« 【雑誌】 『いとをかし』 の紹介 | Start | 【CS放送】 石破茂大臣,宇宙戦艦ヤマトを熱く語る(CS放送ファミリー劇場 『アニメ問わず語り』) »

16. Juli 09

【アート】 靖国神社の 「見世物小屋」(靖国神社みたままつり,7月13日~16日)

17_2

10

11

12

18

09_2

 東京の梅雨明けとともに靖国神社の毎年恒例の「みたままつり」が始まっている。おそらく私が知る限るでは,東京の神社で開催される夏祭りの中では一番規模が大きいものと思われる。
 もともとは戦没者供養のために行われていたものであるが,正面の大鳥居から拝殿にかけての参道にずらりと並ぶ夜店や,矢倉を建てた舞台で行われる盆踊りなどを見ていると,広く一般の来場者が楽しめる夏の祭りといった雰囲気で,会場も特に若い来場者たちで賑わっている。
 近年は夜店で並ぶ食べ物の種類も格段に増えて,広島,大阪,福岡などの各地の名物料理に加えて,タイ料理,トルコ料理,インド料理,中華料理まで店を連ね,宛ら幕張メッセ辺りで開催される「ふるさと見本市」のような様相を呈している。このような雰囲気の中,戦没者供養に来た方々が,故人の故郷の料理などを見つけた時には,感慨深い気持ちにさせられるのであろう。それを楽しんで食べている若いお客の姿もまた,「お盆」を迎えた一つの供養の形に映るのではないか。

 「みたままつり」のもうひとつの見所は,何と言っても「お化け屋敷」と「見世物小屋」である。
 正面の大鳥居から拝殿にかけての参道に並ぶ賑やかな夜店の脇にある薄暗い林の中に,何やらいかがわしい雰囲気のテント小屋が2つ並んでおり,そのテントの中からは,今にも床が抜けそうな勢いで人が走る音やカン高い悲鳴が断続的に聞こえてくる。テントの周囲は野次馬たちが取り囲み,怪しい興行師が“寄ってらっしゃい,見てらっしゃい”と客引きをやっている。これが靖国名物の「お化け屋敷」と「見世物小屋」である。
 テントの小屋に掲げられた看板には,まるでにっかつロマンポルノのようなエログロなタッチで奇形人間やらヘビ女やらの絵が描かれており,酒やつまみを手に持った野次馬たちが指差しながら興味深そうにそれを眺めている。
 その看板によく目をやると,看板の中二階に設けられたスリットの空間で,全身を金色に塗り立てた麿赤児みたいな人が,両頬に針金を刺したままゆっくりと行ったり来たりしているのである。つまり「阿佐ヶ谷七夕祭り」などでよく見る商店街の立体看板を生きた人間がやっているというわけだ。
 ここに展開されている世界は,明るく賑わう参道とは一線を画した「昭和の異界」という雰囲気に映る。

