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24. Juni 09

【書評】 三橋貴明著 『新世紀のビッグブラザーへ』(PHP研究所)

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 そう遠くはない未来の日本に,国家解体と日本人弾圧を合法的に企てる「民主人権党」なる独裁政党が反日連邦の傀儡として台頭し,それによって“第三市民”(いわゆる植民地時代で言う三等市民のこと)にまで地位が転落した日本国民の若者が,様々な弾圧を受けながらも抵抗して戦いぬいていく物語である。
 日夜いわれなき弾圧に苦しむ若者たちが暮らすこの社会は,「大アジア人権主義市民連邦」によって分割統治され,「人権警察」や「九条教」なるカルト教団が跋扈するような,まことにおぞましい世界である。実在の時事をトレースしたようなその刺激的な内容は,文科省ならぬ,まさに,「ショッカー日本支部推薦図書」といったところだ。

 著者の三橋貴明は,中小企業診断士という肩書を持つ異色の作家である。
 近年,医療小説,経済小説といわれる類の小説の作家は,もともとこれらの業界に属していた人間にたまたま文才があって,現代小説や社会評論の世界へと転身したケースも多々見受けられる。著者の三橋貴明もそのうちの一人であろう。普段は冷徹な数字のデータを提示し,論拠もなくイデオロギーだけを振りかざす文系御用学者たちを片っ端から粉砕するような痛快な経済専門書を数多く書いている。
 ネットとのメディアミックスで生まれた三橋の作品などをみていると,昔の昭和風情の現代小説の作家たちが,自分の門外漢のジャンルに手を出す時には,取材だけでも相当の年数の時間をかけていた時代が何か懐かしいような気がする。これができたのは多分にその時代に流れている時間のスピードが現在とは大きく異なったのと,そして,いわゆる“有識者”と言われる文化人や記者だけが「言葉」と「文字」を特権的に扱うことができた時代の,選民的ジャーナリズムが君臨していたからだとも言えるのである。
 それに対して現在では,旧態依然たるマスメディアやジャーナリズムが特権的に保守していた権威というものはすでに崩れつつある。その原因は言うまでもなくネットという新たなメディアが台頭してきたことに加え,そのネットを既存メディアに対するカウンター・ツールとして使いこなし,メディア・リテラシーを獲得することの必要性に気がつきだした国民が増えてきているからである。
 ひと昔前までは,新聞やテレビの言うことが間違っていると疑うものはいなかったのであろう。情報の一方的な「受け手」にすぎなかった国民は,社会に相対化された権威などまったく持ち合わせていなかった。あるいは情報の発信側,つまりメディア側も,「受け手」にすぎない国民のことなどこの程度にしか思っていなかったともいえる。しかしこの感覚こそがナンセンスであった。彼らが言う“愚民”よりもパラダイム・シフトに乗り遅れたマスメディアは,完全に,三橋貴明が言うところの“レガシーメディア”として取り残されたのである。
 反対に我々は,このような状況の中でネットというメディアが台頭してきたことで,マスメディア側から編集権を行使して投げられた情報を,今度は第一次ソースをもとに「受け手」側が情報の精査と並列化を行うスキルを手に入れたのである。これは新聞・テレビといった旧来のメディアにしてみれば,非常に脅威なことである。

 長い歴史を紐解けば,いつの時代にも翼賛的なメディアは存在していた。その時それらの勢力と常に闘ってきたのは,アヴァンギャルド=<前衛>の位置にいた言論人や芸術家たちなのである。それは過去の歴史の中だけの話ではない。三橋貴明も,この作品を書くにあたっては,ジョージ・オーウェルの『1984』へのオマージュを込めていると告白している。
 そして,本作品 『新世紀のビッグブラザーへ』の中では,そのアヴァンギャルドの役割は,ススムという一人の日本人青年が担うこととなる。
 三橋貴明が今回加筆して書き下ろしたこの作品は,単に近未来のエンターテインメント小説という域に収まるだけではなく,マスメディアやジャーナリズムのあり方,「政治」と「情報」の関わり方といった実に今日的なテーマを内包している作品なのである。

