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Juni 2009

30. Juni 09

【演奏会】 東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会 『金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界』(2009.6.28,ティアラこうとう)

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 2009年6月28日に,わが国では前代未聞といっても過言ではないほどの実験的な演奏会が開かれた。この演奏会を行ったのは,金管楽器のアンサンブルで現代吹奏楽の様々な実験的な試みをしている東京ブラスソサエティである。
 今回の演奏会でプログラムとして取り上げられたのは,吹奏楽コンクール経験者には非常に馴染みの深いスウェアリンジェンの楽曲である。第1部と第2部で構成されたプログラムは,いずれも全曲スウェアリンジェンの作品であり,おそらくこのような試みは最初で最後であろう。

 スウェアリンジェンは,アメリカの現代吹奏楽の著名な作曲家で,吹奏楽の普及のためにかつて日本にも来日したことがあるほどに,親しまれている作曲家である。その楽曲の多くは「急-緩-急」を基本とする複合三部形式で,中でも“スウェアリンジェン節”と言われるほどに中間部のハーモニーが美しいのが特徴である。そして総じて明朗かつ華やかで,大編成バンド向けなのである。毎年行われる吹奏楽コンクールでは自由曲に彼の華やかな,言ってみればコンクール栄えする楽曲を選ぶバンドも多いと聞く。
 今回はその華やかなスウェアリンジェンの曲を,彼と個人的に親交の深い作曲家の戸田顕が英国スタイルの金管アンサンブル用に編曲をして,全13曲が演奏された。冒頭で“実験的”と書いたのは,まさにこの試みのことなのである。
 吹奏楽は通常,木管楽器,金管楽器,打楽器で編成される。管弦楽と異なり弦楽器が欠けるので,その分,管楽器による様々な音色の違いで色彩を作り,奥行の深いオーケストレーションにしていくことが必要なのである。その中から木管楽器を省くということはつまり,フルート,オーボエ,クラリネット,サックスといった実に多彩な音色を持っている楽器群を編成から全て省くことを意味し,編曲にあたった戸田顕も,大編成用に書かれた楽曲を,どうやって金管バンドのアンサンブルで色彩や奥行きを豊かなものにしていくのかで相当の苦労をしたことを語っている。
 具体的には,フルートやオーボエなどの特徴的な楽器のパートを金管でリライトする時に,どの楽器に割り振るのか,そして音の高さはどうかなどといったことで困難を極めたそうである。ましてやスウェアリンジェンという吹奏楽の中で非常に著名な作曲家の作品であることに加えて,多くの吹奏楽ファンが大編成のウインドオーケストラで聴き慣れているといった状況の中で,果たして金管アンサンブルだけでスウェアリンジェンの世界が作れるのか否かということである。
 この点について指揮者の山本武雄は,実に明快な解説をしてくれた。普段大編成で聴いている楽曲は色彩豊かな絵画だとすると,編成が限定された金管バンドによるアンサンブルは,いわば墨絵,水墨画のようなものとして楽しんでいただきたいということだそうだ。つまりどういう事かというと,金管バンドとはまさにモノクロームのデッサンであるわけだが,そこに色がまったく存在しないというのではなく,墨絵や水墨画もそうであるように,そのモノクロームの空間から色彩や質感を想像して欲しいということなのである。私はこのコメントを聞いた時,あの明朗で華やかで,いかにもハッピーエンドのハリウッド映画のような快活さをもったスウェアリンジェンの作品を,このように解釈して演奏することが可能なのかと,感動を覚えるとともに,非常に新鮮な気持ちに駆り立てられたのである。
 東京ブラスソサエティは,楽団名のソサエティが示すとおり,単なる演奏会というのではなく,教育的,および研究的要素からも吹奏楽の楽しみや奥深さなどをアプローチしている。この日も1曲演奏されるごとに指揮者の山本武雄の楽曲解説が入り,どんな意図で演奏されているのか,そしてこの楽団が,いかに実験的で困難な試みをしているのかが非常に良く伝わってくる。
 現代音楽の演奏会では,作曲家自らが楽曲解説だけで相当の時間をかけることは多々あるが,吹奏楽の演奏会でこのような試みを見たのは今回が初めてである。満員の客席を見渡せば,学生の姿も散見され,7月から8月にかけて行われる全日本吹奏楽コンクールに向けての研究で来ているということもわかるのである。こんな吹奏楽演奏家に向けてのメッセージであろうか,山本武雄の語りからは時折,吹奏楽の世界で偏見のもとで誤って認識されている事柄についての問題提起のようなものも感じられた。

 山本武雄の語りで面白かったのは,「皆さん,もうお腹一杯ですか?(スウェアリンジェンの曲ばかりで(笑))」,「第二部も全部スウェアリンジェンです」,「今日はスウェアリンジェンしかやりません」というものである。このコメントを聞くたびに観客たちは大きな笑いとともに拍手をする。これはどういうことかというと,スウェアリンジェンという作曲家が,なんとなくインテリ層の偏見により,評価の低い作曲家とされてきた経緯があり,そのことに大きな違和感を覚えていた客たちが,山本の伝えたいことに共感したということである。
 そして山本武雄は,「世の中には,“スウェアリンジェンは教育的な作曲家だから名曲は作れない。”,“ベートーベンとスウェアリンジェンを同列に語るな”なんて言う人がいるが,自分はそうは思わない」,さらに「ベートーベンを演奏したから格調が高い演奏会で,スウェアリンジェンはレベルが低いなどと思うのは間違いで,どんな楽曲でもそれをどのように解釈して演奏したかが大事である」とまで言ったのである。この言葉に私はまったくもって異論はない。
 今回,スウェアリンジェンの作品だけでプログラムを組んだという試みは,単に技術的な試みにとどまらず,吹奏楽界において根強く蔓延するつまらない偏見に対する大いなるクリティークなのである。山本武雄の言葉からにじみ出てくるスウェアリンジェンという作曲家に対する愛情と敬意あるれる態度は,満員の観客にも共感を得た。このような一体感のある演奏会は久しく聴いていない。そして,全曲スウェアリンジェンの演奏会などというものは,今後再び聴く機会はなかなかないであろう。
 またいつかこのような演奏会が開かれた時には,演奏会の冒頭でぜひ「全国1億2000万人のスウェアリンジェン・ファンの皆様こんにちは!」と言って欲しいのである。

