コラム

21. März 11

【コラム】「東北関東大震災」,その呼称をめぐる「言葉」と「身体」

 2011年3月11日に発生した戦後最大級の大地震と津波は,東北,北関東という広い地域に甚大な被害をもたらした。この大地震は今のところ,「東北関東大震災」,「東日本大震災」,「東北地方太平洋沖地震」と呼ばれている。かつての阪神大震災や中越地震とは異なり,あまりにも被害地域が広い。それゆえにこのような名称が付与されたのであろう。
 その中で,私がこのコラムの表題で主にNHKが採用している「東北関東大震災」を使用したのは他でもない,この震災を,当事者性を持って受け止める為である。

 日本国内で大災害が起こった時,それが東京から離れていれば離れているほど,東京人にとっては他人事に映る。日本の中枢機能が集結した帝都東京は,どんな事があっても潰れないという神話的な都市伝説に覆われている。それを一瞬だけ覆したのが1995年に東京都心で同時多発的に起こったカルト集団オウム真理教による「地下鉄サリン・テロ」であるが,これも,まさに喉元過ぎれば熱さ忘れるという状況で,今現在も当時の様に防災グッズを枕元に置いて寝ている人は少ないであろう。こういう状況の中で起こったのが今回の「東北関東大震災」なのである。

 かつて阪神大震災が起きた年,パロディストのマッド・アマノが今見ても非常にインパクトの強い作品を制作した。それは東京23区の地図の作品である。一瞬見ただけでは何の変哲も無いただの地図であるが,よく見ると,23区の江東区,江戸川区あたりのエリアが,阪神大震災で最も被害が甚大であった灘区,長田区,御影町の地図と部分的に入れ替わっているのである。
 私はこの作品を見た時に,一瞬だが背筋の寒い思いをした事を今でも身体的に記憶している。江東区周辺は海抜ゼロメートル地帯であり,もし今回の様な大津波が来たとしたら,おそらく今のままの防災体制では町全体を防衛できないであろう。マッド・アマノの作品は,今思うとそれを予見するような作品であった。

 そして今回の大地震を,「東日本大震災」,または「東北地方太平洋沖地震」ともし呼ぶならば,停電と,東北地方と比べて僅かな死傷者だった東京は,まだ幾分だが感覚的には他人事でいられたわけである。しかしそれを「東北関東大震災」とあえて呼ぶ事で,途端にこの震災の大きさが身体性を持ってのしかかって来るのである。
 津波で集落の2つ3つが一瞬にして消失するなど,まったく想像し難い。あまりにも多くの死者の人数は,それをリアリズムを持って捉える事も困難である。
 この大地震が来る一週間前,私は長年懇意のあった知人を癌で亡くしたが,この知人と同様に,震災で亡くなった1万人以上の方々にはそれぞれの人生模様があり,歴史があったわけである。しかし,それを理解し,知ろうとするにはあまりにも数が多すぎて,1人の人間の頭で想像する許容量を超えてしまっているのである。
 そして何よりも,首都東京の下層を神経の様に複雑に這うインフラが,電力も含めてかなり多くの部分で近隣他県からも享受されていた事にあらためて気づく。
 特に,原子力発電所の被災による幾多のデマでパニックになった都民を見ていると,マッド・アマノの作品を突き付けたくなる。テレビでは原子力発電所の被災の様子を刻々と伝え,それを見て右往左往する都民が多くいるが,彼らの口からは,“原発の町”とともに生きてきた地域住民の気持ちや,復興後の原発界隈の地元経済,観光について心配するような意見はなかなか聞かれない。
 今まで他所に多大なるリスクを負わせて享楽的に発展してきた「東京」というインテリジェンスが,まるで「病」に侵された箇所だけを切除して,自分だけは生き残ろうとするような,ある数の冷たさを感じてしまったのも事実である。それに対し,私に何ができるかと考えた時,せいぜい以前から所有していたガイガーカウンターで朝晩の放射線量を測定し,そのデータをネットにあげて近隣の友人達を安心させる事。それから,原発の修理が終わって被災地が復興したら,そこを観光で訪れる事ぐらいしか出来ない。

 ということで,最後に,近年熱海の町づくり,町興しに関わってきた者として,“原発の町”女川(宮城),双葉町(福島)の復興を願い,観光案内をして終わりにしたいと思う。
 
 宮城県女川町は,風光明媚なリアス式海岸に囲まれ,牡蠣,ホタテ,銀鮭などの養殖が盛んな漁師町である。町のいたるところには良質な温泉がたくさんあり,この眺めは熱海の伊豆多賀の風景を彷彿とさせる。また,眼下に広がる海は全国のアングラーにとっても絶好の釣りスポット。釣りビギナーでもアイナメ、メバル、タナゴを釣って楽しむ事ができ,町内にも多くの釣具店がある。
 観光スポットとしてお薦めなのは,水産観光センター「マリンパル女川」。ここでは女川の水産業のPRの他に,海洋をテーマとした生物多様性について広い知識を得る事もでき,夏休みの自由研究には最も相応しい場所である。また,ここに併設されたフードコーナーでは女川の水産加工品を食べる事もできる。

 福島県双葉郡の浜通りは,JRが「グルメ街道」として売り出すほどの,知る人ぞ知る食べ歩きスポット。カレイ,ホタテ,その他港で水揚げされた海産物が並び,この光景は熱海網代の干物銀座の様な賑わい。そしてもちろん周辺には良質の温泉が限りなくある。特に,近年映画『フラガール』で有名になったいわき市界隈には老舗旅館が立ち並び,毎年開催される町の観光プログラム「いわきフラオンパク」では,多岐にわたる体験プログラムで町の歴史,伝統,民俗まで見聞を広げる事が出来る。

