現代詩

04. Juni 11

【詩集】 福島出身の詩人,三谷晃一の綴る郷土の記憶~詩集『星と花火』(文芸社)

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 詩人,三谷晃一は1922年福島県生まれ。地元新聞『福島民報』論説委員長を務めながら,郷土福島を題材とした詩を多く書いてきた。今回私が手にした詩集『星と花火』は,戦中の貧しい郷土の記憶と,今日に至る変わりゆく郷土の歳時記を綴ったものである。
 まず『星と花火』に採録された作品を全て読んでみて思った事は,自分や郷土のおかれた様々な状況を,何に怨むまでもなく坦々と受け入れて生きていく三谷の姿である。
 まず,「初夏の村で」,「魚をとる」という作品。具体的な場所を示す地名は一切でてこないが,ここに綴られた風景は,例えば井上陽水の『少年時代』の様に誰もが記憶として持っている故郷の原風景である。そんな故郷――すなわち,藁ぶき屋根の農家,リンゴの花,風でゆらゆら揺れる葱ぼうず。そして村で唯一の娯楽といえば,NHKラジオとテレビ。こんな時間が流れる村に,ある日突然工場,高速道路,工業団地,ダムが作られていく。しかし三谷は,今となっては村の総意で受け入れたそれらの物にたとえ郷土の記憶が奪われても,工場やダムの向うの町にも人々の暮らしがあるのだと,その敗北感を声高く叫ぶのではなく,静かに胸にしまいこむのである。

 そして,「セイタカアワダチソウ」という作品。ここでは自分の郷土(日本)が何者かに征服されていくような光景が,変わりゆく故郷の風景ををメタファにして綴られている。それは異国の武力であり,また外来(東京)からの巨大資本でもある。
 セイタカアワダチソウとは知られるとおり,昭和40年代頃から全国で爆発的に繁殖を始めた帰化植物であり,その自生場所は国産植物であるススキと競合する。作品「セイタカアワダチソウ」に登場する小さな風でも大きく揺れているススキの姿は,その見知らぬ侵略者に対する抵抗の象徴だ。
 昭和40年代といえば,わが国は高度成長期のただ中であり,外来の工業文化,消費文化が一気に流入してきた時代だ。当時を振り返れば,このセイタカアワダチソウも同時に印象として焼き付いているだろう。
 しかし三谷はここでも何かに,あるいは誰かに怨みの念を投げるのではなく,この事実と時代の変化を自らが「敗北者」として受け入れていくのである。
 後半,唐突に現れる
「豊葦原瑞穂国。
 秋。」
 という『日本書紀』に謳われるわが国の美名のフレーズが,いつかは来るであろう外来農業と,それによってまたも滅ぼされるかもしれない村落共同体の農村文化に対する三谷の強い憂いが感じられる部分である。そして,遥か昔にダムに沈んだ村の一部を押し黙って眺めるのである。

 そんな三谷には「東京」という町はどう映ったのか。「東京にいくと」という作品は,故郷(福島)から東京へ家族旅行か,あるいは出張で訪れた時の東京の町の点描風景である。デパ地下でワイン,チーズ,そして全国の物産が集まる食料品売り場で土産を買う。東北の人間からみたら寒暖の差が穏やかに感じる東京の佇まいを,三谷はこう表現する。
「なま暖かい東京よ。
 なま暖かい思想よ。」
 そうして東京の喧騒を離れて再び故郷の食卓についた時,東京から買ってきた鯵や烏賊の生乾しを目にして,「どうしてあんなところ(デパートの土産売り場)で腐敗もしないで きみは生きて来られたのか。」と呟きつつも,この普段より豪華な食卓に満足している三谷の姿がそこにはある。
 これはかつて集団就職で東京に大挙して押し寄せた東北の労働者達が,二度と故郷へは帰らず,やがて「東京人」として帰化していった事への嘆きにも聞こえなくもないが,どんな状況下でも,物事の対立や争いを止揚していくような,三谷晃一という東北の郷土に生きた一人の詩人の懐の深さを感じるのである。

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13. April 10

【ライブ・パフォーマンス】 詩人・伊藤洋子+ナガッチョ (銀座・ギャラリースペースQ)

 東京・銀座のギャラリースペースQで、詩人で画家の伊藤洋子とパフォーマー・ナガッチョの即興ライブが行われた。このライブは伊藤洋子の個展『私の8つの太陽』のオープニング・イベントとして急遽開催されたものだ。
 伊藤洋子は、1980年代から銀座、新橋、神田界隈の画廊を中心に、肉声によるポエトリー・リーディングを続けてきた詩人である。近年は現代詩の同人活動に加えて、画家としての活動も精力的に行っている。
 画家としての伊藤の作品は詩と同じく、自分の家族や自分自身の身体を題材とした寓話的な作品が多く、マイクロフォンを通さない肉声によるポエトリー・リーディングにこだわるのも、自分の身体から発した「言葉」も肉体の一部であると考える伊藤の表現を裏付けるものである。
 また近年制作されたタブローは、画面から以前のような余白が無くなり、細かい異形細胞のような模様がテクスチャーとして画面を覆っている。
 昨年、池袋の協栄ジムの近くにある伊藤洋子のアトリエを訪ねてインタビューを試みた時、この作風の変化について、昨年患った卵巣腫瘍で片側の卵巣を全摘出した事が発端となっている事を初めて知った。つまりどういう事かと言うと、伊藤が無心になって画面の余白をテクスチャーで塗り込めていく行為は、片側の卵巣を失った事による喪失感を埋めるための代替行為なのである。
 それは、片側の卵巣が無くなった事で,伊藤自身があたかもその場所が未だ空洞であるかのように感じる空間に何かを補填し,質量を卵巣摘出以前と同等に保つ事を表している。そして、伊藤が卵巣腫瘍を患った年齢が、自分の母親が乳癌を患った時と同じ年齢なのである。
 今回、パフォーマーのナガッチョと試みたライブ・パフォーマンスはこの事を念頭において見ると、伊藤洋子自身の非常に複雑な年代記が寓話となって構成されている事が分かるであろう。

