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29. September 09

【トークライブ】 西村幸祐トークライブ『ああ言えば,こうゆう』(2009年9月28日,阿佐ヶ谷ロフトA)

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登壇した本日の論客の皆様(敬称略,向かって左から)
イリハム・マハムティ(日本ウイグル協会)
西村幸祐(ジャーナリスト)
藤井厳喜(国際問題アナリスト)
城内 実(衆議院議員)
吉田康一郎(民主党都議会議員)
三橋貴明(作家,経済評論家)

 西村幸祐トークライブ『ああ言えば,こうゆう』と題したトークライブが阿佐ヶ谷ロフトAで行われた。
 阿佐ヶ谷ロフトAは,JR中央線阿佐ヶ谷駅前のパールセンター商店街の入口から少し入ったところの地下にある,地元マニア行きつけの多目的ライブ空間である。今回のような,『朝まで生テレビ』(テレビ朝日)や『パック・イン・ジャーナル』(朝日ニュースター)などよりも圧倒的に面白いトークライブを開催する日もあれば,芸人の独演会,音楽ライブ,映画上映,小劇場の舞台公演と,様々なフォーマットに耐えうるという,有機的にして堅牢な空間なのだ。そしてその空間は,高円寺・阿佐ヶ谷・荻窪エリアのいわゆる中央線アンダーグラウンド文化を象徴するものであり,阿佐ヶ谷ロフトAはその骨格を構成する一角を担っている。
 このようなものに一切の興味がない者にとっては,たとえ地元住民でも周囲の目新しい飲食店に気を取られて,知らない間に前を通り過ぎてしまうだろう。つまり,阿佐ヶ谷ロフトAという空間は,例えばデイヴィッド・リンチが『ツインピークス』で描いたホワイトロッジのような「奈落」であり,それが商店街という日常空間の底辺に,ブラックホールのようにぱっくりと口を開けているのである。幸か不幸か,ご縁があってその空間に誘因されたものは「奈落」に落ちていくという仕掛けである。
 同じく阿佐ヶ谷にはこのようなアンダーグランドな空間がいくつもあり,そこではテレビにはけして登場しない芸人や劇団員,現代美術作家,パフォーマー,ミュージシャンなどの独壇場となっている。ネットがマスメディアに対する一大カウンター・カルチャーとなるならば,阿佐ヶ谷ロフトAのような空間は,ミクロに張り巡らされたシナプスのように双方向的に集合知を構築していくことで,マスメディアに対してゲリラ戦を挑むような空間である。そこで生成されたコンテンツは,例えば無駄な予算をつぎ込み,芸人,役者,コメンテーターを使い回ししている今日のテレビ番組よりも,はるかに独自性があり,クオリティが高い。
 今回のトークライブはニコニコ動画でも生中継されたが,もしこれをライブで見ていたテレビ,マスコミ関係者がいたとしたら,彼らは悔しさの余り,モニター画面の前で歯ぎしりしていたことであろう。彼らにはこのような面白いコンテンツは作れない。なぜならば,彼らはクリエイターではないからだ。

 世の中にこのような面白いコンテンツがあれば,テレビなど見なくなる人が増えても当然である。本日のゲスト・パネラーである三橋貴明は最新の著書『マスゴミ崩壊-さらばレガシーメディア』(扶桑社)や自身のブログの中で,テレビや新聞が産業としてここまで見るも無惨に衰退していったのは,明らかにビジネスモデル構築の手法を誤っているからであると再三にわたって主張しているが,その通りである。
 例えば報道番組についていえば,多くの視聴者が今求めているのが,事実だけを伝えるストレート・ニュースである。ネットメディアの普及によって情報の受け手も一次ソースを精査するスキルを手に入れたことで,テレビのコメンテーターや全共闘崩れの“自称”文化人たち――いわゆる「雛段電波芸者」たちが,いちいちイデオロギー的バイアスをかけて印象操作したようなニュース報道はかえって邪魔である。また,芸人やテレビタレントをたらい回しにしているバラエティにしても,実際の寄席のライブには敵わない。
 こんな下らないものを一体誰のために作っているのかと言えば,スポンサーである。視聴者にコンテンツを提供するのではなく,スポンサーに向けて,広告的付加価値を維持するためにやっているのである。
 こんな状況のなかで,阿佐ヶ谷ロフトAのような面白い空間が近くにあれば,お金を払ってでも人はこちらに集まる。例えば阿佐ヶ谷ロフトAで開催されるイベントに月に2,3回ほど行ったとする。それでもプログラムによってはNHKの受信料や新聞購読料よりも安上がりである。同じお金を払うとしたら,そのクオリティの対価としてどちらがコストパフォーマンスに優れているのかは明白である。
 今まで既得権益と新規参入障壁に守られてきたテレビや新聞にとって,もはやネットばかりがコンテンツの競合相手ではない。