 「見世物小屋」のインパクトのある看板に魅せられたお客たちは入場料600円(子供400円)を払って,次々と怪しいテントの中に入っていく。ここの舞台に伝説の見世物小屋芸人・マメ山田が立つと聞いて駆けつけたお客も多いはずである。私もその一人である。
 中に入るとそこは昭和というよりは,むしろ江戸川乱歩や,あるいは実相寺昭雄が『シルバー假面』で描いたような大正デモクラシーの世界である。明治に独逸から流入してきた自然科学を始めとする様々な学問が,まだまだ大衆には懐疑的に映っていた時代である。その象徴がヴィルヘルム・レントゲンのX線などだ。この時代に初等教育で近代の自然科学や物理学に則した「理科」を学ぶ機会の無かった人たちの中には,X線で身体を撮影された人間は,寿命が縮むとか魂が抜き取られるといったまことしやかな噂を信じていた人々もいたわけである。だからこそ当時の「見世物小屋」には,そんな大衆心理を逆手に取った,今でいう疑似科学,偽装科学のような出し物が活き活きといきづいていたのである。
 靖国の「見世物小屋」も,そんな時代のアナログな仕掛けが人気の秘密である。「闇」が無くなった現代の帝都で,人々が密かに求めている「闇」の世界がここにあるのである。
 舞台の構造もいたってシンプルなものである。丸太で組まれた舞台には赤いテントが張られ,舞台の背面にある立て付けの悪い木の扉が開くたびに「キィキィ」と木の軋む音がする。天井には裸電球がともり,傾斜した桟敷席は足の踏み場もないほどにすし詰め状態の客でまみれている。そこで赤いスパンコールのスーツを着込んだ興行師がムチを振り上げて,次々と見世物小屋芸人たちを登場させるのである。
 この興行師の姿は,魅惑的なイカサマ師を舞台で演じる唐十郎の生き写しのようだ。このムチを振るう興行師によって舞台に登場させられた芸人たちは,所狭しと天井の梁から客席までの空間を動き回るのである。「ミシミシ」と音を立てながら天井から逆さ釣りになって振り子の様に揺れる身体は,今にもテント舞台そのものをも壊しそうな勢いである。
 しかし,テントというわずか数ミリの皮膜で覆われたこの空間は,一見すると脆弱そうな器官に見えるが実は驚くほどに弾力性のある子宮膣部や子宮体部のような堅牢にして適度に湿度の満たされた柔軟性のある空間である。1枚の大きな皮膜に覆われたこの空間では常設の小劇場よりもさらに舞台と客席との一体感が生まれるのである。この場合はむしろ一体感というよりは密着感といえるかもしれない。
 ここに集うお客たちも,こういった舞台の楽しみ方を知っているのだ。“イカサマ”興行師の放つはったりをかます口上に大喜びし,見世物小屋芸人たちを拍手喝采で迎えるのである。
 舞台背面の扉を開けて颯爽と登場する芸人たちは,テレビや常設の舞台ではけして見ることは出来ない芸人たちである。生きた蛇を噛み切るヘビ女や,“新宿の某医学研究施設から脱走してきた”という触れ込みのネコ・インフルエンザ患者,ドライアイスを喰うシベリアの野人,宇宙一小さい芸人・マメ山田といった魅惑の魑魅魍魎たちは,テレビ・スタジオの煌々と灯された明るい光の下で晒されて見るものではない。「見世物小屋」という神秘性,隠密性のある空間だからこそ面白いのである。
 本来はテレビ芸人たちも,こういう空間でこそ芸を磨けるチャンスなのであるが,現在のように芸人のプラベートにいたるまで洗いざらい暴かれてしまう状況では,芸人が本来持つべきカリスマ性や神秘性をテレビ芸人に求めるのはもはや無理なのである。テレビ番組の中で唯一,「見世物小屋」的な雰囲気を見せていたのは,土居まさるが司会をやっていた『TVジョッキー』の「奇人変人コーナー」であろう。あれはとことんバカバカしさだけを追究したものであるが,そのバカバカしさの中に,「教養」の名の下にかしこまっていた当時の公共放送に,アンチテーゼとして向けられたアナーキズムの原点があった。
 現代はむしろ,面白いものを見たいのならばテレビなんかを見ていてはダメで,自らの足で町を歩き回ることである。そこでたどりついた空間の一つがこの「見世物小屋」だ。
 ここではお客はどれだけ一緒になって虚構空間を楽しめるかで,入場料の元をとれるか否かが決まってくる。例えば“イカサマ”興行師が,「新宿の医学研究施設から脱走してきたネコ・インフルエンザ患者だよ!」,「近づくと感染するよ!」と言ったら,ここで体を大きくのけ反らせて盛大に驚かねば損をするのである。これは虚構空間において興行師と我々お客との間で取り引きされる暗黙のルールのようなものだ。つまり,心の中に箍としてある,いわゆるATフィールドのようなものを解除してこそ我々は,この「異界」で起きていることを楽しめるのである。

 「見世物小屋」の舞台は祭りの終了とともに撤収され,そこにはいつものように静寂な靖国の森が広がっていることであろう。我々が再びそこを歩く時,一瞬迷宮に迷い込んだあの時のことを思い出すに違いない。これが「見世物小屋」の楽しみ方だ。そして来年,またあの珠玉の異形たちに靖国で会えるかもしれない。

■靖国神社■
http://www.yasukuni.or.jp/


●見世物小屋の珠玉の芸人たち
「ネコ・インフルエンザ患者」

15
 “新宿のとある医学研究施設から脱走してきた”というまことしやかなふれこみ付きである。彼が登場するや否や,会場は悲鳴とともに爆笑で包まれた。彼の様相はまさに土方巽の『恐怖奇形人間』や,『ゴジラ対ヘドラ』の世界で展開されるサイケデリックな「病」を体現している。
 わけの分からぬ奇病というものは,洋の東西を問わず,様々な暗喩を生成してきた。古くはコレラやペストや麦角病が,『死の舞踏』の中で擬人化され,そして今回はこの「ネコ・インフルエンザ」である。これを見るかぎり,「奇病」と「奇形」は人間の恐怖の中で見事に符号する。子供の頃に,「病」や「病原体」が暗喩された怪人や怪獣が怖かったのも,建物の下敷きになったり,怪獣に火を吹かれたりするよりも,身体内部からその「病」に冒されるかもしれないという直接的な恐怖の方がリアリティに勝ったのである。
 この「ネコ・インフルエンザ患者」の登場で,客席にいる子供たちが泣き出したのも理解できる。体内でサイトカインストームが発動したかの様にのた打ち回る「ネコ・インフルエンザ患者」は,かつて私が幼少の頃,「青血病」(『マグマ大使』第17話~第20話),や「オレンジカビ病原体」(同,第49話・第50話)を見てトラウマとなったように,強く心に残るであろう。

