音楽

17. Januar 15

【音楽】2つの『女川建準行動歌』~震災後の現代に蘇った労働歌は,「言葉」と「身体」の壁を超えるか

 昨年,2人のミュージシャンによって今まで音源すら存在しなかったある東北の労働歌が復刻された。『女川建準行動歌』である。

 この労働歌『女川建準行動歌』とは,宮城県牡鹿郡女川町に立地する女川発電所の作業員がかつて歌っていたとされる発電所の労働歌で,当時,発電所建設事務所に勤務していた故・江川泰さんという人が作詞をしたものだ。その頃に流行のブルースの節に合わせて作業員らが歌っていたという記録も残るが,実際の音源は存在せず,今までは闇に埋もれていた労働歌である。
 この労働歌の存在に注目し,新たに曲を付けて現代の労働歌として蘇らせたのはIkasama宗教の名でお馴染みの石巻のミュージシャンの阿部正樹と,彼のライヴ仲間である脱法超電磁高橋だ。

 『女川建準行動歌』の復刻にはまずこの様な経緯がある。私が毎年催行している東北の観光ツアー「女川歴史民俗紀行~平井弥之助と貞観・慶長大津波伝承の旅」に同行した名古屋の舞台俳優ニシムラタツヤがまず女川の温泉宿の座敷で朗読による『女川建準行動歌』を上演している。(「女川歴史民俗紀行」とは,千年に一度の大震災に耐え抜いた女川発電所の設計思想を平安時代の津波伝承や古文書まで辿る歴史伝承の旅である。)  この時に同時に朗読された演目は,古文書『日本三代実録』巻十六「貞観大津波」と,高村光太郎『三陸廻り』だ。『日本三代実録』は,そこに記された貞観の大津波伝承が女川発電所の構造上の設計思想に大きく反映されている事でも女川という土地とも関わりが深く,高村光太郎の『三陸廻り』にも光太郎が石巻,女川を旅をした事も記されている。
 これらのものを肉声で朗読するという行為そのものが,そのテクストの骨格に「肉付き」と「神経」と「血流」を与える行為でもあり,ニシムラタツヤの女川での朗読の舞台は,テクストの「場」と「空間」を十分に意識した内容の素晴らしいものであった。
 そして,このニシムラタツヤの朗読に触発されたと言ってもいいのが,阿部正樹と脱法超電磁高橋の2人のミュージシャンである。特に,阿部正樹は自分自身が東日本大震災の被災者でもあり,漁師の父が女川発電所でも仕事をしていたという経歴も持つ。その当事者としてのミュージシャンが,音源が存在しない労働歌『女川建準行動歌』に新たに曲を付けて,現代のブルースとして蘇らせたいと思うのは至極当然な事だ。

 こうして昨年に,まず山形・鶴岡「TRASH」で阿部正樹が初披露。次の仙台「音屋スタジオ+」で競作というかたちで阿部正樹と脱法超電磁高橋の2人のミュージシャンが,それぞれに別のカヴァーとして披露した。
 同じテクストから別のアレンジが生まれるという面白さは,近年では宇多田ヒカルのカヴァーアルバム『宇多田ヒカルのうた-13組の音楽家による13の解釈について-』を聴いてもわかるとおり,優れたテクストは他のクリエイターの創作意欲も刺激し,これが後世にわたって「古典」として残っていくものである。このたびの阿部正樹と脱法超電磁高橋という2人のミュージシャンによる労働歌『女川建準行動歌』にも同様の事がいえる。
 そして両者それぞれに楽曲の解釈も異なる。これは両者の2つの『女川建準行動歌』を聴き比べればわかるだろう。脱法超電磁高橋によるカヴァーでは,弾き語りのブルースとなっている。1日の労働を終えた後に浜辺で歌う様なブルースだ。脱法超電磁高橋はこれを「生活のうた」と呼び,なかなか報われない日々をクレイジーキャッツ風にアレンジしたという。
 一方で,阿部正樹による『女川建準行動歌』は酒場で歌う音頭としてアレンジされている。そして江川泰さんのオリジナルの歌詞の前後には「朝礼」と「終礼」というフレーズが新たに加えられている(http://blog.livedoor.jp/sa2971696-aka/archives/42169558.html)。このフレーズは全ての労働者に敬意と感謝を込める内容となっており,例えば『ヨイトマケ』の様な土木の労働歌の正統派といえるだろう。それでいて,皆で手拍子で歌う様な陽気な「音頭」となっている。実際に,仙台に続き,昨年の暮れに東京・高円寺のライヴハウス「REEF」で披露された時には,会場の客が手拍子で踊りながら聴いていた。

 「ブルース」と「音頭」というかたちで現代に蘇った発電所の労働歌『女川建準行動歌』の歌詞も吟味しながらぜひ聴き比べて欲しい。





『女川建準行動歌』(作詞:江川泰)

ずんだ袋を肩にかけ
今日も出て行くあの浜へ
明日の着工 胸に秘め
おれはただ歩く

石を投げられ塩まかれ
乞食犬より つらい目に
遭えど怯まず たゆみなく 
おれはただ根性

話し合いのひと事が
こんなに重いと誰が知ろ
願い遂げたる そのときは
おれはただ涙

やがて夜空に原子の灯
浜辺に映ゆる その時は
友よこぞって肩を組み
おれはただおどる

栄えあれかし女川の
夢も大きく はらむとき
共存共栄の旗かかげ
おれはまた歩く

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22. Januar 12

【音楽】槇原敬之コンサート「Heart to Heart」全国縦断ツアー(2012年1月21日、東京国際フォーラム)

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 昨年の事である。デビュー以来、邦楽ポップスシーンで根強い人気を誇っている槇原敬之が、『Heart to Heart』という1枚のアルバムをリリースした。そして現在このアルバムのコンセプトをテーマとした全国ツアーの真っ最中である。
 普段は現代音楽、吹奏楽、来日オーケストラの公演にしか足を運ぶ機会がない私が、今年初めて見に行ったコンサートである。