 伊藤洋子がナガッチョの即興演奏をバックに朗読しているのは全て伊藤の自作の詩である。これは、若くして自分を残して乳癌でこの世を去った母に対する憎悪、悲哀、様々な感情が複雑に反復する作品である。自分を残して癌で死んだ母を自分の胎内に宿し、その母を自ら産み落とす事で母と再会して、自分が母を失った時の悲しさ、自分を残して死んでいった母に対する恨み、辛みの気持ちを母にぶつける、という寓話的な物語が展開されていく。
 「お母さん、お腹が空いたよ」、「お母さん、痒いよ」と暗がりで悲痛に訴える伊藤洋子の声は、病で床に伏した母が自分の事を十分に構ってくれなかった事に対する残酷な怒りだ。

 ライブで競演したナガッチョは、伊藤洋子と同じく1980年代から銀座、神田界隈の画廊を中心に活動を続けてきたパフォーマーで、笛、ハーモニカ、身近な小型の打楽器をリュックに詰めて、方々の美術作家の個展やグループ展会場を大道芸人のように渡り歩いてきた。その表現スタイルは、まず美術作家の展示作品からインスピレーションを得て、ライブを組み立てていくというものである。インスピレーションが降りてくるまでは相当の時間がかかる事もある。その時の会場の雰囲気、空間によっても内容が自在に変化する。
 この日のライブは告知が遅れたために、ナガッチョのライブを知らずに伊藤洋子の個展会場に来た来場者もたくさんいた。そこでライブを最初から見る機会が無かった者のために、異例ではあるがアンコールで短めのライブも行われた。私が録画で記録したのがこのアンコールのものである。伊藤洋子が肉声でぶつける母への憎悪、悲哀を、音と自らの身体で表現を試みたものである。(伊藤洋子個展『私の8つの太陽』2010年4月12日(月)~17日(土)まで。ギャラリースペースQ・銀座)

■ギャラリースペースQ
http://12534552.at.webry.info/

■伊藤洋子作品レビュー■
【名古屋芸術大学・芸術療法講座】 詩人・伊藤洋子インタビュー(芸術療法演習)
【アート】伊藤洋子個展 『卵巣の雲』(2009年8月31日~9月5日,ギャラリー代々木)

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11. März 10

【舞台公演】 慶應義塾大学公演 『土方巽 「病める舞姫」 を秋田弁で朗読する』(2010年3月9日、ザムザ阿佐ヶ谷)

 2010年3月9日、夕刻。雨から雪に変わったこの日、阿佐ヶ谷の小劇場「ザムザ阿佐ヶ谷」で、慶應義塾大学学生とプロの劇団員のコラボレーションによる『土方巽「病める舞姫」を秋田弁で朗読する』という試みの舞台が上演された。これは、原典では標準語で書かれた土方巽の幼少時代の自伝的エッセイ『病める舞姫』を、あえて秋田弁で朗読し、そのテクストから土方の身体に迫ろうとするものである。
 この企画は、先日も告知記事で紹介したが、財団法人東京都歴史文化財団が「東京文化発信プロジェクト」の一環で、学生とアーティストによる交流プログラムの中で実現したものである。これに自治体の賛同も加わり、いわば芸術文化活動における産学共同プロジェクトのようなものとして結実したものだ。
 まず、この「ザムザ阿佐ヶ谷」という空間自体が東北の古民家のような作りで、四方は土壁と年季の入った太い梁で囲まれている。板の間の床も、神経質に研磨されたものではなく、人間の顔や目玉に見える木の節が剥き出しになっている。かつて「田舎」と言われた地方に故郷を持つ人ならば、子供時代、薄暗い「離れ」や「くみ取り便所」、そして、夜になると何者かに見えてくる柱や床の木の節が怖かった事を思い出すであろう。この隠遁として、しかも湿気に満ちた内臓的空間こそが、土方巽の幼年期を育ててきたものである。
 舞台には、無造作に丸められた新聞紙が一面に散らかっており、人が座れるほどの黒い四角い炭のようなオブジェが配置されている。背面には土方巽がスイカを囓りながらこちらを凝視する巨大なポートレイト。まさに、土方巽のフォルクロア的空間である南秋田の旭川村に閉じこめられたようなモノトーンの世界だ。
 ここで作られた空間の持つ雰囲気は、私にとっては1970年代後期から80年代にかけて、現代美術作家の竹内博が神田の真木画廊で盛んに発表していた新聞紙や廃物によるインスタレーション作品を忘却の彼方から久しぶりに思い起こされるような空間である。竹内もやはり、東北、盛岡の滝沢村で、野外に廃物や日用品のインスタレーションを放置し、それがやがて朽ちて土に同化していくプロセスそのものを作品として提示した。極力自分で恣意的な動作による手を加えない禁欲的に限定された不自由な表現は、凍てつく乾いた大地に横たわる土方の姿と重なったわけである。
 
