舞台芸術

18. Januar 15

【朗読】ニシムラタツヤ,「肉体言語」で構築する朗読の世界~(女川シークレットライヴ,2014年4月27日より)

 昨年,主に名古屋の劇場,カフェ,その他様々なオルタナティヴな空間で活動を続けている舞台俳優で朗読家のニシムラタツヤの舞台を女川で観るというまたとない機会があった。
 私が毎年催行している東北の着地型観光ツアーの一つ『女川歴史民俗紀行~平井弥之助と貞観・慶長大津波伝承の旅』第6弾のプログラムの一つとして,女川の温泉宿「華夕美」で行なったシークレットライヴでの事である。(「女川歴史民俗紀行」とは,千年に一度の大震災に耐え抜いた女川発電所の設計思想を平安時代の津波伝承や古文書まで辿る歴史伝承の旅である。)
 ニシムラタツヤの舞台を初めて実際に観たのは一昨年(2013年)の10月18日に名大の近くにある古書茶房「リチル」というカフェでの朗読ライヴである。この時の演目は織田作之助『ニコ狆先生』と,夢野久作『X光線』(「田舎の事件」より)であった。これをみてもわかるとおり,ニシムラタツヤの得意とするジャンルは現代よりも近代に近く,その作品の背景にある時代的風土,手触りすらも言葉だけで表現していく。喩えれば,噺家が一人何役もこなし,「場」を作り上げていくのに共通するものがある。
 舞台俳優でもあるニシムラタツヤが肉声にこだわるのも,言葉そのものが身体の一部としての「肉体言語」という意識があるからだ。これについては私とニシムラタツヤとの間でいくつかやりとりがある。それは,ニシムラタツヤが特に得意とする宮沢賢治の故郷でもある東北が,震災報道を機にたちまち記号化されて平坦になっていき,やがて郷土の言葉さえ何者かに奪われるのではないかという危機感を共有するところから出発した「郷土への《言葉》の奪還」というテーマと大いに関係する。
 つまり,郷土の言葉を何者かに奪われそうになった時,言葉を生業とする者は,言葉でしかそれを取り戻せないという事である。ニシムラタツヤの過去の舞台のアーカイヴを見てもそれは如実に表れている。あえて同時代的,今日的な題材を選ぶのではなく,あくまでも都会ではない場所から発信していくのも,郷土を一様に塗りつぶしていく化け物の様な巨大都市への抵抗すら感じるのだ。
 その一方で,舞台における予断を許さないような挑戦的な試みも行っている。それが,客が持ち込んだあらゆるテキストを即興で朗読するパフォーマンスである。料理のレシピから取説まで,何でも舞台上で即興で読みあげて「作品」としていく試みである。この時に,「作品」に昇華しようとする「言葉」と,不意打ちを食らう「身体」の間でせめぎ合いが起こり,緊張感のある舞台を生む。
 
 この様な意欲的な舞台を作っているニシムラタツヤが女川で試みた朗読ライヴは,単にライヴ公演をやるだけではなく,他の観光客と一緒に女川の観光ツアーそのものにも参加したうえでライヴを行なうというものである。つまり,2泊3日の観光ツアーの中で,ライヴの時間が来るまでは同じ観光客という立場で女川という「場」に関わり,ライヴの舞台に立った瞬間に,今度は1人の朗読家として女川という「場」に関わる事になる。ここに生じる差異が,おそらくはニシムラタツヤにとっては予断を許さないスリリングな展開となる。
 女川のシークレットライヴでニシムラタツヤが朗読した演目は,古文書『日本三代実録』巻十六より「貞観大津波」,労働歌『女川建準行動歌』,高村光太郎『三陸廻り』である。
 まずは平安時代の『日本三代実録』であるが,ここに記された貞観大津波の伝承こそが,女川町塚浜に立地する女川発電所の構造上の設計思想に反映されたものである。東北電力の副社長であった故・平井弥之助,そして,当時は女川2号機の建設所長を務めた阿部壽氏らによって,貞観(869年)と慶長(1611年)の大津波伝承などから実際の津波浸水域などを想定して建てられたのが,千年に一度とも言われる大震災にも耐える事が出来たこの発電所なのである。その点において,『日本三代実録』も女川の土地とも関わりが深い。
 次の『女川建準行動歌』は,女川発電所の作業員がかつて歌っていたとされる発電所の労働歌で,当時,発電所建設事務所に勤務していた故・江川泰さんという人が作詞をしたものだ。その頃に流行のブルースの節に合わせて作業員らが歌っていたという記録も残るが,実際の音源は存在しない。
 現在,この埋もれたままの労働歌に何組かのミュージシャンがオリナルの曲をつけて新たな労働歌として復刻させるライヴ活動も行っているが,ニシムラタツヤはそれに先駆けて,肉声による朗読を行なった。
 そして最後に朗読したのが高村光太郎の『三陸廻り』だ。この中から光太郎が石巻と女川を旅した部分を抜粋して朗読された。この光太郎の紀行文が,まさに恵まれた都会の人間が知らない集落を訪ね,そこでの不便さや文化や風土の違いに違和感を覚え,戸惑いながらも旅を続けるというものだ。これもただの紀行文ではない。そこで生活している人々を物珍しく見るという非礼な態度,一方で,都会の知識人ぶって集落の人の生活に無理やり入っていこうとする傲慢さと,それに途中から気付いて何とも言えなくなる光太郎の心中を複雑に表した名随筆なのだ。
 この3つのそれぞれに時代が異なる作品の世界を,肉声による朗読だけで表現された舞台は,もう二度と観る事はできないだろうと思わせるほど,後世にわたって記憶に残る様な舞台であった。
ニシムラタツヤ公式サイト
http://www.afrowagen.net/index2.shtml

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)