 尚,今回は全曲スウェアリンジェンの演奏会ということで,アンコールの楽曲は用意されていなかった。しかし席を立たずに拍手を続ける観客に応えるかたちで,『ロマネスク』が再び演奏された。

■演奏曲目
(第一部)
シルバークレスト
狂詩曲ノヴェナ
河ながれるところ
センチュリア
レット・ザ・スピリット・ソア
語りつがれる栄光
勝利の時

(第二部)
管楽器と打楽器の為のセレブレーション
ロマネスク
インヴィクタ序曲
新しい日が明ける
栄光のすべてに
不滅の光

■井上リサによるスウェアリンジェン関連記事
【演奏会案内】 金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界(東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会)
【コラム】スウェアリンジェンは,なぜインテリ・サヨクから小バカにされるのか?

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29. Juni 09

【現代詩】 詩人・三須康司さんを偲ぶ会が開催される(6月28日,東京銀座・藍画廊)

 6月28日,小雨の降る中,東京・銀座の藍画廊で「三須康司さんを偲ぶ会」が開かれた。詩人であり,蒲田にあった二人称画廊のオーナーであった三須康司に所縁の詩人,評論家,美術作家,画廊オーナーなどが花や飲み物,食べ物を持ち寄って集まり,夜遅くまで三須康司との思い出を語り合う催しとなった。
 午後1時から始まった「偲ぶ会」には,各界から大勢の人が入れ替わり立ち替わり訪れ,終始客足が途絶えることはなかった。ここに集まった実に多彩な面々は,皆何らかの形で三須康司と交流のあった人たちである。詩人,画家はもとより,ダンサー,演出家,パフォーマー,音楽家などの面々をみると,三須康司という人の交遊関係が実に多岐にわたっていたことがわかる。その多くは1960年代後期からの付き合いであり,わが国のかつての前衛芸術のムーブメントはもとより,60年安保,全共闘運動をも駆け抜けた時代の生き証人のような人たちである。
 また会場では,特に三須康司と交流の深かった作家の平岡ふみをが編集をした「三須康司遺稿集(序)」が配布された。この冊子は今回の「三須康司さんを偲ぶ会」のために特別に編集されたものであり,この後さらに資料を充実させて,本格的な遺稿集と,三須康司の詩を収録した「三須康司詩集」の出版が予定されている。
 「三須康司遺稿集(序)」をまとめるにあたって困難を極めたのは,二人称画廊で開催された展覧会リストの作成である。この時代は今のようにネット上のアーカイブがなかった時代であり,三須康司も亡き今は,彼に尋ねるわけにもいかず,平岡ふみをの記憶にあった作家ひとりひとりに電話をかけ,一件ずつリストアップしていくというたいへんな作業が行われたのである。その中でも現住所が分からずに連絡を取れなかった作家もいるなど,まだまだ正確なアーカイブは完成していない。
 この平岡ふみをの行為で見えてきたのは,マスなマディアとネットメディアに両極化された現代では,その双方ともに,三須康司が求めていたような「二人称」の関係はもはや存在しないということである。実際に,ネット上に広がる膨大なアーカイブの中から,過去の二人称画廊の記録はサルベージできなかったわけであるし,また一方で,60年代から美術批評のジャーナリズムを担ってきたはずの美術手帖をはじめとする美術誌も,今はその役割を担っていない。では新聞などのマスなメディアについてはどうであるかというと,当時,学芸部にいたような三須康司と同時代の記者たちはもうすでに引退しているのである。
 そもそも新聞という巨大なメディア自体が,世の中の表層の情況だけを見ることで,世の中を分かっていたような顔をしていただけで,このようなメディアが,60年代,70年代の大きなムーブメントの総体は捉えたとしても,例えば地方で散発的,ゲリラ的に興っていた芸術運動のことなど知るよしもない。これらの事柄は,唯一それに実際に関わった美術作家の頭の中に記憶としてあるだけである。少なくても三須康司や,同じく今は亡き真木画廊の山岸信郎がいた時代には,彼らとの「二人称」の関係で,その現場の記憶を共有できたのである。
 今やその共有ファイルを持ってる人間自体が少なくなり,それが過去の出来事どころか,日本の現代美術の歴史の中ですでに“無かったこと”として削除されつつあるのである。この事実を突きつけられると,三須康司の存在がいかに特異であったのかを我々はあらためて思い知るのである。
 

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27. Juni 09

【格闘技】 ドッグレッグス第79回大会「きっと生きている」の対戦カード第一弾が発表される

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 今年8月1日に成城大学の向かいにある成城ホールで開催されるドッグレッグス第79回大会「きっと生きている」の対戦カード第一弾が発表された。
 前売りチケット購入者,及びドッグレッグスの常連客向けに先日送られてきた案内ハガキを見ると,今回もいろいろと工夫を凝らしたカードが組まれている模様だ。
 それに触れる前に,まず今回の興行タイトル「きっと生きている」であるが,これはおおよそ格闘技興行には相応しくないような,どこか牧歌的で,しかも中高生や市民劇団のやる昔懐かしい反戦劇のようなイメージのするタイトルである。だがドッグレッグスの場合,“きっと生きている”というのは,誰かに対して無事を祈るとかそういう次元の問題ではなく,ただただ自分自身の無事を祈るようなものなのである。
 つまり,重度の障害者や,癌患者,鬱病患者などの病者がプロの格闘家としてリングに上がるドッグレッグスでは,そのような彼らが万全を期してもリングの上で危険な状況になる時もあるであろう。また,難治性疾患を抱えているものならば,まことに言い難いことであるが,次の興行まで存命しているか否かという問題もある。そうでなくても,ひっそりと引退していくレスラーもいるのである。
 だから私は,ドッグレッグスの試合で我々の前に現れたレスラーとは基本的に一期一会の関係として,試合を見届けているのである。そして,彼らが確かにリングの上に立って戦っていたという事実をしっかりと脳裏に焼き付けて帰るのだ。
 「きっと生きている」というのは,そういう意味では非常に奥深い興行タイトルなのである。

