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02. August 09

【格闘技】 ドッグレッグス第79回大会 『きっと生きている』(2009年8月1日,成城ホール)

 世田谷区の成城ホールで,ドッグレッグスの第79回大会が催された。近年は格闘技専門の小屋で興行を行うことが多くなったドッグレッグスであるが,この,一見すると格闘技興行とはイメージがかけ離れている空間も,ドッグレッグスの古くからの本拠地であるといってもいい小田急線沿線の下北沢からもそんなに遠くはない。いわばドッグレッグスのホームタウン的空間であるともいえる。
 さて今回の79回大会は,いろいろと波乱含みな展開も多々あり,試合を見に行くたびに,いろいろな新たな発見があるドッグレッグスの魅力を存分に出した大会であった。
 まず冒頭で,ドッグレッグスの結成当時からそのリングに立ってきた看板選手のサンボ慎太郎から引退宣言があった。慎太郎は,気が付いてみたらもう40歳である。確かに,天願大介監督のドキュメンタリー映画『無敵のハンディキャップ』に登場していた当時の慎太郎が,肉体的にも格闘家としてのピークであったのかもしれない。それ以降も歴戦の強者とリングで戦い続けてきた慎太郎も,そろそろリングを去る時がきたのかと思うと,寂しい気持ちでいっぱいになる。それと同時に,全国各地からドッグレッグスのリングに乗り込んでくる新人レスラーたちの姿を見ていると,日々進化し,変わりゆく,有機的なドッグレッグスの断片も見ることができる。
 どんなに優れたアスリートでも,必ずそこから去る日がいつか来るのであって,それは,現在も連続フルイニング試合出場という世界記録を更新中の,まさに“化け物”と言われる阪神の金本選手であっても例外ではない。我々は,この有限の空間に命を燃やす彼らだからこそ,それを美しいと思うわけである。
 慎太郎は当然,引退試合の対戦相手にはアンチテーゼ北島を指名するであろう。ファンもそれを望むであろうから,ぜひ再び実現してもらいたいカードである。

 それから,今回衝撃的であったのは,長らく無差別級で世界王者の座を守ってきた鶴園誠が陽ノ道に敗れて王座を明け渡したことである。私はドッグレッグスの試合を観戦するようになって初めて,鶴園が敗れる瞬間を目撃したわけである。“人間凶器”としてその両腕をギリシャ兵が手に持つ斧やハンマーや鉄球のようにビルドアップされた肉体を持つ鶴園が,全ラウンドにわたって苦戦を強いられる相手が現れたことは,これまで鶴園のまさに独壇場であった無差別級に,俄然目が離せなくなる事態となった。

 それでは,本日の試合で特に印象に残った試合をレポートする。

第4試合(3分3R)
○永野V明VS激・大玉

 永野V明は福岡県の障害者プロレス団体「フォース」代表。対する大玉選手は,糖尿病で失った左足に義足を装着し,今回もスタンディング・スタイルでそれを迎え撃つ。激・大玉のこのスタイルは,前回の試合から試みられたことであり,以前のように座位でのファイトよりも格段に幅が広がった。しかしそれと同時に,片足が義足ということは相当のハンディであり,まず安定した姿勢が非常に取りにくい。その上糖尿病により片目も失明しているので,相手との距離感がつかみにくい様子である。
 そのような状況の中でも前半は大柄な永野V明と迫力ある打撃戦を展開し,楽しませてくれたのだが,やはり,その激しい動きに左足の義足が耐えられなかったようで,試合途中に義足が外れるというアクシデントがあった。その際,試合を中断して何度か義足の再装着を試みたのだが,切断面と装着部分が壊れてしまったらしく,この時点で試合終了となってしまった。
 現在広く普及している義足や義手は,人間がごく普通の日常生活を送るためにサポートとしてあるものであり,当たり前だがこれを装着して格闘技のリングに上がることなど想定されてはいない。義足や義手の強度,可動範囲,柔軟性ともに,人間があくまでも日常の行動をすることをもとに設計されている。しかし近年,障害者スポーツというものがだんだんと認知されていくようになってからは,障害者アスリートの存在も,もうそんなに珍しい存在ではなくなった。しかしこの急速に変化してきた状況に制度のほうが追い付いて行かず,障害者アスリートをサポートする福祉機器の開発もまだまだ遅れている。これまでの福祉機器制作の現場に,運動生理学,さらなる今日的な人間工学に精通したスタッフが入ることによって,この問題は解決されていくのであろうが,障害者アスリートのマーケットが無い以上はまだまだ道は険しい。
 また一方で,障害者アスリートが広く認知されていくことによって,前回の五輪で物議を醸した義足ランナーをめぐるさまざまな問題も浮上してくるだろう。つまりどういうことかというと,以前ならばパラリンピックに出場していた障害者アスリートが,義足,義手などの技術革新によって,健常者の肉体よりもそのポテンシャルが高まってしまった時,本来ならばハンディであったはずのその義足や義手を,アスリートの身体の一部として認めるか否かということである。もしこの装着具が,ポテンシャルの向上に一役をかっているとしたら,それを装着していない健常者アスリートにとっては新たなハンディが生まれるという,非常に複雑な問題を生むことにもなるのである。
 激・大玉のリングにおける様々な試みは,単に格闘技の世界にとどまらず,運動生理学,人間工学,おいてはサイバネティクスといった先端科学分野にも繋がっていく問題を提起しているのである。
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第5試合 タッグマッチ(10分1本勝負)
○アンチテーゼ北島・中嶋有木VS虫けらゴロー・ロリろり太