 ここに紹介した施設,イベントは,現在は多くが被災している。しかし,復興した町の姿を想像しつつ,あえてこのような文章を書いてみた。
 原発の修理が完了し,安全宣言が出て,町に人々が戻って復興が始まったら,私は大勢でこの原発の町を訪れ,震災復興「福島・宮城温泉巡り+釣り・食い倒れ+女川原発見学」オフを決行し,かつての被災地で豪遊する予定である。

女川町公式
http://www.town.onagawa.miyagi.jp/maintop.html

マリンパル女川
http://www.marinepal.com/

女川原子力PRセンター
http://www.tohoku-epco.co.jp/pr/onagawa/index.html

双葉町商店街公式
http://www.newcs.futaba.fukushima.jp/futaba/guide/shop/

にほんブログ村(福島県双葉郡)
http://chiiki.blogmura.com/fukushimaken/07545.html

福島県浜通り日帰り温泉
http://www.nextftp.com/terasawa/fukusima-hamadori-spa.htm

いわきフラオンパク
http://iwakihula.onpaku.com/

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23. April 09

【コラム】スウェアリンジェンは,なぜインテリ・サヨクから小バカにされるのか?

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 わが街にはここをホームタウンとするプロ・オーケストラが2つもある。一つは日本フィルハーモニー,そしてもう一つは東京佼成ウインドオーケストラだ。
 近年わが街は,「トトロの家」や「ガンダム商店街」,それから区長が町興しのために肝入りで作ったアニメーションミュージアムの存在が内外に知られるようになって,すっかり“アニメの町”として有名になった。
 もともとわが街はその歴史を紐解けば,古くは数多の文豪たちが邸宅を構え,1960年代から70年代にかけてはフォークや暗黒舞踏の発祥の地としてカウンター・カルチャーをリードしてきたという文化的土壌がある。
 それに加えて現在では2つのプロ・オーケストラを区内に擁するのだから,こんな小さな街によくぞこれだけクオリティーの高いものが集まったものだと関心する。おまけに緑も多くて,まるで欧州の都市のようなので,海外から来客があった時も街の中を一緒に散策するだけでも好評なのである。
 区内にホームタウンを置く2つのオーケストラのうち,東京佼成の方は長らくわが国の吹奏楽の発展と向上に尽力してきた楽団である。ここのホームグラウンドである「普門館」というホールは,吹奏楽に携わる者にとってはまさに甲子園球場と同じだ。毎年全国の学校,団体で組織された吹奏楽団が全国コンクールの本戦で顔を合わせるのがこの「普門館」という巨大なホールである。ここでは出場者全員に,「甲子園の土」ならず,“普門館の床”という記念品を贈呈している。こういうところも極右猛虎党の私としても気に入っているところだ。

 ところで,吹奏楽と聞くと多くの人は何を連想するのだろうか? おそらくは,それこそ甲子園の応援で活躍するブラスバンドや,自衛隊や警視庁の皆さんの軍楽隊などを想起するのだろうか。
 その昔は部活でブラスバンドをやっているというと,もっぱらレパートリーは映画音楽やクラシック音楽の編曲モノが圧倒的に多かった。クラシックの世界でも,近代までは弦楽器が編成に入ったオーケストラ作品が多かったのだからこれは仕方がない。吹奏楽のために書かれた演奏会用の作品としては,私の知る限りではベルリオーズが書いた弦楽器が一切加わらない吹奏楽編成の楽曲『葬送と勝利の大交響曲』という作品があるぐらいではないか。
 これに対して現代の作曲家たちは吹奏楽編成の作品も多数書くようになったので,演奏会のレパートリーも格段に広がったのだ。最近ではコンクールの常連校などが,プロの作曲家にわざわざ作品を依頼することもある。因みに何年か前の都立西校吹奏楽部の演奏会では,天野正道が委嘱作品を書き下ろしている。
 これまでに,特にアメリカで発展してきた現代吹奏楽にも吹奏楽の楽曲を専門に書いてきた作曲家たちがたくさんいる。その王道は間違いなくアルフレッド・リードであろう。しかし,もっとも愛されている作曲家は誰かと言えば,やはりスウェアリンジェンやジェームス・バーンズではないだろうか。
 彼らはしばしば来日し,わが国の吹奏楽の普及に東京佼成とともに尽力してきた作曲家である。吹奏楽を習い初めの頃,スウェアリンジェンの『狂詩曲ノヴェナ』や『インヴィクタ序曲』などを練習した人は多くいると思う。そして,だんだん仲間が集まってきて大編成になってくると,バーンズの『アルヴァーマー序曲』でもやってみようかというはなしになる。
 彼らはいわば吹奏楽の入り口にいる作曲家であり,その楽しみを我々に与えてくれた人たちでもある。
 『狂詩曲ノヴェナ』や『インヴィクタ序曲』はコンクールの課題曲にもなるぐらいなので,練習曲としても優れているが,プロの楽団が演奏すれば演奏会用楽曲としても何ら遜色はない。こういったシンプルな構造の楽曲の方が,実は「作品」として完成させるのは難しいのである。うちには東京佼成が演奏したものと,アメリカのプロの楽団・ワシントン・ウインズが演奏したものと2種類の音源があるが,どちらも素晴らしい演奏である。