開演前のこの会場では、すでに秋田の民謡もBGMで流れており、まるで古びたムラの公民館のようである。舞台と客席も同じ質感で繋がっており、そこに14人の朗読者が現れて、肉声による秋田弁の朗読が始められるのである。
 
この14人の朗読者の中には秋田弁のネイティヴの山谷初男がいる。その山谷初男をまるで火鉢を囲むようにその他の朗読者たちが位置に付いている。彼らのほとんどは秋田弁どころか秋田にも所縁がない。そんな彼らが秋田弁を修得するためにUstreamでライブ回線を繋げ、土方と所縁のある「場」をフィールドワークしながら秋田弁を身体内部へと取り込んでいった。今回その試みの意図が明快に理解できる舞台であった。

 今回の、原典を改編した試みについてのひとつの解釈として、土方巽が生前の身体表現活動において、自らの身体運動をすべてメソッド化していったことを考えれば答えがでよう。つまり、土方にとっては身体運動も「語学」と同様に、他の者も修得出来得るものとして理性的にメソッドが作られた。我々はそれによって土方亡き今も、土方にまつわる「言葉」と「身体」を、実はそう違和感はなく同一のものとして捉えることができるのである。原典の改編は、いわば「教本」として書かれたテクストに、14人の朗読者による肉声で色・艶を載せて再現された土方巽の肉体そのものであるということである。
 
14人の朗読者は、まるで田舎の大家族の集合写真の様に全員が客席に対面している。そこから時折ヒアリングが困難な秋田弁が飛び交い、イレギュラーとして標準語が挿入される。この秋田弁と標準語との揺り戻しがとてつもない緊張感を生んでいる。土方の誕生から生涯を閉じるまでの年代記とインタラクションして現れる秋田弁と標準語との間で繰り広げられる言葉の格闘は、肉声による朗読であるからこその迫力である。
 
圧巻だったのは、朗読者たちが一斉に立ち上がって床を踏み鳴らしながら童歌を歌うところである。

 「ツンボにメクラ、ヘビ、ねずみ!」

 このリズムで反復される童歌は、床を伝わって内臓まで響いてくる。この地の底からわき出すような土俗的エネルギーは、かつて自分が生まれた空間から乖離してしまった身体の記憶を蘇らせるものである。人間が直感的、生理的に身を乗り出すようなこのリズムは、左脳が極端に肥大化し、右脳が著しく退化した我々にはあまりに刺激的すぎる。
 
それは、作曲家・伊福部昭が北海道の辺境でアイヌの舞楽に出会った時のように、病者も虫も五穀豊穣を喜び、そしてやがては共々に土へと朽ちて帰っていくような生けるものたちの一生を垣間見た瞬間であった。その生けるものたちの中心に、確かに土方巽の肉体が鎮座していた。
 
舞台の幕が下りてからもこの日ならではの演出がなされた。土方巽の誕生日に因んで本日の舞台の朗読者14人、公演スタッフ、客席の来場者全員で記念写真を撮影したのである。土方と所縁のある雪の降りしきる武蔵野の辺境・阿佐ヶ谷の夜に、我々はまんまとこの「気配」のある空間に取り込まれてしまったのであった。

■土方巽関係レヴュー一覧■
【慶應義塾大学】 『病める舞姫』を秋田弁で朗読する(2010年3月9日、ザムザ阿佐ヶ谷で上演)

【研究会】 土方巽『舞踏大解剖2』(慶応義塾大学日吉キャンパス)
【論集】 『慶応義塾大学アート・センター 年報14』2006/07

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14. Juni 09

【格闘技】 『詩のボクシング』 王者・ねじめ正一VS挑戦者・谷川俊太郎(1998年10月10日,水道橋バリオホール)

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日本朗読ボクシング協会選手権試合
世界ライト級タイトルマッチ(3分10R)
王者・ねじめ正一VS挑戦者・谷川俊太郎
(於:1998年10月10日 水道橋バリオホール)
実況:小林克也
解説:高橋源一郎
ジャッジ:平田俊子,八木忠栄,町田 康
大会コミッショナー:楠かつのり

