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12. Oktober 09

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#12「不要な身体」(FOXチャンネル)

 以前のエピソードで,いわゆる「精神外科」,すなわち,精神疾患を外科的処置により根治を目指すという立場の医師がクローズアップされた。この場合,例えば帯状回切除など,主に脳の葉切除が適用されることから,しばしば人道上の問題が浮上してくる。
 今回本エピソードで登場する病は,「身体統合同一性障害」である。これは,類似した疾患である「性同一性障害」と同様に,精神と身体の統合に障害が生じる病である。「性同一性障害」については社会的な認知も進み,わが国でも,治療の一環である性転換術や,戸籍の変更などにも理解が広まりつつある。
 特定の「性」を持って生まれた自分の身体に違和感を覚え,それを拒絶してしまうのが「性同一性障害」であるとするならば,「身体統合同一性障害」はさらに複雑である。この場合は,自分の固有の「性」ではなく,身体そのものに違和感を覚え,それを拒絶する行動の表れとして,自分の四肢を意図的に傷つけたり,時には切断する場合もある。この場合特にパラフィリア(この場合「四肢切断愛」)とも呼ばれ,先天的な身体障害に対するフェティシズムが引き起こす,一種の偏執気質と捉えられる場合もあり,医師は非常に困難な選択を迫られることが多い。パラフィリアを単に偏執的趣向と捉えるのか,病的事例として捉えるかは判断が難しいところである。しかし実際に,このパラフィリアが病的に移行した場合は,空想の範囲内であった「四肢切断愛」が,それを実際に遂行することで,甚大な外科的侵襲をもたらす結果となる。
 ギャラガーのもとに運ばれてきた工場労働者の青年は,まさに身体統合同一性障害の患者である。彼は作業中に指を誤って切断したという名目でギャラガーのいるウォートン記念病院の救急外来に運ばれてくる。本来ならば事故による怪我であるから外科医が対応するところであるが,この青年の言動に不自然な点が多々あり,精神科部長のギャラガーが対応することとなった。
 まずこの青年の言動で一番不自然な点は,手術を頑なに拒否している点である。彼は,麻酔が怖いという一貫した理由で手術を拒否しているので,ギャラガーは,麻酔措置は安全に行うことを何度もカウンセリングで説明する。しかし一向に納得しない青年に対して,ギャラガーはある精神疾患を疑ったのである。それが身体統合同一性障害である。そして,青年が働く工場経営者によって,この青年が意図的に自分の指を切断したという証言がなされたことで,信憑性はますます高まったのである。
 身体統合同一性障害の患者は,一度傷が癒えても,その傷が癒えた身体を受け入れることができなければ,また同様のことを反復的に繰り返すこともある。そのこと考慮して,慎重にカウンセリングを進めるギャラガーと,一刻も早く手術を開始することを望む上司のカール医師とは意見が対立するのである。
 カールが手術を急ぐ理由は,切断された指の切断面がきれいに残っており,このまま組織が壊死する前に切り落とした指を縫合すれば,青年の指が元通りになるからである。もちろん,このまま放置して,青年の指が元通りにならなくても命に別条はない。しかし青年のこれからの労働者としてのハンディなどを考えると,なるべくなら最良の形での身体の回復に努めるのが医師の仕事であり,カールの立場は十分に理解できる。
 一方でギャラガーの立場は,青年の切断された指の復元にはカールや他の同僚ほどはこだわっていない。それは,この青年が切断された指の復元を望んでいないこと,ギャラガーが疑った身体統合同一性障害という精神疾患の特異性を理解しているからだ。
 ギャラガーはここでいつものように,患者の身辺のフィールドワークを独自に始める。そして,青年が密かに画きためていた数点のスケッチを発見する。そこに描かれたものは,手足が欠けた人物の姿であった。それはクリーチャーとして躍動的に描かれている。これは青年が求める理想の身体でもある。
 普段我々は,「五体満足」という言葉で身体の健全性を表現するが,この「五体満足」という感覚に違和感を持ってしまうのが身体統合同一性障害である。通常我々には「正常」「健全」に見える「五体満足」な身体が,彼らには「五体満足」な身体としては映らないのである。この青年も同様で,先天的に身体障害を持つ者に対して,子どもの頃から憧れを持っていたこと,そして電車の窓から手を出して,自分の腕が切断される瞬間を何度も空想していたことなどをギャラガーに告白する。この青年の告白によって,彼が,麻酔に対する恐怖で手術を拒否していたのではなく,手術によって,もとの「五体満足」な身体に復元されてしまうことを恐れたのである。この青年にしてみれば,四肢切断を実行したことで,自分の身体と感覚の間に折り合いをつけようとしているわけである。
 そしてギャラガーは,他の医師の反対を押し切り,結局青年の希望を受け入れて,切断した指の復元術は行わずに退院させたのである。そして青年は,自らの希望で身体障害者となったのである。
 ここで命題として浮上してくるのが,人間の身体における「正常」と「異常」の認識と定義である。常識的に照らし合わせれば,指が欠損した手は「障害」とみなされ,わが国でもその障害の度合いに応じて障害者手帳が発給される。医学的に「障害」,または「異常」とみなされたものは治療の対象となる。これは当り前のことではあるが,この健全あるいは健康至上主義的な考え方は,時として極端な健康志向を生むことにもなる。例えば,自治体が行っている成人検診の検査結果で,「異常」「正常」の誤差の範囲内の数値を見て,必要以上に一喜一憂したり,テレビの健康情報番組を疑いもなく信じ込み,そこで薦められていた健康食品に多くの視聴者が一斉に群がる姿も,「健康」という幻想に取り付かれた一種のファシズム的思考を見ることができる。身体統合同一性障害とは,このような健全主義と対極をなすものであろう。
 患者をあえて治療せずに帰したギャラガーの言葉は印象的である。彼は,「患者の身体を治すのが医者の仕事ではない。患者を苦しみから救うのが医者の仕事である」と言っている。このギャラガーの言葉を鑑みれば,例え青年の切断された指を外科的に復元できたとしても,そのことで青年がまた苦しめば,彼を本当に救ったことにはならないということであろう。
 今回の場合は指を切断しただけで,すぐさま命に関わるような状況ではなかったが,これが生命維持に直結するような場合であったならば,ギャラガーは果たして同じような行動をとったであろうか,興味深いところである。

『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

■『メンタル:癒しのカルテ』 これまでのレビュー■
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#11(FOXチャンネル)
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