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08. März 10

【書評】 三橋貴明×八木秀次 『テレビ政治の内幕』(PHP)

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 経済評論家の三橋貴明と、ラジオ日本『ラジオ時事対談』のコメンテーターとしても知られる高崎経済大学教授の八木秀次による政治とメディアをテーマとした対談本である。同様のテーマでは昨年、三橋貴明が単著で『マスゴミ崩壊~さらばレガシーメディア』を上梓している。こちらの方は、メディアと政治の関係性をビジネスモデルという観点から批評したものだ。
 今回の対談本は、今現在、実際に起こっている情況とインタラクションして書かれたもので、昨年に民主党政権が誕生した直後から、小沢一郎の秘書であった石川知裕議員が逮捕される今年1月まで、全5回に分けて対談されたものが収録されている。
 これを読むと恐ろしいのは、三橋、八木の両論客が政局を分析しながら、当時あらかじめ予想していた事がほぼ的中していることである。例えば現政権は、デフレが進行しているのにも関わらず財政出動もせずに緊縮財政に舵を切った点、また、「夫婦別姓法案」、「外国人参政権」といった近代的な国民国家の形態を根本から変えてしまうような法案、そして将来的にはネット言論規制にもつながっていくであろう様々なネット・メディア関連法案、言論・表現の自由を規制しかねない「人権擁護法案」などを上程しようとしてる点なども見事に予想が的中している。
 このように書くと、まるでこの本がノストラダムスの預言書か、『20世紀少年』の「よげんの書」よりも恐ろしいということになってしまうが、何ていうことはない。新聞・テレビ等のマスメディアが、普段から国民に対して正しい情報を正確に伝えていたならば、これらの事は誰でも簡単に予測できた事なのである。
 例えば現在問題となっている北教組(北海道教職員組合)と民主党・小林千代美議員の事にしても、選挙の前に民主党という大衆政党が、どんな支持母体で成り立っているのかをマスメディアがきちんと正確に国民に伝えていれば、国民も今さらこんな程度の事で大騒ぎはしなかったのであろう。つまり、「子供手当」、「母子加算」、「農家戸別補償」、「高速道路無料化」のからくりも含めて正確な情報が与えられたうえで国民が民主党を選択したというのならば、そこで初めて「民意」によって政権交代がなされたということができる。今になって“こんなはずではなかった”と言っても、それは全部自分自身で選択してきた結果なのである。
 最近になって私の周囲では、先の衆院選で民主党に投票した方々が、“なぜ選挙の前に本当の事を教えてくれなかったんだ”、“本当は自民党に入れたかったが、自民党がだらしがないからいけないんだ”と言って私のせいにしているが、こういう方々は、一生かかってもデモスクラティアの理念を理解できないのであろう。
 ではなぜ、同じ日本という国に住み、自由に情報を享受できる環境にいながら、本書 『テレビ政治の内幕』の論客と、その他多くの大衆との間に、このような情報格差が生じてしまったのであろうか。それは何度も言うが、メディアリテラシーと情報検索スキルの差に他ならない。マスメディアから日夜流れる情報に疑いを持って行動をしてきた集団と、マスメディアの情報に疑いを抱くこともなく、ポピュリズム政治に煽動された集団との間に差異や落差が生じたのである。だから、この点においては民主党には罪はないのである。

●ポピュリズム政治の功罪
 現在の大衆的な政治状況を予見していたともいうべき本がいくつか手元にある。その一つが渡辺恒雄の『ポピュリズム批判』と、もう一つが西部邁の『貧困なる過剰』だ。『ポピュリズム批判』は、ちょうどパソコン通信に代わりネットの登場によって、徐々にネット論壇が形成されていった頃に「This is 読売」掲載コラム集としてまとめられたもので、『貧困なる過剰』の方は、西部が論客としてテレビ朝日の『朝まで生テレビ』に出ていた頃に上梓されたものである。
 この2つの著書の中で、知識階級以外の多くの国民は「大衆」、あるいは「愚民」と定義され、この愚民が世の中を跋扈するようになれば恐ろしいことになるという、大胆な論陣を展開しているが、今あらためて読み返してみると、納得せざるを得ない部分も多々あるのである。西部はしばしば、デモスクラティア自体が制度疲労をおこしており、少々語弊があるかもしれないが、「バカにも1票、賢い者にも1票」という制度自体が如何なものかと言っている。これはなかなか思っていても口にはできない言葉だが、現在パーソナリティーを務める東京MXテレビの『西部邁ゼミナール』でも同様の事をしばしば主張しているから驚いた。
 では、西部が言うところの「バカ」から「賢い者」になるにはどうしたらいいのかというと、それは三橋貴明らが著書で何度もふれているとおり、メディアリテラシーを身につける事なのである。現在の情況をフィードバックしてからあらためて当時の西部邁の著書を読み返してみると、これが単に選民的知識階級至上主義の本ではないことが分かってくる。西部邁がこの世で最も醜いものとして忌み嫌っているのは「バカ」そのものではなくて、煽動された「バカ」がとる喧騒たる行動なのだ。

●「民主人権党」と「友だち民主党」のゆくえ
 冒頭で、本書 『テレビ政治の内幕』は、まるで『20世紀少年』の「よげんの書」のようであると書いたが、実は三橋貴明は、もっと以前にこれよりもさらにスリリングなかたちで未来を予見した本を書いている。それが三橋の人気ブログのタイトルにもなっている『新世紀のビッグブラザーへ』である。これは全くのフィクションではあるが、登場人物や国や政党は、我々がよく知る実在のものが全てモデルとなっている。ここに登場する国家社会主義政党である「民主人権党」や、『20世紀少年』に登場する「友だち民主党」とはまさに、民主党的なるものを感じるのである。
 物語の中で、「民主人権党」や「友だち民主党」は、マスメディアを味方につけて大衆心理を巧みに操り、テロや革命ではなく、あくまでも憲法に基づいて合法的に政権の座につくのである。そして一度政権の座についてから、徐々に国家を解体していった。『新世紀のビッグブラザーへ』の世界では、すでに「日本」という国号さえこの世に存在しないことになっている。
 この本が上梓された時、多くの読者は荒唐無稽なSF小説として読んだであろうが、今もう一度読み返してみると、きっと背筋が寒くなるだろう。何しろ、我々が子供の頃に特撮番組の世界で見ていた「ショッカー」やら「死ね死ね団」やら「ヤプール」やらが、政治家となって“大人帝國”にも存在しているのが『新世紀のビッグブラザーへ』の世界なのである。
 しかしこの物語でも最後に風穴を開けたのは、やはりメディアリテラシーを身につけた若者である。これは現在の愚衆政治の中で、唯一国民が武装できるツールなのである。
 一方で、昭和の残滓で生成されたキメラ的大衆政党は、もうデモスクラティアを党名に名乗るのは辞めにして、一層のこと「テレビ党」とでも名乗ればよかろう。

■井上リサによる書評■
【書評】 三橋貴明著 『民主党政権で日本経済が危ない! 本当の理由』(アスコム)

【書評】 三橋貴明著 『マスゴミ崩壊~さらばレガシーメディア~』 (扶桑社)
【書評】 三橋貴明著 『新世紀のビッグブラザーへ』(PHP研究所)

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