【詩集】 福島出身の詩人,三谷晃一の綴る郷土の記憶~詩集『星と花火』(文芸社)
詩人,三谷晃一は1922年福島県生まれ。地元新聞『福島民報』論説委員長を務めながら,郷土福島を題材とした詩を多く書いてきた。今回私が手にした詩集『星と花火』は,戦中の貧しい郷土の記憶と,今日に至る変わりゆく郷土の歳時記を綴ったものである。
まず『星と花火』に採録された作品を全て読んでみて思った事は,自分や郷土のおかれた様々な状況を,何に怨むまでもなく坦々と受け入れて生きていく三谷の姿である。
まず,「初夏の村で」,「魚をとる」という作品。具体的な場所を示す地名は一切でてこないが,ここに綴られた風景は,例えば井上陽水の『少年時代』の様に誰もが記憶として持っている故郷の原風景である。そんな故郷――すなわち,藁ぶき屋根の農家,リンゴの花,風でゆらゆら揺れる葱ぼうず。そして村で唯一の娯楽といえば,NHKラジオとテレビ。こんな時間が流れる村に,ある日突然工場,高速道路,工業団地,ダムが作られていく。しかし三谷は,今となっては村の総意で受け入れたそれらの物にたとえ郷土の記憶が奪われても,工場やダムの向うの町にも人々の暮らしがあるのだと,その敗北感を声高く叫ぶのではなく,静かに胸にしまいこむのである。
そして,「セイタカアワダチソウ」という作品。ここでは自分の郷土(日本)が何者かに征服されていくような光景が,変わりゆく故郷の風景ををメタファにして綴られている。それは異国の武力であり,また外来(東京)からの巨大資本でもある。
セイタカアワダチソウとは知られるとおり,昭和40年代頃から全国で爆発的に繁殖を始めた帰化植物であり,その自生場所は国産植物であるススキと競合する。作品「セイタカアワダチソウ」に登場する小さな風でも大きく揺れているススキの姿は,その見知らぬ侵略者に対する抵抗の象徴だ。
昭和40年代といえば,わが国は高度成長期のただ中であり,外来の工業文化,消費文化が一気に流入してきた時代だ。当時を振り返れば,このセイタカアワダチソウも同時に印象として焼き付いているだろう。
しかし三谷はここでも何かに,あるいは誰かに怨みの念を投げるのではなく,この事実と時代の変化を自らが「敗北者」として受け入れていくのである。
後半,唐突に現れる
「豊葦原瑞穂国。
秋。」
という『日本書紀』に謳われるわが国の美名のフレーズが,いつかは来るであろう外来農業と,それによってまたも滅ぼされるかもしれない村落共同体の農村文化に対する三谷の強い憂いが感じられる部分である。そして,遥か昔にダムに沈んだ村の一部を押し黙って眺めるのである。
そんな三谷には「東京」という町はどう映ったのか。「東京にいくと」という作品は,故郷(福島)から東京へ家族旅行か,あるいは出張で訪れた時の東京の町の点描風景である。デパ地下でワイン,チーズ,そして全国の物産が集まる食料品売り場で土産を買う。東北の人間からみたら寒暖の差が穏やかに感じる東京の佇まいを,三谷はこう表現する。
「なま暖かい東京よ。
なま暖かい思想よ。」
そうして東京の喧騒を離れて再び故郷の食卓についた時,東京から買ってきた鯵や烏賊の生乾しを目にして,「どうしてあんなところ(デパートの土産売り場)で腐敗もしないで きみは生きて来られたのか。」と呟きつつも,この普段より豪華な食卓に満足している三谷の姿がそこにはある。
これはかつて集団就職で東京に大挙して押し寄せた東北の労働者達が,二度と故郷へは帰らず,やがて「東京人」として帰化していった事への嘆きにも聞こえなくもないが,どんな状況下でも,物事の対立や争いを止揚していくような,三谷晃一という東北の郷土に生きた一人の詩人の懐の深さを感じるのである。
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