 アルバム『Heart to Heart』は東日本大震災の後にリリースされた作品で、内容は少なからず震災に関する内容も各収録曲の中で登場する。そしてこの『Heart to Heart』は、震災後にリリースされた数多の楽曲の中で、唯一異彩を放っていたものであった。大きなハートの描かれたCDは、一見すると、これまでの槇原のラブソングの延長という印象で、中身ももちろん「愛」について歌ったものだ。しかし他のラブソングや震災復興応援ソングと何が異なるかと言えば、この慈悲にも近い「愛」が向けられているのが、被災者や、さらに言えば人間の男女に対してだけではない、という事である。
 それは、海や山などの日本列島が織りなす豊かな自然であったり、人間が食べる為に殺される生き物であったり、そして解釈の仕方によっては、長年、人間の暮らしと文明を支えてきた原子力発電所の原子炉に対する「慈悲」も含まれる。

 今回1月21日に行われた東京国際フォーラムでの公演では、一つ特筆すべき点があった。それは、槇原敬之が『Heart to Heart』ツアーを続ける中で、ファンの前で初めてこのツアーとアルバム・タイトルのコンセプトを明言した事である。槇原によれば、昨年から縦断を続けているこのツアーで、ファンの前でツアーのコンセプトと各楽曲が生まれるに至った詳しい経緯を語るのは今回が初めてだという事だ。
 そして槇原敬之は、今回のツアーのテーマは「感謝」であると語った。奇しくもこれは、アルバム『Heart to Heart』の6曲目に収録されている「Appreciation」の事である。
 槇原はさらにこんな事も語った。「人間は、自分からはしゃべらない物、モノ言わぬ物には心がないと思っている。でも僕はそういう物にも心があると思っている。そう思える世の中の方がロマンティックで可愛いでしょう。」と。そしてさらに、地震で家が断水した時や計画停電の時に、最初は原発事故を批判したい気持ちになったが、後から考えて、なぜ先に今までずっと働いてくれたもの(原子力発電所)にありがとう、ご苦労様と労いの言葉を自分は言えなかったのだろう、という気持ちで生まれた曲があると紹介した後に歌った曲が、アルバム収録曲の「Appreciation」と「White Lie」である。

 『Heart to Heart』全国縦断ツアーは、演出でも様々な工夫がなされている。それは邦楽ポップスとしての最高のエンターテインメントを駆使したものであるが、ただ「楽しい」だけではなく、非常に奥が深く哲学的なのである。
 まず入り口には槇原敬之のよく出来た等身大のフィギュアが出迎えている。自分のコンサートはお客さんに楽しんでいただくための「槇原ランド」なのだと公言する彼らしい演出だ。そして、白地に赤いハートが染め抜かれた旗が、万国旗の様にいたるところに展示されている。
 この旗についても槇原は、国旗をイメージしていると明言している。コンサートのオープニングでも、屋敷豪太率いる錚々たるミュージシャン達が、この「国旗」を持って、マーチングバントの様に登場してきたのである。その他にも、この「槇原ランド」の「国旗」は、色々と楽しい演出をしてくれるのだ。
 そして、「日本はこんな思いやりのある国になればいいな」「そういう国にしたいな」と槇原は語る。

 では、楽曲の経緯や演出が素晴らしかった3曲について、当日の演奏順に紹介する。

「White Lie」(アルバムでは7曲目に収録)
 「停電中のろうそくの 炎を見つめながら~」で始まるこの曲は、槇原敬之が報道写真などで東北の被災地の写真を見た時に着想したものである。その写真とは、瓦礫が積まれた道を歩く子供たちの後ろ姿だったそうだ。まるで実際に被災地を歩いている様なアングルで描写される歌詞は、この様な経緯から生まれていたのだ。
 途中の「さんざん頼っていたものにさえ 何かが起こったとたんに 悪く言ってばかりだ」というフレーズで、停電の原因でもある原子力発電所の事故について、「Appreciation」ほどはストレートではないものの、やんわりと触れている。
 そして、「絶望の淵と思っていた場所は 希望へとまっすぐ延びる道への始まりと気付く」というフレーズで、瓦礫の中を進む子供達の事を想起せざるを得ないのである。

「Appreciation」(アルバムでは6曲目に収録)
 アルバム『Heart to Heart』リリース直後から物議をかもした曲である。特に、反原発思想を持つ者達からは批判の対象とされた。
 タイトルのAppreciationとは、ここでは槇原がコンサート・ツアーのコンセプトとする「感謝」という意味が採用される。
 冒頭の「仕事場へ僕を毎日運んでくれる電車を 動かしていたものを どうして僕は悪く言える?」というフレーズは、これだけではまだ抽象的で、もし震災後に作られた曲でなければ、槇原のラブソングで綴られるラフスケッチの様にもみえる。しかしながら、2番の歌詞で、これはそんな日常の陽だまりの中で存在する穏やかな断片ではなく、もっとストレートに我々に刃を突きつけてくるのだ。
 「壊れた原子炉よりも手に負えないのはきっと 当たり前という気持ちに汚染された僕らの心」と、まさにこれが発売当初から物議をかもしたフレーズである。世の名だたるミュージシャン達が一斉に反原発ソングを歌う中、ちょっと待てよ、と我々を立ち止まらせる。
 槇原敬之は「Appreciation」について、「歌詞の表層だけを捉える人たちがいる」と語ったうえで、実はこの曲は「原発、電力会社擁護の曲なのか?」と取材にきた新聞記者までいた事もあかす。しかしながら、全体を聴けば、人間は「いろんなものの命をもらう事でしか 生きてはいけない そんな弱い生き物」だと歌っているとおり、これは、人間の「命」「営み」を支えている世の中のあらゆる物への感謝を表している曲である事がわかる。そして当然の事ながら、槇原が「モノ言わぬ物にも心がある」と言うとおり、原子力発電所の原子炉や発電機も含まれている、という極めて当たり前の事なだけである。
 さらに槇原は、「自分は悪くない」「自分こそ正義だ」としたうえで誰かを批判したり、世の中を批判しているわけではない。自分(槇原)はなぜ、「ありがとう」と素直に感謝できなかったのだろうと、自分の問題として内省しているのだ。それを、如何なるものもイデオロギーとして捉える者たちからは、原発擁護として見えるのであろう。