 次に今回発表となった対戦カードについて触れたい。
 以下が今回第一弾として発表になったカードである。ドッグレッグスの試合は,いつもだいたい7,8カードほど行われるので,これからどんどんと追加カードが発表されていくであろう。

■ドッグレッグス第79回大会「きっと生きている」対戦カード■
(6月末日現在)

結婚記念日記念3WAYマッチ
愛人(夫)VSミセス愛人(妻)VSプチ愛人(息子)

世界障害者プロレス無差別級選手権試合
王者・鶴園 誠VS挑戦者・陽ノ道

世界障害者プロレスヘビー級選手権試合
王者・天才まるボンVSサンボ慎太郎

 まず愛人一家の変則3WAYマッチに注目。これは凄い。この異形の格闘家一家の生き様を見て,思わず『超人機メタルダー』に登場したヘドグロス,ウィズダム,ヘドグロスJr.一家を彷彿とさせる情念のようなものが見えてきてしまったではないか。
 大相撲の世界では,あの横綱・若貴対決でさえ,“同じ部屋同士の兄弟対決は残酷で見ていられない”という声が相撲ファンからも起こったというのに,こんなカードをいきなり持ってこられて,私はまたそこで“踏み絵”を踏まされることになるのか。
 ここで注目なのはプチ愛人選手であろう。父・母の格闘家としてのDNAを受け継いだプチ愛人選手は,普段は母のミセス愛人選手とともに父・愛人選手のセコンドにもついているのをリングサイドから何回か見かけたことがある。子供時代からこのような場を踏むことによって,将来は父・母を踏み越えて,すごいレスラーになっていくのだな。
 格闘技に限らずともスポーツの世界では,とかく兄弟対決,親子対決,子弟対決といったものが,不条理な劇画的空間を作ってきたが,
それはわれわれ人間の知性で理解しようとするから不条理なのであって,われわれが仮に肉食獣のような野生の目でこれを見た場合には,また別のものが見えてくるであろう。つまり,社会通念上は,「弱者」というある種差別的な言葉で括られて,その存在すらも社会からは見えないような存在として不本意な隔離をされてきたような者たちが,今度は,ただただ強い者だけが生き残るという最も野性的な世界に放たれて,そこで文字通りの「弱肉強食」を体現するということなのである。

 鶴園と陽ノ道の試合は,ドッグレッグス現役レスラーの中の,事実上の最強対決かもしれない。特に鶴園については,ここ近年彼がリングの上に沈んだところを見た記憶がないのである。下肢に重度の障害がある鶴園だが,健常部位として残存した上腕は,まるで古代ローマ兵が繰り出す斧のようにビルドアップされており,これを至近距離で振り下ろされると,相手はひとたまりもない。鶴園の場合,武器を持ったグラディエーターというよりも,鶴園の身体そのものが人間凶器なのである。
 その鶴園に挑む陽ノ道は聴覚障害者であり,彼の試合ではいつも選手入場曲もリングサイドの実況もあえて無くして,サイレントの世界で試合を観戦するような演出がなされている。鶴園との試合も至近距離での肉弾戦が予想されるので,われわれも普段以上に骨や肉の当たる鈍い音に耳を傾けながらの観戦となるだろう。
 このような状況を見せつけられると,しばしば刑事事件関連で登場するお馴染みの文言,即ち,“鈍器で人を殴ったような”という表現を連想してしまうが,そもそも鶴園の上腕自体が,鋭い刃物というよりは,斧やハンマーといった重量級の武器のイメージがするわけである。上から相手を叩き潰す鶴園のファイトスタイルがまさにそれで,何度も相手の肉体に向かって振り下ろされたその“斧”は,肉と脂で次第に歯こぼれをおこしながらも,反復的に相手に致命傷を与えていくようなものだ。“鈍器で人を殴る”ということはこういうことなのである。

 バーリトゥードの様式をとるドッグレッグスの中でも,両者とも不安定な姿勢ながらも自分の足で立ったまま行われる天才まるボンVSサンボ慎太郎の試合が,一番オーソドックスなスタイルであろう。天才まるボンは,今やドッグレッグスの看板レスラーであり,対するサンボ慎太郎は,ドッグレッグスが,まだ福祉団体の枠の中で“余興”としてレスリング興行を続けていた時代,即ちドッグレッグス黎明期を支えてきたレスラーである。ドッグレッグスがアマレス時代からプロの格闘技団体へと転身するまでを追ったドキュメンタリー『無敵のハンディキャップ』(天願大介監督作品)に収録されているアンチテーゼ北島との無制限3本勝負は,今もファンの間で語り継がれるほどの伝説のファイトである。あれから約10年の時が経った今も,サンボ慎太郎がリングの上に立っているのは奇跡に近い。なぜなら,心身に何らかの障害を持ったドッグレッグスのレスラーたちは,二次障害というリスクを負いながら,それを承知でリングに上がるからである。そしてそのために,われわれが想像を絶するような厳しいトレーニングをこなしているのである。こんな状況で10年近くもリングの上に立てること自体が常軌を逸している。