 しかし世の中どういうわけか,スウェアリンジェンを小バカにしている輩もいるようだ。その理由はだいたいのところ察しがつく。ようするに,スウェアリンジェンは弦楽器が編成に入る正式なオーケストラ作品を書いていないじゃないか,ということだろう。実はこの言葉の意味の中には,インテリ・クラシック音楽ファンから見た吹奏楽というジャンルに対する少々の偏見めいたものが含まれているのである。もっとはっきり言えば,“吹奏楽ってブラスバンドじゃん”ということだ。
 こういうことを言う輩は,黛敏郎が吹奏楽編成で書いた『トーンプレロマス55』という楽曲を一度聞いてみるといい。黛がヴァレーズにインスパイアされて書いたこの楽曲は,吹奏楽の持つあらゆる可能性,身体性を試みた作品である。黛は楽曲解説でこのようなことも書いてる。
「人間の息を利用する管楽器と,手に依る打楽器を生命とする打楽器のアンサンブルが発する音のエネルギーの集積は,トーンプレロマスという言葉に一番相応し,効果をあげてくれることだろう。」
 つまり,弦楽器のように,「楽器」と「身体」との間に「弓」という媒介を通す楽器は,そこで何らかの恣意的要素が生まれてしまうからそれは排除して,「息を吐く」,「手で叩く」という身体的行為が直接音に繋がる管楽器と打楽器を編成に選んだということであろう。これを黛が言うと,あたかも原初的男根主義に聞こえてしまいそうだが,ようするにそういうことだ。本来明快なことをあたかも難しいことのように捏ねくりまわすのが好きなインテリ・サヨクとは対極にある態度である。
 スウェアリンジェンを小バカにする輩はインテリ・サヨクとは言わないまでも,旧態依然のアカデミズムで吹奏楽というものを見ていることだけはわかる。だから歴史上の大家とスウェアリンジェンを並べて語ることなど絶対に許さない。スウェアリンジェンの,あの明朗で親しみやすいポピュリズムが許せないのであろう。しかし私は何と言われようとも聞くだけで大西洋の広大な海が浮かんでくるスウェアリンジェンは愛すべき作曲家であると思っている。葉山界隈でヨット遊びをした日には,海に沈む夕日を見るたびに彼の名曲『チェスフォード・ポートレート』のサビの部分が頭の中で鳴るのである。

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11. September 08

【コラム】麻生太郎の内科身体的修辞法(自由民主党総裁選)  

Photo_4  私のように,芸術や学問の世界にどっぷりと浸かっていると,とかく世間の物事には疎くなってしまうのだが,さすがに今華々しく展開されている自民党の総裁選については,いろいろなニュースがこちらにも入ってくる。昨日総裁候補が5氏出揃い,各局報道番組では総裁候補の皆さんが一堂に出演され,それぞれ自分の得意分野を活かしながら次期政権での政策を述べられていた。内容が非常に明快であったのは麻生氏と石破氏である。与謝野氏の経済政策の話も聞く価値ありだが,マクロ経済についてはまだまだ勉強不足の私には,少々ハードルが高かったようだ。その中で特に内容が面白かったのは麻生氏だ。もちろんこれは政治的論点からではなく,あくまでも美学的論点から麻生氏が面白かったのである。
 ということで,今日は,自民党総裁選にちなみ,あえて美学的論点からなぜ麻生氏の話が面白かったのかを考察する。
 
福田氏が辞意を表明して総裁選の流れになった時から,私はたびたび麻生氏の経済政策に関する発言を耳にしてきたが,例えば,心臓がバクバクいっている状態の人に無理をやらせるのはいかがなものかなど,とかく国家を人間の身体に例えた発言がいつも印象に残っていた。
 
昨日の共同記者会見でも,改革には当然痛みは伴う。だから痛み止めもリンゲル注射も必要という言葉まで飛び出した。これは構造改革によってしわ寄せがきた地方都市に対しては,個別になんらかのフォローが必要であることを言っているのがわかる。リンゲル注射の意味も,麻生氏は,痛み止めを処方した後,栄養を与えるという意図で使われていたが,私はむしろこれを,「経済の循環改善と補正」というふうにとらえた。それはさながらアシドーシスやアルカローシスのように電解質異常をきたしてバランスを失った血漿(経済)を,時間をかけて修正していく行為に符号する。つまり,1号液で静脈確保をしつつ循環改善をしたのち,3号液などで体液平衡の補正をゆっくりと行っていくという,Dr.ギャンブル流の定石のパターンである。そこのところが,麻生氏が掲げる財政立て直し策と偶然にも身体的に符合してくるところが実に面白かった。
 
それからとても興味深かったのが,麻生氏の口から今ではほとんど聞かなくなったリンゲル注射という懐かしい響きの言葉がでてきたことである。この言葉は,戦前,戦中,戦後初期,つまりわが国近代ではたしかに生きていた言葉だ。この時代は現在とは違って点滴に適用される輸液剤も種類が極めて少なく,生理食塩水,リンゲル液,低濃度のブトウ糖液しかなかった。60年代入ると,東大小児科の高津忠夫らによって現在のような多電解質液が開発されていくが,麻生氏が子供時代だった頃は,確かにリンゲル注射しかなかったのである。そしてそれが,時には起死回生の切り札として象徴的な役割を担ってきたのは事実であり,例えば遠藤周作の文学作品などにも登場するその強い象徴性は,わが国の近代医学が背負ってきた光と影を同時に表している。そして,麻生氏の口から出るリンゲル注射という言葉には,懐かしさとともに,どこかわが国が,近代から戦後の産業立国へと立ちあがっていった時の時代の手触りのようなものを感じるのである。つまり,かつてのトヨタや松下のようなものだ。これらの企業が世界と戦える優れた国産製品を開発していたころ,舶来品であったリンゲル注射も,「ソリタ-Tシリーズ」として優れた国産品として生まれ変っていったのである。
 