 因みに私も、商用発電も含めて原子力というものを、「賛成/反対」とイデオロギーとして捉えた事はない。原子力は、車、飛行機、人工衛星、先端医療などを含む産業技術のひとつであると捉える。そこで、「Appreciation」という曲を受けてあえて言えば、原子力は賛成でもなく反対でもなく、私の「身体」の一部であると言える。なぜなら私の体の中には、今まで自分が生きる為に殺して食べてきた沢山の獣たちの血と、私の「営み」「身体」「命」をインフラで支えてきた原子力の血が流れているからだ。
 この様な折りに、重低音が肚の底に響く「Appreciation」にこそ、本物のロック魂を感じた次第である。私の知る限りでは、この曲は震災以来、まだ一度もFM局では耳にしていない。

「林檎の花」(アルバムでは5曲目に収録)
 「Appreciation」や「White Lie」とは好対照だが、この2曲が誕生するきっかけを作った作品である。なぜなら、先行シングルの「林檎の花」のリリース日が昨年の3月11日だったからである。
 この日、槇原敬之は、「林檎の花」リリース日として朝を迎えた。何事もなく過ぎる1日だったはずが震災が起こった。ここで槇原の今後の楽曲製作に色々と変化をもたらす事となる。この時に自分を救ってくれたのが美輪明宏の「世の中のものに何でも感謝」という言葉だったそうだ。そして、男女のラブソングである「林檎の花」から、もっと壮大に、尚且つ哲学的に「愛」を謳った「Appreciation」や「White Lie」が生まれ、それがやがて『Heart to Heart』というアルバムに結実したのである。
 「林檎の花」の中にある、「誰かを思う気持ちで僕らは生きているんだ」というフレーズは、もちろん震災前に綴られたものであるが、今、震災後を生きていく日本人こそ失いたくない言葉である。

 これはライヴ終了での余禄だが、槇原敬之が、東京国際フォーラムの2階席まで埋め尽くした観客に対して、「何が起こるか分からない世の中で、今日ここに元気な姿で来てくれたみんな、ありがとう!」という言葉が、このライヴの全てを語っていた。そして、今年初めて「新年、あけましておめでとう!」という言葉を彼から聞いた。私も年が明けてからもずっと、「おめでとう」と言えないでいたのである。

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13. April 10

【ライブ・パフォーマンス】 詩人・伊藤洋子+ナガッチョ (銀座・ギャラリースペースQ)

 東京・銀座のギャラリースペースQで、詩人で画家の伊藤洋子とパフォーマー・ナガッチョの即興ライブが行われた。このライブは伊藤洋子の個展『私の8つの太陽』のオープニング・イベントとして急遽開催されたものだ。
 伊藤洋子は、1980年代から銀座、新橋、神田界隈の画廊を中心に、肉声によるポエトリー・リーディングを続けてきた詩人である。近年は現代詩の同人活動に加えて、画家としての活動も精力的に行っている。
 画家としての伊藤の作品は詩と同じく、自分の家族や自分自身の身体を題材とした寓話的な作品が多く、マイクロフォンを通さない肉声によるポエトリー・リーディングにこだわるのも、自分の身体から発した「言葉」も肉体の一部であると考える伊藤の表現を裏付けるものである。
 また近年制作されたタブローは、画面から以前のような余白が無くなり、細かい異形細胞のような模様がテクスチャーとして画面を覆っている。
 昨年、池袋の協栄ジムの近くにある伊藤洋子のアトリエを訪ねてインタビューを試みた時、この作風の変化について、昨年患った卵巣腫瘍で片側の卵巣を全摘出した事が発端となっている事を初めて知った。つまりどういう事かと言うと、伊藤が無心になって画面の余白をテクスチャーで塗り込めていく行為は、片側の卵巣を失った事による喪失感を埋めるための代替行為なのである。
 それは、片側の卵巣が無くなった事で,伊藤自身があたかもその場所が未だ空洞であるかのように感じる空間に何かを補填し,質量を卵巣摘出以前と同等に保つ事を表している。そして、伊藤が卵巣腫瘍を患った年齢が、自分の母親が乳癌を患った時と同じ年齢なのである。
 今回、パフォーマーのナガッチョと試みたライブ・パフォーマンスはこの事を念頭において見ると、伊藤洋子自身の非常に複雑な年代記が寓話となって構成されている事が分かるであろう。

 伊藤洋子がナガッチョの即興演奏をバックに朗読しているのは全て伊藤の自作の詩である。これは、若くして自分を残して乳癌でこの世を去った母に対する憎悪、悲哀、様々な感情が複雑に反復する作品である。自分を残して癌で死んだ母を自分の胎内に宿し、その母を自ら産み落とす事で母と再会して、自分が母を失った時の悲しさ、自分を残して死んでいった母に対する恨み、辛みの気持ちを母にぶつける、という寓話的な物語が展開されていく。
 「お母さん、お腹が空いたよ」、「お母さん、痒いよ」と暗がりで悲痛に訴える伊藤洋子の声は、病で床に伏した母が自分の事を十分に構ってくれなかった事に対する残酷な怒りだ。

