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31. August 09

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#6「雨の日の記憶 」(FOX)

 精神医療の現場におけるタヴーを堂々と描き,その第1話からして全米で大きな反響を呼んだ『メンタル:癒しのカルテ』(FOX)の第6話のエピソードは,ギャンブル依存症のレオナルド,鬱病の敏腕検事クレイン,そして彼女によって殺人事件の被告にされた妄想性障害のハンセンをめぐる物語である。
 これまでのエピソードでは,1人のゲスト患者を主軸に物語が展開されていく構成であったが,今回からは複数の主要人物にそれぞれ別の伏線を張らせ,最後にそれが一つのテーマとして集約されていくという,アメリカの群像ドラマでは昔からスタンダードな構成に変わったようだ。このようなフォーマットは,私が全シリーズにわたって視聴しているスタートレック・シリーズにもしばしば見られるもので,脚本家によっては片方の伏線で暗喩を示唆するような様式美も見せてくれる。

 このドラマの主人公であるDr.ギャラガーは,鳴り物入りでウォートン記念病院の精神科部長に抜擢されて,この地にやってきたユニークな精神科医である。日本語で“ユニーク”と表現すると,“個性的”であるとか,“特質的”であるといった具合に,無条件で好意的に受け取られる場合が多いが,英米語でこれを表現した場合,必ずしもそうではない。むしろ,特異で異質で異例な人のことをユニークというのだ。その中には,“理解し難い人格”という要素も当然含まれている。同じように「ナイーブ」なる言葉も日本語では“繊細な”とか“朴訥な”といった比較的良きイメージの表現として使われるが,これも英米語圏では,悪い意味で繊細な,つまり,通常の社会生活において誰しもが日常的に受ける微細なストレスにも耐えられない人が,“ナイーブ”な人なのである。例えば,“あいつはナイーブなヤツだ”と言った場合,日本語では繊細で純朴で芸術家のような人物となろうが,英米語圏では,単に社会不適合者として見られる場合も多々ある。
 『メンタル』は,そんなナイーブな人々と,それをあらゆる手を尽くして救おうとするユニークな医師ギャラガーの物語なのである。

 第6話のエピソードに登場する3人の患者に共通するテーマは「死」のあり様である。ギャンブル依存症から人生が破綻し,自殺願望が強くなったレオナルドは,自らの手で人生というギャンブルに終止符を打とうとする。自殺願望者が暴走しだした場合,無理に止めようとすると,かえって悪い結果を導くことは良く知られたことだ。そこで,屋上から飛び降りようとするレオナルドに向かってギャラガーが試みたのは,自分が旨そうに食べているアメリカンドッグをレオナルドにも薦めたことである。
 自殺願望者にとって,究極の欲求は言うまでもなく「死」であるが,その前に,人間としての基本的欲望が存在するはずである。その欲望の中の一つに「食欲」というものがある。ギャラガーはレオナルドに対して,理性により「死」について説くよりも,本能に対し「生の欲求」でアプローチしたのである。今にも屋上から飛び降りようとしている人間に対して,それを止めるそぶりも見せず,ただ旨そうにアメリカンドッグを食らうギャラガーの行為は一見すると常識を逸脱している。しかしギャラガーは,アメリカンドッグを旨そうに食らう自分のことをチラチラと見るレオナルドの様子を見て勝負ありと思ったのであろう。
 ギャラガーが旨そうに食べているアメリカンドッグから漂ってくるピクルスやケチャップや香ばしいソーセージの香りは,我々日本人がラーメンやカレーライスの香りにどことなく郷愁を感じてしまうのと同様に,アメリカ人にとっては心の故郷のようなものなのだ。その香りで子供の頃父親と一緒に行ったメジャーリーグのボールパークのことを思い出すも者もいれば,家族と行った遊園地のことを思い出す者もいるだろう。アメリカンドッグの香ばしい風味は,どんなアメリカ人の心の中にも原風景として存在するものだ。
 人生を破綻してしまったレオナルドの原風景にもこのアメリカンドッグの残像は焼き付いていたとみえて,彼は自分の五感によって死をとどまったのである。

 今回,レオナルドの物語と並行して描かれているのが女性検事クレインと,彼女によって刑事被告人にされてるハンセンの物語である。クレインは裁判を「勝ち」「負け」のゲーム感覚で捉えているところがあり,それはアメリカにおける訴訟社会を垣間見るようなキャラクターである。
 そもそも日本に「勝ち組」「負け組」というあまり好ましくない言葉が流入してきたのも,北米格差社会の影響によるものだと私は認識している。1980年代に,日本でも欧米の経済紙の日本版が発行されるようになってから,この言葉が様々なメディアで散見するようになった。在欧中に夜の酒場で「勝ち」「負け」話で盛り上がっているグループと私はしばしば同席した事があるが,彼らはたいてい北米出身のファンドマネージャーや起業家である。彼らが「勝ち」「負け」と得意満面に言っているのは,自分が運営しているファンドの評価額がインデックス(平均株価)よりも勝ったか負けたかという事なのである。女性検事クレインの気質はまさにこれに近く,裁判は,数字で見る株価とは違って,そこに人間がいるにもかかわらず,自分自身の勝負事として「勝ち」「負け」だけにこだわっているのである。そして勝つためならばどんなことでもやる。
 今回被告にされたハンセンは,たまたま殺人現場に居合わせただけの人間だが,事は厄介で,ハンセンは事件の犯人ではないのだが,クレインの巧みな弁論によって自分が殺人犯ではないかと思うようになってしまったのである。クレインは,ハンセンの抱える妄想性障害という病を逆手にとって,殺人犯に作り上げようとしたのだ。
 日本では,知的障害や精神障害を持った人間を,裁判の証人として法廷に立たせることについて慎重な意見があるのは,実は知的障害者たちを差別しているのではなく,無用な冤罪を生む可能性を懸念して慎重論を唱える法学者もいるのである。このような状況で患者の利益や人権を最大限護るのが精神科医の立場である。
 ギャラガーとクレインは法廷で対決することになるが,事件の真犯人の存在が明らかになったことで,クレインは敗れるのである。これはクレインにとって,人生における最大の挫折だったようで,人格崩壊にもなりかねない重い鬱状態になってしまう。彼女がもし,今度は患者としてギャラガーのもとを訪れれば,鬱病患者として扱われるであろうが,彼女の根本的な病はそこにあるのではない。リーマンショック以降もやはり「勝ち組」「負け組」理論がいまだに優位性を保っている北米社会そのものに病の起源があるのではないか。

 今回のエピソードでは,3人の患者たちがそれぞれに人生のやり直しのスタートラインに立ったわけだが,この中でもっとも立ち直るのが困難なのはクレインであろう。彼女が抱える鬱病を根治しても,それは感冒における対症療法でしかなく,病の根本は米国社会そのものにある。米国社会という制度そのものを治療しなければ,クレインのような患者は後を絶たない。

『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

■『メンタル:癒しのカルテ』 これまでのレビュー■
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#5(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#4(FOXチャンネル)

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#3(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#2(FOXチャンネル)
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#1(FOXチャンネル)

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