 衛星放送NHK BS-2では現在,BSアーカイブと銘打って,過去10年間の放送作品から特に視聴者からの反響が大きかった番組を再放送している。昨日(13日)に放送されたのが,『詩のボクシング』である。
 『詩のボクシング』とは,詩を“ことばの格闘技”と捉えて,日本を代表する現代詩の詩人たちが,ボクシングのリングに見立てたステージに上がり,互いに自作詩,即興詩をリングの上で読み合って,ジャッジ3名のもと勝敗を決めるというイベントである。ジャッジ3名の他に,リングアナ,実況,解説者,大会コミッショナーまでこの“試合”に立ち会うので,リングに上がるのがボクサーか詩人であるかの違いだけであり,フォーマットは公式のボクシングルールと何ら変わりはない。
 ふだんから現代詩にも格闘技にも馴染みのない人間にとっては,この詩とボクシングの取り合わせは,まったくもって唐突なものに見えるかもしれない。しかし,そのどちらかに少しでも触れたことのある人間であれば,詩とボクシングとの間に何らかの共通点を見出せるであろう。
 つまり,詩をただ書くだけではなく,自分の声を出して読むという行為は,格闘技がそうであるように,身体的行為なのである。ただ,詩の場合は,多くは格闘技のように他者や観客から客観的なジャッジもされることもなく終わるので,これが,あたかも格闘家のように全身をさらけ出した身体的行為であると気がつかない人間の方が多いだけである。
 大会コミッショナーの楠かつのりは,現代詩が置かれているジャッジ不在の状況に風穴を空けるためにこの企画を思い立ったという。現代詩におけるジャッジとは,すなわち他者による批評のことである。格闘技の場合は,それが判定となり,ジャッジが採点したポイントの差で勝敗が決まる。それは格闘技に限らず,どんな表現媒体でも,世の中に向けて何かを投げかければ,当然そのことに対する反響が返ってくるはずではあるが,コミッショナーの楠かつのりなどが指摘するように,詩人はただ仲間内の同人の詩誌に詩を発表するだけで,広く世の中のジャッジは受けていない。そこに詩檀が抱える閉塞性があるわけだが,楠かつのりやそれに賛同した詩人たちは,詩檀が長らく引きずってきた閉鎖性,閉塞性に風穴を空けるために,リングに立つことを決意したわけである。
 当初はプロの詩人たちだけで行われていた『詩のボクシング』であるが,現在では一般素人を対象としたオープントーナメントも行っている。こちらの方もプロの詩人たちのボクシングと同様に人気があり,下は小学生から上は90歳の高齢者まで参加者がいる。『詩のボクシング』のリングに素人も立たせるのは,実は良いアイディアなのである。これは,例えれば水泳のマスターズ選手権のようなものだ。水泳のマスターズ選手権というのは,五輪選手や実業団の競泳選手ではなく,一般の水泳愛好者たちが集う選手権であり,競技に参加する楽しさとともに,広く地域にスポーツ文化を根付かせていくという要素も担っている。こちらにも現役90歳スイマーがいるのである。
 例えばスポーツや国民体育の在り方について,三島由紀夫は『実感的スポーツ論』という評論集の中でこんなことを書いている。

「たとえば私は空想するのだが,町の角々に体育館があり,だれでも自由にブラリとはいれ,僅少の会費で会員になれる。夜も十時までひらいており,あらゆる施設が完備し,好きなスポーツが気楽にたのしめる。コーチが,会員の運動経験の多少に応じて懇切に指導し,初心者同士を組み合わせて,お互いの引込み思案をとりのぞく。そこでは,選ばれた人たちだけが美技を見せるだけではなく,どんな初心者の拙技にも等分の機会が与えられる」(三島由紀夫『実感的スポーツ論』より)

 この三島のエッセイは,東京五輪の開催に合わせて『読売新聞』に5回にわたって連載されたもので,三島はすでにこの時から「体育」と「市民スポーツ」のあり方,そしてそれが地域の文化といかに結びついていくのかを予見していたことになる。『詩のボクシング』の大会コミッショナーである楠かつのりも,詩というものが閉鎖的,選民的な詩檀から離れて,スポーツのように市民文化として広がっていくことに何らかの可能性を求めているのであって,それは現在まずまず成功しているといえる。

 詩の朗読とは,『詩のボクシング』のようにマイクを使った朗読もあれば,詩人の肉声だけで行われる朗読もある。私の良く知る野間明子,坂井のぶこ,伊藤洋子といった女流詩人たちは,マイクを使わず肉声で朗読するタイプの詩人である。一方で,今まで何回か一緒にイベントをこなしたことのある一色真理などは,肉声ではなくマイクごしに自作詩を朗読するタイプの詩人である。また,昨年の6月に亡くなり,間もなく一周忌を迎える故・三須康司は,舞台に立って第三者に向けて自作詩を読むことを一切しなかった詩人である。「二人称画廊」の主人でもあった三須康司は,自分の主宰する画廊の名前にもあるように,“二人称”ということにこだわった詩人だ。彼は,画廊や美術館で出会った評論家,美術作家個人に対して,二人称,つまり「あなた」という個人に向けた詩をノートの切れはしに書き,それを「あなた」たる評論家や美術作家個人へ手渡すという行為を行った詩人である。
 今ここに上げた詩人たちは,詩人の中でも目に見えるかたちでアクティヴに活動している詩人たちであり,その他多くの詩人といわれる人間たちは,依然として仲間うちの詩誌の中に詩を書くという行為にとどまっている。
 詩の朗読形態については賛否両論あり,マイクを使った朗読を認めない詩人ももちろん存在する。このような詩人たちは,詩人の肉声をもってそれを自分自身の身体と捉えているので,自分の肉声と,肉声が届く空間の間に,いかなる媒介者も許さないのである。このストイックな感覚はそれなりに理解はできる。
 例えば作曲家の黛敏郎は,ヴァレーズにインスパイアされて書いた吹奏楽編成の『トーンプレロマス55』という楽曲についてこのように述べている。

「人間の息を利用する管楽器と,手に依る打楽器を生命とする打楽器のアンサンブルが発する音のエネルギーの集積は,トーンプレロマスという言葉に一番相応し,効果をあげてくれることだろう。」

 つまり,弦楽器のように,「楽器」と「身体」との間に「弓」という媒介を通す楽器は,そこで何らかの恣意的要素が生まれてしまうからそれは排除して,「息を吐く」,「手で叩く」という身体的行為が直接音に繋がる管楽器と打楽器を編成に選んだということである。この黛敏郎の吹奏楽に対する身体的なこだわりは,肉声による朗読を行う詩人と共通のものを感じる。

