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04. Oktober 09

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#11「戦場に眠る記憶」(FOXチャンネル)

 精神医療のこれまでの常識からは考えられないような独創的な診断法や治療法を試みる異端の精神科医ギャラガーのもとを今回訪れたのは,イラク帰還兵の夫を持つ妻と彼女の子供である。妻は,夫がイラクから帰って来てから奇行が目につくようになり,ついに家族である自分たちにも銃口を向けるようになったとギャラガーに訴える。
 イラクに限らず,戦地からの帰還兵が何らかのかたちでPTSD(心的外傷性ストレス障害)を受けることは,今ではよく知られるようになった。古くはベトナム帰還兵の中にもこうした症状は多く見られたが,当時は個別の鬱病として処理されるケースもあった。また戦地で障害を負った帰還兵に対する社会保障も十分ではなく,退役してからの生活に馴染めないなど,社会生活を健全に送れなくなる者も出てきている。パトリオティズムを大きく掲げるアメリカ社会において,このような事を他言することは,ややもすると反米・反戦主義者とも受け取られかねない。だから退役軍人あるいは帰還兵を抱えている家族たちは近隣に気軽に相談できるコミュニティもなく,孤立してしまうことになる。
 ギャラガーのもとを訪れたこの家族も,まさにこの典型であろう。

 イラク帰還兵クレイが赴いていたのがもっとも地上戦の戦闘が激しかったバグダットである。戦地から帰還後,クレイは自宅の地下室に閉じこもり,そこで大がかりな戦場ディオラマを黙々と作り続けていた。家族の話からも,クレイがこのような趣味を以前から持っていたという様子はなく,突然このようなものを作りだしたこと,そして家族にも銃を向け出したことに異常な状態を感じた妻は,夫から逃げるようにしてギャラガーの所にきたのである。
 クレイが地下で制作に没頭していたのは,バグダットの町を忠実に再現したディオラマである。そこに田宮模型にあるような米兵フィギュアが転がっている。この状況はまさにクレイが戦地で体験した状況そのものであり,そこに転がる米兵フィギュアの中に,自分を表すものがいるのであろう。こんな,患者の心象風景を素描したようなものにギャラガーが注目しないはずがない。ギャラガーはカメラを持参してクレイが作ったバグダットのディオラマを覗きに行くのである。
 ディオラマで表された建物と建物の間からしゃがんでカメラを構えるギャラガーはさながら戦場カメラマンといったところである。ギャラガーはそこで何十枚という写真を撮影し,クレイの心の中にどのような心的外傷があるのか探ろうとするのである。これは言ってみれば規模の拡大した「箱庭療法」のようなもので,そこに形作られた風景,配置された物などは,制作者の想念を身体化したものなのである。
 通常の「箱庭療法」では,座ったまま両手の幅に収まる程度のサイズ,つまり文字通り「箱庭」としてのキャパシティーで行われるが,クレイが制作していたのは鉄道模型のNゲージを部屋の中いっぱいに走らせるような規模のものであり,そのまま特撮自主映画のセットとして使っても遜色はないほどのものである。
 ギャラガーは撮影したディオラマをただちに現像し,病院内の自分のオフィスの壁に並べてさっそく検証作業にはいる。そこへ突然入ってきたのがギャラガーの義理の父である。
 実はこのように,ギャラガーの家族が実際に姿を現すのは今回が初めてである。しかも,ギャラガー自身も家族とうまくいってはいない。物語が終盤にきて,ギャラガー自身が抱える苦悩も明らかになったわけだ。4人の家族,すなわち母,義理父,統合失調症の妹,そしてギャラガーは,まったくもって家族のの体を成していない。母と義理父は愛情で結ばれているようであるが,母の愛情は家族にではなく義理父にだけ向いており,妹とギャラガーが孤立している状態である。しかも今まで行方不明で,やっとギャラガーと再会を果たした妹・ベッキーの介護方針をめぐっても,義理父の意向が大きく反映されている。このような状況にあるので,母との関係も妙によそよそしいのである。
 欧米,特にアメリカでは,子連れで再婚した家族のことを「ステップ・ファミリー」と呼び,このような家族形態は何ら珍しいものではないのだが,突然“他人”が加わった家族がすべてうまくやっていけるわけではない。ギャラガー一家の場合は,ギャラガーに対する母の無関心な態度が,より一層彼を苦しめているのである。
 精神科医としてのギャラガーの診断方法や治療方法が,患者の置かれた環境,文化,成育歴にも深く関わっていくのは,このようなギャラガーが今現在も置かれている立場から立ち上がってきたものであろう。

 やや支配的な性格の義理父は,それでも軍事関係の知識を駆使してギャラガーにヒントを与えてやる。それによると,どうやらクレイが戦場でトラウマになった原因は,同じ部隊にいた人間にあるのではないかということが分かってきた。義理父は,ギャラガーの写真に写る前線部隊の配置を見ただけで,この部隊を指揮する人間は有能な指揮官ではないと分かったようだ。
 ギャラガーはそれを頼りに,クレアが一体戦場で何を見たのかを探ることにする。それによって明らかになったのは,無能な指揮官の存在だけではなく,彼らが武器を持たない民間人にも銃を向けていたことである。クレアがディオラマを制作しながら家族に発作的に銃を向けてしまったのは,妄想の中で仲間が戦場で行った残忍な行為とオーバーラップしてしまったからだ。そしてその罪悪感からか,自分自身の手を撃ち抜こうとして大けがを負ったのである。クレアが何かに憑かれるように自分で制作を始めた戦場ディオラマは,結果的に大規模な箱庭療法として完結したわけである。そしてこれに助言を与えたのは間違えなくギャラガーの義理父である。もちろん性格も美意識もギャラガーとはまったく異なる,ある意味では俗世間的なこの男とギャラガーの積年のもとに乖離した関係が,すぐさま氷塊するとは思えないが,家族再生への可能性を含ませる内容であった。このような複雑なキャラクター作りにかけては,米国ドラマはやはり上手いと言わざるを得ない。日本のドラマに出てくるようなスーパードクターがいない分,我々は,その解決できない問題についていろいろと考えさせられるのである。

『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

■『メンタル:癒しのカルテ』 これまでのレビュー■
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#10(FOXチャンネル)
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