麻生氏の言葉が面白いのは,その言葉の背景に,近代日本がここまで歩んできた「骨格」のようなものが見えるからである。リンゲル注射は,その一つの例だ。おかげで今日は,麻生氏の言葉に思わず,わが国における輸液近代史まで頭の中で振り返ってしまった一日であった。戦後60年がすぎて,ここまで疲弊してしまった「日本」という身体を,果たしてDr.ギャンブルのように治療することができるか,お手並み拝見といったところだ。

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14. August 08

【コラム】点滴はやはりネオ・ゴジックホラー的アイテムなのだろうか?~『ハチワンダイバー』における“永久機械”としての清十郎と点滴装置~

 最近までフジテレビ系列の深夜枠で放送していた『ハチワンダイバー』は,演出もカット割りもカメラワークも,どれをとっても実に劇画的で,なかなか面白かった。このような表現を見ていると,実写とアニメの境界線は,ますます曖昧になってきたことがわかる。
 『ハチワンダイバー』は,タイトルだけを見ただけでは一体何のドラマか分らないが,これが将棋のドラマなのである。私は毎年名人戦だけは新宿西口広場や千駄ヶ谷の将棋会館まで,わざわざ大盤解説会に行くほどの将棋好きなので,知人のテレビ関係者から“今度深夜枠で将棋のドラマをやるらしいよ”と聞いて以来,ずっと放送を楽しみにしていた。将棋のドラマと聞いていたので,私はてっきり,以前に放送された故・村山九段のような実在の人物の伝記モノか,女流棋士を主人公にした物語,あるいはまったくの創作で,とんでもない技が繰り出される少年ジャンプ的対戦モノなのかとも想像したが,まさかこのようなドラマが来るとは予想していなかった。
 『ハチワンダイバー』の“ハチワン”とは,「81」のことで,将棋の駒を並べる枡の数,すなわち9×九=81を表している。そして“ダイバー”と唱っているのは,棋士がその局面に対峙した時,その局面の裏側,あるいは深層など,つまりあらゆる棋士たちがいろいろな比喩で述べてきた局面の次なる展開を模索するための心理的領域を,あたかも深層心理や,あるいは仏教思想で言うところの阿頼耶識という空間(海)へ潜る(ダイブする)という行為で表した言葉なのだろう。
 この“局面の深層に潜る”,という感覚が非常に興味深い。まるで攻殻機動隊のようである。実際に,100手まで先を読んでいるのではないかといわれる羽生さんの頭の中では,一体何がどのように展開されているのかをもし映像化できるなら,私も見てみたい。もしや電脳世界で将棋の駒を運ぶタチコマでもいるのではあるまいな。
 この『ハチワンダイバー』の中で奨励会を追われた真剣師たちで作る闇の組織「鬼将会」の総帥を怪演していたのが,劇団「第七病棟」の石橋蓮司である。加藤一二三九段のようにかがんた姿勢で車イスにこしかけて黒装束を身にまとい,眼光だけは異様に鋭いその風貌は,まさに悪魔に魂を売った人間の姿である。そしてこの男の背後には,異様な色をした輸液剤が充填された点滴の装置が架設され,それが時おり磔刑図のようにも見える。この男, 桐嶋清十郎の必殺技はあの羽生さんをも凌ぐ「千里眼」で,なんと1000手先まで局面を読めるのだ。このあたりが非常に劇画的で,その必殺技を繰り出す時に背後に架設された点滴の滴下液量を調節するクランプが全開にされ,その得体の知れない輸液剤が清十郎の体内に急速投与されていく。
 この光景を見ていて,点滴の器具や装置は,それが架設される空間や演出によって,実に邪悪で魅惑的なオブジェになり得ることをあらためて思いだした。その理由の一つは,本来は脱水改善,体液平衡補正の目的で開発された点滴(輸液)という技術が,今日ではカロリーコントロールにまで用途範囲が広がり,通常の静脈注射とは明らかに異なる大容量の薬剤投与というインパクトに,いつしか点滴=エネルギーチャージというようなイメージが一人歩きをして,それが一般的に定着していったからである。そのエネルギーチャージという要素の中には当然のことながらドーピングの要素も含まれる。またIVH(高カロリー輸液)のように,口から食物を摂取するのではなく静脈のみからエネルギーを摂取して生命を維持するという,近代ではなかった新たな身体性の様態が形成されたことも影響しているだろう。つまり,清十郎の身体は,点滴の容器の中に充填された万能の血液機械の循環によって,瀕死の病人どころか,悪魔に魂を売った不老不死の永久機械的身体にさえ見えてくるのである。このことが,例えば欧米の古典的名作フランケンシュタインなどをも想起させ,そこに携えられた様々な理化機器や医用機器などが,非常に邪悪で猟奇的な空間を作り出しているのである。

