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09. Juni 09

【映画】 『宇宙戦艦ヤマト』 復活篇,今度の敵は国連軍だ

 今年12月に公開予定の『宇宙戦艦ヤマト』復活篇は,「特報」というかたちでPVを公開するなど,少しずつその全容が明らかになってきた。プロットの骨子の部分は,以前に「胎動編」というヤマト新作のコンセプト設計を追った短いドキュメンタリーで公開されたものをそのまま踏襲している。すなわち今度の物語は,地球に移動型のブラックホールが接近したために,人類は他の惑星へ移住することを決断し,大移民団で航海に出るというものだ。そこに,人類の移住を快く思わない勢力が登場して,地球と戦争になるわけである。
 ヤマトには毎回様々な国家が敵国として登場してきた。それはどれもこれもインパクトの強いものであり,登場キャラクターやそのテーマ音楽もアニメ史上に残るような秀逸なものが多い。そしてこの敵国は,実在の特定国家を何らかのかたちでイメージさせるような演出がなされている。
 例えば,第1作に登場するガミラス帝国は,あきらかにドイツ第三帝国を連想させられる。この国家は一度滅びた後,今度はガルマン=ガミラスという新興国家として復興をするわけだが,この名前を見ても,遠い地球の歴史の中に存在したゲルマン民族と同根のものを感じるのである。もちろんこれは私個人の想像の域をでないが,次に登場した白色彗星帝国ガトランティスは,プロデューサーの西崎義展がしばしばコメントしているとおり,あれは米帝そのものである。日本人から見たら(いや,私の友人のアメリカ人までそのように指摘したが),あの渦を巻いたガス雲で覆われたガトランティスは,まさに原子爆弾を想起させるようなもので,その中から登場した巨大な高層ビルが立ち並ぶ都市国家の姿は,まさしくニューヨークの夜空に浮かぶ摩天楼である。
 ヤマトの一連の物語のコンセプトを,宇宙を太平洋の海に例えた宇宙空間で展開される太平洋戦争と理解するならば,このような仮想敵国の設定は現実味を増すのである。これは,西崎義展が年代的にもいわゆる戦中派の中に含まれることをみても,納得せざるを得ない。
 そして今度の敵は,SUS国家連合という非常に規模が大きい星間国家連合である。SUSと聞いて,一瞬スタートレックの惑星連合USSを連想したが,この「復活篇」に西崎義展の名がクレジットとして明記されていることを考えると,このSUS,すなわちスーパー・ユナイテッド・スターという星間国家連合は,明らかに国連軍をイメージしたものであるといえる。ユナイテッド・スターはまさに“ユナイテッド・ネイション”=UNに他ならない。

 私は在欧中に,国連職員の友人たちとも親しくする機会が多かったが,不思議なことに,G8に含まれない途上国の友人たちほど,国連に対して必要以上の期待を寄せていて,国連で仕事をすることに夢や誇りを持っているのである。私のように日・独・英の西側言語を使い,西側諸国に生まれ育ったものにとって,国連というもはや形骸化された埃まみれの組織に,なぜにそんなに期待を寄せるのかまったく理解ができなかったのだ。
 国連とはもともと戦時中の国際連合をそのまま引き継いだような組織であり,先の大戦の戦勝国で常任理事国が固められている。日本は憲法9条が足枷となって他の先進加盟国ほどはいろいろなことを協力できないでいる。しかし経済支援や復興支援などでは大きな貢献をしている。それでも国連における日本の地位は依然として低く,国際的評価もあまりされていない。
 麻生太郎の著書『とてつもない日本』の中には,自衛隊の給水車などに「キャプテン翼」の絵が付いていて,それが日本のものであると途上国の子どもたちにもすぐに分かるので喜ばれている,というようなエピソードが書かれていた。しかしそれでも戦時中に指定された敵国条項はまだそのまま残っており,今もって日本は国連から理不尽な扱いを受けているというのが,私がいろいろな国に滞在中に強く感じた正直な印象である。
 それにもかかわらず,日本でも「国連」と名の付く物は何かと有り難がり,それがステイタスになっていることにも違和感を覚えるのだ。
 このような思いにかられたときに,私はある2つの作品を思い出した。一つは,現代美術作家の柳幸典の国連旗のインスタレーション作品と,もう一つは,詩人で格闘家のアントニオ猪木の第一詩集『馬鹿になれ』(角川書店)に採録されてる「生き地獄」という詩である。
 柳幸典の作品は,私も出品した現代美術の国際展『人間の条件』展(1994年,青山スパイラル)に出品されたもので,国連旗を染め抜いたインスタレーションである。われわれがいつも見慣れている国連旗は北半球側から地球を見た地図であるが,柳幸典が染め抜いた国連旗は,南半球側から地球を見た地図になっている。つまり,国連というものが,所詮,北半球諸国の資本主義によって貧しい南半球の途上国を搾取してきたにすぎないといわんばかりの作品だ。そして世界を裏側から見ているのである。

 猪木の詩ではこのようなフレーズがでてくる。

 「ぼろぼろと どこへ行くのか悲しい荷物」

 これが「生き地獄」の冒頭である。そして読み進むうちに,これが一体何の荷物なのかわかってくるのである。

 「ソマリアの暑い太陽は
 容赦なく大地を焦がし
 水分の最後の一滴まで奪い取っていく
 小さな肉体が白い布に包まれて
 まるで荷物のように
 ぼろぼろと 無造作に運び去られる」

 これを読んでわかるとおり,冒頭で猪木が“荷物”と言っていたのは,実はソマリアで死んだ子どもの遺体のことだ。これが国連職員によって白い布に包まれて,まるで“荷物”のように撤収されていく様子を表しているのである。
 この詩集のあとがきで,詩人の百瀬博教もこの作品を取り上げているが,国連職員にとってはこれは「死の日常」にすぎないのだが,猪木の目からみた場合,あまりにも遺体の扱いがぞんざいだったのであろう。西側の論理でいくら調停に入っても,国連は常に無力であることを物語っている詩なのでる。
 ヤマトのプロデューサーの西崎義展も,どことなく国連というものの存在に欺瞞さを感じているのではないかと思ってしまうのは,冒頭で述べたとおり白色彗星帝国の都市国家がニューヨークの摩天楼を暗喩しているからである。このメタ構造の中で,SUS国家連合が,当然のことながら国連軍に見えてしまうのは,私の考えすぎであろうか。

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