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26. Juli 09

【アーカイヴ】 古舘伊知郎 『トーキングブルースVol.12~お経~』(1999年12月31日,浄土宗禅林寺・京都)

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 古舘伊知郎が『トーキングブルース』の舞台から去って,もう5,6年は経つであろか。
 現在,夜の報道バラエティーで番組キャスターを務める古舘伊知郎は,かつて『トーキングブルース』という非常に実験的で面白いトークライブの舞台に毎年挑んでいた。トークライブといっても,ただ和やかな客席を前にして,テレビのタレントのように台本に沿って適当に言葉を垂れ流していればいいというような気楽なものではない。あるいは,しばしば現代詩の詩人たちがポエトリー・リーディングと称して詩檀の仲間うちの人間だけを集めて行う“発表会”のような生温いものとも異なる。一つのテーマ,今日的な問題提起に沿って,不特定多数の客の前で2時間近くも喋りっ放しの即興トークで作られていくのが『トーキングブルース』の世界である。
 舞台には当然のことながら古舘伊知郎一人しかいない。その彼がプロレス実況のようにマイクを持って,2時間近く喋り続けるのである。ここで展開される世界とは果てしない言葉の実験であり,また壮大な批評空間でもあり,2時間近くの舞台を即興のトークだけであれだけ奥行のある身体的な空間を作りあげることができるのは,今のことろこの人だけであろう。
 その『トーキングブルース』シリーズの中で,私が最も秀逸にして完成度が高いと思ったのは,1999年12月31日の夜,即ちミレニアムにまたがるかたちで京都の浄土宗西山禅林寺派総本山,永観堂の禅林寺で行われた『トーキングブルースVol.12~お経~』である。タイトルを見ても分かるとおり,これは仏教思想をテーマとしたものである。仏教思想の中にある「生老病苦」などの考えに焦点を当て,ミレニアムを迎えて何故だか知らないが享楽的になっている世の中や,その世の中のトレンドに1人取り残されてしまった人々(例えば歴史的なミレニアムを迎える大晦日に,恋人も家族もおらず,一人寂しく過ごす人など)に向かって,もっと苦しめ,もっと悩め,そして世の中やメディアに騙されるな! というメッセージを送ったものである。
 仏教思想の「生老病死」とは,全ての人間が先天的に持って生まれた四つの苦,つまり「生まれること(生きること)」「老いること」「病気になること」「死ぬ事」について説いたものである。これにさらに「愛別離苦(あいべつりく)」「怨憎会苦(おんぞうえく)」 「求不得苦(ぐふとくく)」 「五蘊盛苦(ごうんじょうく)」を加えると「四苦八苦」ということになる。つまり釈迦は,こんなにたくさんの「苦」に囲まれていれば,生きるのが辛くて当然であるというような事を言っているのだ。そしてその「苦」はすべて自分の身から生成されているものであり,古舘伊知郎自身も「勝ち組」「負け組」という今でいう「格差」が生まれた背景を,安易に世の中のせいにするのではなく,“全部お前らの問題なんだから,お前ら自身の問題として考えろよ”,“そして,お前ら自身で苦しめ,悩め”と正論を述べている。

 この公演が行われた1999年という年は,バブル崩壊後の混沌とした時代であり,いわゆる「失われた10年」といわれる。それをリセットするかのごとく,後に小泉純一郎が台頭して,新自由主義が幕を明ける。1999年とはちょうどその谷間のような空間に存在しているのだが,いわゆる「合コン」と称される飲み会でも,男性の花形職業として依然として人気が高かったのが広告代理店の社員やテレビ業界の人間である。さすがに「空間プロデューサー」を筆頭とするカタカナ職業が胡散臭いことには大方の人々は気がついてはいたが,広告やテレビ業界に限って言えば,今もってステイタスとされた世の中であったのである。
 「勝ち組」「負け組」という言葉がわが国にも台頭してくるのもだいだいこの時代である。私の在欧中の記憶の中では,もともとは北米のファンドマネージャーやアントレプレナーたちが,Barなどで得意げに米語のスラングとしてこのような言葉をよく使っているのを耳にしていた。それはかつて80年代にベストセラーとなった渡辺和博による「金持ち/貧乏」のカテゴリー分け本の元祖『金魂巻』のようなユーモアを持って受け入れることができるものではなかった。その中で,自分は「負け組」の方に行きかけていると思っている多くの人間に対して,“もっと悩め”,“もっと苦しめ”,そして“それを受け入れろ”と言っているのが『トーキングブルースVol.12~お経~』の舞台である。
 ここで古舘伊知郎は,“「生老病死」の思想を受け入れたら,お前たち,もう何も怖くないんだぜ”と言っているのである。そして世の中で右往左往する人間たちを何かとカテゴリー付けして商売を企んでいる広告代理店なんかに騙されるなよということも言っているのである。
 具体的には,クリスマスイブに料金の高いホテルを予約して,そこで恋人同士が過ごすというフレームをひとつの象徴として,とにかく若いうちは常に誰かと恋愛していなければならないという,ある種の恋愛市場主義経済というか,恋愛強迫神経症を煽り,金儲けを企んでいる輩がいるから気をつけろ。そんな輩の思惑に乗るなよ,というメッセージを送っている。実際のトークでは,実在の企業名も名指しで吊るしあげられているので,さすがにテレビではなかなか放送できる内容ではない。
 この舞台がどれだけすごいものであったのかというと,先日BS2のアーカイヴで放送された『詩のボクシング ねじめ正一VS谷川俊太郎』の遥か上を行くものとでも言えば分かるであろうか。『詩のボクシング』も言葉による実験的空間としてはそれなりに面白かったが,それは私小説という限定された空間とルールの中での微量な差異を破壊していく行為が現代詩としては少々面白かったのであって,その言葉の破壊力は古舘伊知郎の方が格段に上だと思ったのである。