 点滴に使用する輸液剤のことを“血液機械”と書いたが,医療現場で医療的目的で使用される点滴の輸液剤は,実際にも機械のように極めて精密なものである。まず点滴の歴史を振り返ると,スコットランドの医師トーマス・ラッタがコレラ患者の静脈に直接電解質を投与して,その効果が医学史上初めて認められた後,シドニー・リンガーによって汎用生理的電解質液(リンゲル液)が発明されてから,点滴(輸液)の歴史は本格的にスタートした。その後ハルトマン,バトラー,ダロウ,ギャンブルといったアメリカの小児科医たちによって近代的な輸液の理論が確立されていくことになる。
 点滴(輸液)の歴史に登場する人物たちに小児科医が多いのは,自家中毒や軽度の発熱や嘔吐・下痢によっても容易に脱水症状を起こしてしまう乳幼児の治療現場で,これを速やかに改善するための医療技術が求められていたからである。因みにわが国で戦後になって近代的輸液理論を確立したのは当時東大小児科医局にいた高津忠夫である。高津は一時信州大学でも研究を重ね,この時に創製した「信大液」が,後の国産輸液剤の基礎となる「東大小児科1号液」(ソリタT-1号液)の前身である。そして高津ももちろん小児科医であった。
 これをみてもわかるとおり,まず点滴(輸液)の最初の目的が体液平衡,脱水改善であったことがわかる。その後,1970年代にアメリカのダドリックらにより高濃度の糖分やビタミン,脂肪などを含む輸液剤が臨床試験を経て開発され,今日のように術後のカロリーコントロールにも適用されるようになった。つまり,しばしば比喩雑じりで使われる“点滴=エネルギーチャージ”という概念の適用は,意外と新しいのである。またその概念が加わることによって,ヒト血漿の環境を人工的にトレースして生まれたリンゲル液よりもさらに,“代用血液”という概念が一般に広がったとも考えられる。

 では次に,なぜ怪奇小説や物語の中で,点滴(輸液)の器具や行為が猟奇的なるものとして脚色されていったのかを考えてみる。そうすると,まずそれは宗教的背景が原因のひとつであることに行きつく。
 例えばガリレオの例をみてもわかるとおり,キリスト教社会では宗教と科学はしばしば多くの対立を生んでいる。医師がその生贄になったことも珍しくない。そういった背景の中で,人間の体内に異物を入れることも,保守的な宗派によっては神への冒涜としても捉えられ,あまり好まれなかったのである。特にそれが液体であれば,それは即ち血液を連想させてしまうのである。だからかつてトーマス・ラッタが重症コレラ患者に対して行った静脈内への電解質持続注入の試みの後,ほぼ100年近くも静脈注射の歴史が滞っていたのも全く無関係とはいえない。当時の保守的なキリスト教社会では,同時に輸血も含めてタブーに抵触するおそれがあったのである。それゆえに,物語の中ではそれを歴史的背景にした対立項として,悪魔的,猟奇的装置として機能するのだ。
 かなり古い映画になるが,『レガシー』(1979年,イギリス・アメリカ合作)という怪奇映画も,それを非常によく描いていた。『レガシー』は,悪魔に魂を売った富豪の男が,自分の後継者を選ぶために,世界各地から名家出身の者たちを屋敷に呼び寄せ,そこで猟奇的な事件が連続して起こるというストーリーである。物語の設定も伝統的なキリスト教社会が残るロンドン郊外であり,物語の中核となる古い屋敷もフランケンシュタイン博士が棲んでいるようなゴシック様式の調度品が設えてある。ここの建物の中に実は隠し部屋があって,その隠し部屋とは,欧州のうす暗い森のようなゴシック様式とは相反する近代的医療設備が施された白亜の空間なのである。そこで悪魔との取り引きで不老不死の生命を得た男が横たわっており,その男の身体には点滴をはじめとする生命維持装置が装着されている。しかもその点滴の色が,清十郎の身体に装着されたそれと同様に,実際の医療現場ではあり得ないような異様な色をしており,この状況の得体の知れなさを強調しているのである。この状況の“肝”とは,不老不死という霊的な状況と近代医療が頂点で結びついているところにある。これは神学の立場からも医学の立場からも,同時にタブーに抵触しているわけだ。いわば「悪魔の方程式」を見てしまった瞬間である。
 『ハチワンダイバー』の清十郎の身体もまた,欧州の黒い森のようにどこまでも暗黒な精神世界と,それの支持体である“血液機械”としての点滴装置がドーピングという行為によってリンクしているところに,魅惑的な猟奇性を孕んでいるのである。清十郎の身体は,この「悪魔の方程式」のサークルの中にいる以上は不老不死の永久機械である。しかし,ひとたび人間としての「正気」や「情」を取り戻した時に,その結界が破られ,その身体も精神も滅びていくという運命にあるのだ。

