« 【アート】伊藤洋子個展 『卵巣の雲』(2009年8月31日~9月5日,ギャラリー代々木) | Start | 【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9「血まみれの少女 」(FOX) »

09. September 09

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#8「自分を探して 」(FOX)

 前回のエピソードを見て,Dr.ギャラガーの診断方法は,医療人類学的であると書いたが,まさにそのことを決定づけるような話が今回のエピソードである。
 ギャラガーのもとに,腕に大やけどを負った少女が運び込まれる。これは事故ではなく,少女自らがガソリンの代わりにアルコールを頭からかぶり,火を放ったのである。つまり自殺未遂だ。これは計画的というよりは,鏡に映った「顔」のない自分の姿に発狂して,突発的に行った行為である。この少女は16歳のヘザー。スポーツ万能で活発な性格だが,ボーイフレンドとはあまりうまくいっていない。
 ヘザーが鏡ごしに見た姿には,なぜ顔が無かったかを探るところからギャラガーの診断は始まる。診断を進めていくうちに,彼女には,幼少時代からポールという精神科の主治医がいることがわかった。このポールという精神科医は,「人間の性的選択は環境によって決まる」という独特の学説を唱える医者である。なぜヘザーの両親がこのような医師のもとを訪れたのかというと,ヘザーは出生時の割礼で誤って男性器を損傷してしまった男児であり,これからどうやってヘザーを育てていけば良いのかカウンセリングを受ける為である。
 ポールが行った計画は,ホルモン補充療法で人工的に女性の身体を作り,人工の女性器も同時に創建することである。つまり,ヘザーに自分は生まれつき女性であると思わせて,そのまま育てることである。ヘザーの両親はポールの言う事に忠実に従い,16歳までヘザーを女性として育ててきたが,“彼女”は成長するに従い,男性である本能が女性である身体を拒否しだして,恋愛も何もうまくいかなくなってしまったのである。
 実際にはこのような事はあってはならないが,ヘザーはまさに,ポールという異端の精神科医の学説の臨床例として,長年にわたり実験台にされていたのである。
 しばしばホラーやサスペンスでは,特異な人格の精神科医が登場するが,これは精神科医の,学者としての探究心や,偏狭な覗き見主義が極端に肥大化した結果もたらされた怪物の姿であり,一種のマッドサイエンティストといえるだろう。
 これに対してギャラガーは,ポールの学説を逆手にとって,ヘザーを救いだそうとする。ギャラガーがヒントを得たのは,未開の部族で伝承されている様々な風習,因習である。

 我々のように近代的な社会に生きている人間は,生まれたその瞬間に「性」が決定され,「名」も与えられるのが当たり前であるが,未開の部族の中には,生まれた時には「性」は決定されず,生活習慣によって「性」を選択する部族もいれば,生まれてからしばらくは「名前」も与えられず,人間なのか動物なのか,またはそれ以外のものなのかも明確にされないまま育てられるものもいる。アマゾン奥地で暮らすヤノマミ族などがそうだ。これらの少数部族の実態は,20世紀になって,多くの人類学者によるフィールドワークによっても明らかにされている。
 ギャラガーもそのような人類学関係の文献をあさり,ヘザーには,“彼女”自身の身体は「男性」であることを告知した上で,これから先の人生をどちらの「性」で生きていくのか選択させる術を探るのである。ギャラガーのこのような精神医療における医療人類学的なアプローチは,実は実際の精神医療現場においても非常に今日的なテーマである。これは,精神医療の世界においても異文化共生,多文化共生といったオルタネイティヴな視点が必要とされるようになったことと無関係ではない。特に欧州では,様々な文化的,宗教的背景を持った移民が増えるようになり,従来の欧米型の精神医療,つまり,あくまでも欧米文化を背景に立脚した医療では,その他の異なる文化を持ったニューカマーの治療には不適合なのである。欧州におけるこのような状況については,京都大学の松嶋 健によるフィールドワーク『フランコ・バザーリアと「文化」──イタリアにおける脱制度化と民族精神医学──』(『こころと文化』第7巻第1号,2008,2)が詳しい。

 ここで一つの映画が思い出される。1978年にアメリカで公開された『マニトウ』である。これは郊外に住む白人女性の背中にネイティヴ・アメリカンの伝説で伝わる悪霊が取り付き,白人医師とネイティヴ・アメリカンの呪術医が協力して,その悪霊と戦う物語である。ここに登場する白人医師は,腫瘍の様に白人女性の背中に寄生した悪霊を排除するために,現代の医療技術を使おうとするがまるで効果がなく,彼に協力を申し出たのがネイティヴ・アメリカンの呪術医である。彼は自然界のあらゆる精霊を降霊し,悪霊と対決するのだが,この時にどういうわけだか病院にある医療機器に宿る精霊も一緒に降りて来て戦うのである。これは万物に精霊が宿るというネイティヴ・アメリカンの視点からそうなるのであろうが,八百万(やおよろず)の神々をいただくわが国日本にも古代神道の時代から同様の概念が存在するので,妙に親近感があるのである。
 今回ギャラガーが試みたのも,近代の精神医学における性同一性障害に適応される治療ではなく,ネイティヴ・アメリカンの呪術医の「術」である。これを導き出したのは,ヘザーが自殺未遂の時に放った火である。ヘザーが衝動的に放った火は,自殺するためではなく,いったん何かをリセットするために行った「儀式」であるとギャラガーは理解したのである。
 ギャラガーは夜の庭にヘザーを連れ出し,蒔きで火を焚いて,その中にいらないものを捨てろと言う。箱の中にはヘザーが生まれた時からの思い出のものがたくさん入っており,その中にはいろいろな「性」を表すものが含まれている。そしてヘザーは,その中から「女性」性を表すものだけを選別し,火に放ったのである。最初の主治医であったポールの学説は,「人間の性的選択は環境によって決まる」というものであったが,ギャラガーはその学説を覆すように,ヘザー自身に自分の「性」を選択させたのである。ギャラガーのフィールドワークがなかったら,おそらくこのような視点で性同一性障害を治療することはできなかったであろう。


『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

■『メンタル:癒しのカルテ』 これまでのレビュー■
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#7(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】
『メンタル:癒しのカルテ』#6(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#5(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#4(FOXチャンネル)

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#3(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#2(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#1(FOXチャンネル)

|

« 【アート】伊藤洋子個展 『卵巣の雲』(2009年8月31日~9月5日,ギャラリー代々木) | Start | 【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9「血まみれの少女 」(FOX) »

ドラマ」カテゴリの記事

Kommentare

Kommentar schreiben



(Wird nicht angezeigt.)




« 【アート】伊藤洋子個展 『卵巣の雲』(2009年8月31日~9月5日,ギャラリー代々木) | Start | 【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9「血まみれの少女 」(FOX) »