 ライブで競演したナガッチョは、伊藤洋子と同じく1980年代から銀座、神田界隈の画廊を中心に活動を続けてきたパフォーマーで、笛、ハーモニカ、身近な小型の打楽器をリュックに詰めて、方々の美術作家の個展やグループ展会場を大道芸人のように渡り歩いてきた。その表現スタイルは、まず美術作家の展示作品からインスピレーションを得て、ライブを組み立てていくというものである。インスピレーションが降りてくるまでは相当の時間がかかる事もある。その時の会場の雰囲気、空間によっても内容が自在に変化する。
 この日のライブは告知が遅れたために、ナガッチョのライブを知らずに伊藤洋子の個展会場に来た来場者もたくさんいた。そこでライブを最初から見る機会が無かった者のために、異例ではあるがアンコールで短めのライブも行われた。私が録画で記録したのがこのアンコールのものである。伊藤洋子が肉声でぶつける母への憎悪、悲哀を、音と自らの身体で表現を試みたものである。(伊藤洋子個展『私の8つの太陽』2010年4月12日(月)~17日(土)まで。ギャラリースペースQ・銀座)

■ギャラリースペースQ
http://12534552.at.webry.info/

■伊藤洋子作品レビュー■
【名古屋芸術大学・芸術療法講座】 詩人・伊藤洋子インタビュー(芸術療法演習)
【アート】伊藤洋子個展 『卵巣の雲』(2009年8月31日~9月5日,ギャラリー代々木)

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【お知らせ】
twitterをはじめました。こちらでは政治家、経済専門家、医師、ジャーナリストらの皆さんと、わが国の外交、防衛、政治・経済、医療行政について討論をしています。

http://twitter.com/JPN_LISA
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04. November 09

【ライブパフォーマンス】 [辻説法コンチェルト・ザ・グレイト](11月19日)

01 02

★作曲家・高橋秀樹さんのライブパフォーマンスのお知らせ

[
辻説法コンチェルト・ザ・グレイト]

2009/11/19 木曜 

OPEN 19:00 START 19:30
【場所】歌舞伎町ゴールデンエッグ 03-3203-0405

http://www.g-egg.info/
一言で説明すると

歌舞伎町ドンキホーテの裏

徒歩20秒です

出演順】
不謹慎ズ

鈴木厚志ソロ

 表 芸

  日本では希少なブラジル音楽専門ピアニストのボサノヴァとサンバ

 裏 芸

  乞うご期待

みたあきこ

仏教説話 辻説法コンチェルト・ザ・グレイト

    [hinden] 高橋秀樹 (辻説法・各種 飛び道具)

    鈴木厚志 (ピアノ)

    坂本弘道 (チェロ)

Charge 1,000 + 1drink 500

チラシ
http://www2u.biglobe.ne.jp/~hinden/live/sermon/20091119_sermon.htm

ブログ
http://hinden.seesaa.net/article/128865609.html

ミクシィ
http://mixi.jp/view_diary.pl?id=1294580002&owner_id=23976709

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30. Juni 09

【演奏会】 東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会 『金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界』(2009.6.28,ティアラこうとう)

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 2009年6月28日に,わが国では前代未聞といっても過言ではないほどの実験的な演奏会が開かれた。この演奏会を行ったのは,金管楽器のアンサンブルで現代吹奏楽の様々な実験的な試みをしている東京ブラスソサエティである。
 今回の演奏会でプログラムとして取り上げられたのは,吹奏楽コンクール経験者には非常に馴染みの深いスウェアリンジェンの楽曲である。第1部と第2部で構成されたプログラムは,いずれも全曲スウェアリンジェンの作品であり,おそらくこのような試みは最初で最後であろう。

 スウェアリンジェンは,アメリカの現代吹奏楽の著名な作曲家で,吹奏楽の普及のためにかつて日本にも来日したことがあるほどに,親しまれている作曲家である。その楽曲の多くは「急-緩-急」を基本とする複合三部形式で,中でも“スウェアリンジェン節”と言われるほどに中間部のハーモニーが美しいのが特徴である。そして総じて明朗かつ華やかで,大編成バンド向けなのである。毎年行われる吹奏楽コンクールでは自由曲に彼の華やかな,言ってみればコンクール栄えする楽曲を選ぶバンドも多いと聞く。
 今回はその華やかなスウェアリンジェンの曲を,彼と個人的に親交の深い作曲家の戸田顕が英国スタイルの金管アンサンブル用に編曲をして,全13曲が演奏された。冒頭で“実験的”と書いたのは,まさにこの試みのことなのである。
 吹奏楽は通常,木管楽器,金管楽器,打楽器で編成される。管弦楽と異なり弦楽器が欠けるので,その分,管楽器による様々な音色の違いで色彩を作り,奥行の深いオーケストレーションにしていくことが必要なのである。その中から木管楽器を省くということはつまり,フルート,オーボエ,クラリネット,サックスといった実に多彩な音色を持っている楽器群を編成から全て省くことを意味し,編曲にあたった戸田顕も,大編成用に書かれた楽曲を,どうやって金管バンドのアンサンブルで色彩や奥行きを豊かなものにしていくのかで相当の苦労をしたことを語っている。
 具体的には,フルートやオーボエなどの特徴的な楽器のパートを金管でリライトする時に,どの楽器に割り振るのか,そして音の高さはどうかなどといったことで困難を極めたそうである。ましてやスウェアリンジェンという吹奏楽の中で非常に著名な作曲家の作品であることに加えて,多くの吹奏楽ファンが大編成のウインドオーケストラで聴き慣れているといった状況の中で,果たして金管アンサンブルだけでスウェアリンジェンの世界が作れるのか否かということである。
 この点について指揮者の山本武雄は,実に明快な解説をしてくれた。普段大編成で聴いている楽曲は色彩豊かな絵画だとすると,編成が限定された金管バンドによるアンサンブルは,いわば墨絵,水墨画のようなものとして楽しんでいただきたいということだそうだ。つまりどういう事かというと,金管バンドとはまさにモノクロームのデッサンであるわけだが,そこに色がまったく存在しないというのではなく,墨絵や水墨画もそうであるように,そのモノクロームの空間から色彩や質感を想像して欲しいということなのである。私はこのコメントを聞いた時,あの明朗で華やかで,いかにもハッピーエンドのハリウッド映画のような快活さをもったスウェアリンジェンの作品を,このように解釈して演奏することが可能なのかと,感動を覚えるとともに,非常に新鮮な気持ちに駆り立てられたのである。
 東京ブラスソサエティは,楽団名のソサエティが示すとおり,単なる演奏会というのではなく,教育的,および研究的要素からも吹奏楽の楽しみや奥深さなどをアプローチしている。この日も1曲演奏されるごとに指揮者の山本武雄の楽曲解説が入り,どんな意図で演奏されているのか,そしてこの楽団が,いかに実験的で困難な試みをしているのかが非常に良く伝わってくる。
 現代音楽の演奏会では,作曲家自らが楽曲解説だけで相当の時間をかけることは多々あるが,吹奏楽の演奏会でこのような試みを見たのは今回が初めてである。満員の客席を見渡せば,学生の姿も散見され,7月から8月にかけて行われる全日本吹奏楽コンクールに向けての研究で来ているということもわかるのである。こんな吹奏楽演奏家に向けてのメッセージであろうか,山本武雄の語りからは時折,吹奏楽の世界で偏見のもとで誤って認識されている事柄についての問題提起のようなものも感じられた。