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10. August 08

【コラム】恐怖映画は高い知性と想像力で生成される

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 画家ギーガーがデザインを手掛けた映画『エイリアン』第1作が公開された時,ギーガーが描いたそのグロテスクなフォルムや,見てて飽きない細部にわたる複雑なデッサンもインパクトを与えたようで,映画自体も『ターミネーター』,『バットマン』,『プレデター』などと並び,外国産のSF作品として不動のジャンルを確立していったように思う。
 映画『エイリアン』シリーズが人々に圧倒的にインパクトを与えたのは,ストーリーや登場人物,そしてエイリアンの謎だらけのフォルムもさることながら,そのエイリアン自体のライフサイクルの描き方である。この映画は,見方を変えれば,自然界におけるエイリアンの生活誌をヒト目線で描いたものといえる。そしてその自然界=すなわち宇宙の生態系の中に我々人間も組み込まれて,“エサ”となってしまうことである。
 我々人間がエイリアンのエサとなる場合,例えば地球上のジャングルで猛獣に喰われるのとはわけが違う。そこに「寄生」という要素が加わることによって,生理的にも嫌悪感や恐怖感が増すのである。「寄生」という食物連鎖のシステムは,もちろん実際の地球上にも存在していて人間も対象になることも多分にあるので,このシステム自体は珍しくもなんともない。実際に,人間がなんらかの寄生虫に寄生された時には,それがまず内臓疾患として分類され,第一に内科的治療が施され,症例によっては外科的治療が選択される場合もある。それに比べてエイリアンに寄生された場合はどうか。まず身体各部に及ぼす影響があまりにも甚大である。しかもそれは成長過程の骨や筋肉に好発する悪性の肉腫のように人間の骨格を無視して体内で成長を続ける。つまりエイリアンに寄生された段階で,根治がほぼ不可能な外科的,または形成外科的疾患であるということである。このことがこの映画の恐怖をかきたてる見事な演出になっている。
 エイリアンの寄生が,地球上の実際の様々な寄生虫疾患と異なるところは,自分やあるいは他の人間が寄生される瞬間も目の当たりにしてしまうことである。2作目の『エイリアン2』で,海兵隊がエイリアンの巣に遭難者を救出しにいくところで,すでに自分はエイリアンに寄生されていることを知っている女性が,助けに来た海兵隊に“自分を殺してくれ”と懇願するシーンがあるが,あのシーンは見ていて本当に絶望感が漂うシーンであった。
 しかしこんな思いをするのはエイリアンに寄生されて,もうすぐその寄生体に肺と肋骨を食い破られて苦しみながら死んでいくのを待つばかりの人間だけかというと,そうでもない。エイリアンの話題でしばしばい引き合いに出されるカマキリに寄生をするハリガネムシや,あるいはモンシロチョウの幼虫に好んで寄生をするコマユバチの幼虫やヒグラシに好んで寄生するセミヤドリガの幼虫も,同じような状況を作り出している。ハリガネムシはカマキリの体内で成虫になるとカマキリの腹腔を突き破り,飛び出してくる。たいていの場合は肛門付近から出てくるので,カマキリにはそんなにダメージはないのではないかと思いがちだが,激しくうねりながら出てくれば,当然周囲の臓器にも甚大な影響がでるだろう。特に昆虫類にとっては腎臓の役目をはたしている重要な臓器の一つであるマルピーギ管を傷めてしまっては,いずれ死んでしまうだろう。コマユバチに寄生されたアオムシは,体内に産み付けられた卵から幼虫がかえり,肉を中から食べられるのだからたまったものではない。だが人間よりまだましだと思うことがひとつだけある。彼らは自分に身の危険が及んだ時,本能でそれが自分の生命を脅かすであろうものとして回避を試みるが,人間ほどの高等で複雑な知性がないおかげで,この先自分がどうなるかといったことを想像して気が狂いそうになることもないだろう,ということである。
 エイリアンで描いている恐怖とは,まさに我々人間が,人間スケールのハリガネムシやコマユバチに寄生されてしまった状況で,その救いようのなさからおこってくる絶望感である。しかもコマユバチやセミヤドリガに寄生される場合は,寄生される瞬間も自分で見ているのである。そしてそれがやがてどういう事態を招くかを知っているし,そのことを想像すれば,もう正気でいろというのは無理であろう。
 いわゆる“スプラッター”といわれる血しぶきが飛び散るようなかつての恐怖映画から,近年は,心理的,生理的領域にアプローチしてくる恐怖映画も増えてきたが,エイリアン・シリーズは,その双方を取り入れた秀作といってよい。我々がそんな恐怖映画を楽しめるのは,人間特有の複雑な知性と想像力があるからである。もしそういうものを持ち合わせていなければ,セミヤドリガの幼虫に寄生されたヒグラシのように,自分の体に幼虫をぶら下げたまま飛翔する時に,“重くてじゃまだな”程度にしか思わないかもしれないのである。しかし我々人間の場合に限りそうはいかない。そもそも自分の体に幼虫がたくさんぶら下がっていること自体がまず尋常でないことを認識し,それが生理的にも到底受け入れがたいことであることも同時に認識する。そしてこれにより起こり得る様々な事態を想像して恐怖とともに絶望感が襲ってくるだろう。この時多くの人は死を待たずして気が狂ってしまうに違いない。恐怖映画の面白いところは,我々を一瞬だけこういった起こり得ないような非日常的空間に誘ってくれることである。それはまさにクリエイターと受け手側の我々双方が,人間であるがゆえに複雑な知性と感情を持ち合わせているからなせる技なのである。

