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01. Juli 09

【映画】 古波津 陽監督 『築城せよ!』

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 築城の夢を果たせなかった戦国武将がこの世に蘇り,過疎地に住む住民と一緒になってダンボールで城を建てるという馬鹿馬鹿しい物語。しかしその馬鹿馬鹿しさの中に,コメディの王道を行くような様式がたくさん仕掛けられており,それを江守徹と片岡愛之助という実力ある二大俳優が演じることで,泣きどころと笑いどころを外すことはない。
 この類の荒唐無稽な物語の場合,演じるものが真剣になるほどに,こちらはその虚構の世界に引き込まれていくものである。今からかなり前のことになるが,1983年に日生劇場で公演が行われた『アマデウス』では,江守徹が歌舞伎俳優の松本幸四郎とともに舞台に立った。この時から,江守徹というもともとは現代劇の役者が,実は歌舞伎俳優との相性も非常に良いことはわかっていたので,今回起用された片岡愛之助とのからみも安心して見ていられる。

 本作『築城せよ!』は,広告を打った東京FMでも,戦国エンターテインメントとして売り出していたが,むしろこれは,現在岐路に立たされている自治体行政を痛烈に風刺したものでもあり,今全国の自治体でブームとなっている,いわゆる「町興し」のヒントが随所に隠されているのである。それをRPGの隠しアイテムのように探しながら見るのもまた楽しいであろう。
 この映画を撮るにあたって全面協力した猿投町は,実は実名のまま物語の舞台になっており,愛知工業大学の学生らもエキストラで参加している。パンフレットをめくれば,愛知県・神田真秋知事,豊田市・鈴木公平市長,衆議院議員の平沢勝栄氏らが作品についてコメントを寄せるほどの熱の入れようで,まさに映画というスケールの大きな「町興し」広告を作ってしまったという感じである。
 中でも興味深いのは,この物語の核になる猿投町の設定である。猿投町は,実際には愛知県豊田市の中にあり,天然ラドンの素晴らしい温泉や,糖度の高い桃や梨などの特産品が名物の風光明媚な里山を擁する豊かな集落である。しかし映画の中では寂れた限界集落のような地区として登場する。
 このような場合,見ている人間からは明らかにどこの町を題材にしたか分かるような仕掛けを作りつつも,その町はあくまでも架空の町として登場させるという方法もある。それを見る我々も,そこで起こることは物語上の世界でのことであるというルールを結び,そこで広がる世界観を楽しむのである。文学においては筒井康隆が得意としたフォーマットであり,近年の映画では,ヒグチンスキー監督の『うずまき』に登場した「黒渦町」,デイヴィッド・リンチの『ツインピークス』の世界がそうだ。
 しかし猿投町のように,実在の場所をそのまま登場させる場合には,これとはまた異なった不思議な感覚が余韻として残るであろう。例えば,猿投町へ行ったことのない人間にとってはすでに映画の世界での猿投町が存在していて,その下にレイヤーとして実在の猿投町があるといった構造である。この多重構造から受ける感覚は,シミュラクルなフィクションとも違うし,実在の良く名の知れた都市が怪獣に壊される特撮映画とも異なる。また,地方都市といっても例えば熱海のようにすでにイメージが出来上がっている場所でもこのような感覚は呼び起こされないであろう。
 猿投町という空間が,里山と隣接する地方都市の総称を表し,その箱根ほどは観光地として知られていないという適度なマイナー性が,実際には行ったことのない場所なのに特異なリアリズムを生んでいるのである。それは,アサヒカメラのような写真誌に投稿される集落の風景を見て,日本人としての土着的な郷愁を感じるのにも似ている。例えば,パロディ作家のマッド・アマノや詩人の坂井のぶこも,しばしばこのような,「場」を意識した様式を使う。
 マッド・アマノは1995年に起こった阪神・淡路大震災を題材にした作品をいくつか制作していて,その中で,東京23区の地図の上に,地震で最も被害が大きかった神戸市の長田区,須磨区,東灘区の地図をトレースした作品がある。これは,他人事のようにテレビ画面越しに地震の映像を見ている東京都民に対する強烈なメッセージであろう。また詩人の坂井のぶこは,その長大な作品『有明戦記』を書くにあたり,作品の題材となった信州の有明地区はあえて一度も訪れず,その代り部屋一面に有明の地図を広げ,その中心に自分が立って創作のイメージを掘り下げていったのである。
 猿投町にレイヤーとして存在する多重構造からは,このようにフラットに距離が縮まったような不思議な感覚を受けるのである。
 