 前回の試合で不本意な敗戦を喫した中嶋が,今度はアンチテーゼ北島とタッグを組んでリングに上がった。中嶋の事実上の復帰戦といったところである。
 中嶋有木は,現在鬱病を患い,しかも大腸癌の経過観察中の身である。中嶋の試合を初めて観戦したのは一昨年で,その時には癌再発の恐怖と闘っている最中であったと記憶している。この時は,リングインする際に癌患者に向けたメッセージが書かれた横断幕を広げて会場の観客にアピールした。格闘技興行という場においてのこのようなパフォーマンスは非常にインパクトが強いもので,その時の様子は今でも脳裏に焼き付いている。そして今現在もこの中嶋のスタイルは基本的には変わっていない。横断幕こそ今はないが,リングインする際に誰にともなく手を合わせて深々と会釈する様子は,神聖なるリングに対する敬意と並んで,中嶋の目の先にある何者かのために祈りを捧げているようにも見える。
 古くは古代ギリシャまで格闘技のルーツを遡った場合,そこには試合を行うという行為自体に祭事的,儀礼的意味が込められており,それは往々にして神やその土地の王に対して捧げられたものだ。わが国における神道でも同様で,神社で催される様々な祭りやイベント興行は,ただの楽しい集まりではなく,やはり神(カミサマ)に対して奉納されるものである。それを考えると,中嶋の毎回の行為は,リングに上がる格闘家として,至極まっとうなものなのである。
 今回,再び中嶋をリングに上げてくれた北島にも感謝しなければならない。実は前回の試合のあと鬱が重くなった中嶋は,もしかしたらこのまま引退してしまうのではないかと多くのファンを心配させていた。私もその一人であり,けしてあせる必要はないからゆっくりと休養してほしいと思っていたのである。だから今回の試合では中嶋がリングに上がることは全く期待していなかったわけだ。もし復帰するとしても,そのプレッシャーに押し潰されて,また苦しむだろうとも思っていた。そんな状況の中,北島が自らタッグ相手を務めるタッグマッチの場に中嶋を上げてくれたことは,中嶋にとっても絶好の機会であったといえる。これはかつて,リングの上で人気者になって少し調子に乗りすぎていたサンボ慎太郎の根性を叩き直すために,自らがレスラーとなって慎太郎と壮絶な3本勝負をした北島ならではの素晴らしいマッチメイクである。
 今回,その風貌に似合わずインサイドワークが得意な虫けらゴロー・ロリろり太組と,力勝負を挑んだ中嶋の必死な形相は鬼気迫るものがあり,癌や鬱と戦うために絶対に必要な自分の場所,即ちリングの上で生き残るために,死ぬ気で戦ったわけである。ドッグレッグスのリングに上がる選ばれしバーリトゥーダーたちは,例えいかなるハンディを抱えようとも,それを甘んじて受けなければならない。そこは,見知らぬ人々の圧倒的な善意に包まれた,世の中でしばしば目にする牧歌的な闘病空間とは異なる。中嶋は癌や鬱になりながらも自らでこの厳しい空間を選んだのだから,戦いの中に現れる「野性」において「病」と戦っていくしかないのである。
 それにしても,やはりタッグを組んだ北島の存在は大きかった。北島はかつてこのようにして何度もドッグレッグスの名レスラーを育ててきたのである。今回も,前回の試合について自問自答を続けていた中嶋に対して,あえてリングに上げたことは,様々なリスクやアクシンデントも想定されたと思うが,結果的に死に物狂いの中嶋の姿を見れたのはよかったのではないか。
 試合を終えた中嶋も野獣のように興奮していた。この「野性」こそ,「病」に打ち勝つのに必要なのである。近年の生暖かい“癒しブーム”や,その空間でクローズアップされた数多の病者とは対極にあるものである。そして病者は何かと「制度」の中で抑制される存在であるが,かつてその硬直化した「制度」に異議を唱えたのが,パリ郊外のラボルド病院の創始者ジャン・ウーリであり,その正統なる後継者のフェリックス・ガタリであった。彼らは病者の身体や感覚にアプローチして,抑圧された「制度」を解放することを試みた。中嶋が試みているのは,ウーリやガタリの概念を身体的に表したものだ。
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第6試合
世界障害者プロレスヘビー級選手権試合(3分3R)

