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28. März 10

【フィギュア世界選手権】 絶対狂人・浅田真央~『鐘』に隠されたメメント・モリを考察する~

 今年で実に100回目を迎えるフィギュア・スケート世界選手権は、男子は高橋大輔、女子は浅田真央の優勝で終わった。今シーズン最後の舞台で日本人選手が男女ともに表彰台の中央に上がった事は、誰もが納得できる結果であったといえよう。特に素晴らしかったのは浅田真央の作品であり、1年間かけて、ついにこの作品を完成させたわけである。
 この『鐘』という浅田の作品は、フリー・スケーティングだけで独立したプログラムではない。実は、ショート・プログラムでさらにブラッシュ・アップされた『仮面舞踏会』とは通底したテーマがある。それは、浅田にとっての「死」を意識したメメント・モリ(Memento mori)的空間を身体化する行為だ。それを浅田はショート・プログラムでは『仮面舞踏会』の音楽と物語に乗せて、死にゆく人間の「死の舞踏」的狂気、乱舞、錯乱を、グリューネヴァルトのタブローのように、狂おうしくも美しく見事に演じ切り、これまでの清廉、可憐なフィギュアの妖精から、何者をも寄せ付けない“絶対狂人”としての浅田真央になったのである。
 フリー・スケーティングの『鐘』は、まずはこのようなショート・プログラムの背景、伏線があってこその作品であり、『仮面舞踏会』並びに『鐘』の2つの作品は、今回も論争になった単なる政治的な採点基準の問題だけではなく、2つの独立したプログラムがそれぞれ表裏の関係として如何に重層的に表現されるべきかという非常にレベルの高い問題を提起しているのである。
 つまり浅田は、ショート・プログラムとフリー・スケーティングという各章に分離され独立した要素を、一つの交響楽で表すという事をやってのけたのである。この2つの分離された章に、それぞれ浅田の武器であるトリプルアクセルを楔として打ち込むという行為は、例えれば、ロマン主義以降の近代的交響楽にメタ構造で現れる「動機」そのものなのである。タラソワがショート・プログラムから終始一貫してトリプルアクセルを要素に入れる事にこだわったのは、このような「芸術」を表現するためだからだ。
 しばしばフィギュア等の採点競技では、「芸術性」をめぐって論争が起きる。しかしながらこれは、基本的ルーティーンが未熟な者から発せられる恣意的にして、かつ政治的な言説であり、「芸術」そのものをめぐって論争をするというレベルのものではない。そのような点において、本来ならば我々は、タラソワが4年がかりで仕掛けた、この計算されつくしたメタ的構造のプログラムにこそ驚愕し、浅田の作品ただ1点において芸術論争が起こるべきなのである。少なくても、寂れた歓楽街の大衆芸能のようなものとは同じ座標で語るものではない。

 浅田にとって『鐘』とは、どんなプログラムであったのかと言えば、それは限りなくメメント・モリを意識したものだが、言い換えれば、この4年間の間に浅田の身に起こった様々な出来事が情念として堆積したものであると言ってもいい。当初、浅田の新プログラムでこの『鐘』が発表された時、フィギュアファンからも概ね不評であったようだ。ジャンプを華麗に飛ぶ軽快な浅田真央のイメージと、この『鐘』が持つ、暗く重苦しい雰囲気が馴染まないという理由である。だが、浅田真央のこれまでの道程を振り返れば、そんな演奏会用の明るく華やかな楽曲を選んだところで、浅田が胸に秘めた思いなど到底表現しきれなかったであろう。
 『鐘』が表す世界とはどんな世界であるのか。これは中世暗黒時代の欧州の歴史とともに欧州人の記憶の中に潜在的に刷り込まれたものである。それは時に大災害や疫病や戦争であったり、または神の逆鱗にふれる出来事であったり、このような鬼気迫る状況の中でけたたましく鳴らされるのが『鐘』なのである。浅田真央はまさに、このような状況の中で、誰からも守られる事もなくたった一人で戦い続けたアスリートなのである。そして浅田が戦うべき敵はあまりにも多すぎた。
 赤を基調とした衣装で颯爽とリンクに登場した浅田真央は、その胸の内に堆積した怒り、悲しみ、叫び、様々な情念を、まるで観客の我々までも焼き尽くすかの如く迫力で「死」のダンスを始めたのである。浅田が『鐘』で表した空間は、リンクの内も外も炎で包まれたような空間であり、その炎の輪の中を、人々の怒りの情念で召喚された魔物が焼け焦げた屍を蹴散らしながらぐるぐると旋回しているのである。欧州人が時に見る悪夢とはこのようなものなのだ。
 そしてこの阿鼻叫喚の状況の中でその“魔物”と化した狂人・浅田真央は、全ての物を焼き尽くした後、終曲に向けて自らもその炎の中へと突っ込んで行った。何もかも焼き尽くされて昇華される事で、やっと我々人間の穢れた魂は浄化され、ようやく福音書(EVANGELION)の1ページをめくる事が許される――これが4年間の「場」と「空間」の共有の中で完成された、浅田真央の『鐘』という作品なのだ。

