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Februar 2011

27. Februar 11

【講演】 『輸液史を築いた小児科医たち』(2011年2月22日,国立成育医療研究センター)

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 先週の22日(火),成城にある国立成育医療研究センターの講堂で,輸液の歴史についてレクチャーをさせていただいた。
 国立成育医療研究センターは日本で最も規模の大きい先端的な小児科専門の医療センターで,各科診療部,外来救急部に加えて,障害児の療育施設も備えている。その景観は,東京郊外の街の中にマンモス団地か,あるいは学園都市があるような雰囲気で,隣接する空間に対しても開放的な都市設計がなされている。
 このような外界に対する開放的な医療空間の設計は,近年,患者側や街からも求められてきた空間である。患者,障害者,高齢者が社会から孤立してしまう原因の一つとして,その医療空間,介護空間が街の中で閉鎖的空間を作っている事も挙げられる。つまり,ここへ通い,またはここで生活する病者にとっては日常の空間であっても,病者ではない者にとっては「非日常空間」なのである。
 この「日常」と「非日常」という空間の関わり方の差異によって,両者の間に見えない壁を作っている。そこで,外界との境界線にグラデーションを設ける事により,その療育空間が「閉じた」アウトサイダーなものではなく,こちらに向かって開かれたバリアフリーな空間となるのである。
 ジャン・ウリやフェリックス・ガタリによる地域精神医療運動の臨床の舞台となったフランスのラ・ボルド病院もこのような設計である。また,一昨年,全米で賛否両論話題をよんだ精神科病院が舞台の医療ドラマ『MENTAL』に登場するウォートン記念病院も,柵の無い庭をコモンスペースとするバリアフリー設計である。

 私が今回レクチャーを賜ったのは,輸液の歴史を通して小児科医療と公衆衛生の発展を振り返る内容のものだ。
 輸液の歴史に名を残した代表的医学者,リンガーハルトマンギャンブルバトラーダロウ,そして高津忠夫らは全員小児科医である。これは偶然ではない。歴史的に考察しても小児科医療の中で輸液が発展していった必然性が十分にあるのである。
 輸液による効果が初めてエビデンスのもとに提示された最も古い記録が,リースの医師トーマス・ラッタによるものである。1832年ラッタは,英全土に広がりかけていたコレラの治療に際し,0.5%塩化ナトリウムと0.2%重炭酸ナトリウムをコレラ患者の静脈内に大量投与し,症状が回復した事をLancetに報告している。
 これから月日が流れ,リンゲル液を発明したリンガーの登場で,小児科医たちの活躍の舞台が幕を開くのである。

 輸液の歴史を理解する上で,以下の5つのフェーズが基本となる。
1.術式の発達(外科学)
2.器具の開発(外科学)
3.薬剤の開発(小児科学)
4.輸液理論の確立(小児科学)
5.輸液技術の臨床現場への普及 (小児科学,内科学,公衆衛生学)

 これをみても分かるように,静脈確保などの術式,器具の開発以降の輸液の歴史は,小児科学がリードしていく事になる。
 それには以下のいくつかの理由がある。

1.19C~20C初頭にかけての乳幼児の死亡率が高かった。(疫痢,赤痢,その他栄養不良)
2.乳幼児の脱水は,成人の場合よりも危篤になるケースが多い。(感染症による下痢,発熱,嘔吐)
3.小児科医は乳幼児の脱水の症例に多く触れる事により,脱水改善の研究が進んだ。

 このように,小児科医が輸液の適用となる様々な脱水症の症例に多く触れる事により,まずは小児輸液の歴史からスタートしていったのである。
 さらにこれに付け加えれば,リンガー以降の近代の主たる小児科医達が米開拓移民の一族であることから考えて,彼らのフロンティア精神も多少なりとも影響しているといえよう。

 さて,今回私がレクチャーを賜ったこの国立成育医療研究センターでは,月に一度,様々な分野から講師を招き,研修会を行っている。私が登壇させていただいた輸液史のレクチャーもその一環である。
 近年,公立私立に関わらず,文化的行事や教養プログラムを積極的に企画,開催する医療機関が少しずつではあるが増えてきている。壁やフリースペースを利用した絵画や写真展,ロビーでのコンサート,詩の朗読会などが多い。
 これららのものは総じて患者や近隣地域住民に向けて開催されるものが多い。しかしそれだけではなく,病院で働く医療スタッフにとっても大切な事である。
 なぜなら,医師,看護師,介護師その他医療スタッフが一人の患者と接する時,その一個人の背景にある歴史,民俗,共同体,生活史といった文化的差異を理解することから臨床が始まるからである。そのためには,専門領域に隣接する周辺領域,またはまったく異なる学問,芸術,文化に触れる機会は,患者への異文化理解(特に小児科,精神科)の為には必要な事だからである。
 当日の私のレクチャーでも,忙しい診療の合間をぬって,多くの医療チームの皆さま方ににおこしいただく事ができたのも,日本の小児科医療の最先端で仕事をされる方々が,専門分野だけではなく,日頃から異文化,周辺領域に高い関心を持ち診療にあたられている様子がこちらにも伝わってきた。

■国立成育医療研究センター
http://www.ncchd.go.jp/

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