 では一方で,『詩のボクシング』のように,マイクを通した詩の朗読にはいかなる意味や意義があるのかを考察してみる。一連の『詩のボクシング』をテレビ中継やライブ会場で実際に見てきて思ったことは,ここに2つの暗喩が存在するということである。まず一つは,わざわざこれを“ことばの格闘技”と銘打っていることに大きく符号する。つまり詩人がリング上でマイクを掴むという行為は,これまで主にプロレスのリング上でプロレスラーによって行われてきた,いわゆるマイク・パフォーマンスを連想させるのである。
 格闘技のマイク・パフォーマンスとは多分にショーアップ的要素が含まれており,リング上のレスラーが対戦相手個人,あるいは客席にいる演出上は敵対しているレスラーに向かって,言葉で挑発行為を繰り返すのである。そして最後は手に持ったマイクをマットへ叩きつける。すると今度はその挑発に乗ったレスラーがリングの中に上がってきて,マットの上に転がったマイクを拾い上げ,その挑発に受けて立つ,というものである。
 『詩のボクシング』での初代王者・ねじめ正一と挑戦者・谷川俊太郎の戦いを見ていると,両者とも遊び心としてそのことを非常に良く理解しており,終始,緊張感の中にもユーモアのある挑発行為を応酬していた。これだけを見れば,格闘技のフォーマットを実に忠実に遂行しているのがわかる。だから彼らの口から“詩は格闘技である”という言葉がでてきても異論はない。
 『詩のボクシング』におけるマイクを使った詩の朗読に存在するもうひとつの暗喩とは,文字通り,ラッパーたちによるDJバトルである。HIPHOP音楽におけるラッパーやDJたちは,マイクを片手に即興で言葉をあやつり,その技術を互いに競い合うのである。日本では代々木で行われるB-boy ParkのDJバトルが有名で,ここから多数のラッパーやDJたちが誕生している。DJバトルの源流は,古くはニューヨーク,ソーホーの不法居住地区やデトロイトから8マイルの貧困黒人街にあり,ここで貧しい黒人ラッパーたちが日夜マイクを片手にDJバトルを繰り広げているのだ。彼ら黒人ラッパーが題材にするのはドラッグやセックス,そして貧困などに加えて,敵対するグループに対する辛辣な批判である。これはHIPHOP用語では“ディスる”(disrespect)と言い,日本では,ハードコアなHIPHOPユニット「キングギドラ」のメンバーであるZEEBRAが『公開処刑』という曲の中で,Dragon AshやKICK THE CAN CREWという売れ筋のグループをボロクソにディスったことがきっかけで,一時音楽業界でもファンを巻き込んで論争にも発展したことがある。
 また,そこに対戦相手こそ存在しないが,現在は報道番組のキャスターを務める古舘伊知郎の『トーキングブルース』というトークライブこそ,8マイルの貧困黒人街のDJやラッパーの詩的精神を正統に継承しているものではないだろうか。中でも1999年12月31日の夜にミレニアム・カウントダウンのイベントとして浄土宗西山禅林寺派総本山の禅林寺で行われたものは,近年の彼の仕事の中では最高峰のものであろう。
 ラッパーやDJたちが手にするマイクは,単に音声を増幅させるための音響機器としてあるのではなく,そのマイクを叩いたり,服や体に擦りつけたりして様々な音を出すための身体と一体化したツールなのである。さらにいえば,KICK THE CAN CREWが『マイクロフォンのテーマ』という曲の中で歌っているとおり,マイクはその形状からして勃起した男性器の象徴であり,このようなことを考えると,マイクを握るという行為自体に身体性が立ち上がってくるのである。以上のような意味合いから考えれば,『詩のボクシング』のようにマイクを使った詩の朗読が,必ずしも肉声だけによる詩の朗読よりも劣っている,または身体性が欠如しているとも言えないのである。
 ただ,現代詩の朗読よりも歴史の長いDJバトルにこそ,真の言葉の戦いがあるようにも思う。詩人たちは熾烈なDJバトルの壇上に上がってこそ,格闘技としての詩の帰結をみるのではないだろうか。

■楠かつのり(日本朗読ボクシング協会コミッショナー)ブログ
http://imageart.exblog.jp/

■詩のボクシング 公式web
http://www.asahi-net.or.jp/~DM1K-KSNK/poetry-boxing.htm

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10. Juni 09

【現代詩】 詩人・野間明子朗読ライブ(ギャルリー東京ユマニテ)

 詩人・野間明子が,おおよそ20年ぶりに,本格的な朗読ライブの舞台に立った。この日に読まれた作品は,野間明子の第一詩集『玻璃』(漉林書房)に収録されている「鬼」,「ヒュドラ」,「プロキオン」,「雨期」の代表作などを中心に,1時間の舞台の中で,『玻璃』の前後に書かれた作品も朗読された。
 この中で,「プロキオン」は,今から20年ほど前に,画家・梅崎幸吉が主宰する銀座7丁目の裏路地にあったギャラリー・ケルビームでの朗読ライブでも読まれたこともある思い出深い作品である。当時ギャラリー・ケルビームでは,現代アートの作品の展示だけではなく,音楽,パフォーマンス,朗読といった様々なイベントが毎日のように行われていた。その中で,主に詩人・田川紀久雄が主宰する漉林書房の同人の詩人たちが多くライブの舞台に立ち,自作詩を発表していた。
 この日,20年ぶりにソロ・ライブの舞台で読まれた「プロキオン」は,当時のものとは大分違った印象を受けた。まず,ケルビームとユマニテでは,空間の構造が大きく異なる。ユマニテは真四角に近い空間で,床がリノリウムなので,詩人の肉声が床にも良く反響されている。それがいわばアンプのような効果を生み,肉声に艶が出て有機的な音質になる。特に女性詩人の高音域に,この特徴が顕著に出るようである。
 一方で,ケルビームは細長い空間で,床が絨毯であったので,それが逆に消音効果を生むので,詩人の肉声が堅牢な質感となる。しかもユマニテの空間のように肉声がほとんど反響をしてくれないので,詩人の力量の差が圧倒的に出るのである。このような条件の中で,かつて野間明子は,非常に無機質で堅牢な質感の肉声を,ギャラリーの最後方まで飛ばし,迫力ある朗読ライブを行ったのである。この時に読まれた「プロキオン」という作品は,もう何度も私は批評で書いているが,インパクトの強い作品なのである。
 しかし,今回読まれた「プロキオン」は,ケルビームの頃に聞いたものとはまったく印象の異なるものとなっていた。ここで,ケルビームでのライブが映像資料として残っていないことが本当に悔やまれるが,まず,ひと呼吸ずつ間をとりながら読む冒頭の3行,即ち