 山本武雄の語りで面白かったのは,「皆さん,もうお腹一杯ですか?(スウェアリンジェンの曲ばかりで(笑))」,「第二部も全部スウェアリンジェンです」,「今日はスウェアリンジェンしかやりません」というものである。このコメントを聞くたびに観客たちは大きな笑いとともに拍手をする。これはどういうことかというと,スウェアリンジェンという作曲家が,なんとなくインテリ層の偏見により,評価の低い作曲家とされてきた経緯があり,そのことに大きな違和感を覚えていた客たちが,山本の伝えたいことに共感したということである。
 そして山本武雄は,「世の中には,“スウェアリンジェンは教育的な作曲家だから名曲は作れない。”,“ベートーベンとスウェアリンジェンを同列に語るな”なんて言う人がいるが,自分はそうは思わない」,さらに「ベートーベンを演奏したから格調が高い演奏会で,スウェアリンジェンはレベルが低いなどと思うのは間違いで,どんな楽曲でもそれをどのように解釈して演奏したかが大事である」とまで言ったのである。この言葉に私はまったくもって異論はない。
 今回,スウェアリンジェンの作品だけでプログラムを組んだという試みは,単に技術的な試みにとどまらず,吹奏楽界において根強く蔓延するつまらない偏見に対する大いなるクリティークなのである。山本武雄の言葉からにじみ出てくるスウェアリンジェンという作曲家に対する愛情と敬意あるれる態度は,満員の観客にも共感を得た。このような一体感のある演奏会は久しく聴いていない。そして,全曲スウェアリンジェンの演奏会などというものは,今後再び聴く機会はなかなかないであろう。
 またいつかこのような演奏会が開かれた時には,演奏会の冒頭でぜひ「全国1億2000万人のスウェアリンジェン・ファンの皆様こんにちは!」と言って欲しいのである。

 尚,今回は全曲スウェアリンジェンの演奏会ということで,アンコールの楽曲は用意されていなかった。しかし席を立たずに拍手を続ける観客に応えるかたちで,『ロマネスク』が再び演奏された。

■演奏曲目
(第一部)
シルバークレスト
狂詩曲ノヴェナ
河ながれるところ
センチュリア
レット・ザ・スピリット・ソア
語りつがれる栄光
勝利の時

(第二部)
管楽器と打楽器の為のセレブレーション
ロマネスク
インヴィクタ序曲
新しい日が明ける
栄光のすべてに
不滅の光

■井上リサによるスウェアリンジェン関連記事
【演奏会案内】 金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界(東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会)
【コラム】スウェアリンジェンは,なぜインテリ・サヨクから小バカにされるのか?

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03. Mai 09

【訃報】 忌野清志郎氏(58)癌のため逝去~独語辞典にサインをしてもらった思い出~

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 わが国を代表するロック歌手・忌野清志郎が癌のため亡くなった。
 上の画像は,今から約20年ほど前に,たまたま清志郎さんと会った時にドイツ語の辞書にサインをしてもらったものである。場所は,今はもうなくなってしまった六興出版という小さな出版社でのことである。
 地下鉄有楽町線の江戸川橋駅を椿山荘方面の出口に出ると,そこには昔,川沿いに面した場所に立つ六興出版という小さな出版社が3階建て位の雑居ビル風の社屋を構えていた。ここに何の用件があって行ったのかはもう覚えていないが,ここの出版社を訪れた際,たまたま出版社に来ていた清志郎さんを見かけたのである。サインの日付を見ると1987年2月20日となっていて,清志郎さんの著書『十年ゴム消し』が出版された頃なので,おそらくはプロモーションの打ち合わせに来ていたと思われる。
 この時私は,当然のことながらサイン色紙などという気の利いた物は持ち合わせていなかったので困っていると,「何か記念になるものとか無いの?」と清志郎さんが言ってくれたので,その時たまたま持っていたドイツ語の辞書の表紙にサインをしてもらったのである。
 このドイツ語の辞書とは,三省堂から出ていた中級者用の独和辞典で,医学用語の併記もあってなかなか便利な辞書であった。現在私は独文献や新聞を読む際にはDudenの独-独辞典を使っているので,もう三省堂の方は使わなくなって久しい。しかし清志郎さんのサインがあるのでどうしても捨てられずに今でも本棚の片隅に置いているのである。

