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März 2011

21. März 11

【コラム】「東北関東大震災」,その呼称をめぐる「言葉」と「身体」

 2011年3月11日に発生した戦後最大級の大地震と津波は,東北,北関東という広い地域に甚大な被害をもたらした。この大地震は今のところ,「東北関東大震災」,「東日本大震災」,「東北地方太平洋沖地震」と呼ばれている。かつての阪神大震災や中越地震とは異なり,あまりにも被害地域が広い。それゆえにこのような名称が付与されたのであろう。
 その中で,私がこのコラムの表題で主にNHKが採用している「東北関東大震災」を使用したのは他でもない,この震災を,当事者性を持って受け止める為である。

 日本国内で大災害が起こった時,それが東京から離れていれば離れているほど,東京人にとっては他人事に映る。日本の中枢機能が集結した帝都東京は,どんな事があっても潰れないという神話的な都市伝説に覆われている。それを一瞬だけ覆したのが1995年に東京都心で同時多発的に起こったカルト集団オウム真理教による「地下鉄サリン・テロ」であるが,これも,まさに喉元過ぎれば熱さ忘れるという状況で,今現在も当時の様に防災グッズを枕元に置いて寝ている人は少ないであろう。こういう状況の中で起こったのが今回の「東北関東大震災」なのである。

 かつて阪神大震災が起きた年,パロディストのマッド・アマノが今見ても非常にインパクトの強い作品を制作した。それは東京23区の地図の作品である。一瞬見ただけでは何の変哲も無いただの地図であるが,よく見ると,23区の江東区,江戸川区あたりのエリアが,阪神大震災で最も被害が甚大であった灘区,長田区,御影町の地図と部分的に入れ替わっているのである。
 私はこの作品を見た時に,一瞬だが背筋の寒い思いをした事を今でも身体的に記憶している。江東区周辺は海抜ゼロメートル地帯であり,もし今回の様な大津波が来たとしたら,おそらく今のままの防災体制では町全体を防衛できないであろう。マッド・アマノの作品は,今思うとそれを予見するような作品であった。

 そして今回の大地震を,「東日本大震災」,または「東北地方太平洋沖地震」ともし呼ぶならば,停電と,東北地方と比べて僅かな死傷者だった東京は,まだ幾分だが感覚的には他人事でいられたわけである。しかしそれを「東北関東大震災」とあえて呼ぶ事で,途端にこの震災の大きさが身体性を持ってのしかかって来るのである。
 津波で集落の2つ3つが一瞬にして消失するなど,まったく想像し難い。あまりにも多くの死者の人数は,それをリアリズムを持って捉える事も困難である。
 この大地震が来る一週間前,私は長年懇意のあった知人を癌で亡くしたが,この知人と同様に,震災で亡くなった1万人以上の方々にはそれぞれの人生模様があり,歴史があったわけである。しかし,それを理解し,知ろうとするにはあまりにも数が多すぎて,1人の人間の頭で想像する許容量を超えてしまっているのである。
 そして何よりも,首都東京の下層を神経の様に複雑に這うインフラが,電力も含めてかなり多くの部分で近隣他県からも享受されていた事にあらためて気づく。
 特に,原子力発電所の被災による幾多のデマでパニックになった都民を見ていると,マッド・アマノの作品を突き付けたくなる。テレビでは原子力発電所の被災の様子を刻々と伝え,それを見て右往左往する都民が多くいるが,彼らの口からは,“原発の町”とともに生きてきた地域住民の気持ちや,復興後の原発界隈の地元経済,観光について心配するような意見はなかなか聞かれない。
 今まで他所に多大なるリスクを負わせて享楽的に発展してきた「東京」というインテリジェンスが,まるで「病」に侵された箇所だけを切除して,自分だけは生き残ろうとするような,ある数の冷たさを感じてしまったのも事実である。それに対し,私に何ができるかと考えた時,せいぜい以前から所有していたガイガーカウンターで朝晩の放射線量を測定し,そのデータをネットにあげて近隣の友人達を安心させる事。それから,原発の修理が終わって被災地が復興したら,そこを観光で訪れる事ぐらいしか出来ない。

 ということで,最後に,近年熱海の町づくり,町興しに関わってきた者として,“原発の町”女川(宮城),双葉町(福島)の復興を願い,観光案内をして終わりにしたいと思う。
 
