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05. März 11

【映画】 齊藤潤一監督『平成ジレンマ』(2011年,配給・東海テレビ)

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 かつて1980年代に社会問題となっていた校内暴力,非行,登校拒否の未成年達を,厳しいヨットの訓練で更生させる施設として注目されていた戸塚ヨットスクールの戸塚宏校長の半生を追ったドキュメンタリー作品。
 この作品は,昨年東海テレビの制作でテレビ放映されると大きな反響を呼び,今回はテレビ放送では未公開だったシーンを加え,新たに再編集して1本のドキュメンタリー映画として公開された。
 冒頭で私があえて“戸塚宏校長の半生を追ったドキュメンタリー”と書いたのは,この作品が,単に戸塚ヨットスクールと戸塚宏の教育論に「是・非」を問うだけの作品ではないからだ。
 まずファーストカット導入部では,いわゆる戸塚宏と数名のコーチが「犯罪者」として裁かれた戸塚ヨット事件の当時のニュース映像が挿入される。当時この映像を見た記憶がある者は,恐らくは戸塚宏という人物がこの世の「鬼」か「化け物」に見えたであろう。報道番組で連日繰り返し流されるセンセーショナルな体罰シーンだけを見せられた我々は,そこに至るまでの理由も知る事もなく,戸塚宏をマスメディアの中で「化け物」に仕立て上げて,一方的に批判してきたともいえる。

 これは意外に世間ではあまり知られていないようであるが,戸塚ヨットスクールは,開校当時から今のような更生施設であったわけではない。もともとは世界的ヨットマンであった戸塚宏が,地元市民や子供たちにヨットの楽しさを教えるために開いたヨット教室が前身である。そこにたまたま不登校や非行などの問題を抱えた子供が入校してきて,ヨットの厳しい訓練を受けるうちに立ち直っていったという口コミが全国に広がり,やがて非行の子供達だけの更生施設となっていったのである。
 映画の中で戸塚宏は再三にわたって「こんな子供にしたのは誰なんだ?どんな世の中がこういう子達を作ったんだ?」と問いかける。
 金属バット殺人事件を象徴とする家庭内暴力や校内暴力という言葉がしばしば聞かれるようになった70年代後半から80年代にかけて,様々な教育評論家や,今でいうプロ教師達がテレビに出る中で,ひと際異彩を放っていたのが戸塚宏である。親にも学校の教師にも制止する事ができない問題児の暴走はいったい誰が止めるのか。それは「社会で育てましょう」などと言う評論家の生ぬるい言葉に託すより,当時の世の中は戸塚宏を待望したのではなかったのか。

 実は,『平成ジレンマ』が制作される以前,過去に戸塚ヨットスクールを題材にした映画がもう一つある。西河克己監督『スパルタの海』(1983)だ。これは当時,『東京新聞』に連載されていた同名のルポルタージュを同名映画化したもので,伊東四郎が戸塚宏の役をやって当時から話題になった。
 そして数年後,ヨット訓練生が事故死するという戸塚ヨット事件が起こると,この作品はいつのまにか封印されてしまった。それ以降,ほぼ全てのメディアが掌を返すように一斉に戸塚宏を叩きだしたのだ。今のようなネットの無い時代である。当時の我々は戸塚宏の生の声を直接聞く機会もなく,彼を「化け物」にしてしまったのである。
 『平成ジレンマ』では,これまで当時のマスメディアによって長らく封印されていた戸塚宏の「言葉」を少しずつ紐解いていく。その言葉一つ一つは戸塚宏によって肉体言語化されたものであり,非常に重い。あの事件後“戸塚被告”,そして“戸塚受刑者”となり,刑期を終えて再びヨットスクールに戻ってきた戸塚宏は現在70代である。そして,かつて「暴力」「体罰」とまで言われた厳しい訓練法は封印されてしまっている。70代になったこの「化け物」は,両手の手錠こそは外されたが,再び暴れないように見えない足枷がつけられている。
 しかし,この手負いの「化け物」戸塚宏のもとにやってくる者は後を絶たない。マスメディアと世論と権力によって抹殺されたかにみえたこの空間は,現代の教育の歪み――即ち,ニート,引きこもり,不登校,薬物依存,そして集団での協調性がなく問題を起こす情緒障害児の漂流地点となっていたのである。
 入学金は315万円で月々の月謝は寮での生活費込みで11万円。一度卒業しても社会復帰出来ず,再びここへ戻ってきた時は新たに入学金を取る事はない。コーチ,スタッフの年金や退職金ももちろん無く,現在は赤字経営である。そのうえ,スクール内で少しでも問題が起きるとどこからともなくハエの様なマスコミが一斉にたかってくる。そして故意に「化け物」を挑発し,「化け物」が狂って暴れ出すシャッターチャンスをうかがっているのだ。
 こんな状況について戸塚宏は,先日の公開討論会の中でこのように述べている。
「情報にはインフォメーションとインテリジェンスの2種類ある。何らかの意図をもって編集されたものがインフォメーションである。」
 これは日本のマスメディアが長らく抱えている問題そのものである。当時,戸塚ヨット事件にふれた我々は,編集されたインフォメーションによって,訓練生や訓練生の親,そして戸塚宏自身からこぼれ落ちた声を拾い集める手段を持っていなかった。今回『平成ジレンマ』という作品を通してその断片を拾い,海に面した「化け物」のアジトを,外と中から見る機会を得た。
 現在,新生・戸塚ヨットスクールには常に10名程の訓練生が寝泊まりしている。脱走する者,卒業しても何度も戻って来る者,鬱が治りかけたとたんに屋上から飛び降りて自殺する者がいる一方で,1人では何もできなかった引きこもりの少女が,寮生活でヨットの楽しさに目覚め,「将来の夢は五輪選手」とまで言うようになる。
 私はこのような状況も踏まえても,戸塚宏を無批判に是認するつもりはない。しかし,戸塚宏と同じく長い間ヨットやウインドサーフィンをやってきた人間の立場から言うと,世の中で生き抜いて行けない人間が海の上に出たら,確実に死ぬ,という事である。
 かつて戸塚宏という「化け物」を生んでしまった現代社会を構成する一人として,誰もが一度は見ておくべき作品である。

■『平成ジレンマ』ポレポレ東中野で現在上映中
http://www.mmjp.or.jp/pole2/

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シアターの正面には中央総武線「東中野」駅構内からも見える大きな垂れ幕がかかっている。

■『平成ジレンマ』公式web
http://www.heiseidilemma.jp/

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