 プロキオン
 き・おーん
 ぷろきおん

の後に,早いテンポで怒涛の如く言葉が展開していくパートが現れるのである。それがこの部分だ。

「あたしは菜っぱを食べている,曇ったステンレスの両手鍋でちぬと水菜が煮えている,強火でなければ消えてしまう錆びたガスコンロにかかっている,ビスケットの罐をひっくりかえしたガス台に金茶色の脂染みが消えない/昆布だしで煮て食べている,残り少なくなった中味にちぬの脂が浮いている,青いチェックのビニールクロスがかかっている,チェックの上の花模様にしょうゆ差しの丸い跡が消えない,花模様の向こうに煮たった薬罐を乗せたビニールの縮みが消えない」

この後もまだまだ続くこのパートを,当時の野間明子は,息もつかずに一気に読んだのである。この作品の中では菜っ葉と魚の煮物が鍋でぐつぐつ煮えたぎっており,その煮立った鍋から聞こえてくる世話しない音のイメージが,この早いテンポと非常に良く合うのである。
 それに対して,今回再び朗読された「プロキオン」は,全体的に落ち着いたテンポであり,20年前の朗読と比較するとリズムやテンポにはあまり抑揚はない。その分,野間明子は一語一語を拾うように読んでいくので,感情も声に乗ってくる。そのためなのか,以前の「プロキオン」を聞いた印象では,現代詩の非常に実験的な作品のように聞こえたのだが,今回このように改変された「プロキオン」では実験的な作品の片鱗はもはや見ないが,その代わりに,野間明子自身の私小説的寓話の世界が広がっていくので,これはこれで面白い。当時,「プロキオン」や表題作品である「玻璃」だけが突出した作品に思えていたが,今回のライブを聞くかぎりでは,その他の作品,「鬼」,「ヒュドラ」,「雨期」と並んでも,違和感はない。
 テキストはいわば音楽に例えれば楽譜と同様で,そのテキストはリズムやテンポも含めて読み手の解釈に委ねられる。同じ読み手でも,年代によって解釈が変わってくるのは珍しいことではなく,われわれは同時代に生きているからこそ,その変容を楽しむことができるのである。

 ライブが終わった後,帰りの電車の中で野間明子と一緒だったので,ケルビーム時代の想い出話しなどに華が咲いた。野間明子に言われて思い出したのだが,実は当時,私も画家・梅崎幸吉が企画した朗読ライブの舞台に一度だけ立ったことがあるのである。この時は詩人の伊藤洋子とデュオの舞台に立ち,私のドイツ語の詩「リンゲルの海」を,伊藤洋子が和文訳で,そして私は原文のドイツ語で朗読したのである。しかしこれも当然のことながら映像資料も音源も残っていないのが残念である。野間明子が当時を振り返って言うには,私の声と伊藤洋子の声がお互いに良いハーモニーになっていたそうである。
 それから野間明子からはこんな言葉も聞けた。
「詩人は世の中に相手にされていないから,自分の作品が批評の俎上に上げられることにも慣れていない」
 とのことである。
 この言葉は現在,現代詩に関わるすべてのものたちが抱えている問題なのであろう。同人活動は盛んだが,それが世の中に向かっていないことは確かである。かつて,詩人・一色真理らと一緒に現代詩のイベントをやった時も,このような話をした記憶がある。あれからやはり20年の時を経ているが,詩壇は何も変わっていない様子である。そんな中でも,かつてケルビームという,ユマニテなどとは比較にならないほどのタイトな空間で鍛え上げられた野間明子が,再び肉声の朗読ライブの舞台に帰ってきてくれたことは素直に嬉しい。

■井上リサによるその他の野間明子レビュー記事
野間明子第一詩集 『玻璃』(漉林書房)~詩人,野間明子が20年ぶりに朗読ライブの舞台に立つ~

 

