、その映像に登場する集落の人々の中には、すでに物故者となっているものもいるであろう。ここで佐藤監督が演出上に作りだしたメタイメージの中では、その人たちはいまだ日常をたんたんと生きているのである。このような、現代美術でしばしばみられる野外インスタレーションやアースワーク的映像展示は、本来その方法論そのものが、「日常/非日常」、「自然/身体」などの境界的表現に帰結していくわけで、この作品が、単なる記録映画ではなく、監督の主張をもってそこから一歩も二歩も前へ踏み出した作品なのではないかと思った。いずれにしても、今日まで続いているドキュメンタリーという方法論をめぐる論争に対し、何らかの問題を投げかけた作品であることは間違いないであろう。

 

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

25. Mai 08

【映画】天願大介監督『無敵のハンディキャップ 障害者プロレス・ドッグレッグス』(1993年)

 今日では、他の中小ローカル・プロレス団体の人気にけして引けを取らない団体へと成長した障害者プロレス団体「ドッグレッグス」の、障害者自立ボランティア組織として結成された初期から、プロレス興業へと移行していくまでを描いたドキュメンタリー作品である。
 この作品は以前からぜひ見たかったのだが、絶版になっているようでなかなか良い映像素材が入手できず、先日やっと中古セルビデオ店から保存状態の最も良いものを入手できた。それに先立ち先週は新宿で実際にドッグレッグスの興行をリングサイドで観戦してきたので、それに合わせて映画の方もあらためて視聴してみた。

 監督の天願大介は、映画監督の今村昌平を父に持ち、寺山修司の『さらば箱舟』の美術スタッフに加わるなど、早い時期から映画製作の現場に関わってきた監督で、『無敵のハンディキャップ 障害者プロレス・ドッグレッグス』は、初の長編ドキュメンタリー作品である。作品の構成は、障害者レスラーとその家族、ボランティアへのインタビューを交えながら、実際にリングで戦う障害者レスラーの姿を描いている。
 特に、家族やボランティア関係者だけではなく、例えば障害者を客として迎い入れた経験のある風俗業の女性にもインタビューするなど、障害者を社会から切り離された存在ではなく、我々と同様の日常を生きる存在として描いているところは、事故で脊椎損傷を負った中途障害者が合気柔術の格闘家をめざすという後の作品『AIKI』(2002年)への布石にもなっていると考えられる。

 この作品が制作されたのは1993年で、ドッグレッグス結成の間もないころである。現在、ローカルなマット界でプロ格闘家として活躍を続けるドッグレッグスのレスラー達の姿しか知らない人々は、彼らがいかにして一般の客を対象にしたプロレス団体へと変わっていったのかを知ることとなろう。
 現在、ドッグレッグスの中心的レスラーとして活躍しているアンチテーゼ北島が、まだ北島行徳として障害者のボランティア活動に関わっていたころからドキュメンタリーはスタートする。その北島は、自らがレスラーになる以前から、障害者をとりまく環境の中で厳然として存在している、北島が言うところの“ボランティア業界”に対して、非常に厳しい目を持っていた。それは何かというと、まず閉鎖性と独善性である。具体的には、自分たちは社会福祉に貢献しているのだから、そのことについては他者からの批判は一切受け入れない、という頑なな態度などである。
 この問題は、音楽や美術が介在してくる芸術療法やアウトサイダー・アートをとりまく環境と実に良く似ていて、つまり彼らの行為はすべて尊いものであって、だから他者がそれを批評の俎上にのせて、それを作者と切り離された「作品」として批評を行うことを躊躇させてしまう、ある種の抑圧的なタブーを生んでいるのである。
 北島は、障害者と健常者が、社会の中でまったく対等になれるというのはウソであり、まやかしであるとも言う。そのことをまず、ボランティア団体に認識させることを一つの命題と考えたわけである。そして、北島が関わっていたボランティアグループの中で障害者同士がもめ事を起こし、しまいにはプロレス技まで繰り出すような本気のケンカをしている様子を見て、コイツらに本当にプロレスをやらせてみようと思ったのだ。
 障害者福祉という、北島の言うところの、どこか生暖かく欺瞞にみちた制度と、死者もでるかもしれない格闘技的空間は、当然のことながら共存できるものではない。北島はそれを、障害者福祉団体に対する“アンチテーゼ”だと言うのだ。言うまでもなくこの言葉は、後に北島自らがレスラーとなって障害者と闘う際のリングネームになったものだ。そして実際に、他の健常者も次々とリングに上げて、障害者相手に流血するまで殴る蹴るをやるのである。
 監督の天願はこの様子を見て、北島に対して露骨に嫌悪感を表している。しかし北島も、険悪な空気が漂う中で行われたインタビューでも、自分の考えを一歩も譲る気配がない。天願はその後も淡々と障害者レスラーの姿を撮っていく。もし天願と北島の間で何か考え方で接点を求めるとすれば、彼ら北島の下へ集まった障害者たちが、自らの意思でレスラーになることを選択したのを認めることであろう。