●ビッグブラザーとは何者か?
 タイトルになっている“ビッグブラザー”とは一体何者なのか。米語のくだけた言い回しでは,マフィアのボスを表すことが多い。広義の意味では絶大な権力者のことである。
 『新世紀のビッグブラザーへ』の中では,なかなか正体を現さないビッグブラザーの威を借りて,「民主人権党」なる独裁政党が日本に誕生する。
 この「民主人権党」の醜悪さといったら,さながら『20世紀少年』に登場する「友だち民主党」をも彷彿とさせる。
 「民主人権党」は,「人権擁護法案」,「外国人参政権」,「東アジア共同体」,「無防備都市宣言」,「沖縄一国二制度」といった,人間の倫理や良心に情動的に働きかけるような文言で埋め尽くされたマニフェストを掲げ,新聞やテレビでしか情報源を得る事が出来ない情報弱者の国民の中に,まるで癌が血管新生で領土を拡大していくかのごとく浸潤していくのである。
 「民主人権党」のやり口にどこか暗黒臭漂う懐かしさを感じるのは,これはわが国特撮ヒーロー文化が連綿と紡いできた歴史の中で,まさに悪の組織として輝いていたショッカー(『仮面ライダー』),死ね死ね団(『愛の戦士レインボーマン』,ヤプール(『ウルトラマンA』)などとそっくりだからなのである。
 これらの悪の組織は,女,子供,病者などを手玉に取り,工作活動を仕掛けるのが得意である。例えば,「○○基地の場所を教えれば,お前をショッカー少年隊のリーダーにしてやるよ」,「うちの組織に入れば誰にも負けない無敵な体を与えてやるよ」,「テストで100点取らせてやるよ」という具合にである。
 「民主人権党」とはまさに,「選挙でわが党を応援すれば,外国人の君にも選挙権をやるよ」,「女性が結婚をしなくても,もっと楽して遊んで暮らせるイケイケな法案をつくるよ」,「財源なんて後から適当に考えるから今は心配するな」などと口当たりの良いことを言って,ウイルスのように国民の中に浸潤してくるような独裁政党である。
 しかしここで考えてみてほしい。あのショッカーをはじめとする悪の組織に騙された人たちはどうなったのかというと,結局は勢力拡大のための捨て駒に使われただけである。ショッカーが国民のために約束を守ったためしなどない。少年少女時代にこれらの物語を見た子どもたちは,自分の夢というのは,結局は自分の力で成し遂げるしかないのだ,ということを学習したはずである。そして弱者たる人たちの心の隙に入り込んで日本を侵略しようとしたブラックスターのブラック指令(『ウルトラマンレオ』)は,“自分たちの未来は自分たちで守ろう!”と悟った子どもたちの手で倒されたではないか。本来はこれこそが健全な世の中であるはずなのだが,大人になると,どうやら歴戦のヒーローたちが身を呈してわれわれに送ってくれたありがたいメッセージをすっかり忘れてしまっているようだ。この平和ボケした日本国民が「民主人権党」なる翼賛的な独裁政党の餌食なるのは納得できるのだ。