 宮城県女川町は,風光明媚なリアス式海岸に囲まれ,牡蠣,ホタテ,銀鮭などの養殖が盛んな漁師町である。町のいたるところには良質な温泉がたくさんあり,この眺めは熱海の伊豆多賀の風景を彷彿とさせる。また,眼下に広がる海は全国のアングラーにとっても絶好の釣りスポット。釣りビギナーでもアイナメ、メバル、タナゴを釣って楽しむ事ができ,町内にも多くの釣具店がある。
 観光スポットとしてお薦めなのは,水産観光センター「マリンパル女川」。ここでは女川の水産業のPRの他に,海洋をテーマとした生物多様性について広い知識を得る事もでき,夏休みの自由研究には最も相応しい場所である。また,ここに併設されたフードコーナーでは女川の水産加工品を食べる事もできる。

 福島県双葉郡の浜通りは,JRが「グルメ街道」として売り出すほどの,知る人ぞ知る食べ歩きスポット。カレイ,ホタテ,その他港で水揚げされた海産物が並び,この光景は熱海網代の干物銀座の様な賑わい。そしてもちろん周辺には良質の温泉が限りなくある。特に,近年映画『フラガール』で有名になったいわき市界隈には老舗旅館が立ち並び,毎年開催される町の観光プログラム「いわきフラオンパク」では,多岐にわたる体験プログラムで町の歴史,伝統,民俗まで見聞を広げる事が出来る。

 ここに紹介した施設,イベントは,現在は多くが被災している。しかし,復興した町の姿を想像しつつ,あえてこのような文章を書いてみた。
 原発の修理が完了し,安全宣言が出て,町に人々が戻って復興が始まったら,私は大勢でこの原発の町を訪れ,震災復興「福島・宮城温泉巡り+釣り・食い倒れ+女川原発見学」オフを決行し,かつての被災地で豪遊する予定である。

女川町公式
http://www.town.onagawa.miyagi.jp/maintop.html

マリンパル女川
http://www.marinepal.com/

女川原子力PRセンター
http://www.tohoku-epco.co.jp/pr/onagawa/index.html

双葉町商店街公式
http://www.newcs.futaba.fukushima.jp/futaba/guide/shop/

にほんブログ村(福島県双葉郡)
http://chiiki.blogmura.com/fukushimaken/07545.html

福島県浜通り日帰り温泉
http://www.nextftp.com/terasawa/fukusima-hamadori-spa.htm

いわきフラオンパク
http://iwakihula.onpaku.com/

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05. März 11

【映画】 齊藤潤一監督『平成ジレンマ』(2011年,配給・東海テレビ)

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 かつて1980年代に社会問題となっていた校内暴力,非行,登校拒否の未成年達を,厳しいヨットの訓練で更生させる施設として注目されていた戸塚ヨットスクールの戸塚宏校長の半生を追ったドキュメンタリー作品。
 この作品は,昨年東海テレビの制作でテレビ放映されると大きな反響を呼び,今回はテレビ放送では未公開だったシーンを加え,新たに再編集して1本のドキュメンタリー映画として公開された。
 冒頭で私があえて“戸塚宏校長の半生を追ったドキュメンタリー”と書いたのは,この作品が,単に戸塚ヨットスクールと戸塚宏の教育論に「是・非」を問うだけの作品ではないからだ。
 まずファーストカット導入部では,いわゆる戸塚宏と数名のコーチが「犯罪者」として裁かれた戸塚ヨット事件の当時のニュース映像が挿入される。当時この映像を見た記憶がある者は,恐らくは戸塚宏という人物がこの世の「鬼」か「化け物」に見えたであろう。報道番組で連日繰り返し流されるセンセーショナルな体罰シーンだけを見せられた我々は,そこに至るまでの理由も知る事もなく,戸塚宏をマスメディアの中で「化け物」に仕立て上げて,一方的に批判してきたともいえる。

 これは意外に世間ではあまり知られていないようであるが,戸塚ヨットスクールは,開校当時から今のような更生施設であったわけではない。もともとは世界的ヨットマンであった戸塚宏が,地元市民や子供たちにヨットの楽しさを教えるために開いたヨット教室が前身である。そこにたまたま不登校や非行などの問題を抱えた子供が入校してきて,ヨットの厳しい訓練を受けるうちに立ち直っていったという口コミが全国に広がり,やがて非行の子供達だけの更生施設となっていったのである。
 映画の中で戸塚宏は再三にわたって「こんな子供にしたのは誰なんだ?どんな世の中がこういう子達を作ったんだ?」と問いかける。
 金属バット殺人事件を象徴とする家庭内暴力や校内暴力という言葉がしばしば聞かれるようになった70年代後半から80年代にかけて,様々な教育評論家や,今でいうプロ教師達がテレビに出る中で,ひと際異彩を放っていたのが戸塚宏である。親にも学校の教師にも制止する事ができない問題児の暴走はいったい誰が止めるのか。それは「社会で育てましょう」などと言う評論家の生ぬるい言葉に託すより,当時の世の中は戸塚宏を待望したのではなかったのか。