■浅田真央、安藤美姫についてのコラム■
【バンクーバー五輪】 世界女王対決・浅田真央VS安藤美姫、超絶技巧的空間と身体
【フィギュアスケート】 浅田真央VS安藤美姫~今季最後の女王対決~
【フィギュアスケート】  浅田真央VS安藤美姫~必殺技の美学

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スポーツ・身体表現」カテゴリの記事

Kommentare

浅田真央選手と今回の世界選手権について色々見て回ってこちらに辿り着きました
読んでるうちに浅田選手の演技がフラッシュバックして感動の鳥肌が立ちました。

改めて素晴らしいプログラムだと確認できました。
ストーリーのあるオペラやバレエ音楽ではないクラシック音楽の表現をあそこまで仕上げたタラソワコーチと浅田選手に心から拍手を贈りたいです。

P.S. 浅田選手と『鐘』の芸術性については、以下のブログも参考になりました。

鐘 - Risa’s 音楽雑記
http://blog.goo.ne.jp/risapiano/e/9d0ab0a13b2f6a905304bba839406502

福山知佐子のブログ
http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/index.html#entry-59477694
http://chitaneko.cocolog-nifty.com/blog/2010/03/index.html#entry-60119954

Kommentiert von: kusuko | 31. März 10 um 17:19 Uhr

kusuko様
『鐘』は本当にすごいプロでしたね。
浅田さんについて多くの方が、浅田さんはジャンプが凄いと認識していますが、これは正しい浅田さんへの評価ではないと思います。
浅田さんはジャンプ以外もみんな凄いのです。
浅田さんはまだまだ高いポテンシャルを持っているので、次の作品が楽しみですね。

Kommentiert von: 井上リサ | 06. April 10 um 10:25 Uhr

突然失礼いたします。
フィギュアスケートが好きで浅田選手を応援している者です。
今回採点問題やキムヨナ選手との対立軸として評されることが多く、浅田選手のスケートとプログラムをどのように受け止めたらいいのかわからなくなっていました。
それが今ここにきて井上リサさんのコメントをみてようやく落ち着きました。
浅田選手のスケートはスポーツでありながらあるテーマをもった表現芸術、一つの「作品」ですね。
来シーズンも楽しみです。

Kommentiert von: mm. | 07. April 10 um 13:30 Uhr

フィギュア界自体もこういう選手を待っていたはずなんです。
彼女が頭角を現してきた頃海外の解説で、ジャンプなどの技が、音楽から逸脱していないことを盛んにコメントしていたようだし、もちろん浅田さんにしか出来ない細かい技術、3Aだけじゃないエッジワークなども褒め称えていますね。
小さい頃の演技を見ていると、バレエの影響か、ジャンプのタイミングなど音楽優先で飛んでしまっているので、ミスすることも多かったんじゃないかと思います。彼女にとって演技するっていうのは、技術を時間内に並べるのではなく、飛んだり回ったりしながら、音楽の求める動きに心地よくこたえることなんだと思います。
彼女を地上に引き降ろすために、ジャンプやエレメンツ単体を出してきて、過去や現在の選手と比べようとする輩がいますが、音楽を引き立てる彼女の圧倒的技術には、言及しないんですよね。

Kommentiert von: まめ | 05. Februar 11 um 13:07 Uhr

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