« 【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9「血まみれの少女 」(FOX) | Start | 【名古屋芸術大学・芸術療法講座】 2009年度後期講座シラバス »

23. September 09

【海外ドラマ】『メンタル:癒しのカルテ』#10「人生のやり直し」(FOXチャンネル)

 精神科医療現場の様々なタヴーに真っ向から向き合い,全米では本放送第1話から大きな反響を起こした『メンタル:癒しのカルテ』の第10話は,どの診療科を受診しても原因がまったく分からない精神症状に悩まされている青年ビリーがギャラガーのもとにやってくる。
 ドラマも佳境に入り,ここを訪れる患者だけではなく,実は医師たちも,それぞれに抱えている問題で病んでいることも描かれるようになってきた。
 我々はどこかで,医者だけは病気にならないような幻想を抱くことがしばしばある。それは,白衣を着た医者と,患者用の丸椅子に小さく座らされている患者というフレームの中で医者を見ているからである。つまり患者は,白衣を着ていない時の医者の姿を知らないわけで,もちろん患者になった医者の姿も想像できないわけである。
 私の90年代の代表的現代アート作品『Doctor's Hand』は,そんな「医師」-「患者」関係の固定化されたフレームを取り外し,本来は「患者」の立場にあるものが「医師」の視点で身体を捉えていくというロールプレイを行うインタラクティヴな作品である。この作品『Doctor's Hand』シリーズは,国内外の美術館をはじめ,いろいろなオルタナティブスペースで展示されたが,その中のひとつ,東京オペラシティのICCで開催された「芸術と医学」展におけるシンポジウムでは,私の講演が終わった後,非常に興味深い意見を言って帰られたアメリカ人男性がいた。
 彼の話によると,彼の父は食道外科の権威で,長いこと一線で活躍してきたが,ある時自分が癌になり,病んだ医者をケアしてくれるものが誰もいないことに気がついたのだという。今でもこのアメリカ人の言葉が胸に刺さるが,“患者は病気になれば医者に診てもらえるが,医者が病気になった時は,誰に助けてもらえばいいのか”という事なのである。結局彼の父は,癌は治ったものの,精神はひどく疲弊し,医者を辞めて毎日ぼうっと風景を眺めたり,釣りをしたりしているそうだ。
 また,かつて私が世話になっていた医師2人が,ここ5年の間にやはり癌で亡くなったが,彼らは自分で立てなくなるまで臨床現場を離れなかった。病院で彼らと対面する時には,もちろん私が「患者」で彼らが私を診察する「医師」という立場であるが,明らかに私よりも状態が悪そうな彼らを見て,いつも私の方から“先生,お大事に”,“先生,ちゃんとご飯を召し上がっていますか?”,“先生,今日は顔色が悪いですね”,“寒くなってきたから,先生もインフルエンザには注意して下さいね。”と帰り際に声を掛けるという滅多にない状況となっていた。しかし後から聞いた話によれば,自分が診ている患者の方から,“お大事に”を声を掛けられることが,心から嬉しかったそうである。
 『メンタル:癒しのカルテ』に登場する医師たちを見ていると,このような私の身近にいた医師たちの姿を思い出す。ウォートン記念病院の医療スタッフはみな優秀だが,人間として幸福な人生を歩んでいるのかと言えば,必ずしもそうではないようだ。

 「人生のやり直し」と題した第10話は,ギャラガーを始めとするウォートン記念病院の医療スタッフ自身の紆余曲折の人生模様にもスポットを当てている。そこに描かれるのは白衣を脱いだ医師たちの姿である。病院内の権力闘争で仲間を裏切りながらロビー活動をしたり,夫がいながら病院の医師と不倫を続けるギャラガーの同僚たちは,アメリカ社会に浸透する“満たされない日常”という「病」の縮図である。統合失調症で行方不明になったままの妹の幻覚に苦しむギャラガーもまた,自らに心の闇を抱えていることが大きくクローズアップされている。
 ギャラガーが,ウォートン記念病院に赴任したその日から,様々な医療改革を提言したり,診断や治療の中に医療人類学的な視点でオルタナティヴな多文化共生的な方法論を受け入れているのは,これまでの近代的精神医療というものに限界を感じているからであり,医師にもかかわらず自分の身内(妹)すらも救えない無力さも認識しているのである。
 そして今回は,ギャラガーのそういった考えがより一層に反映されたものである。

 今回ギャラガーのものを訪れたビリーは,工事現場の崩落事故が原因で一見するとPTSDを患っているようにも見える。ビリーが何度も反復的に夢で見る光景は,自分が巻き込まれた崩落事故の様子だが,工事の現場監督とビリーの証言はやや異なっており,ギャラガーは独自に現場検証を始める。そこで分かったことは,ビリーの記憶の中に,自分が体験した崩落事故と,過去に起こった大規模な崩落事故がモザイク状に混在していることであった。自分の工事現場の建物の名前と,古い新聞記事にアーカイヴとして残る歴史的大惨事であった崩落事故の場所の名前が類似していることから,ビリーの脳は時系列上で誤作動を起こし,記憶を書き換えているということだ。
 このような場合は,時間をかけたカウンセリングによって,記憶を正しく修正していけばいいのであるが,ギャラガーが試みたことは,そこに留まらなかった。
 まず,ビリーが誤った記憶としてアーカイヴしている崩落事故についてのルポルタージュを書いた作家のもとを訪れ,当時の事故の様子,生存者の足跡などをフィールドワークし,さらに,前世療法を行っているカウンセラーにもアドバイスを受けるのである。このカウンセラーは,正規の心理療法のトレーニングを受けた者でもないし,もちろん医師免許も持っていない。医療の立場からみれば,これは民間の非正規医療,または,いわゆる代替医療といわれるものだ。
 わが国でも,癌などの難治性疾患の緩和ケアの現場では,さまざまな代替医療が台頭してきているが,これらはすべて患者自身の自己責任によって行われているものであり,その多くは保険医療の対象にはならない。しかし時としてそのようなものの方が,患者自身にとって必要である場合もある。ギャラガーが訪れた前世治療を行うカウンセラーは,呪術医といわれるものであり,確かに今日の医療においては異端ではあるが,このようなものに救われる患者もいるのは事実だ。それは,西洋的世界にはない,異なった文明的背景をもったニューカマーやマイノリティーが,精神医療の現場で異文化,多文化を尊重する地域精神医療を求めていることからも理解できる。
 ギャラガーは,かつての崩落事故の関係者の中に,ビリーの前世の人間がいることをビリーに伝え,ビリーもそれに納得する。これは精神科医の行動としては,おおよそあり得ない行動だが,患者の抱える苦しみを否定せずに,とことんまで向き合うというギャラガーの一貫したこれまでの姿勢をみていれば,それほど奇天烈な方法論とは思えないのである。

『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

■『メンタル:癒しのカルテ』 これまでのレビュー■
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#8(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#7(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】
『メンタル:癒しのカルテ』#6(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#5(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#4(FOXチャンネル)

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#3(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#2(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#1(FOXチャンネル)

|

« 【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9「血まみれの少女 」(FOX) | Start | 【名古屋芸術大学・芸術療法講座】 2009年度後期講座シラバス »

ドラマ」カテゴリの記事

Kommentare

Kommentar schreiben



(Wird nicht angezeigt.)




« 【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9「血まみれの少女 」(FOX) | Start | 【名古屋芸術大学・芸術療法講座】 2009年度後期講座シラバス »