障害王・天才まるボンVS挑戦者・サンボ慎太郎○

 今回の大会はまったくもって波乱含みである。長らく王者の座についていた者たちが,あっけなくその座から引きずり下ろされるようなカードが多々あった。このカードもその一つである。
 挑戦者のサンボ慎太郎は,ドッグレッグス結成当時からリングに上がってきた看板選手である。そのやや衰えた肉体には歴戦の記憶が刻み込まれている。それを物語るかのように,試合前に近い将来に引退を考えているということがファンに伝えられた。毎回多くの新人レスラーを迎い入れて,ますます華やかになっていくドッグレッグスであるが,その華やかな舞台からひっそりといなくなっていく者たちもいる。
 サンボ慎太郎とは,まさにドッグレッグスを象徴するようなレスラーであり,慎太郎の歴史を語ることは,即ちドッグレッグスの歴史そのものを語る事なのである。その,やがてリングを去っていくであろう慎太郎の対戦相手は障害王・天才まるボンである。打撃戦が得意な選手で,慎太郎もそれを受けてか途中から打撃戦の様相を呈してきた。筋トレとドレッドミルでビルドアップされた堅牢な慎太郎の肉体とは対照的に,まるボンの肉体はその名が表すように全身,特に胴周りが厚い脂肪の装甲で覆われている。これではいくら打撃を受けても,その衝撃吸収材のような肉体ではさほどのダメージすら与えられないであろうという感じである。この双方の異なった身体のコントラストが実に面白い。同じ人間の肉体にも関わらず,まったく異なった種の生き物に見えてしまうのである。もっとも,ドッグレッグスのリングに上がるレスラーたちは,一つとして同じ肉体的特徴を持ったものはいないわけで,我々はその世界に一つだけの異形の超人の登場を毎回心待ちにしているわけである。
 打撃戦が得意な天才まるボンは,終始,慎太郎を責めるのだが,一瞬の隙を突かれてなんと王座陥落となってしまった。今回の大会は本当にこんな試合が多い。引退宣言の後に王座に就いた慎太郎も,その王座を引退まで守りきれるのであろうか。
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第7試合
世界障害者プロレス無差別級選手権試合(3分3R)