 ドッグレッグスが誕生したのは、もともとは先に述べたような、北島自身から湧いてきたアンチテーゼであるから、当初は観覧対象も、レスラーの家族や福祉団体関係者に限定されていて、試合会場も養護学校や福祉施設の体育館などである。それらはとても現在のような興行といえるものではなく、宛らボランティア団体の文化祭の余興といったところである。それでもインパクトは絶大で、賛否両論含めてボランティア業界の中では大きな話題となり、試合回数も増えていき、同時にドッグレッグスに加入するレスラーも充実してくるのである。
 しかし、ドッグレッグスの活動が軌道に乗り出したとき、これまで活動に協力的であった養護学校や福祉施設から、おそらくは道徳的見地からだとは思うが、会場の使用を拒否されて、突然締め出しをくらうのである。これにより、今までは作業所での軽作業や、パンやクッキーを焼いて安価で販売したりといった障害者を取り巻くありきたりの雛形からやっと脱却しかかった彼らの行き場がなくなってしまったのである。このシナリオは、どこまで北島が描いたものなのかは想像はつかないが、いずれにしても、これ以降、彼らがプロの格闘技団体として民間の小屋を借り、観覧者も一般格闘技ファンにまで拡大させたことについての必然性がここにあるのである。彼らは、言うなれば、所謂“ボランティア業界”から追放された正真正銘のアウトサイダーなのである。

 彼らの姿をプロの格闘家はどう見たのであろうか? その答えは、インタビューで本編の中にも登場する大仁田厚の言葉を借りれば理解できる。大仁田は、ドッグレッグスの試合のVTRを見ながら、“この子たちは、立てないのに何でプロレスなんてやるんだろう”と疑問を呈するが、自分がリングの世界でアウトサイダーとして生きてきたことも振り返りながら、“プロレスやらせてやりたいなあ”と一定の理解を示している。
 映画のクライマックスでは、これまではリングアナを務めていた北島が、いよいよアンチテーゼ北島となってリングに上がり、今も人気を誇る障害者レスラーのサンボ慎太郎と汗だくになって死闘を繰り広げる。この試合は、もともとはサンボ慎太郎の指名試合であった。北島もそれに応える形でリングに上がる。これは北島から慎太郎への“俺を越えて行け”というメッセージなのであろうか。

 かくしてプロの格闘技団体として認知され、興行を打つようにまでなったドッグレッグスのレスラーたちの夢は、聖地・後楽園ホールを満員にすることである。当時、エンドロールでこのメッセージを見た多くの人間は、それを荒唐無稽なことと揶揄したであろう。しかしあれから15年を経て、彼らの当初からの夢は、一歩また近づいたような気がする。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

14. Mai 08

【上映会】「佐藤真の映像民俗学の世界を見る」(日本映像民俗学の会)

