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24. August 09

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#5「人気スターの苦悩」(FOXチャンネル)

 毎週火曜にFOXチャンネルで好評放送中の『メンタル:癒しのカルテ』第5話の患者は,映画スターのリーアムという男性。物語の中でリーアムは,トム・クルーズ並に全米で人気のスターという設定である。この日も彼は自分が主役を務める新作映画のプロモーションのために,生番組のトークライブに出演していた。
 このトークライブは見た感じでは,私がいつもCNNの生放送で見ているラリーキング・ライブのようなものだ。番組の看板アンカーマンのラリーキングが,毎回スターや起業家,政治家など多彩なゲストを招き,結構言いたい放題突っ込みを入れる番組である。リーアムがこのようなトークライブに呼ばれるのは,スターとしてそれなりにステイタスを築いてきた証拠である。
 リーアムは新作映画についていろいろとアンカーマンに尋ねられると,最初はまじめに作品の事や,この作品についての意気込みなどを“スターらしく”語っていたのだが,なぜか途中から女性や性的マイノリティーに対する差別発言を繰り返すようになり,慌てたアンカーマンの制止も振り切り,会場にいる女性客にも暴言を浴びせかけるという生放送前代未聞の大失態をやってしまった。その後彼は心神喪失状態となって病院に収容されることとなる。
 当然これはパパラッチたちの格好の餌食になり,彼は“休養”という名目で,Dr.ギャラガーが精神科部長を務めるウォートン記念病院に身を隠したのである。ギャラガーのもとに来たリーアムは,自分が生放送のトークライブで行った行為については記憶がある様子で,これは「役造り」のために意図的にやったことだと弁明する。そして突然病院を舞台に見立てて一人芝居を始めるのだ。
 それはまるでリーアムの身体に様々な「役」が入れ替わり立ち替わり憑依するような不条理劇である。「リチャード3世」に始まり,怪奇映画,アクション映画,戦争映画などのありとあらゆる登場人物がリーアムの身体を乗っ取り,独白を続けるのである。ギャラガーの同僚たちはこのリーアムの様子を見て,ただただ“役者は凄い!”と感心をする。どうやらリーアムのことを非常に芸術家肌の強い作家的志向の役者であると評価したようで,彼は注目を集める映画の公開前に精神的なプレッシャーで不安定になっているだけだと思っているようだ。
 ギャラガーたちがリーアムによって見せられた行為は,まさに誰もが知る映画スターというポピュリズムとは対極にあるもので,言うならば,長らく舞台を中心に活動をしてきた小劇場の役者が時としてポピュリズムに対して向ける攻撃的な憎悪と嫉妬に類似している(1980年代のわが国の小劇場ブームの時に,小劇場の劇団が『劇団四季』などを小バカにしていたように)。そして自分の苦悩をまったく理解しない愚衆に対し,悪態をついているのである。
 この状態があまりにも突発的に起こったものであるから彼は精神科で診断を受けることになったのである。そして今回の物語は,リーアムの行為は「芸術」なのか「病」なのかという表現病理における根本的問題が通底しているように思える。

 ギャラガーの見立てでは,リーアムは「詐病」(虚偽性障害)と診断される。
 詐病の定義は非常に複雑で,読んで字のごとく,近年までは確かに“「病」を装った「病」”として定義されることも多かった。この場合の偽装“詐病患者”は,生活苦,金銭的困難などを回避するために意図的に「病」を装ったもので,近年わが国でも,身体障害,心身障害などを偽装して生活保護を不当に受給したり,障害者手帳を不当な方法で取得するという悪質な事例がしばしば報告されるようになった。このような事例は「病」に当たるものではなく,明らかに犯罪であるから除外するとして,リーアムが陥った詐病とは,「病」になることによって医師や看護師を始めとする多くの人から大切に扱われたいとするミュンヒハウゼン症候群に相当するものだ。
 これはいつの時代にもセレブリティは孤独であることを物語っているのである。先月亡くなったマイケル・ジャクソンもそうであった。特にリーアムのように非常に芸術家肌の強い役者は,世間とは乖離し過ぎたその極端なハイアート思考が社会との「溝」をますます作り,孤立していくのである。一時期,日本の往年の俳優である錦野明(にしきのあきら)が,自ら「スター錦野」というキャラクターを名乗り,多くの大衆が抱くスターという虚構を逆手に取って様々なバラエティ番組に登場していたのは,中々巧妙なアイロニーを含んでいて面白かった。

 ギャラガーはリーアムの治療にも薬を処方する事はなかった。その代わりにギャラガーがリーアムに施したのは,病室を独白劇の舞台にして,リーアムに心の内を語らせる事である。その際ベッドに拘束されたリーアムはさながらキリスト磔刑図のようである。そしてギャラガーの催眠療法に堕ちたリーアムは,スターという看板によって作られた虚像に苦しめられている事,過去に性的虐待を受けた事などを告白する。いずれもスターとしては公言することはできないことなのである。
 リーアムはこういった過去のトラウマを覆い隠すようにスターという虚像を装ってきたが,それももう限界に来たということである。その虚像を破壊するために彼が行った行為が加速して,それが病的な領域にまで達したと理解できる。
 毎回ギャラガーの診断方法や治療方法を見ていて思うのだが,とことんまでに患者に寄り添うギャラガーのモティベーションは一体どこからきているのか非常に興味深い。それがだんだんと明確になりつつある。ギャラガーが患者に施している行為とは,物語の再構築ではないのか。それは心の「闇」の空間の中で断片的になってしまった「記憶」や「時間」や「身体」をひとつに繋ぎ合わせることであり,それは失われた自尊心の回復にも繋がる。それには典型的な医療空間よりも,それぞれの患者にフィットした有機的空間が必要なのである。
 それが,前回の患者であるコナー少年に与えられた仮想RPG空間であり,その前の患者である大作家ギデオンに与えられた神による審判の場面である。このような空間が作れるのはギャラガーが芸術家のごとくクリエイティヴな医者であるからである。多くの精神科医が「表現」という行為の中に「病理」を見出そうとするのに対してギャラガーは,患者固有の「病理」の中から「表現」を導き出そうとするのである。このギャラガーのアプローチは,今日の精神科医療領域でも特に,芸術療法や病跡学といった分野に大いなる疑問を投げかけるものであろう。

『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

■『メンタル:癒しのカルテ』 これまでのレビュー■
【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#4(FOXチャンネル)

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