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08. August 08

【コラム】コウガイビルから猛虎魂を感じる~阪神が優勝する年に異常発生するあの生き物の話~

Photo_2  そろそろうちにもアレがやってくる季節である。
 “アレ”というのは,頭がシュモクザメみたいに矢印の形状で,全体的にぬめぬめっとして紐の様にひょろ長いヒルのような生き物である。
 この生き物の正体はコウガイビルといわれる扁形動物の仲間である。しばしば“KGB”という愛称で呼ばれることもある。
 私は子供の頃から図鑑などで調べてこの存在を知っていた。私と同じようにこの生き物のことを不思議に思っていた人たちもいるようで,ファンサイトまである。最近では『へんないきもの』という本の中や,民放の生き物系番組でその姿を見た人もたくさんいるだろう。
 コウガイビルと聞くと,発音だけでは思わず「郊外蛭」と漢字を当ててしまう人もいるかと思う。あるいは生き物に限定しなければ,郊外に林立するビル群だと思うかもしれない。しかし,あえて漢字で書くなら「笄蛭」である。読んで字の如く,昔の女性が頭に付けた髪飾りの「笄」(こうがい)に頭の形が似ていることから,和名ではこのように呼ばれる。しかし一点だけ正確ではない点があって,これはヒルと名がついているが「蛭」の仲間ではない。時折,新聞記事やNHKのニュースなどでも間違われるが,蛭やミミズは分類学上は環形動物に属する。口から肛門まで消化管で繋がり,筋肉組織もより発達した生き物だ。一方,蛭ではないコウガイビルは,頭に口も無ければ,尻尾の方に肛門もない。ではどこからエサを食べているのかというと,体の中央,つまり人間でいえばお腹のところに穴があり,そこから胃袋のような口吻状のものを出して,獲物を消化しながら体内に取り込むのである。
 コウガイビルは,わが国では2種類いて,一つは在来種で,全身真っ黒のクロイロコウガイビル。そしてもう一種類のは,外来種といわれるオオミスジコウガイビルといって,黄色のボディに黒い縦じま模様が3本入ったものである。こちらのほうは黒いのに比べると大型種で,長いものでは1メートルになるものもいる。姿があまりにもグロテスクなので人間には嫌われるが,蛭と違ってヒトの血を吸ったり噛んだりしないし,むしろナメクジなどの害虫を食べてくれるから,ガーデニングを楽しんでいるような人たちにとっては益虫である。しかも,黄色の方は,黒い縦じま模様まであり,猛虎党の私はなぜか親近感さえ湧く。同じ猛虎党の友人たちに写メールを送ったところ,気持ち悪がるどころか,さっそく“金本,新井,藤川最高や! コウガイビルも最高や!”,“JFKも最高や! KGB(コウガイビルの愛称)も最高や!”と返信が来た。
 うちでは6月,7月頃の湿気が多くなった季節の夕方に,庭の植木鉢の下や,日陰の置き石の蔭,ブロック塀のところで黒いのを見かけるようになる。しかし過去に何度か黄色の方をたくさん見かけた年があった。それは2003年と2005年である。つまり阪神が優勝する年には,必ず黄色い方がたくさん現れるのである。時期もちょうど「M」マジックが点灯する7月,8月頃である。
 そろそろうちの庭に現れる季節なので,今年はたぶん黄色に縦じまのコウガイビル君たちがたくさん見れるだろう。
(画像はwikipediaより転載)

