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Januar 2012

29. Januar 12

【祭り・復興イベント】南相馬物産展in杉並(2012年1月28日、29日)

2012年1月28日(土)、29日(日)に、東京・杉並の5つの会場(ふるさと交流市場、南阿佐ヶ谷すずらん商店街、西荻窪広小路親栄会、庚申文化会館、スターロード商店会事務所)で行われた「南相馬物産展」。
東京の杉並区と福島県の南相馬市は災害時相互援助協定を結んでおり、昨年の震災では、物産支援だけではなく、義捐金、区保養所への被災者受け入れなども行った。現在も、杉並区役所1階ロビーでは、南相馬のパネル展示を定期的に行っている。

次回開催は2月25日(土)、26日(日)

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22. Januar 12

【音楽】槇原敬之コンサート「Heart to Heart」全国縦断ツアー(2012年1月21日、東京国際フォーラム)

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 昨年の事である。デビュー以来、邦楽ポップスシーンで根強い人気を誇っている槇原敬之が、『Heart to Heart』という1枚のアルバムをリリースした。そして現在このアルバムのコンセプトをテーマとした全国ツアーの真っ最中である。
 普段は現代音楽、吹奏楽、来日オーケストラの公演にしか足を運ぶ機会がない私が、今年初めて見に行ったコンサートである。

 アルバム『Heart to Heart』は東日本大震災の後にリリースされた作品で、内容は少なからず震災に関する内容も各収録曲の中で登場する。そしてこの『Heart to Heart』は、震災後にリリースされた数多の楽曲の中で、唯一異彩を放っていたものであった。大きなハートの描かれたCDは、一見すると、これまでの槇原のラブソングの延長という印象で、中身ももちろん「愛」について歌ったものだ。しかし他のラブソングや震災復興応援ソングと何が異なるかと言えば、この慈悲にも近い「愛」が向けられているのが、被災者や、さらに言えば人間の男女に対してだけではない、という事である。
 それは、海や山などの日本列島が織りなす豊かな自然であったり、人間が食べる為に殺される生き物であったり、そして解釈の仕方によっては、長年、人間の暮らしと文明を支えてきた原子力発電所の原子炉に対する「慈悲」も含まれる。

 今回1月21日に行われた東京国際フォーラムでの公演では、一つ特筆すべき点があった。それは、槇原敬之が『Heart to Heart』ツアーを続ける中で、ファンの前で初めてこのツアーとアルバム・タイトルのコンセプトを明言した事である。槇原によれば、昨年から縦断を続けているこのツアーで、ファンの前でツアーのコンセプトと各楽曲が生まれるに至った詳しい経緯を語るのは今回が初めてだという事だ。
 そして槇原敬之は、今回のツアーのテーマは「感謝」であると語った。奇しくもこれは、アルバム『Heart to Heart』の6曲目に収録されている「Appreciation」の事である。
 槇原はさらにこんな事も語った。「人間は、自分からはしゃべらない物、モノ言わぬ物には心がないと思っている。でも僕はそういう物にも心があると思っている。そう思える世の中の方がロマンティックで可愛いでしょう。」と。そしてさらに、地震で家が断水した時や計画停電の時に、最初は原発事故を批判したい気持ちになったが、後から考えて、なぜ先に今までずっと働いてくれたもの(原子力発電所)にありがとう、ご苦労様と労いの言葉を自分は言えなかったのだろう、という気持ちで生まれた曲があると紹介した後に歌った曲が、アルバム収録曲の「Appreciation」と「White Lie」である。

 『Heart to Heart』全国縦断ツアーは、演出でも様々な工夫がなされている。それは邦楽ポップスとしての最高のエンターテインメントを駆使したものであるが、ただ「楽しい」だけではなく、非常に奥が深く哲学的なのである。
 まず入り口には槇原敬之のよく出来た等身大のフィギュアが出迎えている。自分のコンサートはお客さんに楽しんでいただくための「槇原ランド」なのだと公言する彼らしい演出だ。そして、白地に赤いハートが染め抜かれた旗が、万国旗の様にいたるところに展示されている。
 この旗についても槇原は、国旗をイメージしていると明言している。コンサートのオープニングでも、屋敷豪太率いる錚々たるミュージシャン達が、この「国旗」を持って、マーチングバントの様に登場してきたのである。その他にも、この「槇原ランド」の「国旗」は、色々と楽しい演出をしてくれるのだ。
 そして、「日本はこんな思いやりのある国になればいいな」「そういう国にしたいな」と槇原は語る。