 実は,『平成ジレンマ』が制作される以前,過去に戸塚ヨットスクールを題材にした映画がもう一つある。西河克己監督『スパルタの海』(1983)だ。これは当時,『東京新聞』に連載されていた同名のルポルタージュを同名映画化したもので,伊東四郎が戸塚宏の役をやって当時から話題になった。
 そして数年後,ヨット訓練生が事故死するという戸塚ヨット事件が起こると,この作品はいつのまにか封印されてしまった。それ以降,ほぼ全てのメディアが掌を返すように一斉に戸塚宏を叩きだしたのだ。今のようなネットの無い時代である。当時の我々は戸塚宏の生の声を直接聞く機会もなく,彼を「化け物」にしてしまったのである。
 『平成ジレンマ』では,これまで当時のマスメディアによって長らく封印されていた戸塚宏の「言葉」を少しずつ紐解いていく。その言葉一つ一つは戸塚宏によって肉体言語化されたものであり,非常に重い。あの事件後“戸塚被告”,そして“戸塚受刑者”となり,刑期を終えて再びヨットスクールに戻ってきた戸塚宏は現在70代である。そして,かつて「暴力」「体罰」とまで言われた厳しい訓練法は封印されてしまっている。70代になったこの「化け物」は,両手の手錠こそは外されたが,再び暴れないように見えない足枷がつけられている。
 しかし,この手負いの「化け物」戸塚宏のもとにやってくる者は後を絶たない。マスメディアと世論と権力によって抹殺されたかにみえたこの空間は,現代の教育の歪み――即ち,ニート,引きこもり,不登校,薬物依存,そして集団での協調性がなく問題を起こす情緒障害児の漂流地点となっていたのである。
 入学金は315万円で月々の月謝は寮での生活費込みで11万円。一度卒業しても社会復帰出来ず,再びここへ戻ってきた時は新たに入学金を取る事はない。コーチ,スタッフの年金や退職金ももちろん無く,現在は赤字経営である。そのうえ,スクール内で少しでも問題が起きるとどこからともなくハエの様なマスコミが一斉にたかってくる。そして故意に「化け物」を挑発し,「化け物」が狂って暴れ出すシャッターチャンスをうかがっているのだ。
 こんな状況について戸塚宏は,先日の公開討論会の中でこのように述べている。
「情報にはインフォメーションとインテリジェンスの2種類ある。何らかの意図をもって編集されたものがインフォメーションである。」
 これは日本のマスメディアが長らく抱えている問題そのものである。当時,戸塚ヨット事件にふれた我々は,編集されたインフォメーションによって,訓練生や訓練生の親,そして戸塚宏自身からこぼれ落ちた声を拾い集める手段を持っていなかった。今回『平成ジレンマ』という作品を通してその断片を拾い,海に面した「化け物」のアジトを,外と中から見る機会を得た。
 現在,新生・戸塚ヨットスクールには常に10名程の訓練生が寝泊まりしている。脱走する者,卒業しても何度も戻って来る者,鬱が治りかけたとたんに屋上から飛び降りて自殺する者がいる一方で,1人では何もできなかった引きこもりの少女が,寮生活でヨットの楽しさに目覚め,「将来の夢は五輪選手」とまで言うようになる。
 私はこのような状況も踏まえても,戸塚宏を無批判に是認するつもりはない。しかし,戸塚宏と同じく長い間ヨットやウインドサーフィンをやってきた人間の立場から言うと,世の中で生き抜いて行けない人間が海の上に出たら,確実に死ぬ,という事である。
 かつて戸塚宏という「化け物」を生んでしまった現代社会を構成する一人として,誰もが一度は見ておくべき作品である。

■『平成ジレンマ』ポレポレ東中野で現在上映中
http://www.mmjp.or.jp/pole2/

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シアターの正面には中央総武線「東中野」駅構内からも見える大きな垂れ幕がかかっている。

■『平成ジレンマ』公式web
http://www.heiseidilemma.jp/

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