【上映会のお知らせ】

●佐藤真の映像民俗学の世界を見る●

~昨年夏に自死した映画作家の作品を鑑賞し、考察し、霊を悼む~

日 時:5月31日(土曜)午後5時30分~9時45分       

場 所:四谷区民センター内、四谷地域センター11階 集会室4 

会場借用費:一般学生共500円  

今回は、昨年急死された佐藤真さんの映画を中心におこないます。

彼は映像民俗の世界に近づいていきた…、というよりも彼の代表する映画「阿賀に生きる」は、映像民俗学そのものの作品といっていいと思います。

彼自身の思考回路を論理化するさなかに亡くなったことは無念であります。

今回は「阿賀の記憶」と彼の自死の原因ともなった映画の2本を上映します。

興味のある方のお声をかけてください。

日本映像民俗学の会

〒160-0014

 東京都新宿区内藤町1-10テラス大黒201

 03-3352-2291 [F]03-3352-2293

info@jefs.org

http://www.jefs.org/index.html

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

26. April 08

【映画】市川崑監督『東京オリンピック(1964)』ディレクターズ・カット版

Tokyoolympiad_2

 折しも、長野で北京五輪の聖火リレーが行われるこの日に、少々へそ曲がりの私はあえて、市川崑監督の『東京オリンピック(1964)』ディレクターズ・カット版をDVDで見る。
 この作品を見ようと思ったきっかけは、先日、試写で演出家・山岸達児の半生を追った竹藤佳世監督の『半身反義』(7月5日より、シネマ・ロサにて公開)を見たことがもともとの発端である。すでに先日の最新レビューでも内容にもふれたが、山岸達児は「東京五輪」(1964)や「大阪万博」(1970)、「神戸ポートピア博」(1981)などの演出を手掛けた草分け的存在で、特に博覧会や企業展などの映像展示、つまり今日的にいうと、マルチメディアや映像インスタレーションの分野で、斬新な仕事を次々に手掛けてきた人物である。
 実際に、『半身反義』の本編中にも、市川崑が撮影した『東京オリンピック(1964)』の映像が随所に挿入されている。そこで、2016年に再び五輪を迎える(かもしれない)に当たり、改めて『東京オリンピック(1964)』を見てみようと思ったわけである。

 『東京オリンピック(1964)』は、単なるスポーツ記録映画ではない。監督の市川があえて後からディレクターズ・カット版をDVDに焼き直したことも考えると、これは、「国民体育」としての象徴の昭和のスポーツ──即ち、力道山、読売巨人軍、大相撲などをポピュリズムの頂点として──の集大成と、日本の復興と来るべき産業大国・ニッポンへの夜明けを明示した映画であると言ってよい。その意味でも1964年という年は、新幹線やモノレールが開通し、また、当時日本人向けの住宅としては初めて「LDK」という概念を取り入れたマンモス団地も登場したという象徴的な年なのである。

 まずイントロで、朝焼けを背景に、やや半円の昇りかけた太陽が映り、次のカットでそのイメージは解体工事用の鉄球に引き継がれる。この鉄球を見た時に、年代によって何を想像するかは様々であろうと思う。この場面では、古い建物を破壊する様が映し出され、そこで戦後の焼け野原から復興していく日本の姿を演出していることがすぐに理解できる。そして、タイトル・カットインの後、日本へ聖火が到着して、各地を縦断していく聖火リレーパートへと向かう。
 『東京オリンピック(1964)』は、男子マラソンの円谷、女子バレーの東洋の魔女、体操ニッポンなど、競技パートでも見どころが盛りだくさんであるが、一番印象に残ったのは、実は聖火リレーなのである。
 この聖火リレーは静かなナレーションとともに、日本の名所を通過し、最後は“聖地”国立競技場の聖火台へと向かう。この中で非常に興味深かったのが、聖火ランナーが日本の名所だけではなく、古い木造の民家の路地を駆け抜けるシーンである。そこには、「式典」といった厳かな雰囲気とは対極をなす、日常の普段着の日本人の姿があった。つまり、このような市井の市民もフィルムに焼きこむことで、日本という国が、戦後、底辺からも確実に復興していく姿を表現しているのだ。
 そして、この聖火リレーでもっとも印象的だったのは、被爆地ヒロシマを背景にして駆け抜ける聖火ランナーの姿である。ヒロシマの原爆ドームに到着した聖火は、ランナーとともにドームの広場から直線通路を駆け抜けるが、この時にはドーム前の広場だけではなく沿道にも数千、あるいは数万人の群衆がいて、時折、小さな日の丸や五輪旗もはためいている。その代わりに視界を遮る政治的横断幕は一切ない。しかも聖火ランナーと沿道の群衆は至近距離であるのだが、コースを誘導する警備人員以外は、ランナーをガードするような警備は行っていない。聖火リレーを見るために集まった人々も、適度に遠慮がちな距離を保ちながら、聖火ランナーに近づくといった程度で、外国人観光客も含めて皆とても楽しそうである。聖火に集まる群衆の表情も含めて撮影されたこのような演出には、あえて政治的メッセージなど必要ないということか。
 このようなシーンを原爆ドームを背景にして俯瞰で撮影していて、群衆の中を割って入る聖火ランナーが、画面下方へと駆け抜けていくシーンが実に壮観である。手に持った聖火の燃え具合も良く、ほど良い白煙をたなびかせている。その白煙が聖火ランナーの軌跡を描いていくのも実に美しい。こんな素晴らしい映像を見てしまうと、本日長野で行われた北京五輪の聖火リレーの滑稽さがより際立つ。こちらの方はというと、沿道で起こっている流血の騒乱も画面から意図的にフレームアウトさせているばかりか、メディア総出で白々しい虚構の友好ムードを演出していて、まるで茶番劇にしか見えないのである。画面からトリミング処理でデリートされた日本人やチベット人たちも、それぞれ言いたいことはたくさんあっただろう。これは民主主義のジャーナリズムのやることではない。

