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08. Januar 10

【特撮】 シー・シェパードの超高速抗議船アディ・ギル号が沈没

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 環境保護団体を名乗るシー・シェパード所有の自称“超高速抗議船”アディ・ギル号が,わが国の調査捕鯨船「第二昭南丸」に衝突したのち沈没した。この船は100万ドルもするそうで,なんとも金のかかるオモチャを海賊たちに渡したものだ。“海の警察”または“海の番犬”を自ら名乗ってしまう彼らの純化したヒロイズムの矛先は,目下のところわが国の捕鯨に向けられている。
 この船の艤装を見るかぎり,何か特殊装備でもしているのかと思ったら,ただ単に見た目だけのハリボテだった模様。
 シー・シェパードの面々は,さぞかし007の秘密兵器に乗り込むように“ぼくたちのかんがえた,さいきょうのせんかん”というノリで,得意満面になっていたようだ。しかし,当の我々日本人から見たら,このヘタレぶりは残念ながら,どこか出来損ないの“今週のビックリドッキリメカ”にしか見えない。呆気なく壊れてしまうのも『ヤッターマン』のマヌケキャラにそっくりではないか。こんな事ではドクロベエ様におしおきをされてしまうぞ。

 捕鯨をめぐっては,これまでにもわが国は欧米から理不尽な圧力を受けている。環境保護団体や動物愛護団体の言い分は,どれもこれも情緒的なものだ。彼らは道徳的優位に立つことにより,わが国古来の食文化を語ることすら許さないのである。彼らは,クジラは知的生物で人間に近い動物だから虐殺は許さないという。しかし我々日本人は,単にクジラを食用にするだけではなく,かつて化石燃料が台頭する以前はその油を資源として利用していたという歴史的経緯もある。そんな我々が,なぜUSSエンタープライズ号の言うような資源大国のグローバリズムに批准しなければならないのか理解に苦しむ。
 我々日本人が鯨漁をやるのは,例えば,わざわざ食べる必要もなく殺す必要もないのにレジャーとして野生動物をハンティングして楽しむ欧米貴族文化とは明らかに異なるのである。わが国の捕鯨文化は,資源もなく国土も限られた中で連綿と続いてきたものだ。
 幕末に長崎に居留していたイギリス商人トーマス・グラバーの「グラバー商会」から暖簾分けした「ホーム・リンガー商会」のオーナー,フレデリック・リンガーは,わざわざノルウェーから捕鯨の道具と一緒に技師も招聘し,わが国に近代的な捕鯨の技術を伝えたという記録も残っている。捕鯨をただ単に動物愛護という一面的な観点から語ることはできない。

 意外にも,欧米人ながらこのことを非常によく理解している人物を私は知っている。マシュー・バーニーという現代美術作家だ。彼は現・森美術館の南條史生によりキュレーションされた『人間の条件』展(1994年・青山スパイラル)の出品作家である。昨年は映画美学校でマシュー・バーニーのこれまでの活動を記録した映画『マシュー・バーニー:拘束ナシ』が上映された。
 この映画の中でメインとなっているのが,マシュー・バーニーによる工業用樹脂を素材にした巨大なインスタレーションである。彼は,調査捕鯨船「日新丸」にカメラとスタッフを携えて乗り込み,そこで「日新丸」の乗組員らとともに寝食をともにしながら,船の甲板や船室でわが国の捕鯨文化にインスパイアされたインスタレーションやパフォーミングアーツを展開する。
 船の甲板上で金属の型で拘束された巨大な樹脂の固まりは,その金属の型を外すと同時に自重でその安定した構造を失って甲板全体に流れ出てくる。この樹脂はまさしく鯨の脂のメタファであり,マシュー・バーニーは捕鯨船で横たわるクジラの身体を,生き物としてではなく巨大な資源として描いたのである。
 このインスタレーションを完成させたマシュー・バーニーは,今度はクジラの皮やヒゲで作った装身具を身にまとい,捕鯨文化の中で伝承されてきた民俗芸能演示の中に自ら加わるのである。
 この記録映画の中では,ナレーションとして“かつて資源が少なかった日本は,化石燃料が台頭する以前は捕鯨も重要な資源確保の手段であった”という文言が語られる。マシュー・バーニー自体が,まず日本の捕鯨という伝統文化に興味を持ち,それを欧米の環境団体のように感傷的に捉えるのではなく,異国の文化としてありのままを受け入れる姿が非常によく表現されているのである。だからといって彼がわが国側に立ち,捕鯨を擁護しているのかといえば,そうではない。
 このような態度こそ異文化,多文化理解であって,反対に,シー・シェパードのようなテロ行為は,ますます双方の立場,意見を対立させるだけである。

 しばしば欧米の動物愛護団体の主張にでてくる文言で傲慢さを感じるのは,“知的で愛らしい生物だから殺して食べてはいけない”という主張である。一見まともに聞こえるが,さて,この“知的で愛らしい”という基準はどこからきて,誰が決めているのであろうか。
 フリーアナウンサーの古舘伊知郎のトークライブ『トーキングブルースVol.12~お経~』(1999年12月31日,浄土宗禅林寺・京都)の中で,こんなくだりがあったのを思い出した。ある水族館で大型魚のエサとして金魚をあげていたところ来場者から「金魚がかわいそう」という苦情がたくさん来たので,次の日から金魚の代わりにドジョウをエサにしたら誰も文句を言わなくなった,というくだりである。
 そこで古舘はこう言う。
「おいおい,ドジョウの立場はどうなるんだ! ドジョウだってかわいそうじゃないか!」
 これは古舘の話のネタなのか,実際にあった話なのかは定かではないが,ありがちな話ではある。
 古舘はここで仏教思想の理念に基づき,全ての生き物の「命」には優劣はなく,互いが生きていくために仕方なく「命」のやりとりをしているのだ,ということを説いている。これは確かにキリスト教社会の中で生きている欧米人には理解し難いのであろう。
 私が知る限りでは,食事をする前に「頂きます」という言葉があるのは日本語だけだ。この「頂きます」というのは,皿の上に盛られたものどもの「命」を「頂きます」ということである。これは,我々人間も含めた全ての生き物が「命」のやりとりのサークルの中にいるのであって,キリスト教の「神」のような絶対的な存在の裁量でそれが取り決めされているわけではないということである。

 今回の捕鯨をめぐる一連の騒動は,シー・シェパードの船が大破して,そこに積載されていた抗議用武器の化学薬品が海に垂れ流されただけである。
 南極の海を粗大ゴミと有害な化学薬品で汚したシー・シェパードは,おしおきだべー。

■文中関連コラム■
【試写会】『マシュー・バーニー:拘束ナシ』(映画美学校第2試写室)
【アーカイヴ】 古舘伊知郎 『トーキングブルースVol.12~お経~』(1999年12月31日,浄土宗禅林寺・京都)

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