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11. Februar 10

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】 学生の2009年度最終レポートを読む(2) ~「サンクト・ガレン修道院平面図を題材とした演習―「医療」と「アート」が理想的に融合する患者と市民のための空間を設計する―」

 一通り採点の終了した学生の最終レポート(「サンクト・ガレン修道院平面図を題材とした演習―「医療」と「アート」が理想的に融合する患者と市民のための空間を設計する―」)をもう一度読み直している。奇想天外な内容も多いのだが、今日の医療、特に精神医療や難治性疾患患者のターミナルケアに対しての示唆に富んだものが多く、2010年度の集中講義の中でもフィードバックしていきたい。
 今朝再び読み直したのは、サンクト・ガレンという空間を病院と隣接した多目的スペースとして設計し、病院を取り巻く環境をコンパクトシティとして見直していくという内容のものだ。

レポートタイトル:「病院の隣の小社会」(デザイン学部デザイン学科1年)
 ここでサンクト・ガレンに担われた空間的役割とは、入院患者や障害者の日常的生活を全てサポートするオルタナティブ・スペースである。設計書を参照すると、まず礼拝堂正面に当たる吹き抜けの空間がインフォメーション・センターとなっている。中央の空間はギャラリーになっており、キッズスペースと休憩所を隔てた最後部にはミニシアターが設けられている。中央のギャラリー・スペースを中核にして、この他には作品制作用のアトリエ、画材店、書店、メディアショップ、ウェアショップ、ネイルサロン、コスメサロン、フードコート、クッキングスペース、そして野外には植物園が設置されている。
 ここに設けられた空間は、人間が最低限、文化的生活を営むために必要なものである。近年までは、病人や障害者となった途端に、治療やケアのためのアメニティが優先されるため、生活における文化的要素、創造的要素を担う部分は「制度」の中で必然的に削除されるケースが多かった。しかし、病人や障害者のノーマライゼーションという事を考えた場合、例えば介助者、介護者視点での機能性を重視したウェアだけではなく、それを身につける病人や障害者の目からみて、ファッション性を重視したウェアがあってもいいわけである。
 具体的な事例を挙げれば、介助者を必要とする障害者が着用しているウェアは、これまではボタンが大きめのものが多かった。これはウェアの着脱の際、小さくて細かいボタンよりも大きいボタンのほうが作業がし易いからである。また女性であっても髪が短く散髪されているのは、単に衛生的というだけではなく、やはり頭髪の手入れに手間がかからないからである。これをそのまま健常者たる人間に相対させたらどうなるか。このような状況に納得するものは誰もいないであろう。今日ではこのような観点から、病人や障害者であってもそれぞれのライフスタイルやファッション的志向を重視したウェアも製造・販売されるようになってきた。
 このレポートで設計書の中に設置されたウェアサロン、ネイルサロン、コスメサロンなどは、病人や障害者の日常生活において、文化的側面を担うものの一つである。この他にも、劇場、映画館、書店などが併設されており、ここで全てのものが賄える仕組みになっている。この空間概念は、近年、主に限界集落といわれる過疎地において構想されているコンパクトシティとも類似している。町の中の居住区から歩いて行ける距離に学校、役所、病院、公園、その他文化施設を収めた都市計画の事である。少子高齢化が進む中で、住み慣れない都会へ移住するのではなく、住み慣れた街を最後の住処にと考えている集落居住者が増えてくれば、このようなコンパクトシティが実際に増えて行くであろう。歴史を遡れば、ギリシャの都市国家ポリスこそ、ステディウム、コロシアム、ホスピタルという空間をひととこに集結させたコンパクトシティの先駆けであり、この空間では病人も他の市民と一緒に暮らしていたのである。
 学生はこのレポートの中で、この計画の趣旨として、病人、障害者の日常生活におけるノーマライゼーションと、精神的ケアをあげている。ノーマライゼーションについては先ほど述べたとおり、人間が文化的生活を送るために必要最低限な空間やアイテムを用意することで解決を試みている。次に重要な精神的ケアは何によってなされるのかといえば、ここでアートの要素が立ち上がってくる。ギャラリーは、単にそれだけでは鑑賞用の空間にすぎず、病人や障害者、そしてここを訪れる市民たちが能動的に参加する空間には至らない。それを補完するかたちで、アトリエとクッキングスペースが用意されている。アトリエの設置については当たり前に必要なものであるが、むしろクッキングスペースという空間が提示されたことが興味深い。
 この空間は、病院ならば入院患者用の調理室に相当する空間であろう。それがここでは、病人、障害者、市民が利用できるスペースとなっている。入院生活における「食」の要素は、入院生活の根幹を支えているものでもあり、「食」の要素の充実は、そのまま入院生活における充実にもつながる。そこに市民のサポートを受けながら病人や障害者が関わる事によって、「食」という一連の「命」をつなぐ行為の中に、単調な入院生活の中で希薄化・記号化された身体性を再構築するわずかな可能性もみえてくる。
 また、料理はもともとアートと並んで創作的な行為であり、この部分において、命を支えるという医療の要素と、料理を作るという創作的な行為が融合することとなる。またそれだけではなく、病人ならば日常生活へ、そして障害者ならば地域の中での自立した生活に向けてのトレーニングの機会ともなるであろう。
 その他、この空間における有機的な要素としては、植物園が設けられていることである。他の学生の今回のレポートでも、庭園や家庭菜園などを併設する空間設計を提示したものが見受けられるが、いずれもグリーンツーリズムを意識したものである。植物を通して四季を演出し、様々な植物が見せるであろう萌芽、結実といった生命サイクルは、医療システムの中で一律に計量化された患者の身体に、生命力の存在の根本を改めて投げかけることになるだろう。

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