「シベリアの野人」
07_2
08
 暗がりの舞台で突然天井から登場したのがこの怪人たちである。シベリアから連れてこられたらしいのでドライアイスが大好物。舌が特に発達しているようで,なんと扇風機の翼も舌で止められる。(良い子の皆さんは真似しないで下さい)
 天井の梁から逆さにぶら下がるこの怪人たちを見て,私は中学時代に,当時麿赤児夫人だったダダさんに招待されて観に行った麿赤児率いる「大駱駝艦」の『天賦典式―風さかしま』の舞台を思い出してしまった。

「火をあやつる台湾の怪人」
13
 火や蝋燭を自由に操る怪人である。そして「シベリアの野人」の天敵である。この設定は,片や冷凍怪獣,片や火炎怪獣の二大怪獣大暴れな感じで気に入った。“台湾の怪人”というところにも妙な説得力があるのである。今でこそアジアの近代国家になった台湾であるが,その国号が醸し出すかつての神秘性はまだ失われていない。あの川口浩探検隊ですら訪れたことがないような空白地帯がまだあるはずだと,余計な想像力を掻きたてられてしまった。

「ヘビ女小雪」
04
05
 見世物小屋界の女芸人スーパースター。生きたシマヘビをかじって食べてしまう。これはかつて土居まさるの『TVジョッキー』で,揚げたゴキブリを食べた猛者とも良い勝負だ。ヘビを噛み切る時に“プチッ”と音が客席に聞こえた瞬間,またしても子供の泣く声が聞こえたが,「見世物小屋」は「お化け屋敷」と並んで,子供が泣くぐらいでないと大人は楽しめないのである。しかもその大人たちだってどうなるかわからない。食べ残したヘビの欠片を客席に放り投げられた時には,老若男女入り混じって会場は大パニックになった。
 こういうところに,テレビのようないわゆる放送倫理規定の箍がない「見世物小屋」の魅惑的な暴力性が突然顔を出すのである。

「宇宙一小さいマジシャン・マメ山田」
01
 昔はマメ山田のような芸人は,小人プロレスでしばしば見かけることができた。ここに登場したマメ山田は見世物小屋界きってのプロのマジシャンである。お客への突っ込みも容赦ない。相手が子供であろうが手加減することはなく,次々と毒気のある突っ込みを入れていく。最前列を陣取っている若い女性客は「お前,さっきもいただろ。他に行くところ無いのか?」などと言われてしまう。また,マジックのアイテムとしてロールパンを持たされた子供には,「お前,それ喰うんじゃないぞ!」と絶妙の突っ込みを入れてくる。
 普段は必要以上に親に庇護されて暮らしている現代の子供たちにとっては,世の中にはこんな大人がいるのを知って新鮮な気持ちになるであろう。大人たちにしても,いつ自分に突っ込みが入るか気がきではならないような緊張感が,結果的にマメ山田の芸を見ることに集中するようになるのである。こういった空間を一人で作ってしまうマメ山田には,テレビスケールの演出家などもはや不要である。

●会場の様子
06
03_2
14

|

« 【雑誌】 『いとをかし』 の紹介 | Start | 【CS放送】 石破茂大臣,宇宙戦艦ヤマトを熱く語る(CS放送ファミリー劇場 『アニメ問わず語り』) »

アート」カテゴリの記事

スポーツ・身体表現」カテゴリの記事

Kommentare

井上様

はじまして、見世物愛好家&研究家の猫蔵と申します。
いいですねー、ネコ患者。
やっぱりこういう濃ゆいのが見たかった☆

なお今年も靖国では見世物小屋が登場いたしました。
秋の花園神社が毎年正統派の見世物の雰囲気をかたくなに守っているのに対し、毎年新しいアレンジを加えているみたまの見世物小屋は、昨年との違いにも要注目です。

Kommentiert von: 猫蔵 | 15. Juli 10 um 00:36 Uhr

Kommentar schreiben



(Wird nicht angezeigt.)




TrackBack

TrackBack-Adresse für diesen Eintrag:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/204825/45647154

Folgende Weblogs beziehen sich auf 【アート】 靖国神社の 「見世物小屋」(靖国神社みたままつり,7月13日~16日):

« 【雑誌】 『いとをかし』 の紹介 | Start | 【CS放送】 石破茂大臣,宇宙戦艦ヤマトを熱く語る(CS放送ファミリー劇場 『アニメ問わず語り』) »