 清志郎さんの訃報を伝えるニュースでは,軒並みどこの放送局も,“日本を代表するロック歌手”と紹介し,代表作として『雨上がりの夜空に』をあげているところが多かった。たしかにこの曲は名曲である。いろいろな意味でロックな曲である。ロックという音楽がその昔,フォーク以上に大人たちから“不良の音楽”と言われていた理由はこの曲を聞けばわかる。
 代表作『雨上がりの夜空に』は,自分が愛用のバイクのエンジンの不具合を,些細なことで心変わりをする気難しい女性のことに例えて歌っているものだ。音楽,特にロックの世界では,バイクに限らず様々な乗り物やあるいは楽器を女性に例えることは多々あることだ。そして,乗り物や楽器がそれを操作する人間の身体と密接に関わることから,男女のエロスへと必然的にイメージが繋がる。ミュージシャンたちも当然それを意識して曲を書いている。例えばHIPHOPグループのKICK THE CAN CREWが書いた『マイクロフォンのテーマ』という曲は,マイクの形を男性器に例えて歌ったものだ。ソウルの神様JBにいたっては,“セックスみたいな音楽をやろうぜ”,“音楽みたいにいかすセックスをやろうぜ”とさらに直情的に訴えている。
 こんな音楽を家や学校で聞こうものなら,当然PTAのママゴンたちが黙っているわけがない。家にバンド青年を招こうものなら,頑固オヤジのパパザウルスが,“あんな不良と付き合うな”と怒るだろう。これがロックである。
 今日は清志郎さんを偲び,清志郎さんのロック魂とは何かについて書く。

 忌野清志郎という一人のミュージシャンを理解しようとする時に,『雨上がりの夜空に』が引き合いに出されることは正しい。しかし彼の真髄に迫るには,やはりこれまでさまざま事情で二度と放送できなくなった作品に触れなければ,その面白さは分からないであろう。報道各局がなかなかその点を取り上げなかったのは,二度と蒸し返されたくないという傷を脛に抱えているからだ。
 その代表的な作品といえは,やはり『あこがれの北朝鮮』やパンク『君が代』,そして『FM東京のうた』あたりではないだろうか。
 まず『あこがれの北朝鮮』だが,この曲は一見すると昔の左翼やリベラル新聞のように北朝鮮を賛美しているような印象を受けるが,牧歌的なメロディに乗って流れてくる「北朝鮮であそぼう♪ 」,「北朝鮮は良い国 ただで連れてってくれる~♪ 」という歌詞をみれば,これが相当なアイロニーを含んだ曲であることがわかるであろう。方向性としてはテリー伊藤の著書『お笑い北朝鮮』や『お笑い革命 日本共産党』と同様のものを感じる。しかも,「北朝鮮は良い国 ただで連れてってくれる~♪ 」というのは,読み方によっては北朝鮮による拉致事件を暗示したものでもあり,または北朝鮮を“地上の楽園”と謳って帰国事業を推進していた当時のジャーナリズムを皮肉っているようにも聞こえる。帰国事業を率先して推奨していた朝日新聞にはまったく耳の痛い話だ。このような事は絶対に訃報記事の中では書けないであろう。
 忌野清志郎の作品の中でたびたび論議の俎上に上がるのはなんと言ってもパンク『君が代』である。この曲が収録されたアルバムが発売中止になったというロックとしての“お墨付き”まである。私が思うに,そもそも何で人々は,こんなにも『君が代』にセンシティブになるのだろうか。そこに記された歌詞はいかようにも解釈ができるわけで,五輪やサッカーの国際試合で荘厳に吹奏される『君が代』も,国歌としての風格があってなかなか良いが,パンクやロックの『君が代』があっても何ら悪くはない。むしろ,サッカーの国際試合で時折耳にする,“歌手”と称される人が歌う,もはや原形を留めていない異形の『君が代』よりは,よほどメッセージ性がある。
 大阪城ホールで布袋寅泰との共演で歌った『君が代』では,『君が代』の歌詞にある「君」という部分に二人称を充てた。「今日,大阪城ホールに来てくれた“君”たち 愛してるよ~♪」という具合にである。『君が代』の歌詞が,この国の未来永劫の平和と繁栄を願ったものであるとするならば,「君」を二人称に充てて歌うのも間違いではない。熱狂的な阪神ファンの間で阪神が勝利した時に熱唱される『君が代』と『六甲おろし』をシャッフルした『苔がむすまでタイガース』という“君が代”だって,『君が代』の一つである。
 このような事をいったら不謹慎と思われるかもしれないが,昨日NHKで放送していたアニメ主題歌の特集番組で『創世のアクエリオン』というアニメの歌詞の「一万年と二千年前から愛してる 八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった 一億と二千年あとも愛してる」というフレーズを聞いた時,私は,『君が代』の中の「千代に八千代に」の部分を思い出してしまったぐらいである。このように『君が代』が自由自在に取り扱えるような環境にならなければ,『君が代』が英国国歌や米国国歌のように多くの国民から愛される日はなかなかこないのではないかとさえ思うのである。つまり,清志郎のパンク『君が代』は,われわれ日本人に大きな踏み絵を踏ましているということなのである。

 忌野清志郎のロック魂の真骨頂は,やはりゲリラライブという言葉に表れている。『FM東京のうた』がその象徴である。清志郎は過去に,RCサクセション名義で作られたいくつかの楽曲をFM東京(現在の東京FM80.0MHz)で一方的に放送禁止にされたという事に抗議をするために,タイマーズとして出演した民放歌番組の生放送中に,放送禁止用語が入った『FM東京のうた』という曲を突然演奏するというゲリラ的行為にでた。「FM東京 腐ったラジオ~♪」,「FM東京 政治家の手先♪」,「オマ○コ野郎 FM東京♪」と実に挑発的な歌詞はスタッフや司会者や他の出演者を一瞬で凍りつかせてしまい,誰も生放送中の演奏を止めることができなかったという伝説のライブである。
 世の中では彼のこのような一連の行為や音楽的志向を称して,“ロック”と認めているのであろうが,それは表層にすぎない。彼のロック魂とはその表層にあるのではなく,社会とのスタンスにあるのである。
 清志郎がテーマとするものは政治や社会風刺に抵触するものがもともと多い。いわばロック的に言えば,“反体制”である。しかし彼の場合,例え反体制であっても,いわゆる反体制側の勢力に利用されるようなことはなかった。原発や自衛隊や『君が代』をテーマにすれば,そういったものの是非を問うような特定の思想をもった集団がこぞって寄ってきそうだが,彼の場合はそれに乗っかるようなことはしなかった。いかなるものや勢力に対しても自由に吠えるのがロックであり,そもそもロックとダサい市民運動を一緒にされたら困る。そのうえ,こんなヤバいミュージシャンを抱えた日には,いつまた突然「オマ○コ野郎♪」とやられるかわからない。歴史的にたびたび芸術というものを自分たちの国策プロパガンダに利用してきた左翼たちも,本当にヤバいものには手を出せないということの先例である。反対に言えば,「エコ」だの「地球市民」だの「スローライフ」だのとこの手のものに簡単に利用されてしまう自称アーティストたちは,もはや毒にも薬にもならないどうでもいい人たちということになる。