 今回の大会は8月という真夏の最中に行われる。これから1か月,選手にとってはこの時期には非常にきついトレーニングが続くであろう。各選手のポテンシャルに加えて,体力消耗が激しいこの時期に,どれだけより良いコンディションで仕上げられるかが勝負のポイントとなろう。

■ドッグレッグス第79回大会「きっと生きている」■
2009年8月1日(土)
会場:成城ホール
開場17:30 試合開始18:00
入場料:3000円

【ドッグレッグス公式ページ】

http://homepage3.nifty.com/doglegs/

【井上リサによるドッグレッグス関連記事】
ドッグレッグス第78回興行 「ここまで生きる」~究極のバーリトゥード~(4・25 北沢タウンホール)

「【格闘技】ドッグレッグス第78回興行の対戦カードが決まる」
「ドッグレッグス第77回興行レビュー」
「ドッグレッグス第76回興行レビュー」
「映画批評:天願大介監督『無敵のハンディキャップ~障害者プロレス・ドッグレッグス」

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24. Juni 09

【書評】 三橋貴明著 『新世紀のビッグブラザーへ』(PHP研究所)

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 そう遠くはない未来の日本に,国家解体と日本人弾圧を合法的に企てる「民主人権党」なる独裁政党が反日連邦の傀儡として台頭し,それによって“第三市民”(いわゆる植民地時代で言う三等市民のこと)にまで地位が転落した日本国民の若者が,様々な弾圧を受けながらも抵抗して戦いぬいていく物語である。
 日夜いわれなき弾圧に苦しむ若者たちが暮らすこの社会は,「大アジア人権主義市民連邦」によって分割統治され,「人権警察」や「九条教」なるカルト教団が跋扈するような,まことにおぞましい世界である。実在の時事をトレースしたようなその刺激的な内容は,文科省ならぬ,まさに,「ショッカー日本支部推薦図書」といったところだ。

 著者の三橋貴明は,中小企業診断士という肩書を持つ異色の作家である。
 近年,医療小説,経済小説といわれる類の小説の作家は,もともとこれらの業界に属していた人間にたまたま文才があって,現代小説や社会評論の世界へと転身したケースも多々見受けられる。著者の三橋貴明もそのうちの一人であろう。普段は冷徹な数字のデータを提示し,論拠もなくイデオロギーだけを振りかざす文系御用学者たちを片っ端から粉砕するような痛快な経済専門書を数多く書いている。
 ネットとのメディアミックスで生まれた三橋の作品などをみていると,昔の昭和風情の現代小説の作家たちが,自分の門外漢のジャンルに手を出す時には,取材だけでも相当の年数の時間をかけていた時代が何か懐かしいような気がする。これができたのは多分にその時代に流れている時間のスピードが現在とは大きく異なったのと,そして,いわゆる“有識者”と言われる文化人や記者だけが「言葉」と「文字」を特権的に扱うことができた時代の,選民的ジャーナリズムが君臨していたからだとも言えるのである。
 それに対して現在では,旧態依然たるマスメディアやジャーナリズムが特権的に保守していた権威というものはすでに崩れつつある。その原因は言うまでもなくネットという新たなメディアが台頭してきたことに加え,そのネットを既存メディアに対するカウンター・ツールとして使いこなし,メディア・リテラシーを獲得することの必要性に気がつきだした国民が増えてきているからである。
 ひと昔前までは,新聞やテレビの言うことが間違っていると疑うものはいなかったのであろう。情報の一方的な「受け手」にすぎなかった国民は,社会に相対化された権威などまったく持ち合わせていなかった。あるいは情報の発信側,つまりメディア側も,「受け手」にすぎない国民のことなどこの程度にしか思っていなかったともいえる。しかしこの感覚こそがナンセンスであった。彼らが言う“愚民”よりもパラダイム・シフトに乗り遅れたマスメディアは,完全に,三橋貴明が言うところの“レガシーメディア”として取り残されたのである。
 反対に我々は,このような状況の中でネットというメディアが台頭してきたことで,マスメディア側から編集権を行使して投げられた情報を,今度は第一次ソースをもとに「受け手」側が情報の精査と並列化を行うスキルを手に入れたのである。これは新聞・テレビといった旧来のメディアにしてみれば,非常に脅威なことである。

 長い歴史を紐解けば,いつの時代にも翼賛的なメディアは存在していた。その時それらの勢力と常に闘ってきたのは,アヴァンギャルド=<前衛>の位置にいた言論人や芸術家たちなのである。それは過去の歴史の中だけの話ではない。三橋貴明も,この作品を書くにあたっては,ジョージ・オーウェルの『1984』へのオマージュを込めていると告白している。
 そして,本作品 『新世紀のビッグブラザーへ』の中では,そのアヴァンギャルドの役割は,ススムという一人の日本人青年が担うこととなる。
 三橋貴明が今回加筆して書き下ろしたこの作品は,単に近未来のエンターテインメント小説という域に収まるだけではなく,マスメディアやジャーナリズムのあり方,「政治」と「情報」の関わり方といった実に今日的なテーマを内包している作品なのである。