※コウガイビルをもっと詳しく見たい方は
 グーグル画像検索→コウガイビル 
 

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06. August 08

【コラム】 「水曜スペシャル川口浩探検隊シリーズにおける映像民俗学的考察」

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 1970年代にテレビ朝日系列の水曜スペシャル枠で放送していた探検隊シリーズが,最近DVDでリリースされている。これは『川口浩探検隊』といわれるもので,毎回南米,東南アジアのいわゆる未開とされる土地へ赴き,そこに生息されるとされる伝説上の生物や未知の部族についてフィールドワークするというものである。フィールドワークなどというと非常に学問的に聞こえるが,この番組はお笑いミュージシャンの嘉門達夫もネタにしているとおり,世間ではいわゆる“やらせ”番組の先駆けとして見られていた側面も大いにある。例えば,川口隊長以下探検隊が,番組が言うところの“人跡未踏”のジャングル地帯に入っていく時,必ず同行の撮影スタッフがアクシデントに巻き込まれる。この時たいていは,「あー!」とか「うぁぁぁぁー!」という絶叫が後ろの方から起こり,川口隊長が振り向くと,崖を滑り落ちたり,丸太の下敷きになったりしているスタッフがいたりする。かと思えば,川口隊長が突然足を止めて「危ない! 動くな!」と叫ぶ。一体何事かと思うと,今度は探検隊のメンバーの服にサソリや毒グモが着いていて,川口隊長がすかさずそれを退治するのである。こういった情景を見ていると,この番組をオンタイムで見ていた子供時代の私でも,“わざと転んだにきまっている”,“サソリや毒グモもスタッフが用意したものにきまっている”と思って見ていたものである。
 圧巻なのは,前出の嘉門達夫も歌にしている“上から降ってくる蛇”である。探検隊が洞窟や穴に潜入すると,どういうわけか蛇が頭上からたくさん落ちてくるのである。絶対にスタッフが上から落としているだろうという場面だ。もし今の時代にこのような番組でこんな演出めいたことをやったならば,他にハードなドキュメンタリー番組やまじめな歴史・民俗検証番組があるだけに,袋叩きにあっていただろう。しかし70年代のテレビ業界はもとより,番組視聴者たちも今よりもおおらかであったようだ。番組に対する苦情は毎回あるものの,番組自体は絶大な人気を誇っていたようで,次から次へと新しい探検ネタを繰り出してくる。われわれ視聴者も,それを承知で番組に突っ込みを入れながらも楽しんでいたように思う。
 探検隊シリーズでもう一つ欠かせないのは,未開の集落の部族たちとのニアミスである。番組上では“人跡未踏”の地であるから,これは歴史的にも大発見であり,本来ならばネイチャー誌にでも論文として投稿されてもいいぐらいのスクープである。戦前の多くの人類学的フィールドワークとは異なり,それを映像として記録しているのでなおさらである。しかし当たり前だがそのような事はなされたことはもちろん一度もない。
 探検隊シリーズでのお楽しみはこれだけではない。メインはやはり,毎回番組のタイトルでも登場する“謎の生物”たちである。「巨大怪蛇ゴーグ」,「魔獣バラナーゴ」,「怪鳥ギャロン」,「古代恐竜魚ガーギラス」と,皆それぞれこの世のものとは思えない凄い名前が付いている。しかし残念ながら,その姿を番組でお目にかかったことは遂に一度もなかった。集落の長老から話を聞いたり,足跡のようなものを見つけたり,あるいは鳴き声だけの録画に成功したりと断片的であり,一向にその本体を表わさない。番組の最後ではなんとなくそうなるのは分かっているのだが,いつも騙されて最後まで見てしまう。このような番組を,昔は一応一介のドキュメンタリーのようなものとして放送していたのだから,なんともおおらかな時代である。
 しかし一度だけ,川口隊長が本当にピラニアに指を食いちぎられたことがある。この時にはさすがにテレビの前で凍りついた人もいたであろう。探検隊シリーズという,いわば擬似ドキュメンタリーの中で,想定外のことが起こったからである。そしてそれを本当の事として番組で流したのである。私はこの時から少し,探検隊シリーズに対する見方が変わった。どのように変わったかというと,単に“やらせ番組”として見るのではなく,もっと異なった見方を見つけたのである。それは何かというと,これは“やらせ”に見せかけたメタ・フィクションであり,その余白やノイズの中に,実は“何か”があるということを凝視するということである。その“何か”というのは,けして外には出せないもののことである。つまり一つ例にあげれば,それは民俗的禁忌の類である。フィールドワークで一番恐ろしいのは,別にサソリでも毒蛇でもなく,実は民俗的禁忌に触れることである。昔の洋画で白人の探検家たちが未開の部族,所謂“人食い人種”に捕まり食べられてしまう,などという現代ではまさに滑稽な都市伝説のような話がしばしば登場したが,これはまさに未開の地で民俗的禁忌に踏み込んでしまった状況を,非常に分かりやすく描いているのである。
 その探検隊シリーズも現在は藤岡弘が隊長を引き継ぎ,番組がいくつか放送されている。これは以前のシリーズと比べて“やらせ”風味が大分減退したが,完全なドキュメンタリーといえるかどうかは微妙なところである。しかしここで私はあるドキュメンタリー作家の作品を見たことをきっかけに,そもそも完全なドキュメンタリーなんて存在するのか,という疑問に行きつくのである。その問題提起をしたのは佐藤真監督の『阿賀の記憶』という作品である。私は5月に日本映像民俗学の会の主催するプライベートな上映会でこれを見る機会を得た。(記事参照:http://ringer.cocolog-nifty.com/kunst_und_medizin/2008/06/post_619f.html
 『阿賀の記憶』は,阿賀野川流域の集落で暮らす人々の暮らしを記録したドキュメンタリー映画である。ここの集落では,わずかながらの漁業が生業としてあるだけで,高齢者だけが寄り添って生活している,所謂“限界集落”ともいえる場所である。そこに佐藤監督以下撮影スタッフが入り,一定期間そこで生活しながら集落での日常の出来事を記録するのである。そこで問題となってくるのは,この“日常の出来事”というくだりである。
 まず,カメラを向けられた集落民は,みな驚くほど饒舌に話す。中には家族に対する愚痴まで語り出す者もいる。川で舟に乗ってアユ漁をしている漁師も,カメラを向けられるととたんに“カメラ目線”で多少の演技がかった投網さばきを見せる。これらの映像はけして監督によって演出をつけられたものではない。しかしまったくの阿賀の日常であるかというと,そうでもない。つまり,本来は平穏に時が過ぎていくはずの日常の阿賀に,カメラと撮影隊という非日常が入り込んだことで,空気が変質したのである。カメラが回っていることで,被写体になった人は,あえて“日常”を演じるようになるのである。これはもちろん佐藤が意図的にやっていることなのだ。ようするに,ドキュメンタリー映画業界で長らく問題提起されていた,“日常空間を壊さない完全なるドキュメンタリーなど存在するのか”ということを映像という手段で表現したのだ。このような形でのアンチテーゼの提示方法について,佐藤は自著の中で,多少の悪意を込めてやっていることも告白している。この手法は前作の『阿賀に生きる』でも顕著である。例えば川舟の進水式のシーンがあるが,舟が進水して阿賀野川を下っていく時に,なんと本来そこに一番最初に乗るはずの船大工よりも先に,カメラを抱えた撮影隊が乗り込んでいるのである。この状況は,今まさに秘境探検へと赴く川口浩探検隊そのものだ。私はこのシーンを見た時に,何十年かぶりに探検隊シリーズのBGMまで頭の中で流れてしまったほどだ。
 佐藤真のこのような方法論の先に見えてくるのは何かというと,カメラという異物が入ってきた空間は,もはや日常ではなく,あくまでも日常的に振る舞われた演技的空間であるということである。例えばそれは,本来は伝承のために人々の生活の中に存在していた民俗芸能が,いつしか他者に見せるための観光産業へと変質していく様子とも似ている。ヒロシマの平和公園に行くと,そこで被爆体験を語ってくれる原爆語り部たちや,近年は多くは比較的文明的な生活をしているにもかかわらず,旧来の民族衣装で観光客の前に登場してくれるマサイ族などがそれであろう。
 こういったカメラの前における演技的空間を逆手にとって,“冒険バラエティ”ともいえる新たなジャンルを開拓したのが川口浩探検隊シリーズである。この番組は前述でも触れたとおり,ドキュメンタリーにおけるあらゆる問題を孕んでいる。しかし私が目下,もっとも関心があるのは,約束事としてある演技的空間の中で粗を探す行為ではなく,むしろその余白で起こった想定外の事である。つまり具体的にいうと,何らかの理由で放送できなかった部分である。それは多分に民俗的禁忌に触れる部分も含まれているに違いない。もしそれを見ることができれば,私の探検隊シリーズに対する映像民俗学的評価も多少は異なってくる。しかし,ディレクターズカット版DVDでも出ない限りそれが出来ないのがなんとも残念である。

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