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14. Mai 09

【現代詩】 野間明子第一詩集 『玻璃』(漉林書房)~詩人,野間明子が20年ぶりに朗読ライブの舞台に立つ~

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 詩人・野間明子の第一詩集『玻璃』(漉林書房)を,ほぼ20年ぶりに開いて読んでいる。先日,書斎の本棚を整理している時に,ベルクソンやドゥルーズの本と一緒に奥の方から思い出したように出てきたもので,部屋の掃除や本棚の整理の手を中断して何度も熟読していたら,いつの間にか日が暮れてしまったというわけだ。
 この詩集の中には,刊行された時とほぼ同時期の今から20年ほど前に,銀座のギャラリー・ケルビームでの朗読ライブで実際に野間明子の肉声で聞いた「プロキオン」と「玻璃」という作品も収録されている。
 本のページをめくると,「プロキオン」が掲載されているページに付箋のように一通の手紙が挟まっていた。それはこの詩集の作者,野間明子から私宛に書かれたものである。内容は,「プロキオン」や「玻璃」という作品を私が気に入ってくれたことへのお礼,詩誌『見せもの小屋』(漉林書房)に私の感想を掲載したことについての報告,そして近況などである。
 「中野通り近くで井上さんと似た方にすれ違ったのだが,一瞬にして通り過ぎてしまって声をかけられなかった」
 という事なども書かれている。
 この手紙をいただいたのはもう20年近く前のことなので,私がどんな用件で中野駅付近に出向いたのかは記憶にないが,たぶん単館上映館の「中野武蔵野ホール」か「ひかり座」で何かの上映会でもあったか,あるいは年代的に推測して,「Plan-B」あたりで小杉武久のパフォーマンスでも見に行く途中であったのかもしれない。
 自分が気に入っている作品が収録されている詩集にもかかわらず,なぜこんなにも長い間,ページを開かなかったのかというと,この時代はだんだんと海外の美術展への出品が多くなってきた時期に合わせて,医学史,医療人類学,医学概論研究のために遠方で長期滞在する機会が多く,東京の家を空けることが多かったのである。その都度荷物を整理していたら大事なものまで奥にしまわれていたというわけだ。
 それともう一つ,この詩集の中で特に気に入っている「プロキオン」と「玻璃」については全部暗記していたので,本のページをめくる必要もなかった。
 その作品「プロキオン」が,なんと20年ぶりに野間明子の肉声により蘇ることになった。詩人・天童大人が企画している朗読ライブの6月の舞台に野間明子が立つことになったのである。

 「プロキオン」は,場所は特定されてはいないが,入り組んだ住宅街の背の高い建物に囲まれた小さなアパートから「私」の周辺を雑記した作品である。

プロキオン
き・おーん
ぷろきおん

 これが「プロキオン」の冒頭である。この後,読んでいても息をつく間もなく怒濤のごとく周辺描写が展開されていく。

あたしは菜っぱを食べている,曇ったステンレスの両手鍋でちぬと水菜が煮えている,強火でなければ消えてしまう錆びたガスコンロにかかっている,ビスケットの罐をひっくりかえしたガス台に金茶色の脂染みが消えない/昆布だしで煮て食べている,残り少なくなった中味にちぬの脂が浮いている,青いチェックのビニールクロスがかかっている,チェックの上の花模様にしょうゆ差しの丸い跡が消えない,花模様の向こうに煮たった薬罐を乗せたビニールの縮みが消えない

 先ほど「雑記」と書いたが,これは精密に描かれた素描に近いかもしれない。詩人が「言葉」というツールをふんだんに使い描かれた「素描」である。
 自分の半径数メートルの日常を描きながら,その複雑に入り組んだ空間からわずかに見える「空」からプロキオンという星座が遙か彼方に見える。

夜の外北天一一・三光年にプロキオン,いぬのさきがけ,泣き濡れた殺人者,銭湯へ行くとき星が見える,子午線にそって十三分歩く,オリーブみたいな娘にオルガンを弾かせる男がドラム罐で次から次へぼろを焚く

 私は当時,このスケール感に圧倒されて,一度聞いただけでこの作品が好きになり,その場で詩集を買い求めたのである。それからというものの,この作品を何度も読んでいるうちに,この作品の骨格に,非常に音楽的なものを感じるようになったのである。具体的には,ロマン主義以降の交響曲にみられる特徴的な形式,つまりは,第一楽章の第一主題が第二楽章以降も下層に潜伏していて,それとリンクする「動機」が時折顔を覗かせながら,最終楽章に再び力強く主題が現れる,というものである。例えばエルガーの交響曲などがそうだ。
 「プロキオン」では以下のように「主題」が再び現れる。

あたしが菜っぱを食べている,もう汁がすっかりひっついている,ゼラチンだけがたぎっている,燃え続け噴き出し続ける円環のガスの列からそれでもき・おーんと光きこえてあたしは,思わず歯と歯の間心細い宇宙を噛みしめる

 そして最後に,

き・おーん
キ・オーン
プロキオン

 でしめくくられる。
 短い作品でありながら,こういった骨格を持っている作品なので,途方もない時間の流れを感じる奥行のある作品になっている。そして,わずかな隙間の空から遥か彼方に星座が見えるというような描写のせいで,宇宙の摂理からみた人間存在の空虚さを一瞬感じ,一人冷気を帯びた空間に放り出されるような孤独感にとらわれて恐ろしくなるのである。
 この作品の中で唯一感じることができる熱源はガスコンロであり,「私」を取り囲む小宇宙の中でそれが“き・おーん”と光っているのである。

 あれからおおよそ20年という月日が経過して,再びライブでこの作品を聞く機会が間もなくやってくる。野間明子がこの作品をライブのプログラムに入れてくれたのは,先月,田川紀久雄「詩語りライブ」で同席した時に,私が直々にこの作品をリクエストした事に加えて,先日の彼女への電話でも,再度この作品をどうしても聞きたいと強くリクエストしたための配慮であろうか。
 その時野間明子は電話口で,「昔,ケルビームで聞いた時のプロキオンとは違うものになるかもしれない」,「今回はひとつの試みとしての舞台に立ち会っていただくことになる」と話してくれた。
 堅い破裂音で始まるこの作品は,朗読者泣かせの作品であるといえる。マイクを通さない肉声による朗読の場合,最初の出だしで肉声がうまく乗らなかったならば,この後怒濤の様に押し寄せてくる言葉の洪水に溺れてしまうであろう。それだけ「プロキオン」は声を出して読むには難しい作品なのである。