●ビッグブラザーとは何者か?
 タイトルになっている“ビッグブラザー”とは一体何者なのか。米語のくだけた言い回しでは,マフィアのボスを表すことが多い。広義の意味では絶大な権力者のことである。
 『新世紀のビッグブラザーへ』の中では,なかなか正体を現さないビッグブラザーの威を借りて,「民主人権党」なる独裁政党が日本に誕生する。
 この「民主人権党」の醜悪さといったら,さながら『20世紀少年』に登場する「友だち民主党」をも彷彿とさせる。
 「民主人権党」は,「人権擁護法案」,「外国人参政権」,「東アジア共同体」,「無防備都市宣言」,「沖縄一国二制度」といった,人間の倫理や良心に情動的に働きかけるような文言で埋め尽くされたマニフェストを掲げ,新聞やテレビでしか情報源を得る事が出来ない情報弱者の国民の中に,まるで癌が血管新生で領土を拡大していくかのごとく浸潤していくのである。
 「民主人権党」のやり口にどこか暗黒臭漂う懐かしさを感じるのは,これはわが国特撮ヒーロー文化が連綿と紡いできた歴史の中で,まさに悪の組織として輝いていたショッカー(『仮面ライダー』),死ね死ね団(『愛の戦士レインボーマン』,ヤプール(『ウルトラマンA』)などとそっくりだからなのである。
 これらの悪の組織は,女,子供,病者などを手玉に取り,工作活動を仕掛けるのが得意である。例えば,「○○基地の場所を教えれば,お前をショッカー少年隊のリーダーにしてやるよ」,「うちの組織に入れば誰にも負けない無敵な体を与えてやるよ」,「テストで100点取らせてやるよ」という具合にである。
 「民主人権党」とはまさに,「選挙でわが党を応援すれば,外国人の君にも選挙権をやるよ」,「女性が結婚をしなくても,もっと楽して遊んで暮らせるイケイケな法案をつくるよ」,「財源なんて後から適当に考えるから今は心配するな」などと口当たりの良いことを言って,ウイルスのように国民の中に浸潤してくるような独裁政党である。
 しかしここで考えてみてほしい。あのショッカーをはじめとする悪の組織に騙された人たちはどうなったのかというと,結局は勢力拡大のための捨て駒に使われただけである。ショッカーが国民のために約束を守ったためしなどない。少年少女時代にこれらの物語を見た子どもたちは,自分の夢というのは,結局は自分の力で成し遂げるしかないのだ,ということを学習したはずである。そして弱者たる人たちの心の隙に入り込んで日本を侵略しようとしたブラックスターのブラック指令(『ウルトラマンレオ』)は,“自分たちの未来は自分たちで守ろう!”と悟った子どもたちの手で倒されたではないか。本来はこれこそが健全な世の中であるはずなのだが,大人になると,どうやら歴戦のヒーローたちが身を呈してわれわれに送ってくれたありがたいメッセージをすっかり忘れてしまっているようだ。この平和ボケした日本国民が「民主人権党」なる翼賛的な独裁政党の餌食なるのは納得できるのだ。

●「民主人権党」は,異形化したショッカーである
 いわゆる歴代の悪の組織や侵略者たちが行ってきた工作戦術の中で,特に秀逸と思われるのは,地球人同士の中に猜疑心を芽生えさせ,お互いが争い合うように仕向けることである。それをやったのがメトロン星人(『ウルトラセブン』)だ。メトロン星人の場合は,個人の人間関係における工作活動をしたわけであるが,この他にも,国家に向けた大規模な工作戦術を試みた侵略者や悪の組織もたくさんいる。
 ショッカーなどの秘密結社や,ヤプールなどの宇宙からの侵略者たちは,国家や防衛隊に対して国民が憎悪を抱くような工作をたびたび仕掛けている。
 例えば,数多のヒーロー作品で見られるニセモノのヒーローの存在がそうである。ニセモノのヒーローに町を破壊させたりする姿をメディアを通して国民に晒し,“実はあいつは悪いヤツだ”というプロパガンダを仕掛けるのである。さらに高等な戦術になると,ゴリ博士(『スペクトルマン』)のように公害をまき散らす怪獣を日本に送り込み,公害で苦しむ国民に対して無策な日本政府の姿を露呈させ,国民の憎悪を次第に日本政府に向けさせることも可能なのである。
 特撮ヒーロー番組の中でも非常に社会性が強いことで強烈に脳裏に残る『コンドールマン』に登場したキングモンスターは,公害だけではなく,アラブのオイルマネーや政治家の食肉利権をも利用して,日本を乗っ取ろうとした。『超人機メタルダー』に登場した桐原コンツェルンのゴッドネロスに至っては,『ハゲタカ』の鷲津もびっくりな地下銀行で世界の為替と株価をコントロールしていたのである。
 いずれもこれは特撮ヒーローの子供向け番組の中での出来事であり,われわれはその馬鹿馬鹿しさを笑って見ていられるが,実はこれらの悪の組織の方法論を周到に実行すれば,平和ボケした現代の日本国民など簡単に工作できるかもしれないから恐ろしいのである。
 その際最初にやることは新聞,テレビのメディアを懐柔することである。そして毎日毎日国民が暗い気持ちになるような悪いニュースばかりをエキセントリックに流し,今の世の中が何となくだが悪い時代であるかと思わせるような世論を形成していくのである。そうすると国民の不満や憎悪は必然的に政府与党に刃のように向い,悪いことが起これば何でも政府与党や国のリーダーのせいにするようになる。そして,日本のことを悪く言うことで自称“インテリ”のキャラを立ててきた御用学者たちをコメンテーターとしてテレビスタジオの雛壇に並べ,朝から晩までありとあらゆる日本の悪口を言わせるのである。
 このような電波を毎日浴びせられた国民の多くは,日本人としての尊厳を次第に失い,だんだんと日本という国が嫌いになっていくだろう。それに追い打ちをかけるように,本来は国民に伝えなければならないことまで,“報道しない自由”を盾にとり,メディアは正しい情報を遮断してしまえばいいのである。
 そこで,我らが「民主人権党」の出番である。我らが“ヒーロー”「民主人権党」が燦然と輝くマニフェストを掲げ,例えば,“政権交代をすれば株価3倍”,“政権交代すれば癌も治る”,“政権交代すればベイスターズ優勝!”などと実現不可能な空手形を国民に切り,懐柔していけばいいのである。しかも尚且つ国民にとって不幸なのは,『新世紀のビッグブラザーへ』の世界では,このショッカーみたいな「民主人権党」と戦ってくれるヒーローや防衛隊もいないので,まさに「民主人権党」の思いのままだ。
 実際に,「イントラネット大アジア」というネット遮断システムで情報封鎖された第三地域(旧日本国)に隔離された第三市民(旧日本国民)は,「民主人権党」によって完全に管理されてしまったのである。

