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22. Juli 09

【海外ドラマ】 『メンタル:癒しのカルテ』#1「旋風を巻き起こす新任部長」(FOXチャンネル)

 海外ドラマチャンネルFOXで,精神医療の現場を描いた医療ドラマ『メンタル:癒しのカルテ』の放送が始まった。
 現在FOXで放送中の医療ドラマでは,破天荒な天才的臨床医を描いた『Dr.House』が人気であるが,『メンタル:癒しのカルテ』に登場するDr.ギャラガーは,理知的で少し嫌みの利いたDr.ハウスとは正反対の,行動的にして表に情感があふれる人柄である。しかし情感あふれるといっても日本の医療ドラマに顕著に見られるステレオタイプのいわゆる“熱血漢”の医師たちとは少々異なる。
 Dr.ギャラガーはたしかに行動的な医師だが,それはすべて精神医療における臨床学に基づく行動であり,患者の人生に深く静かに接する事でギャラガー自身のクリエイティヴな一面も引き出されていくのである。この部分の脚本の組み立ては実に丁寧である。ただ単に熱く拳を振り上げて,医療の理想を語る医師ばかりが“患者思いの医師”として多く描かれる日本の医療ドラマとは異なるところだ。
 
 放送第1回のエピソードは,ギャラガーが精神科部長として鳴り物入りでロスの総合病院に派遣されてくるところから始まる。そして診療初日からその常識を覆すような行動で現場は閉口してしまうのである。例えば彼は,裸で騒ぎ回る統合失調症患者と対面する際に,それを制止するどころか自分も患者の前で服を脱ぎ,裸になって一緒に騒ぎ回るのである。また,絵画療法をいやいやながらやらされている患者の部屋を覗き,それを辞めさせて庭に出してしまう。そして音楽がかかると患者たちが楽しそうに踊り出し,それを見た絵画療法の臨床心理士は怒り出してしまうといった具合である。
 またギャラガーは,診療において自分流を押し出すばかりではなく,病院内の制度改革にも注文を付ける。その一つが医師が集まるカンファレンスに患者も参加させろというものである。
 ギャラガーのこういった一連の行為は,ドラマ仕立てで演出された滅茶苦茶なものにも見えるが,実はこれは,かつてフランスのラボルド病院にいた精神分析学者フェリックス・ガタリが精神医療の制度改革で長い間試みてきたような事なのである。ガタリが求めたのは制度の中で「医師」-「患者」という硬直した関係を見直し,そこの空間にいるすべての人間が何らかの役割のある共同体の住人としてコラボレーションしていく関係を作ろうとしたわけである。
 例えば院内で開かれる文化祭のようなものは,医師も医師としてではなくスタッフとして参加するのだ。その中で絵心がある医師がもしいれば,患者と一緒に絵画展を開催するかもしれないし,あるいは文化祭の告知ポスターを医師自らが作成するかもしれない。そしてそれらは誰からか強制されて役割を与えられるものではなく,自分がやりたいと思うことを自主的にやるということである。
 ギャラガーの患者に対するアプローチを見ていると,非常にガタリ的な部分を感じるのはこのためである。

 ギャラガーにとっての第1番目の患者は,統合失調症の画家だ。この患者は症状を薬である程度抑制しながら施設に入所させられていた。しかし何度も脱走を繰り返すのでギャラガーの元に送られてきたのである。彼には兄弟がいるのだが,かつて弟を工具を振り回しながら追いかけたという前例があるので,家族の身に危険が及ぶことを警戒してか,どの兄弟も彼との同居を拒んでいる。
 施設の中でのこの患者の暮らしぶりは,軽作業に従事しながら,以前は創作活動も盛んに行っていた様子である。しかし最近はまったく作品が描けなくなってしまったことをギャラガーに打ち明ける。ギャラガーは,なぜこの画家が作品を描けなくなってしまったのかを探るため,カウンセリングを繰り返すのである。
 このカウンセリングでギャラガーが導き出した答えは,投薬をいったん中止することであった。統合失調症の抑制をしている薬を一時的にも切るということは多大なリスクを伴い,当然のことながら同僚の医療スタッフからも反対されるが,ギャラガーが独断でそれを行うのである。
 そして,患者の画家は,施設に入所して暮らすうちに,作品を描く気力がなくなってしまったことを打ち明けるのである。施設でおとなしく暮らしたり,あるいは黙って軽作業に従事することで,家族の気持ちを満足させようと考えているうちに,画家である自分の存在が無くなってしまったのである。制度の中で管理された空間で,病状は改善されたように見えるが,画家としての彼は,文字通り病んでいたのである。
 内科学の臨床では,「病」が癒えたということは,いかに定義されるのかでしばしば議論になる。例えば癌患者に対して積極的な治療を行い,癌は排除できたが大きな副作用や治療による後遺症が残ってしまい,以前のような社会生活が困難となってしまった場合,またあるいは,芸術家,役者,スポーツ選手といった特殊な技能と運動能力を必要とする職業の者が,以前と同じような活動ができなくなってしまった場合,果たして「病」は完全に癒えたと言えるのか,という問題が必ず浮上してくるのである。ゆえに現在の臨床では,インフォームド・コンセントによって,患者自らが治療方針を選択できるようになっているのである。
 だからこのような場合,例えば,体にダメージを与えてまで抗癌剤治療をやるよりも,緩和ケアによって癌と共存しながら予後のQOLを高めるという選択の可能性もある。
 ギャラガーが画家である患者に与えた選択肢はまさにこれで,家族や地域社会の理解を得ながら,この画家のQOLを高めていくことなのである。そして画家にとってのQOLは何かと言えば,芸術というものに生き甲斐を感じて,活き活きと創作活動に励むことなのである。

 わが国でも,「障害者自立支援法」が制定されてから,ギャラガーが体験したような事例がたくさん見受けられるようになってきた。と同時に,地域の中で特に精神疾患を抱えた患者が自律していくことの困難さも浮き彫りになっている。全米で『メンタル:癒しのカルテ』のこのエピソードが放送されるや否や,いろいろと議論が巻き起こったのも,精神医療を取り巻く現場の困難さは,欧米社会でもわが国でも同じということなのである。

 『メンタル:癒しのカルテ』は,全13話で構成された1話完結のドラマである。毎回ギャラガーのもとには,様々な背景を持った患者たちが訪れる。それを彼は,これまでの精神医療のセオリーではちょっとあり得ないような方法も駆使して,患者の心の闇へと降りていくところがたいへんに興味深い作品である。

『メンタル:癒しのカルテ』
毎週火曜日 夜10:00~11:00 FOXチャンネル

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