La Voix des poètes(詩人の聲)
野間明子ライブ

2009年6月10日(水)
場所◇ギャルリー東京ユマニテ
    東京都中央区京橋2-8-18 昭和ビルB1
時間◇会場18:30 開演19:00
料金◇予約2500円 当日2800円
    (学生1500円)(学生1800円)
予約・問い合わせ◇「北十字舎」 TEL03-5982-1834 FAX03-5982-1797

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27. April 09

【DVD】 坂井のぶこ 詩語りライブ 『有明戦記』

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 坂井のぶこの『有明戦記』詩語りライブのDVDを鑑賞する。このライブは,2008年9月16日にStar Poets Galleryで行われたものをノーカットで収録したものである。
 一般に「詩語り」という表現ジャンルは馴染みの少ないものである。それどころか,「現代詩」というもの自体がますます特異で,それを書いた詩人以外は理解不可能との印象を持たれているのだから当たり前である。そんな詩人が自作の詩を朗読するという「詩語り」にわざわざお金を払って聞きに行くのは,相当に奇特な人間ということになる。
 しかしこの,坂井のぶこの『有明戦記』は面白い。詩としても完成度は高いが,それよりも,まず他の分野,例えば映画やジャズライブや舞台公演といったエンターテインメントのジャンルに入れても遜色がないほどに楽しめる作品である。現代詩でこのような作品に出会うことはまさに奇跡に近い。
 『有明戦記』は坂井のぶこの第十詩集で,この詩集に収められている詩は全18章からなる1扁の長大な詩である。
 長野県の松本出身の坂井のぶこが,安曇野の有明地区に伝わる「八面大魔王」の説話・伝承から着想を得た作品である。この作品を読むには,この地域のことを民俗学的,および地政学的に知っておく必要があるだろう。
 まず,旧国名では信濃であったこの場所は,四方を錚々たる山々と盆地に囲まれて海がない。海がない代わりに木曽川や天竜川が横断し,川沿いの集落では魚だけではなく,川底に生息するトビゲラやカワゲラの幼虫,地蜂(クロスズメバチ)の幼虫も食すという独特の食文化が形成されてきた。
 近世までの人々の貧しい暮らしぶりは,松本市や伊那市などが編纂した市制史を紐解けば,当時の集落の人々の困窮した暮らしぶりも知ることができよう。
 そして『有明戦記』のプロットになっている「八面大魔王」の物語とは,坂上田村麻呂の北征の際,信州の貧しい農民が年貢を強要されているのを見かねた八面大魔王が,農民のために田村麻呂と戦ったというこの地方に伝わる伝説である。現在,安曇野市内のいたるところに,田村麻呂に成敗された八面大魔王の胴体,首,足などが祀られた神社などがある。

 『有明戦記』で描かれている世界は,現代詩にしばしばみられる実験的なコンテクストの試みでもなければ,随想的なスケッチでもない。全18編からなるこの長大な作品は,古代-近世-近代-現代と時系列につながった,ある一族を主軸にした年代記である。
 この一族とは,作品の中では具体的には言及されてはいないが,想像するに,例えばそれは,佐々木守が『ウルトラQ ザ・ムービー』の中で描いたワダツジンや,金城哲夫が『ウルトラセブン』の中で描いたノンマルトのような存在である。つまり,これらの一族や,有明のかの一族に共通していえることは,日本の国土,風土の中で生活しながらも,それとは系譜の異なる異質の文明・文化を秘めて暮らしてきた人々,ということだ。
 佐々木守が描いたワダツジンの伝承に登場する神獣・薙羅(ナギラ)や,金城哲夫が描いたノンマルトの神獣ガイロスが八面大魔王に相当するものである。

 詩人,坂井のぶこによって紡ぎだされる『有明戦記』は,壮大な神話世界の中で描かれる「戦い」,「略奪」,「陵辱」の繰り返しの荒々しい歴史が一族の末裔に瘢痕のように記憶されて,それが現世人と交わることでエロスが一気に開封されていくような,濃縮された野性を感じる作品である。
 自分の身体に刻印されたDNAによって発情させられた身体が,神の思惑で生け贄のような肉塊になっていく様子は,劇画家・前田俊夫の代表作『うろつき童子』にみられる暴力的,かつ「死」と「エロス」の領海を快楽をもって行き来する凄まじさと同様のものを感じるのである。それは後半にかけて,震えるような肉声でたたみ掛けてくる坂井のぶこの情念で一層に増幅される。その肉声は,鮮血が充満した器官のようにてらてらとした艶と張りがあり,まるでばらばらに切断された八面大魔王の身体を呼び戻すかのような悲哀に満ちた声である。
 坂井のぶこは20代から詩作を始め,30代になった頃から肉声による詩語りを本格的に始めるようになった。現在も続けている詩語りは年代的にも円熟味を増し,またこれまで活動をともにしてきた末期癌の田川紀久雄の「死」と「エロス」を共有しているであろう今だからこそ,もう一度この状況で『有明戦記』の詩語りを聞いてみたい。

DVD 坂井のぶこ 詩語りライブ 『有明戦記』(漉林書房)
頒価2200円
注目は漉林書房まで
〒210-0852
川崎市川崎区鋼管通3-7-8 2F
TEL 044-366-4658

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