 では、楽曲の経緯や演出が素晴らしかった3曲について、当日の演奏順に紹介する。

「White Lie」(アルバムでは7曲目に収録)
 「停電中のろうそくの 炎を見つめながら~」で始まるこの曲は、槇原敬之が報道写真などで東北の被災地の写真を見た時に着想したものである。その写真とは、瓦礫が積まれた道を歩く子供たちの後ろ姿だったそうだ。まるで実際に被災地を歩いている様なアングルで描写される歌詞は、この様な経緯から生まれていたのだ。
 途中の「さんざん頼っていたものにさえ 何かが起こったとたんに 悪く言ってばかりだ」というフレーズで、停電の原因でもある原子力発電所の事故について、「Appreciation」ほどはストレートではないものの、やんわりと触れている。
 そして、「絶望の淵と思っていた場所は 希望へとまっすぐ延びる道への始まりと気付く」というフレーズで、瓦礫の中を進む子供達の事を想起せざるを得ないのである。

「Appreciation」(アルバムでは6曲目に収録)
 アルバム『Heart to Heart』リリース直後から物議をかもした曲である。特に、反原発思想を持つ者達からは批判の対象とされた。
 タイトルのAppreciationとは、ここでは槇原がコンサート・ツアーのコンセプトとする「感謝」という意味が採用される。
 冒頭の「仕事場へ僕を毎日運んでくれる電車を 動かしていたものを どうして僕は悪く言える?」というフレーズは、これだけではまだ抽象的で、もし震災後に作られた曲でなければ、槇原のラブソングで綴られるラフスケッチの様にもみえる。しかしながら、2番の歌詞で、これはそんな日常の陽だまりの中で存在する穏やかな断片ではなく、もっとストレートに我々に刃を突きつけてくるのだ。
 「壊れた原子炉よりも手に負えないのはきっと 当たり前という気持ちに汚染された僕らの心」と、まさにこれが発売当初から物議をかもしたフレーズである。世の名だたるミュージシャン達が一斉に反原発ソングを歌う中、ちょっと待てよ、と我々を立ち止まらせる。
 槇原敬之は「Appreciation」について、「歌詞の表層だけを捉える人たちがいる」と語ったうえで、実はこの曲は「原発、電力会社擁護の曲なのか?」と取材にきた新聞記者までいた事もあかす。しかしながら、全体を聴けば、人間は「いろんなものの命をもらう事でしか 生きてはいけない そんな弱い生き物」だと歌っているとおり、これは、人間の「命」「営み」を支えている世の中のあらゆる物への感謝を表している曲である事がわかる。そして当然の事ながら、槇原が「モノ言わぬ物にも心がある」と言うとおり、原子力発電所の原子炉や発電機も含まれている、という極めて当たり前の事なだけである。
 さらに槇原は、「自分は悪くない」「自分こそ正義だ」としたうえで誰かを批判したり、世の中を批判しているわけではない。自分(槇原)はなぜ、「ありがとう」と素直に感謝できなかったのだろうと、自分の問題として内省しているのだ。それを、如何なるものもイデオロギーとして捉える者たちからは、原発擁護として見えるのであろう。

 因みに私も、商用発電も含めて原子力というものを、「賛成/反対」とイデオロギーとして捉えた事はない。原子力は、車、飛行機、人工衛星、先端医療などを含む産業技術のひとつであると捉える。そこで、「Appreciation」という曲を受けてあえて言えば、原子力は賛成でもなく反対でもなく、私の「身体」の一部であると言える。なぜなら私の体の中には、今まで自分が生きる為に殺して食べてきた沢山の獣たちの血と、私の「営み」「身体」「命」をインフラで支えてきた原子力の血が流れているからだ。
 この様な折りに、重低音が肚の底に響く「Appreciation」にこそ、本物のロック魂を感じた次第である。私の知る限りでは、この曲は震災以来、まだ一度もFM局では耳にしていない。

「林檎の花」(アルバムでは5曲目に収録)
 「Appreciation」や「White Lie」とは好対照だが、この2曲が誕生するきっかけを作った作品である。なぜなら、先行シングルの「林檎の花」のリリース日が昨年の3月11日だったからである。
 この日、槇原敬之は、「林檎の花」リリース日として朝を迎えた。何事もなく過ぎる1日だったはずが震災が起こった。ここで槇原の今後の楽曲製作に色々と変化をもたらす事となる。この時に自分を救ってくれたのが美輪明宏の「世の中のものに何でも感謝」という言葉だったそうだ。そして、男女のラブソングである「林檎の花」から、もっと壮大に、尚且つ哲学的に「愛」を謳った「Appreciation」や「White Lie」が生まれ、それがやがて『Heart to Heart』というアルバムに結実したのである。
 「林檎の花」の中にある、「誰かを思う気持ちで僕らは生きているんだ」というフレーズは、もちろん震災前に綴られたものであるが、今、震災後を生きていく日本人こそ失いたくない言葉である。

 これはライヴ終了での余禄だが、槇原敬之が、東京国際フォーラムの2階席まで埋め尽くした観客に対して、「何が起こるか分からない世の中で、今日ここに元気な姿で来てくれたみんな、ありがとう!」という言葉が、このライヴの全てを語っていた。そして、今年初めて「新年、あけましておめでとう!」という言葉を彼から聞いた。私も年が明けてからもずっと、「おめでとう」と言えないでいたのである。

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