 物語のプロットは,戦国エンターテインメントの名の通り,基本的には後半の大仕掛けで一気に盛り上がる勧善懲悪な内容である。この中で,西松建設みたいな土建業者とずぶずぶで,利益誘導型の行政を推進するのが江守徹扮する猿投町町長の馬場虎兵衛である。時代劇に例えれば,まさに悪代官の役どころだ。そして彼を取り巻く地元業者が山吹色のお菓子を届けに来るお馴染みの“越後屋”といったところである。
 そもそも城を建てるという行為自体,原初的身体性に基づく力学を象徴しているのである。それは城に限らず,近,現代の巨大建造物から地方都市に建立される地元名士の銅像にいたるまで同様である。時として田中角栄や小沢一郎を象徴とする利権誘導型の前時代的な地方政治家が,橋やダムなどの公共施設を作りたがるのも,権力者に顕著に発現するその原初的身体性が欲望となって現れたかたちだ。別の言い方をすれば,世間ではこれを“男のロマン”ともいう。
 江守徹扮する馬場町長はまさにそのような人物であり,彼は自分の“城”として重文級の城跡のある場所に工場を建設しようとする。一方,かつてその場所で築城の夢破れて散っていった戦国武将・恩大寺隼人将が蘇り,双方が築城合戦を繰り広げるのである。この築城合戦で町民たちの心を捉えたのは工場という近代建築ではなく,戦国ロマンあふれる猿投城である。この城は,今や寂れてしまった猿投町の威信をかけた象徴的なものであり,それは町民の郷土愛に再び火を着けるようなものだ。

 現在わが国の地方都市には,この物語に登場する猿投町のような地方自治体が数多く存在する。高齢化と人口減少に加え,近隣の交通の便が良くなりすぎたために,そこにわざわざ立ち寄るものもいなくなり,文字通り“陸の孤島”となってしまったような場所である。このような自治体はかつて都会から人を呼ぶために,いわゆる“箱物”といわれる音楽ホールや観光博物館をこぞって建ててみたものの,数年でそっぽを向かれ,限界集落への道を進んでいったのである。
 これに懲りた自治体では,今度は東京の広告代理店のようなやり方でさまざまなイベントを仕掛けることで集客を図ったわけである。これには一定の集客効果と経済効果は確かにあったが,一律に東京的なそれらのものからは郷土性が失われていった。実はこのことこそが,地元住民の気持ちをいたく傷つけているのである。「町興し」ブームに乗じて起業塾から派遣された東京のアントレプレナーや広告代理店のマーケッターたちに,自分たちの住んでいる町のあれこれをダメ出しされて,町の人たちはプライドも何もずたずたである。
 そのうえ,これは物語の中での話だが,猿投町に伝わる猿投玉という伝統民芸品を,金にならないという理由で小バカにする役場職員までいる始末である。こういう無知で善良な役場の公務員こそ指弾されるべき存在であり,かつて新潟や岩手の辺境の地で郷土愛を醜く異形化させてしまった小沢一郎のような人間のほうがまだ正体がわかりやすい。
 このような愛憎まみれる猿投町で展開される築城合戦は住民をも巻き込んで大仕掛けのイベントと化していく。町の人々の身体を借りて現代に蘇った恩大寺は,城を完成させることで成仏できるのだ。それに対して自分の先祖が恩大寺と因縁深い馬場町長によって派遣された全国の城郭マニアたちが城を攻め落としに来るのである。ここが物語の一番のクライマックスシーンだが,まるでTVチャンピオンの職人みたいにダンボールのパーツから柱を作っていくところなども丁寧に描き込んでいるので,見ているこちらもカタルシスが頂点に達するシーンである。
 そしてこの合戦の中で,単なる土建屋町長だとばかり思っていた馬場町長に,実に人間的で暖かい一面が見えることがこの物語の救いになっている。自分の思いを貫徹させて,あの世に帰っていく恩大寺もまた,猿投町の人々に大きな置きみやげをしていくのである。

 近年,「町興し」の一環でフィルムコミッションに参加する自治体が増えてきたが,実在の町の名や風景までも架空の物語の中核に据えたこのような手法は実に斬新である。これはかつての箱物行政でもなく,また広告代理店のような東京的「町興し」でもない。そこに昔から住んでいる人々が,あらためて自分の郷土の歴史や伝統に目を向けて,そこで誇りを持って生きていくために作られた城なのである。
 猿投城はもちろん歴史的にも存在した痕跡もない架空の城である。いってみれば熱海城のようなものだ。学術的に城や城跡を定義した場合,歴史的に築城の事実があったものだけが「城」と呼ぶことを許される。それ以外のものは,見かけは城でも城のような造作物でしかない。しかしたとえそうであったとしても,猿投町の人々は,未来永劫にわたって記憶に残る城を建てたのである。わが国において長らく続いている戦国ブームのロマンの原点は,このようなものにあるかもしれない。
(2009年6月27日,かつて熱海城のことを“あれは城ではない”と言って小バカにしたことのある城郭マニアの友人と,新宿ピカデリーで鑑賞)

■『築城せよ!』公式サイト■
http://aitech.ac.jp/~tikujo/

■猿投町観光案内■
豊田市観光協会 
http://www.citytoyota-kankou-jp.org/
あいち豊田農業協同組合 http://www.ja-aichitoyota.com/

 
 

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