障害王・鶴園誠VS挑戦者・陽ノ道○

 今回,世界王者・鶴園に挑んだのは聴覚障害者レスラーの陽ノ道である。陽ノ道は試合前のインタビューで,いつもどのような気持ちで試合に臨んでいるかを語っていた。それは自分の意気込みを話すというよりは,まるで陽ノ道が相手レスラーにインタビューするように,そのレスラーを浮き立たせるようなものであった。
 聴覚障害である陽ノ道は,手話や筆談によってコミュニケーションをとる。手話に慣れていない相手とはそのコミュニケーション手段もぎこちないものとなる。試合中には会場の熱気とは裏腹の,まったくの静寂空間で戦ってる。このことによって純粋なる自分の空間を作ることが可能なのである。そして陽ノ道の言葉の中で非常に象徴的なのは,しばしばレスラーと対した時に出てくる“会話”という言葉である。例えば,“誰それとはいろいろな会話ができた。”,“誰それと戦ってみて,こんな人だったのかと理解が深まった”という具合である。つまり陽ノ道は,その身体自身のぶつかり合いで対戦相手と会話しているということである。
 そして今回は,下肢に重度の障害がある鶴園の目線を意識するために,聴覚障害以外は何ら身体的な障害のない陽ノ道も,鶴園と同じく車イスに乗って登場したのである。こんな発想がでてくるのは,陽ノ道がレスラーとしてだけではなく,クリエイターとしても自分の世界を持ちつつある証拠である。実は陽ノ道は,ドッグレッグス所属の格闘家という顔の他に,写真家として創作活動をしているという顔も併せ持っている。彼の被写体に収まる者は身体障害者,精神障害者,性的マイノリティーなどいろいろな状況の者たちである。彼は創作活動を通じても,音のない世界においてこの者たちとの会話を試みているのである。
 以前,純粋なる格闘技とプロレスは異なる,という話を格闘技関係の方から聞いたことがある。現在流行の総合格闘技は,ただ純粋にどちらが強いかを戦って決めるものだが,プロレスの場合は,お互いの技を出し合い,お互いの持ち味を引き出しながら戦うものである,という話である。かつてK-1などのリングに現役のプロレスラーが多数参戦した時に,ただ馬力と腕力だけが勝る外国人格闘家にまったく歯が立たなかった状況を指して,“プロレスは弱い”という印象が持たれてしまった時期があるが,ただ殴り合うだけの者たちと,お互いの華やかな技をかけ合うプロレスが,そもそも同じリングの上で戦うこと自体が間違っていたのではないかという論調もある。
 それを考えると,陽ノ道のセンスはまさにプロレス的である。それは名打者が名投手を育てるような関係である。陽ノ道と戦った者は,勝っても負けてもリング上では全ての持ち味を出し切るのだ。そして今回の選手権試合もそうであった。
 今までいかなる対戦相手も寄せ付けなかった鶴園は下肢に重度の障害があるために,上半身でしか戦えない。陽ノ道にもそれと同等の負荷を与えるために,下肢は動かないように拘束具で固定されている。この状態でお互いに至近距離で打撃戦を行うのである。しかも陽ノ道がからむ試合は実況解説もあえて入れない静寂な空間で行われるために,両者の骨や肉がぶつかり合う鈍い音がリングサイドまでクリアーに聞こえてくるのである。
 百戦錬磨の鶴園は,クレバーでありつつもラフプレーも得意であり,最初はやはり王者・鶴園が圧倒的に優位かとも思われたが,陽ノ道が良い勝負をしたので,延長戦へともつれ込んだ。延長戦の前のインターバルでは,鶴園の打撃を受けて顔面がやや赤く晴れあがった陽ノ道の姿があった。しかしそれ以上に鶴園の身体は,随所に打撃瘢があり,王者がこのように相手の攻撃をノーガードで受けることを考えても,この試合が見た目以上にいかに壮絶であったかがわかるであろう。
 試合はなんと延長戦でも勝負がつかず,判定の末,陽ノ道が王座を奪取したのである。その瞬間に会場からもどよめきの声があがったが,陽ノ道も新王者に相応しい戦いをしたのである。試合後の鶴園の悔しそうなコメントを聞く限り,リベンジマッチはそう遠くはない時期に組まれるであろう。
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第8試合
結婚記念3WAYマッチ(3分無制限R)
愛人VSミセス愛人VSプチ愛人○