 本日ここに集まった先鋭のパネラーたちは一筋縄ではいかないような人たちである。政治,経済,メディア,ジャーナリズムの問題にいたるまで,各人がそれぞれに置かれた立場で言いたい放題である。ウィグル人のイリハム・マハムティが,中国共産党による少数民族弾圧や核実験についての日本の報道姿勢を厳しく糾弾したかと思うと,民主党都議会議員の吉田康一郎は,自分の所属する民主党を徹底的に吊るしあげる。そして彼らの自由放言を途中で遮る田原総一郎のようなアンカーはいない。
 一見するとそれぞれのパネラーが好き勝手なことを言っているようだが,彼らが投げかけた問題は底辺でつながっている。それは,特に,ここ数カ月の間でひどくなったテレビメディアの翼賛報道についてである。これまでの有害テレビ・コンテンツは,「捏造」「誤報」「虚報」が主流であった。これは視聴者の目にも付きやすい。しかし,近年それに,「報道しない自由」という新たな要素が加わった。実はこれこそが,視聴者の精神をもっとも蝕むものである。
 「報道しない自由」とは,本来伝えるべきニュースを,局の一存,即ち「報道の自由」を逆手に行使して,視聴者にあてえ重要なことを伝えない,ということである。これをやられた視聴者は,例えば国際会議などの外交の場で日本が世界各国から評価されているさまざまな事や,新政府が進めている日本や日本国民が不利益を被りそうな法案についても一切知る事が出来ないのである。これはまさに,末梢血管が壊死してしまったような状態であり,やがてそれは全身的な循環不全を起こすであろう。
 三橋貴明のシュミラクル小説『新世紀のビッグブラザーへ』は,国体がまさにこのように循環不全を起こしたような近未来を描いていた。ネット環境も遮断されたその世界では,「日本」という国号さえ存在しないのである。『新世紀のビッグブラザーへ』を“よげんの書”にしないためにはメディアリテラシーで武装することが必要であるというのが,本日のパネラーらの共通する主張だ。そしてお金を払ってこの場に集った多くのアクティヴィストたちを最も恐れているのが,三橋が言うところの“レガシー・メディア”たるマスコミなのである。
 阿佐ヶ谷というアングラの坩堝の魔界で,今回このような夜会が開かれたことは,今後の様々なムーブメントの勃興に火を付けるであろう。


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第1部と第2部の間で,客席にいたHIP HOPユニット「英霊来世」(エーレイライズ)の斉藤俊介が壇上に上がり,ゲリラライブを行うという一幕もあった。
「英霊来世」は,地上波の音楽番組ではおそらくこれからも目にする機会はないであろうHIP HOPユニットである。私の知る限りでは,MXテレビで毎週土曜に放送中の『西部邁ゼミナール』という番組で,前衛美術家・秋山祐徳太子との対談で盛り上がっていたのが記憶に新しい。

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阿佐ヶ谷ロフトA名物「“あの肉”の吉澤精肉店のレバーペースト」
ロフトは食べ物・飲み物も美味しいのがうれしいところ。
これは,阿佐ヶ谷七夕祭りの“あの肉”でお馴染みの吉澤精肉店自家製のペーストである。
“あの肉”とは,七夕祭りで限定販売される大きな肉の塊で,我々が子どもの頃に見た『はじめ人間ギャートルズ』などの漫画・アニメに登場する原始人が持っている骨付きの肉の塊をイメージして作られたものである。

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ロフト入口にあるチラシコーナー。
ここが“魔界”の入口である。

阿佐ヶ谷ロフトA
http://www.loft-prj.co.jp/lofta/

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