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15. September 09

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#9「血まみれの少女 」(FOX)

 どこまでも精神科医療領域のタヴーに入り込んでいく『メンタル:癒しのカルテ』の第9話は,父の殺害現場を見てしまった自閉症児リーザの物語である。ギャラガーが今回リーザの心の闇に降りていくのに利用したのが音楽である。他人の語りかけに,ただただ同じ言葉を反復的に返すだけのリーザのような症状は,日常生活でもコミュニケーションに困難を極める。彼らの心の内を知る術がないからであろう。ことに今回の場合は,殺人事件の犯罪捜査のためにリーザの目撃証言が必要なのである。
 これには刑事もお手上げといった様子で,ギャラガーの出番となった。今回のエピソードの重要なテーマは「音楽」である。

 実際に,精神医療の現場で導入されているアートセラピーの中でも,近年注目されているのが音楽療法である。聴覚は視覚よりも,より身体的,情動的に作用するからである。したがってこの運用には専門的知識や臨床経験が必要であり,知識がないものが安易な考えのもとに運用することには様々なリスクがともなう。
 一時期,一連の“癒しブーム”の中でヒーリング・ミュージックと称される音楽がもてはやされたが,これはあくまでも日常生活を健常に送る人間が息抜きに楽しむためのものであり,精神疾患を患っている人間に対して「治療」と称して運用するようなものではないと私は考える。
 近年の“癒しブーム”の中で,世の中のありとあらゆるものに“癒し系”というカテゴリ分けができあがり,それによって安易に理解できるもの,ただ単に一時的に快いと感じるもの,口当たり・耳障りが良いとされるものに傾倒することは,かえって,人間の身体性・思考力を奪うようなものであり,感覚の後退や創造力の減退をもたらすというのが私の考え方である。
 特に人間の身体性は,ある程度の抵抗・障壁・摩擦などがあってはじめて認識できるものであり,我々人間はこのような重力や空間に支配された「不自由な身体」を認識することで,はじめて身体というものを様々な知覚にてよりリアルに獲得することができるのである。
 
 様々な表現活動の中でこれを最も認識しているのは,ダンスやパフォーミングアーツなどの身体表現にかかわる者であろう。彼らは,各個体に与えられた身体能力の頂点と衰えを極めて冷静に判断する能力を持っており,やがて衰えていく身体を抱えながらも,不自由な身体の「美」を表すことができる。かつてフィギュアスケートの伊藤みどりが世界的に注目されたのは,単に女子スケータにとっての最難度とされるトリプルアクセルという技ばかりに注目されたのではなく,伊藤の身体の構造は,欧州の選手たちのそれと比較しても明らかに違いがあるにも関わらず,あたかも重力に抵抗するように大技を繰り出すことが衝撃的であったからである。我々は,このような行為を見る時に,人間が生まれ持った不自由な身体性,そして同時に,その重力に拘束された不自由な身体の抵抗から生まれる「美」と「野性」を認識するのである。
 これは勿論身体表現だけに限ったことではなく,大きな画面でドローイングやカリグラフィを描く画家にも同じことが言える。彼らはもっとも「体育」というものから遠い存在に見えるが,日々の体調の変化には敏感であり,身体の衰えとともに,関節の柔軟性,可動範囲,筋力の変化なども作品制作の中で敏感に感じている。彼らがフィールドとする画布のサイズがその時々の身体に相対化されたものであり,身体の衰えとともに縮小していく画布の中でも,なお野性的に作品を描き続けようとする。

 一方で,音楽表現における身体性は,作曲者よりも演奏家に依るところも大きいが,過去に何度も楽曲の中に身体性を意識して取り入れた作曲もいる。その代表的な作曲家が黛敏郎で,黛が1955年に書いた『トーンプレロマス55』という楽曲を一度聞いてみるといい。黛がヴァレーズにインスパイアされて書いたこの楽曲は,吹奏楽編成の持つあらゆる可能性,身体性を試みた作品である。黛は楽曲解説でこのようなことも書いてる。
「人間の息を利用する管楽器と,手に依る打楽器を生命とする打楽器のアンサンブルが発する音のエネルギーの集積は,トーンプレロマスという言葉に一番相応し,効果をあげてくれることだろう。」
 この楽曲で重要なのは吹奏楽編成ということである。つまり,吹奏楽に編成される楽器群は,「息を吐く」,「手で叩く」という身体的行為が直接音に繋がるのである。これを黛が言うと,あたかも原初的男根主義に聞こえてしまいそうだが,ようするに黛は,音楽における根本的な「野性」を描きたかったわけである。

 自閉症児のリーザにとっても音楽は重要な要素である。別居中のヴァイオリニストの母から与えられた玩具のピアノで,いつも音階だけを弾いている様子にギャラガーは注目した。それは,一見同一の調性の音階だけを弾いているようにみえるが,よくよく聴いていると,実は複数の異なる調性の音階を弾いていることが分かる。それは反復的にB-A-D-G-Eというコード進行である。そしてこれを一つに繋げると,「badge」(バッヂ)という単語になる。
 ギャラガーは,リーザが刑事の聞き取り調査の時に,さかんに眩しそうな仕草をしていたのを思い出し,その「badge」という単語から,リーザが父の殺害現場で何か光るようなバッヂのようなものを見たのではないかと推測する。そしてそれは,刑事が身に付けていたバッヂであることがわかった。つまり,薬物の売人だった父と警察は初めからグルになっていたのだが,仲間割れから刑事がリーザの父を殺したのである。
 リーザは,自分からは自発的には発声はしないが,音楽を使って必死に父を殺した犯人の事を伝えようとしていたのである。コードを繋ぎ合わせて単語をあやつる行為は非常に理知的であり,即興ジャズのセッションのようだ。また,言葉として音楽をあやつるシチエーションは,これまでにも,例えば『未知との遭遇』の宇宙人とのセッションが有名であるように,異文化を理解する上で重要なアイテムなのである。我々にとってはまさに“異文化”圏で自閉症児として暮らしているリーザの心の「声」を聞き逃さなかったギャラガーだからできた行為である。音楽で心のコミュニケーションを試みるという,音楽療法の本来のあり方を示してくれたエピソードである。

『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

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