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30. März 10

【格闘技】 「船木誠勝VS鈴木みのる」~デスマッチの美学、情念熟成装置としてのワイアー・キューブ~(3・21 全日本プロレスin両国国技館大会)

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 先日、おおよそ何十年振りかに全日本プロレス(以下、全日)の試合を升席で観戦する機会を得た。記憶を辿れば子供時代、父と友人の家族と一緒にリングサイドで観戦したのが全日の試合であった。今でも鮮明に思い出すのは、サーベルを口にくわえたタイガージェット・シンがリングサイドに乱入し、自分だけ1人逃げ遅れてタイガーから追いかけられた事である。今となってはいにしえの昭和の断片を語る時に無くてはならない思い出であり、このエピソードによって馳浩さんからも王道プロレスファンのお墨付きまでいただいてしまった。
 今回戦いの舞台となったのは、後楽園ホールと並び「聖地」と称される両国国技館。すり鉢状の円形空間は、古代ギリシャのコロシアムと同じだ。殺気立った観客の声援、怒号に包まれながら、異形のバーリトゥーダー達が入場してくる。この場面は、数年前から試合を見るようになったドッグレッグスでも同様だが、観客がサーカスに並ぶ善良な人々から狂気へと変わる瞬間なのである。恐ろしい群集心理と暴走するカタルシスは、ギリシャの医神でも止める事はできない。

 しばしばプロレスと総合格闘技を比較して、「総合格闘技はリアルファイトだが、プロレスはショーである」という言説がいまだにまかり通っているようだ。しかし、これは正しくない。それを言うならば、総合もプロレスも、どちらもリアルファイトであり、どちらもショー、すなわち「見世物」である。ただ両者が求めているリアリズムの質が異なるだけだ。プロレスは、ただ単にパワーゲームで勝敗を決めるものではないのだ。リングに上がった選手の怒り、憎しみ、狂気、それらのものが、情念として凝縮されていく。対戦選手同士、その情念を相手の肉や骨に叩きつける。技をかけられたら、肉が切れてもそれを受けなければならない。
 これはまさに、「言葉」を「身体化」した行為であり、観客もその痛みを分かち合うのである。この「場」と「空間」の共有において展開されるのがプロレスの世界でいうリアルファイトだ。相手を殴って倒すだけがリアルファイトではない。

 今回のカードで一番印象に残ったのが、「船木誠勝VS鈴木みのる」の金網デスマッチだ。実は金網デスマッチをやる事に関して、ファンの間からは相当の異論が出ていた事を後で知った。試合終了後、選手を囲んでの懇親会の席での話だが、このカードが発表された時、ファンの多くは「なぜ今さら、昭和のプロレスの様な邪道をやるのか」と思ったそうだ。「こんな事をやっているから“パッケージ・プロレス”などと言われてしまうのだ」などという厳しい意見もあった。しかし試合を見た後にその思いは払拭されたのである。
 後半の第一試合であった、「船木誠勝VS鈴木みのる」の金網デスマッチは、休憩時間を利用して特設空間の設置が行われた。これはテレビのプロレス中継では恐らく見る機会はないであろう。柔軟なロープで覆われたオープンエアの空間が、ガシャガシャと無機質な音を立てながら徐々に金網に覆われていく。これはまるで自分の意思で自由に動く身体を、四方から拘束具を装着されて矯正されていくような情況を想像せざるを得ない。全ての身体の自由を奪われて、己の身に起こるあらゆる凌辱を受けなければならないという恐ろしい空間にさえ見えた。そしてこの金網で覆われたキューブの中に両選手が入り、出入り口が完全に密閉されると、試合のゴングは鳴ったのである。
 そこにはこれまでの試合とは明らかに異なる空気が流れていた。金網のキューブの中は、重力、気圧、密度、何をとっても客席とは異なる情況が存在していた。その情況を作っているのが船木と鈴木の間にある積年の怒り、憎しみなどといった情念なのである。本来ならばこれらの情念は、リングからオープンエアな客席に伝わって、そこでリングと客席との間で「場」の共有が保たれる。しかし、金網のキューブの中ではその両者の情念がこの空間に封じ込まれたまま、息苦しい緊張感を作っている。両者互いに金網に身体を叩きつける時に聞こえる金属音は、アナーキーなストリートファイトで耳にする音だ。互いが血だらけになり、どちらかがKOするまで戦い続けなければならないこのデスマッチは、まるで二頭の土佐闘犬が殺し合いをしているような凄まじい光景である。そこで何が起こっても、誰も手を出せないという究極の格闘空間と言えるかもしれない。
 この光景を見て、このデスマッチを組んだ意図、そして意味は、私には十分に伝わったわけである。少なくてもそれは、単にショーアップの為に用意された茶番ではなく、あの金網のキューブは、「言葉」と「身体」を究極の領域にまで熟成させるための装置であったといえる。試合開始から19分。流血したままOKされた鈴木の身体はボロ布のように横たわっていた。それはまるで、南秋田の暗く凍てつく乾いた大地に野ざらしになって朽ちていく土方巽のように美しく見えた。(3・21、両国国技館、観衆8200人)

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