 忌野清志郎の死因は癌であると発表された。咽頭癌からリンパ節転移と骨転移に進行し,それによる多臓器不全で亡くなったのであろうと想像できる。彼のwebページでは,最初の癌宣言の後,音楽活動の様子とともに時折病気の様子などについてもファンには知らされていた。一時期癌から復帰した事や,癌が転移したことなども簡素なかたちで報告はされていたが,それはしばしば著名人にありがちな,詳細な闘病記ではなかった。したがって我々は,彼が抗癌剤治療でどんなに苦しんだのか,あるいは骨転移による癌性疼痛でどれだけのたうちまわったのかは知ることはできない。またそれをこと細かにファンに対して報告するのも,“ロック”ではないのかもしれない。
 だから復帰ライブのあと順調に回復しているように思っていた多くのファンにとって,彼の死はあまりにも突然のことなのである。ファンの中には,ロックも癌には勝てなかったという人もいるかと思うが,それは違うのではないか。
 「病」の経験によって作風や人生観が変化するアーティストはたくさん存在する。世の中もそのようなもののほうが必然的に受け入れやすく,アーティストの方にしても“「病」と闘いながら”という大義名分が後から付いてくるので説得力があってやりやすい。逆に変わらないほうが難しいのである。忌野清志郎というアーティストは,音楽活動の中に,その「闘病」という気配を務めて感じさせないようにしたことに,私はやはりロック魂を強く感じるのである

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29. April 09

【演奏会案内】 金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界(東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会)

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 世の中にはいろいろなご縁というものが転がっているものである。先日ブログの記事で思い出したようにアメリカの吹奏楽の作曲家・スウェアリンジェンのことを書いたら,なんと近々そのスウェアリンジェンの作品だけを集めた演奏会があるとの情報を,ブログの読者の方からいただいた。
 演奏を行うのは東京ブラスソサエティという英国スタイルの楽団である。私の知る限りでは,プロの楽団が全曲スウェアリンジェンのプログラムを企画するのは本邦初めてではないかと思う。言い方は悪いが,どうもスウェアリンジェンは,あまりにも親しみがありすぎるためであろうか,不本意にもバーンズやリードの大曲に添えられた刺身のツマ扱いされているような気がしてならない。学生バンドの練習曲用に作曲された作品も多いので,演奏するほうは楽しいが,音楽として鑑賞するには物足りないと考えるものもいる。
 それだけに,全曲スウェアリンジェンのプログラムがいかに前例がなく画期的であるかがわかるだろう。この楽団が英国スタイルというのもスウェアリンジェンの作品と非常に相性が良い。
 スウェアリンジェンはアメリカの作曲家である。作風は時としてジャズやロック風の変拍子も多用するが,複合三部形式の中間部の,いわばスウェアリンジェンの「魂」ともいえるパートは,イギリス近代の作曲家エルガーやウォルトン風の美しく荘厳なハーモニーで構成されている。これをいつもは大規模なウインドオーケストラで聞くことが多いが,もともとは救世軍の軍楽隊にルーツを持つ英国スタイルにこだわった楽団の演奏も聴いてみたい。
 曲目は以下のとおり,第一部と第二部に分かれていて,コンクールやアマチュアバンドの演奏会でも人気が高い『狂詩曲ノヴェナ』,『センチュリア』,『ロマネスク』,『インヴィクタ序曲』といった不朽の名作がうまく二部構成でバランスよくプログラムされている。
 それにしても,全曲スウェアリンジェンのコンサートが聴ける日が来ようとは想像もしていなかった。
 楽団員のみなさま,アンコールはぜひ『チェスフォード・ポートレート』でお願いいたします。
 
【金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界】
東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会
(第一部)
シルバークレスト
狂詩曲ノヴェナ
河ながれるところ
センチュリア
レット・ザ・スピリット・ソア
語りつがれる栄光
勝利の時

(第二部)
管楽器と打楽器の為のセレブレーション
ロマネスク
インヴィクタ序曲
新しい日が明ける
栄光のすべてに
不滅の光

2009年6月28日(日)
1:30開場(2:00開演)
場所:ティアラこうとう大ホール
入場料2000円(小・中学生1000円)
チケット取扱い:ティアラこうとう 03-5624-3333

【スウェアリンジェン関連記事】
【コラム】スウェアリンジェンは,なぜインテリ・サヨクから小バカにされるのか?

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23. April 09

【コラム】スウェアリンジェンは,なぜインテリ・サヨクから小バカにされるのか?