 五輪が商業的スポーツイベントとなり、それによって優れたアスリートの育成のために運動生理学などが発展したのは喜ばしいことではあるが、同時に五輪ビジネスモデルの構築による企業スポンサーのグローバル的展開が、本来はアスリートと市民のためにあったはずの五輪を、どこか遠くへ持って行ってしまたようにこの頃は感じるのである。

 一方、東京五輪の聖火はやがて国立競技場へと向かう。近年ではサッカー日本代表の聖地となっているこの場所が、長い祭壇状に設けられた聖火台と並んで、あんなにも奥行きのある空間であったのかとあらためて気が付かされる。それはおそらく、東京五輪の点火式、および開会式が夜ではなく日中の開催であったこと。これによって、普段はサッカーの試合で夜の風景の方が見慣れている空間のディテイルが、日中の方がよく見えること、そして、会場に入った各国の群衆の顔やしぐさを一人一人克明にフレームに収めていることが、空間の奥行きを生んでいる。また意外にも観客席が急勾配なのも確認できた。これも山岸の演出の妙なのか、ランナーが一段一段駆け上がりながら聖火台へと向かうシーンは、ロス五輪以降、過剰で奇をてらった演出が主流となった点火式を見慣れているせいなのか、非常に臨場感あふれるものとなっている。つまり、クライマックスに向けての“タメ”が十二分にあるのである。
 そして聖火が点火されると昭和天皇の開会宣言があり、そのあと鳩が空へと放たれる。柔らかい日差しの中で会場では日の丸や五輪旗に加えて、各国の万国旗が一斉に振られている。この万国旗の中には当時もそして現在も、わが国との関係があまりよくない国々もあるのだが、この世界との一瞬の一体感が、当時の日本人たちの万感の思いを表しているようでならない。
 来るべき2016年、聖火が再びこの地へやってくることを願う。
 

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

19. April 08

【試写会】竹藤佳世監督『半身反義』(7月5日より池袋シネマ・ロサで公開予定)

 竹藤佳世監督の最新作『半身反義』をTCC試写室で見る。監督の作品を見るのは2002年の『彼方此方』以来だ。
 今回の作品『半身反義』は、『東京オリンピック』(1964)、『大阪万国博』(1971)などの演出を手掛けた演出家・山岸達児へのインタビューを中心に構成されたドキュメンタリー作品である。

 山岸達児は1929年に上野で生まれ、日大芸術学部を卒業した後に毎日映画社に入り、そこで数多くの展示映像の演出を手掛けてきたパイオニア的存在である。特に、展示映像や映画の世界に「企画」という概念を持ち込んだのは当時としては非常に画期的なことであり、それが当時はただちにビジネスモデルとして成り得なかったとしても、後の映画界や、また映像表現を志すものに対して多大な影響を与えていったことは間違いないであろう。その山岸は、2003年に脳梗塞で倒れ、一命は取り留めたものの半身不随となり、現在も施設で療養中である。そこで山岸と以前から個人的に親交のあった監督の竹藤は、ほぼ寝たきりになってしまった山岸の病床へと通い続け、4年かけてこのドキュメンタリーを完成させた。

 試写の前に、監督から次のような舞台挨拶があった。
 まず、この作品を撮ろうと思った経緯について、自分が今まで生きてこれたのはいろいろな人々との出会い、支えがあったからであって、創作活動を通して出会った人々にも“縁”のようなものを感じている。自分は山岸達児の世代が作ってきた戦後、昭和の日本というもの