 この戦後60余年の間に,日本という身体の筋層に潜り込んで根を張っていた巨大な腫瘍の塊が,腐臭漂う分泌液を垂れ流しながら国民の前に姿を現したのが「民主人権党」である。その姿はあまりにも醜い。少なくてもショッカーにはショッカーなりの「悪の美学」や「悪の仁義」があったはずだが,「民主人権党」は,確固たる形も成さず,ただただ増殖を続けるだけの癌細胞のようである。しかも「民主人権党」の始末におえないのは,“民主”や“人権”という良心的な言葉で正体を偽装しているところだ。第四代「民主人権党」党首ハトカワは,“友愛”などという言葉を巧みに操り,第三市民を懐柔したのである。
 この点については,ショッカーやデストロン(『仮面ライダーV3』)といった悪の組織は,見るからに悪の組織と分かるような名称がついていたりして,堂々としていてまだ気持ちがいい。自然界において,猛毒を持った昆虫や爬虫類が極彩色の姿を見せることによって,“オレたちは危ないぞ”と警告を発しているのと同じだ。
 しかし「民主人権党」ときたら,そんなそぶりもまるで見せないので,最初は美味しそうなカレーだと思って一口食べたら,実はウンコだったという最悪なケースになるのである。
 「民主人権党」が掲げるマニフェストも実に胡散臭いものばかりである。どれもこれも,女,子供,病者といった社会的弱者の琴線に触れるようなものなのだが,その中で,例えば「女性差別禁止」と今の日本で言われても,女性の私ですらリアリティがない。
 私事で恐縮であるが,私はこれまで仕事や学問や,その他世間のコミュニティの中において,女性だからという理由で差別されたことは一度たりともない。自分の力不足で達成できなかったことはたくさんあるが,それは女性だから出来なかったのではなく,単にその時の自分自身の実力が足りなかっただけである。ましてそれは,社会のせいでもなく,政府の政策のせいでもなく,もちろん悪の帝国・読売巨人軍のせいでもなければ自民党のせいでもない。すべて自分の実力不足である。人間誰しもこれを認めるのは辛いもので,この辛い気持ち,悔しい気持ちで悶々としている時に,「民主人権党」のような翼賛政党が現れたならば,一気にそちらになびくであろう。これはどうしようもないポピュリズムたる「病」に冒されている日本の末期症状を暗喩しているのである。

●巨大イントラネットで展開される終端抵抗と有機端末との闘い
 「大アジア人権主義市民連邦」に統治された第三地域は,バーティカル・フィルタリングによって外部からの情報が全てターミネートされている。いわば末梢血管が壊死して多臓器不全を起こしているような状態である。そのまま放置すればやがて腐敗するであろう。こんな恒常的に循環不全を起こしたような世界に住んでいる第三地域の住民だけは,デモも集会も容易ではない。ネットというツールを取り上げられた彼らは,お互いの信頼の上に成り立っていたコミュミティも失ったのである。
 青空すらも,作り物の「美」に見えてしまうこの殺伐とした世界は,円盤生物来襲後の地球(『ウルトラマンレオ』後期シリーズ)にもそっくりなのである。この時ブラック指令は,直ちにみさかいなく町を壊すのではなく,防衛隊基地や,市民と防衛隊員の交流の場であった市民スポーツクラブを全滅させることで,市民からコミュニティを奪ったのである。「大アジア人権主義市民連邦」がやろうとしたことがまさにこれで,ウェブ上のコミュニティを失った第三市民たちは,一人一人が単なるばらけた点でしかなくなったのである。
 青空から射す光を見て,まるでテタノスパスミンに冒された破傷風患者のように発狂しかけるススムの姿は,究極の孤独を前に,初めて「死」というもののリアリティを感じた時に表れる裸体としての人間の姿である。しかし別の言い方をすれば,まだその行動できる「身体」がある限り,われわれ自身が終端抵抗に対抗するべく有機端末となり得るのである。そしてその,有機端末たる人間の身体の耐用年数は有限であるが,可能性は無限なのである。それには第三市民一人一人が行動を起こさねばなるまい。これは,今の世の中にも大いに言えることなのである。

 この物語のラストを読んで,これをバッドエンドととらえるか否かは人それぞれである。
 少なくても私は,ラストで青空のもと一歩ずつ歩くことを決意したススムの姿に,たった一人で何千匹ものギャオスと戦いを挑むガメラが空に向かって咆哮を轟かせた『ガメラ3-邪神イリス覚醒』(金子修介監督)のエンディングを思い出してしまったのである。

(余談であるが,「民主人権党」のやり口や,メディアを使った世論誘導の方法論が手に取る様に分かってしまう私こそ,スガ・イチロウやハトカワなんかよりも「民主人権党」初代党首に相応しいのではないかと思った次第である。)

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22. Juni 09

【現代詩】 「詩人・三須康司さんを偲ぶ会」のお知らせ(6月28日,銀座・藍画廊)

■「三須康司さんを偲ぶ会」■
2009年6月28日(日)
午後1時~夜まで(入場無料)
場所:藍画廊
〒104-0061 東京都中央区銀座1-5-2西勢ビル2F  
Phone/FAX. 03-3567-8777
http://homepage.mac.com/mfukuda2/index.html
*各自,飲み物,食べ物差し入れ歓迎
*会場では「三須康司遺稿集(序)」が配布される予定