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 わが街にはここをホームタウンとするプロ・オーケストラが2つもある。一つは日本フィルハーモニー,そしてもう一つは東京佼成ウインドオーケストラだ。
 近年わが街は,「トトロの家」や「ガンダム商店街」,それから区長が町興しのために肝入りで作ったアニメーションミュージアムの存在が内外に知られるようになって,すっかり“アニメの町”として有名になった。
 もともとわが街はその歴史を紐解けば,古くは数多の文豪たちが邸宅を構え,1960年代から70年代にかけてはフォークや暗黒舞踏の発祥の地としてカウンター・カルチャーをリードしてきたという文化的土壌がある。
 それに加えて現在では2つのプロ・オーケストラを区内に擁するのだから,こんな小さな街によくぞこれだけクオリティーの高いものが集まったものだと関心する。おまけに緑も多くて,まるで欧州の都市のようなので,海外から来客があった時も街の中を一緒に散策するだけでも好評なのである。
 区内にホームタウンを置く2つのオーケストラのうち,東京佼成の方は長らくわが国の吹奏楽の発展と向上に尽力してきた楽団である。ここのホームグラウンドである「普門館」というホールは,吹奏楽に携わる者にとってはまさに甲子園球場と同じだ。毎年全国の学校,団体で組織された吹奏楽団が全国コンクールの本戦で顔を合わせるのがこの「普門館」という巨大なホールである。ここでは出場者全員に,「甲子園の土」ならず,“普門館の床”という記念品を贈呈している。こういうところも極右猛虎党の私としても気に入っているところだ。

 ところで,吹奏楽と聞くと多くの人は何を連想するのだろうか? おそらくは,それこそ甲子園の応援で活躍するブラスバンドや,自衛隊や警視庁の皆さんの軍楽隊などを想起するのだろうか。
 その昔は部活でブラスバンドをやっているというと,もっぱらレパートリーは映画音楽やクラシック音楽の編曲モノが圧倒的に多かった。クラシックの世界でも,近代までは弦楽器が編成に入ったオーケストラ作品が多かったのだからこれは仕方がない。吹奏楽のために書かれた演奏会用の作品としては,私の知る限りではベルリオーズが書いた弦楽器が一切加わらない吹奏楽編成の楽曲『葬送と勝利の大交響曲』という作品があるぐらいではないか。
 これに対して現代の作曲家たちは吹奏楽編成の作品も多数書くようになったので,演奏会のレパートリーも格段に広がったのだ。最近ではコンクールの常連校などが,プロの作曲家にわざわざ作品を依頼することもある。因みに何年か前の都立西校吹奏楽部の演奏会では,天野正道が委嘱作品を書き下ろしている。
 これまでに,特にアメリカで発展してきた現代吹奏楽にも吹奏楽の楽曲を専門に書いてきた作曲家たちがたくさんいる。その王道は間違いなくアルフレッド・リードであろう。しかし,もっとも愛されている作曲家は誰かと言えば,やはりスウェアリンジェンやジェームス・バーンズではないだろうか。
 彼らはしばしば来日し,わが国の吹奏楽の普及に東京佼成とともに尽力してきた作曲家である。吹奏楽を習い初めの頃,スウェアリンジェンの『狂詩曲ノヴェナ』や『インヴィクタ序曲』などを練習した人は多くいると思う。そして,だんだん仲間が集まってきて大編成になってくると,バーンズの『アルヴァーマー序曲』でもやってみようかというはなしになる。
 彼らはいわば吹奏楽の入り口にいる作曲家であり,その楽しみを我々に与えてくれた人たちでもある。
 『狂詩曲ノヴェナ』や『インヴィクタ序曲』はコンクールの課題曲にもなるぐらいなので,練習曲としても優れているが,プロの楽団が演奏すれば演奏会用楽曲としても何ら遜色はない。こういったシンプルな構造の楽曲の方が,実は「作品」として完成させるのは難しいのである。うちには東京佼成が演奏したものと,アメリカのプロの楽団・ワシントン・ウインズが演奏したものと2種類の音源があるが,どちらも素晴らしい演奏である。

 しかし世の中どういうわけか,スウェアリンジェンを小バカにしている輩もいるようだ。その理由はだいたいのところ察しがつく。ようするに,スウェアリンジェンは弦楽器が編成に入る正式なオーケストラ作品を書いていないじゃないか,ということだろう。実はこの言葉の意味の中には,インテリ・クラシック音楽ファンから見た吹奏楽というジャンルに対する少々の偏見めいたものが含まれているのである。もっとはっきり言えば,“吹奏楽ってブラスバンドじゃん”ということだ。
 こういうことを言う輩は,黛敏郎が吹奏楽編成で書いた『トーンプレロマス55』という楽曲を一度聞いてみるといい。黛がヴァレーズにインスパイアされて書いたこの楽曲は,吹奏楽の持つあらゆる可能性,身体性を試みた作品である。黛は楽曲解説でこのようなことも書いてる。
「人間の息を利用する管楽器と,手に依る打楽器を生命とする打楽器のアンサンブルが発する音のエネルギーの集積は,トーンプレロマスという言葉に一番相応し,効果をあげてくれることだろう。」
 つまり,弦楽器のように,「楽器」と「身体」との間に「弓」という媒介を通す楽器は,そこで何らかの恣意的要素が生まれてしまうからそれは排除して,「息を吐く」,「手で叩く」という身体的行為が直接音に繋がる管楽器と打楽器を編成に選んだということであろう。これを黛が言うと,あたかも原初的男根主義に聞こえてしまいそうだが,ようするにそういうことだ。本来明快なことをあたかも難しいことのように捏ねくりまわすのが好きなインテリ・サヨクとは対極にある態度である。
 スウェアリンジェンを小バカにする輩はインテリ・サヨクとは言わないまでも,旧態依然のアカデミズムで吹奏楽というものを見ていることだけはわかる。だから歴史上の大家とスウェアリンジェンを並べて語ることなど絶対に許さない。スウェアリンジェンの,あの明朗で親しみやすいポピュリズムが許せないのであろう。しかし私は何と言われようとも聞くだけで大西洋の広大な海が浮かんでくるスウェアリンジェンは愛すべき作曲家であると思っている。葉山界隈でヨット遊びをした日には,海に沈む夕日を見るたびに彼の名曲『チェスフォード・ポートレート』のサビの部分が頭の中で鳴るのである。

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