 翻って,かつてこんなすごい舞台を踏んでいた古舘伊知郎の現在はどうであろうかと思って,普段は滅多に見ない日本の民放の番組を見てみた。
 私は余程の事がない限り,公共放送やニュースも含めて日本のテレビを見る習慣は今ではすっかり無くなったが,書斎のアーカイヴを整理している時にたまたまCS放送から録画した『トーキングブルース』のビデオを10年振りに見つけたことを契機に,現在の古舘伊知郎がキャスターをしているという『報道ステーション』なる番組を見て,その変わりぶりに言葉も出なかったのである。
 辛気臭い顔をしてぼそぼそと暗いニュースを読み上げる古舘伊知郎は,少なくても私が知っているかつての古舘伊知郎の姿ではない。トークの魔術師ともあろうものが,子供でも思いつくような与党閣僚に対する憎まれ口をきいたところで,そんなものは面白くも何ともない。メディアという看板をしょって発せられた言葉は残念ながらもはや権力の一角をなす言葉にすぎず,そこからはブルースという思想は生まれでてこない。
 しかもテレビという狭い箱の中に閉じ込められて手足をトリミングされ,まるで証明写真のようにフレームに収まっている古舘伊知郎の姿は,かつて京都の禅林寺で「生老病死」の思想をその独特のトークで説いた時の姿とはあまりにも違いすぎた。古舘伊知郎という一個人が伝わってこないのである

 しばしば,深夜に放送されて密かな愛好者を増やしつつあった番組が,ゴールデンタイムに進出したとたんにつまらなくなったり,ライブハウスで注目されていたお笑い芸人が,テレビのお笑い番組に出たとたんに面白くなくなることがある。これは放送作家やディレクターがテレビの視聴者をまったく信用をしていないか,あるいは,自分たちの方が能力の高い人間であると錯覚するあまり起こっていしまう特異な現象なのではないかと私は考える。古舘伊知郎がニュースを読み上げてコメントを入れる時に,例えば「格差社会」の問題などで『トーキングブルース』の時と同じような調子で,“「格差」はお前たち自身の問題だから,まずお前たち自身で考えろよ”“もっとお前たち自身で悩め,苦しめ”“生きていること自体が辛いことなんだから”などと言ったら,ここのところ神経が衰弱しきっている日本人にはきっと耐えられないと思っているのであろう。そこで,視聴者代表という曖昧な一人称にて,“政府の政策が悪い”“世の中は冷たい”と言わせることしかできないのであろう。
 しかし,古舘伊知郎という異才の語り部を知る者たちは,こんな暗い顔をして草食動物の檻に閉じ込められているような古舘伊知郎ではなく,ブルースの舞台に立つ言葉の格闘家として古舘伊知郎をそろそろ見たいのではないか。古舘伊知郎という異才が枯渇する前に,再び『トーキングブルース』という“戦いの大海原”へと戻ってきてくれることを願っている。私も含めてこの広大な実験的批評空間で,言葉の洪水に溺れるという快楽を一度でも味わった経験があるものにとっては,久しく飢餓状態が続いているのである。

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Kommentare

興味深く記事を読ませてもらいました。
私も「お経」はお気に入りです。

そしてトーキングブルースの復活を願ってます。

Verfasst von: お笑い原理主義 | 24. September 09 17:42 Uhr

お笑い原理主義様

トーキングブルースはやはり面白いですよね。
古舘伊知郎という異才がこの舞台に戻ってくるまで待ちましょう。
因みに私も「お経」が一番好きで,その次は哲学をテーマにしたものです。

Verfasst von: 井上リサ | 24. September 09 22:35 Uhr

前略   井上リサ 様

井上様の御意見に共感
致しました。

私も・・・
いつか古館伊知郎様の
「奇跡の話芸」を堪能
できる時を楽しみにして
います。

合唱おじさん    拝

Verfasst von: 合唱おじさん | 02. Dezember 10 12:20 Uhr

合唱おじさん 様
先日の「報道ステーション」で夜の紅葉中継が京都の禅林寺からという事で,トーキングブルースのイントロが少し流れたそうです。
早くこの舞台へ戻ってきて欲しいですね。
話芸として舞台という批評空間でやるならば,自民党批判も大いに結構。

Verfasst von: 井上リサ | 02. Dezember 10 14:01 Uhr

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