 現在,海外ドキュメンタリー放送局アニマルプラネットで『ビッグキャット・ダイアリー』という番組が好評放送中である。この番組は,ライオン,ヒョウ,チーターなどの野生の肉食獣の生活をたんたんと追ったドキュメンタリーである。愛人一家の3WAY変則マッチを見ていて,思わずこれを思い出してしまった。
 野生の世界は厳しい。時には兄弟でも親子でも殺し合いや奪い合いを平気でする。そこに「情」が入るすきはない。親子3人の格闘家一家による変則マッチは,まさに肉の奪い合いをする肉食獣のごときすごいものであった。格闘家の父と母のDNAを受け継ぐプチ愛人選手は,小学6年生の現役アマレス選手である。彼は肢体不自由の父と戦うために,両手,両足を拘束具で固定された状態で寝技で戦うのである。普段は愛人選手のセコンドを務める母・ミセス愛人は健常レスラーであり,やはり息子のプチ愛人と同じく拘束具を付けて夫の愛人選手に挑んだ。これが結婚記念マッチというのだから,メインイベントにとんでもない鬼畜的なカードをもってきたものだと思ったが,実はこれは,人間の身体とはここまで凶器に成り得るのかとあらためて思い知らされたカードなのである。
 何しろ両手は後ろ手に,そして両足も関節,足首と拘束されているので,寝たまま戦うしかない。しかもその状態で繰り出せる技といったら,両足を揃えたまま大きく振り上げて,その反動で相手を叩きつける他ない。これはダイエット中の婦人がヨガのエキソサイズでしばしば取り入れている動きにも近く,インナーマッスルを鍛え上げたものでないと,連続してこんな技を繰り出すのは無理である。まるで1本の鞭のようになった身体は,それが父であろうが母であろうが息子であろうが容赦なく叩きつける。その動きだけを見れば実に滑稽であり,思わず笑いが漏れてしまいそうにもなるが,選手たちの真剣な表情を見ると,リング上ではいかに壮絶な状況が展開されているかがわかる。
 普段我々が映画などで目にする戦いの現場は,派手に格好良く演出されたものだが,実際の戦いとは,人間の身体の動きの,ある種の滑稽さをも持って体現されるものではないのかとも思えてくる。その「真剣」と「滑稽」との間の差異に,人間の身体が本来持つ不自由さ,ぎこちなさが内在しているのである。
 この野生動物の肉の奪い合いみたいなファイトに,ドッグレッグスの原点を見たのである。
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■ドッグレッグス,コミケに登場!■
来る8月16日に東京ビッグサイトで開催されるコミックマーケットにドッグレッグスも出店します。
ここでは今回の成城ホールでの試合を収録したDVD(1枚500円)が発売されます。
ブース:東地区M-12a


【ドッグレッグス公式ページ】
http://homepage3.nifty.com/doglegs/

【井上リサによるドッグレッグス関連記事】
ドッグレッグス第79回興行 「きっと生きている」の対戦カード第一弾が発表される
ドッグレッグス第78回興行 「ここまで生きる」~究極のバーリトゥード~(4・25 北沢タウンホール)
「ドッグレッグス第78回興行の対戦カードが決まる」
「ドッグレッグス第77回興行レビュー」
「ドッグレッグス第76回興行レビュー」
「映画批評:天願大介監督『無敵のハンディキャップ~障害者プロレス・ドッグレッグス」

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Kommentare

観戦、お疲れ様でした。
写真のアングルから察するに、多分「A列」?
もしかして、俺の近くに井上先生が………!?
携帯片手に病的な叫び声をあげていた短髪のオッサンをA列で見かけませんでしたか??

Kommentiert von: 櫛引圭太 | 03. August 09 um 03:57 Uhr

こんにちは,
櫛引さんも先日の試合を観戦されていたのですね。
私もA列にいました。

今回の大会はいろいろと波乱含みで,あとあと記憶に残る大会でしたね。
新人選手もたくさん加わって,ドッグレッグスの新たな幕開けを感じました。
中嶋選手もリングに再び上がることができて良かったです。
やはり北島さんは良い選手を育てていく人ですね。

Kommentiert von: 井上リサ | 03. August 09 um 08:17 Uhr

今回も取り上げていただき、ありがとうございます。とても緻密なご洞察と分析に、かえって、こちらが納得させられているようなありさまです。

問題は、実際に身体で、どれだけ己の存在と願いを伝えられるか、なんですよね。

焦らずに、と、人にはいいながら、自分にしてみれば一試合一試合が勝負であり、その回に伝えられなければ、意味がないという焦燥感を、癌になってからは抱く様になりました。


西洋医学の『5年で完治』など、統計学のまやかしでしかなく、癌の素因を持って生きている以上、環境や生活次第でいつまた発病するか分からない…。


その現実は、否応なく、命を逆算する様に、明日死ぬ故に今日何が出来るか、というふうに考えざるを得なくさせるようです。


かといって、直ぐにできる程現実は甘くなく……。

葛藤してます(笑)。

Kommentiert von: 中嶋有木 | 03. August 09 um 23:11 Uhr

先日の試合はお疲れ様でした。
まず最初に,中嶋選手を再びリングに上げてくれた北島さんに感謝したいと思います。

>問題は、実際に身体で、どれだけ己の存在と願いを伝えられるか、なんですよね。
>焦らずに、と、人にはいいながら、自分にしてみれば一試合一試合が勝負であり、その回に伝えられなければ、意味がないという焦燥感を、癌になってからは抱く様になりました。