●「民主人権党」は,異形化したショッカーである
 いわゆる歴代の悪の組織や侵略者たちが行ってきた工作戦術の中で,特に秀逸と思われるのは,地球人同士の中に猜疑心を芽生えさせ,お互いが争い合うように仕向けることである。それをやったのがメトロン星人(『ウルトラセブン』)だ。メトロン星人の場合は,個人の人間関係における工作活動をしたわけであるが,この他にも,国家に向けた大規模な工作戦術を試みた侵略者や悪の組織もたくさんいる。
 ショッカーなどの秘密結社や,ヤプールなどの宇宙からの侵略者たちは,国家や防衛隊に対して国民が憎悪を抱くような工作をたびたび仕掛けている。
 例えば,数多のヒーロー作品で見られるニセモノのヒーローの存在がそうである。ニセモノのヒーローに町を破壊させたりする姿をメディアを通して国民に晒し,“実はあいつは悪いヤツだ”というプロパガンダを仕掛けるのである。さらに高等な戦術になると,ゴリ博士(『スペクトルマン』)のように公害をまき散らす怪獣を日本に送り込み,公害で苦しむ国民に対して無策な日本政府の姿を露呈させ,国民の憎悪を次第に日本政府に向けさせることも可能なのである。
 特撮ヒーロー番組の中でも非常に社会性が強いことで強烈に脳裏に残る『コンドールマン』に登場したキングモンスターは,公害だけではなく,アラブのオイルマネーや政治家の食肉利権をも利用して,日本を乗っ取ろうとした。『超人機メタルダー』に登場した桐原コンツェルンのゴッドネロスに至っては,『ハゲタカ』の鷲津もびっくりな地下銀行で世界の為替と株価をコントロールしていたのである。
 いずれもこれは特撮ヒーローの子供向け番組の中での出来事であり,われわれはその馬鹿馬鹿しさを笑って見ていられるが,実はこれらの悪の組織の方法論を周到に実行すれば,平和ボケした現代の日本国民など簡単に工作できるかもしれないから恐ろしいのである。
 その際最初にやることは新聞,テレビのメディアを懐柔することである。そして毎日毎日国民が暗い気持ちになるような悪いニュースばかりをエキセントリックに流し,今の世の中が何となくだが悪い時代であるかと思わせるような世論を形成していくのである。そうすると国民の不満や憎悪は必然的に政府与党に刃のように向い,悪いことが起これば何でも政府与党や国のリーダーのせいにするようになる。そして,日本のことを悪く言うことで自称“インテリ”のキャラを立ててきた御用学者たちをコメンテーターとしてテレビスタジオの雛壇に並べ,朝から晩までありとあらゆる日本の悪口を言わせるのである。
 このような電波を毎日浴びせられた国民の多くは,日本人としての尊厳を次第に失い,だんだんと日本という国が嫌いになっていくだろう。それに追い打ちをかけるように,本来は国民に伝えなければならないことまで,“報道しない自由”を盾にとり,メディアは正しい情報を遮断してしまえばいいのである。
 そこで,我らが「民主人権党」の出番である。我らが“ヒーロー”「民主人権党」が燦然と輝くマニフェストを掲げ,例えば,“政権交代をすれば株価3倍”,“政権交代すれば癌も治る”,“政権交代すればベイスターズ優勝!”などと実現不可能な空手形を国民に切り,懐柔していけばいいのである。しかも尚且つ国民にとって不幸なのは,『新世紀のビッグブラザーへ』の世界では,このショッカーみたいな「民主人権党」と戦ってくれるヒーローや防衛隊もいないので,まさに「民主人権党」の思いのままだ。
 実際に,「イントラネット大アジア」というネット遮断システムで情報封鎖された第三地域(旧日本国)に隔離された第三市民(旧日本国民)は,「民主人権党」によって完全に管理されてしまったのである。

 この戦後60余年の間に,日本という身体の筋層に潜り込んで根を張っていた巨大な腫瘍の塊が,腐臭漂う分泌液を垂れ流しながら国民の前に姿を現したのが「民主人権党」である。その姿はあまりにも醜い。少なくてもショッカーにはショッカーなりの「悪の美学」や「悪の仁義」があったはずだが,「民主人権党」は,確固たる形も成さず,ただただ増殖を続けるだけの癌細胞のようである。しかも「民主人権党」の始末におえないのは,“民主”や“人権”という良心的な言葉で正体を偽装しているところだ。第四代「民主人権党」党首ハトカワは,“友愛”などという言葉を巧みに操り,第三市民を懐柔したのである。
 この点については,ショッカーやデストロン(『仮面ライダーV3』)といった悪の組織は,見るからに悪の組織と分かるような名称がついていたりして,堂々としていてまだ気持ちがいい。自然界において,猛毒を持った昆虫や爬虫類が極彩色の姿を見せることによって,“オレたちは危ないぞ”と警告を発しているのと同じだ。
 しかし「民主人権党」ときたら,そんなそぶりもまるで見せないので,最初は美味しそうなカレーだと思って一口食べたら,実はウンコだったという最悪なケースになるのである。
 「民主人権党」が掲げるマニフェストも実に胡散臭いものばかりである。どれもこれも,女,子供,病者といった社会的弱者の琴線に触れるようなものなのだが,その中で,例えば「女性差別禁止」と今の日本で言われても,女性の私ですらリアリティがない。
 私事で恐縮であるが,私はこれまで仕事や学問や,その他世間のコミュニティの中において,女性だからという理由で差別されたことは一度たりともない。自分の力不足で達成できなかったことはたくさんあるが,それは女性だから出来なかったのではなく,単にその時の自分自身の実力が足りなかっただけである。ましてそれは,社会のせいでもなく,政府の政策のせいでもなく,もちろん悪の帝国・読売巨人軍のせいでもなければ自民党のせいでもない。すべて自分の実力不足である。人間誰しもこれを認めるのは辛いもので,この辛い気持ち,悔しい気持ちで悶々としている時に,「民主人権党」のような翼賛政党が現れたならば,一気にそちらになびくであろう。これはどうしようもないポピュリズムたる「病」に冒されている日本の末期症状を暗喩しているのである。

