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19. Oktober 09

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#13「満月の夜に(最終話)」(FOXチャンネル) 

 毎週火曜日にFOXチャンネルで放送していた画期的な精神医療ドラマ『メンタル:癒しのカルテ』が最終話を迎えた。ここでよくあるアメリカドラマならば,物語の伏線が全て繋がり,登場人物たちがそれぞれ新しい人生へと旅立つという明るいパターンで締めくくられるのであるが,このドラマはこのような安易な終わり方をしなかったことで,視聴者を裏切らなかったといってもいいであろう。その代わりと言っては何だが,見るものには大きな失望感を残したまま,主人公のDr.ギャラガーは我々のもとから姿を消してしまったという感じである。

 そもそも,鳴り物入りで赴任してきたギャラガーは,ウォートン記念病院というオーソドックスで規律正しい病院を,例えばラカン派のフェリックス・ガタリやジャン・ウーリが始めたフランスのラボルド病院のような,異文化理解,多文化共生的な地域精神医療的空間に変革していこうとしていたわけである。そしてそれにともなう病院側の抵抗勢力と闘いながら,患者の自立と自由,すなわちアンデパンダンを勝ち取ったわけである。
 まず精神病棟の入院患者にも自由時間が与えられるようになり,ギャラガーの同僚も彼に理解を示し,患者のバックボーンにある文化的背景,民族的背景にまで気を配るようになっていった。これは大きな進歩ではあるが,ギャラガーがその場にいてこそ動機付けされるものであり,彼がその場からいなくなってしまえば,おそらくこの体制も空中分解してしまうであろう。なぜなら,ギャラガーの同僚たちは,ギャラガー自身を理解しているのであって,彼が実践しようとした精神医療における新しい試み自体を,どれほど深く認識していたかは不明だからである。
 実際に,ギャラガーも,患者とのコミュニケーションには多くの時間を割くが,同僚との関わりには一定の距離を置くという個人主義を徹底しているように見えたのである。チーム医療でありながら個人主義を貫くギャラガーの姿に,少々の違和感を覚えることもあった。今回,ギャラガーが最後に視ることになった狼化妄想障害の患者とのやりとりも,彼の独断で遂行されたものであり,周囲の同僚はそれを取り巻くように見守ることしかできないのである。

 そして今回の最終話で,彼自身も実は心の「病」を抱えていたことが暴露され,納得せざるを得なかったのである。
 ギャラガー自身が抱えていた「病」とは,統合失調症である。そしてもちろん彼にはその「病識」がある。彼が時折患者の人格をそのままトレースしたように,患者の内面に入っていく様子は,ギャラガーの別人格がなせる技だったということか。また,彼がスピリチュアルな代替医療にも積極的にコンタクトしていたのは,医師としての限界を感じているのとともに,自分自身も「病」で苦しんでいたとも理解できる。
 ギャラガーが,別人格のもう一人の自分をカウンセラーに見立てて対話するシーンがたびたび登場するが,この対話の相手は自分の全てを知っているような全能な存在であり,スタートレック『ネクストジェネレーション』シリーズに登場する全能な知的生命体Qとピカード艦長との間で繰り広げられる哲学的な対話と類似している。スタートレックでは,いまだにQの存在が明らかにされてはいないが,Qの存在とは,自分の中に内在する「自分が考え得る理想的で全能な人格」が,別人格として自分から分離した状態に表れるモノであると私は認識している。つまりこれこそが統合失調症である。
 ギャラガーは,自分から分離された人格と対話することによって,医師を辞めて,ウォートン記念病院を去ることを決意する。彼は,病院改革の途上でそこを去り,家族との軋轢,妹の病やケアについても何ら解決できずに去るわけである。彼が多くの難しい症例の患者に試みた数々の画期的治療法,診断法は,その患者に対してだけ有効なオーダーメード医療であり,これをスタンダードなルーティーンとして転用することは出来ない。したがって,ギャラガーが去ったこの空間では,それを実践することはできないのである。
 常に患者の立場に立って行動していたギャラガーは,見ようによっては多くの患者を途中で投げ出したことになるが,このスタンスにも,ある実在した人物の行動と重なるところが多々ある。ギャラガーのこの選択は,肝臓癌で亡くなった作家で元医師であった永井明を彷彿とさせるのである。
 永井明は『ボクが医者をやめた理由』という医療エッセイで文壇デビューした作家であった。彼の研修医時代の自伝的エッセイを読むと,永井明もギャラガーと同様に非常に患者思いであり,時には自分を犠牲にしてでも患者のことを真剣に考えているのがわかる。しかし,研修医時代を終えて実際に医療現場に関わっていくうちに,このがんじがらめの制度の中で疲弊していき,ついには医師を辞めてしまうわけである。そして医師を辞めた永井明は,作家,医療ジャーナリストという立場で文筆活動を続ける中で,医療制度の諸問題を提起するとともに,病人とも医師としてではなく人間として付き合っていこうとしたわけである。その永井明も最後は重い病に倒れるのだが,しばしば著名人にみられるような,所謂「闘病記」などでそれを表すこともなく,誰も知らないうちにひっそりと亡くなっていくのである。
 永井明が亡くなる前に最後に残したエッセイが,何かから自分が逃亡するような内容であった。自分は全てのものから逃げるぞ,というようなことが綴られている。彼も元臨床医として,自分の癌がかなり進行していたことを冷静に認識していた。そして闘病を表明することなく文筆活動を続けながら,「病」から静かに撤退をしていったのだと私は理解している。
 ギャラガーがわずかな荷物だけをまとめて一人でたたずむ姿は,他の仲間のように,新天地に挑むという印象は受けない。むしろ,全ての空間,状況,人間関係からいったん撤退を決めた,ひとりの元・精神科医の姿がそこにあった。形式的な医療批判を繰り広げる社会派医療ドラマよりも,深い示唆に富んだラストである。


『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

■『メンタル:癒しのカルテ』 これまでのレビュー■
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#12(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#11(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#10(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#8(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#7(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】
『メンタル:癒しのカルテ』#6(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#5(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#4(FOXチャンネル)

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【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#2(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#1(FOXチャンネル)

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