中嶋選手がこのように言われていることは,病者や障害者に関わらず,われわれ全ての人間にとってとても大切な事ですよね。
癌という病についても近年ではいろいろなとらえ方があって,昔のように難治性疾患=つまり「不治の病」という見方が依然としてある一方で,例えば,生活習慣病の一種で慢性病とする考え方,または身体の「老化」とする考え方まででてきました。
それは,癌という病は今や3人に1人,あるいは2人に1人が罹ると言われることから,誰にとっても他人事ではなくなったという事なんです。

そこで,じゃあどうするか,ということを全ての人間に突きつけられていると思うのです。


>西洋医学の『5年で完治』など、統計学のまやかしでしかなく、癌の素因を持って生きている以上、環境や生活次第でいつま>た発病するか分からない…。
>その現実は、否応なく、命を逆算する様に、明日死ぬ故に今日何が出来るか、というふうに考えざるを得なくさせるようです。

私が今回中嶋選手の試合を振り返りながら書いていた時,「野性」という言葉がでてきたのは,中嶋選手のファイトスタイルにこのような事を感じたからだと思います。
癌も生き物ですから,自分が生きるために必死です。対する我々は,そのエサとして草食動物のように逃げ回るか,反対に自らも肉食の獣(けもの)になって,癌と「命」の取り合いをするか。
これは自分の身体をフィールドにした天下分け目の陣取り合戦のようなものです。

わずかでも手足が動かせるものは自分でエサを取りに行け,それが出来ない者はリングの上でもどこででも「死ね」という世界が,ドッグレッグスで体現されている世界だと思いました。
生き残るためには「野性」あるのみ。このような厳しい世界では,医用統計など何の役にも立たないかもしれませんよね。
毎回こんなことを考えながら中嶋選手の試合を観戦しています。

今回の試合で痛めた傷はゆっくり治して,体調を考慮しながら暑い中トレーニングに励んで下さい!

PS.林家しん平監督の昨年の怪獣映画『深海獣レイゴー』のDVDがリリースされましたので,近々また“怪獣ネタ”を投下しますので,お楽しみに。”

Kommentiert von: 井上リサ | 04. August 09 um 13:31 Uhr

精神ドラマ、耳が痛い…のですが、あるんですね。日本でDVD化して欲しいです。

さて、折り入ってお願いがございます。

私の試合の写真をお分け下さいませんでしょうか?

オフィシャルのカメラマンが最近はいなくなってしまい、ドッグレッグスに参戦している事を誰にも証明できず、信じて貰えないのです。

ご迷惑かとは存じますが、ご検討いただけましたら幸いに存じます。何卒、宜しくお願い申しあげます。

Kommentiert von: 中嶋有木 | 06. August 09 um 09:26 Uhr

中嶋有木様

中嶋選手の写真の件は了解いたしました。
第76回大会の時からデジカメで撮影しているので,デジタルデータですぐにお送りできます。
近日中に今までの写真を整理してお送りいたしますね。

>精神ドラマ、耳が痛い…のですが、あるんですね。日本でDVD化して欲しいです。

この作品は日本でのDVD化は難しいかもしれませんね。
とにかくタブーに触れまくりです。
私が見ても,“きっついなー”という内容のものもあって,中嶋選手にはちょっと薦められないかもです。

Kommentiert von: 井上リサ | 06. August 09 um 21:33 Uhr

お疲れ様です。ブログ本編の内容とは関係ない書き込みなので恐縮の限界突破なのですが、ナカジーのブログもある「アメブロ」にて、ドッグレッグスのコミュを立ち上げました。
井上先生の学術的考察コメントなんかが入ると、コミュが『ビシィッ!』と引き締まるので、もしよかったら井上先生のご参加、ぜひ是非、心から熱望渇望いたしております。

……いや、本音を言えば、現在の参加者は「鶴ちゃん」と俺しかいないもので……。

とりあえず、お知らせをば☆

Kommentiert von: 櫛引圭太 | 18. September 09 um 18:07 Uhr

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