●巨大イントラネットで展開される終端抵抗と有機端末との闘い
 「大アジア人権主義市民連邦」に統治された第三地域は,バーティカル・フィルタリングによって外部からの情報が全てターミネートされている。いわば末梢血管が壊死して多臓器不全を起こしているような状態である。そのまま放置すればやがて腐敗するであろう。こんな恒常的に循環不全を起こしたような世界に住んでいる第三地域の住民だけは,デモも集会も容易ではない。ネットというツールを取り上げられた彼らは,お互いの信頼の上に成り立っていたコミュミティも失ったのである。
 青空すらも,作り物の「美」に見えてしまうこの殺伐とした世界は,円盤生物来襲後の地球(『ウルトラマンレオ』後期シリーズ)にもそっくりなのである。この時ブラック指令は,直ちにみさかいなく町を壊すのではなく,防衛隊基地や,市民と防衛隊員の交流の場であった市民スポーツクラブを全滅させることで,市民からコミュニティを奪ったのである。「大アジア人権主義市民連邦」がやろうとしたことがまさにこれで,ウェブ上のコミュニティを失った第三市民たちは,一人一人が単なるばらけた点でしかなくなったのである。
 青空から射す光を見て,まるでテタノスパスミンに冒された破傷風患者のように発狂しかけるススムの姿は,究極の孤独を前に,初めて「死」というもののリアリティを感じた時に表れる裸体としての人間の姿である。しかし別の言い方をすれば,まだその行動できる「身体」がある限り,われわれ自身が終端抵抗に対抗するべく有機端末となり得るのである。そしてその,有機端末たる人間の身体の耐用年数は有限であるが,可能性は無限なのである。それには第三市民一人一人が行動を起こさねばなるまい。これは,今の世の中にも大いに言えることなのである。

 この物語のラストを読んで,これをバッドエンドととらえるか否かは人それぞれである。
 少なくても私は,ラストで青空のもと一歩ずつ歩くことを決意したススムの姿に,たった一人で何千匹ものギャオスと戦いを挑むガメラが空に向かって咆哮を轟かせた『ガメラ3-邪神イリス覚醒』(金子修介監督)のエンディングを思い出してしまったのである。

(余談であるが,「民主人権党」のやり口や,メディアを使った世論誘導の方法論が手に取る様に分かってしまう私こそ,スガ・イチロウやハトカワなんかよりも「民主人権党」初代党首に相応しいのではないかと思った次第である。)

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Kommentare

三橋さんのところで紹介されていたので、辿ってきました。

かなり読み応えのある素晴らしい感想文で、とても良かったです。
三橋さんの著書やブログ、多数のブロガーさま取り上げる内容を見て、少しでも、この後の日本の未来を憂える人が増えてくれたらなと思う今日この頃です。

かく言う自分は、感想文を書くよりも先に、友人に有無を言わさず突きつけてきてしまいましたとさ(^^;

初書き込み、失礼しました。

Verfasst von: Joker | 06. Juli 09 23:51 Uhr

Joker 様

この物語は時事をベースにしたシミュラフィクションとして読んでも面白いですし,読み手によっては一見すると救いようのない不条理小説とも受け取れると思います。
その中で私は,ショッカーを一つの系譜とする悪の組織論として情報と政治の問題をクリティークしてみました。
いずれにしても,この作品の根底に流れているテーマとは,「世の中を変えるには自分で考え,自分で行動しろ」ということだと思います。
そして「行動した結果自分に起こったことは,甘んじて受け入れろ」ということです。これが本当の自己責任というものであり,人間はこのように行動することによって,初めて自主独立の「自由」=即ち,≪アンデパンダン≫というものを獲得できるということです。
そしてこのような行為こそ,基本的人権で守られなければならないと私は考えます。
与えてもらってばかり,求めるばかりの日本人はいつまでも甘ったれるな,という強い作者のメッセージが伝わってきますね。

先日,町興しのイベントである地方都市の農家を訪ねたのですが,そこの農家の方がすごく良いことをおっしゃっていました。
昨今の妙な“癒しブーム”を指して
「日本人は今までさんざん“癒し”の時間をもらったのだから,今度はそこで貯めた力を使って,お国のために耕していきましょうや」

ススムがラストシーンでとった行動は,文字通り,たった一人で日本をもう一度耕していく行為だとも思います。
現実にも,日々の生活の中でこのような意識を持っている人たちがいるということは,日本もまだまだ捨てたものではないですね。

Verfasst von: 井上リサ | 07. Juli 09 01:08 Uhr

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Verfasst von: スーパーコピー エルメス バングル amazon | 06. Juni 19 07:36 Uhr

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