 昨年の6月28日に,詩人で二人称画廊の主人だった三須康司氏が無くなってから,もう間もなく一周忌を迎える。東京銀座の藍画廊では,ちょうど命日にあたる28日の午後1時から,三須康司氏と関わりの深かった美術作家,評論家,詩人,画廊オーナーなどが集まって,ささやかながら三須康司氏を偲ぶ会が開かれる。
 また会場では,この日のために三須康司氏と関わりの深かった作家の平岡ふみをらがまとめた「三須康司遺稿集(序)」も配布される。この「遺稿集(序)」は,三須康司氏が主宰していた二人称画廊で開催された展覧会リスト,三須康司氏と関わりの深かった人物によるテキストに加え,三須康司氏が生前に書き残した作品などで構成される貴重なものである。今後はさらに,今回の「遺稿集(序)」に漏れたものも新たに加え,より充実した「遺稿集」の発行準備がすすめられる。(なお,今回藍画廊で来場者に配布される「遺稿集(序)」には,井上リサにより書かれたテキストも収録されている)
*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 詩人・三須康司のことをよく知っている人がいるとすれば,その多くは1960年代あたりから,公募美術団体には属すことなく活動をしていたキャリアの長い美術作家か,あるいは70年代あたりから,銀座,神田界隈の画廊を中心に作家活動を行ってきた美術作家であろうと想像する。別の言い方をすれば,三須康司という人物は,日本のマスなアート・シーンとは離れた所から,作家の作品を個別に見続けてきた人である。そしてこの行為は昨年6月に亡くなるまで続けられた。
 この空間でかつて三須康司と出会った美術作家たちは,必ずしも日本の現代美術のメイン・ストリームを歩いてきた作家とは限らない。なぜなら,三須康司は,自らが画廊の名前に採用するほどに“二人称”という問題にこだわっているのであって,批評対象である作家がどのセクトに属するのか,また,無名であるのか有名であるのかといったことは一切関係ない。三須康司にとって重要なのは,「私」(三須)と「あなた」(美術作家)との間にある「二人称」の関係なのである。「二人称」の関係を結んでこそ,「批評」という行為が始まるというのが三須康司の考え方だ。ゆえに,三須康司にいったんつかまったら,なかなか逃れることはできないのである。
 しかし,当時から三須康司のこの批評スタイルを理解しなかった人間も多くいて,70年代の血気盛んな作家たちとはしばしば大喧嘩になり,出入り禁止となった画廊もあると聞くが,今となってはどれもこれも懐かしい逸話である。
 80年代になり,単館上映映画や欧州の辺境の家具や建築などとともに,物珍しいスノップなスタイルとして一時もてはやされた“アートブーム”によって,現代アートを取り巻く情況も次第に様変わりしていくこととなる。これまで銀座界隈の貸し画廊で個展を行ってきたような作家たちが,欧米から流入してきたコマーシャルギャラリーやオルタネイティブ・スペースで個展やコンペに参加するようになり,かつてアートシーンの中心的な場所であった銀座からは老舗画廊が次々と店じまいして,より「人」と「カネ」が集まる六本木,青山界隈へと人もアートシーンも移っていった。
 そこで,あたかも広告代理店の“仕掛け”のように,新興のアート・メディアによってカタログ化されたアート・ムーブメントの中で,アートも美術作家も消費されていったわけである。
 その結果,まるでハゲタカ・ファンドに食い荒らされた日本経済のように,アートそのものが枯渇して,だんだんと先細っていったように見えるのは私だけではないはずだ。そして僅かに発行される美術誌も,批評誌という役割を自ら放棄してしまったように思える。
 こんな状況になっても,三須康司の批評スタイルは変わらなかった。三須康司は,彼の目指すこの世界における最小限の社会単位である二人称という関係性も存在しないような私小説的な作品を作って自閉する病者としてのアーティストが増えていっても,二人称の関係を求めて根気よく画廊巡りを続けたのである。
 そして現在,三須康司と同時代を生きてきた作家たちや友人たちも次第に鬼籍に入り,美術業界の中でも三須康司のことをオン・タイムで知る人は少なくなってきたのだ。しかし今だからこそ,われわれは三須康司の仕事を振り返らなければならない時がきているのではないか。
 今一度,三須康司が生きた時代,見てきた世界を掘り起こし,マスなアート・シーンの中でいったんリセットされて,現在はもう無かったこととされている様々な情況の痕跡をアーカイヴしていくことが,残された我々に課せられた仕事であろう。(三須康司さん一周忌に寄せて,井上リサ)

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21. Juni 09

【アート】 詩人・加島祥造トークショー 『伊那谷からバリへ』(2009.6.20,文化クイントサロン)

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 現在,季刊『銀花』第158号で60ページにわたって詩人で英米文学者の加島祥造さんの特集がくまれている。今回はこの特集に併せて,新宿の文化クイントサロンで加島さんのトークショーが行われた。
 150名ほどの来場者でうまった会場では,トークショーまでの間がある時間に,今年加島さんが滞在したバリでの生活風景や創作の様子が紹介された。今回「加島祥造 お話の会」と銘打たれたこのトークショーは,いつもならもっと広い会場で1000人,2000人は余裕で集まる普段の加島さんの講演会とは趣が異なり,まるで加島さんの信州・伊那谷のアトリエにおじゃましたような雰囲気の,まさに午後の“茶話会”に相応しいトークショーであった。

●「求めない」から「受け入れる」
 一昨年に加島さんが出版した詩集『求めない』(小学館)は,現代の詩人による詩集では異例の40万部を超えるロングセラーとなっている。この詩集の草稿が書かれだしたのは,ちょうど加島さんが老子の道徳径81章の自由律による訳や,その後に続く老荘思想についての仕事を一区切り終えた辺りであろう。この頃から,加島さんが読者のために個人で発行している詩誌『晩晴館通信』の中で,「求めない」と題する散文的な詩が断片的に載るようになった。
 「求めない」という新たな創作のテーマについて加島さんが初めて読者に向けて言及したのが,2005年10月発行の『晩晴館通信』第51号の中でのことである。この時伊那谷から私のもとに送られてきた『晩晴館通信』の表紙には,大中寺の芋のスケッチとともに,次のような短い詩が寄せられていた。

 求めない―
 すると
 しっかりした顔になる

 そしてページをめくると『「求めない」の話』というエッセイが初めに載っている。それによると,去年の夏(すなわち2004年の夏),突然に「求めない―」で始まる語群が次々と湧き出てきたことについて書かれている。それはアトリエにいる時,歩く時,時には食事を作っている時にも出てきたそうである。そして,4か月ほどかけてこれを毎日メモをしていたら,短い断片が150篇ほど,それから詩が13篇ほどにまとまったとのことである。それを整理して後に2007年に出版されたのが,ベストセラーとなった詩集『求めない』なのである。
 今これを見ると,この時の『晩晴館通信』の中で,すでに「求めない」というテーマはかなり明確なものとなっていたように思う。

 求めない―
 すると
 「自分」の時間が生まれるんだ

 求めない―
 すると
 無意識に捜していたものに気づく。

 求めない―
 すると
 人にきがねしなくなる

 実際の詩集『求めない』でも,このような散文詩が続いていく。これは老子の思想の中の「知足」(足るを知る)というものに必然的に繋がるものである。人間は基本的にいろいろなものを求めずにはいられない存在なのだが,そのことを認識したうえで,あえて「求めない」で生きてみよう。そうしたら自分の周りで何が見えてくるだろうという興味深い試みなのである。
 そしてしばらくしたら,今度は「受け入れる」という発想が加島さんの中には生まれてきたそうだ。これについて加島さんが初めて具体的に言及されたのは,2008年1月に発行された『晩晴館通信』第56号でのことである。この中の「偽正月の記」というエッセイで次のような散文が初めて出てくる。

 受け入れる
 すると
 ほんとに楽になるんだ
 信じなくともいいよ,ただ
 ぼくの言うことを
 受け入れると
 少し違うかもしれない

 私は初めてこれを読んだ時, 「求めない」から「受け入れる」へとどのように繋がるのかよく分からなかったのだが,この年の夏に,加島さんと個人的に親しい出版社,芸術家,友人ら100人ほどが伊那谷の加島さんのアトリエに集まって,庭でプライベートな「蕎麦と花火」の会が催された際,加島さんが突然思い立って始めた予定には無かったトークショーの席での話を聞いて,ようやく分かるようになってきた。
(実はこの時の模様は,加島さんのトークも含めて唯一私だけが映像を記録している。それもそのはずで,予定には無い“ゲリラ的”トークショーだったので,大勢のマスコミ関係者がいながらビデオカメラを用意している方が誰もいなかったのである。私は伊那の美しい風景や花火を動画に収めようと思って,たまたまビデオカメラを持っていたので,急きょそれを回すことになったのである。この時私が撮影した映像は,朝日新聞出版部と加島事務所の方へ送ってあるので,今後何らかのかたちで公開される機会もあるであろう。)

 「受け入れる」とは,自分が「求めない」ものが来てしまった時に,それをなんとか「受け入れる」心境ではないだろうか。加島さんが自由律で訳した老子の道徳径の中の第39章「五郎太石でいればいい」も「受け入れる」極意のようなものが書かれている。ようするに人間はみな,何らかの役割を持って生まれてきており,国のリーダーになるものもいれば,河原に転がる五郎太石のような人間もいる。でもそれでいいじゃないか,ということである。自分が今やっていることが自分に課せられた役割なのだから,そのことを世の中に相対化してみじめになるなよ,ということのようだ。
 加島さんは「蕎麦と花火」の会のトークショーでは,“自分はもうすぐ,人生でもっとも大きなものを受け入れなければならないところに来ているんだよ”と語っていたことが印象的である。これはまさしく「老い」や「病」や「死」を意味することである。

●伊那谷からバリへ
 加島さんがバリで休暇を過ごすようになったのは80歳になったころからだそうだ。冬の伊那谷が独居生活をするのにはあまりにも厳しい環境なので,暖かいところへ逃げたくなって,毎年2月~3月のもっとも厳しい時期にはバリで過ごされている。最初はご覧のとおり,寒さ凌ぎのためのバリ滞在であったのだが,バリで毎年生活しているうちに,そこで60年前の日本の原風景を見るきっかけになったそうだ。そのことが,近年の創作のテーマである「求めない」や「受け入れる」の世界を広げることにも繋がっている。
 加島さんが毎年休暇をとる場所は,観光客がツアーで押し寄せてくるような騒がしい場所ではなく,奥まった農村部や,漁民が暮らす静かな集落である。そこにある安価なバンガローを1ヵ月ほど借り切って,地元住民とも飲食をともにしたりする。
 東京と比べて信州の伊那谷がいくら自然が多いからといって,年々舗装された道路が増え,近くには国道も通り,高い電線も張り巡らされている。東京と伊那との比較ではそれほど気にならなかったこれらのことが,バリへ毎年行くようになって気になるようになったそうだ。バリ農村部の集落に比べると,伊那も都会だなと。
 そしてバリで過ごし,地元の人たちとの交流で,自分が子どもだった時に親から聞かされた日本の童謡や民謡,それから電線の見えない風景が身体感覚として蘇ってきたとのことである。これはバリで過ごして初めて自分の中から出てきた感覚で,人間が子ども時代に享受する様々なものから受ける身体感覚こそが,老いてきた時に大切になってくると語ってくれた。それはおそらくその民族,故郷における土着性のことを加島さんは言っているのだと思われる。土の上や草むらを裸足で歩く感覚,虫を捕まえてそれを手に持った時の感覚,そしてそこの土地で親や兄弟から聞かされた民話や民謡など。こういった情緒的なものが,いよいよ「老い」を迎えた時に蘇ってくるというのだ。そこでいろいろなものを「受け入れる」ことができて,楽しくなるのだそうだ。
 何でも早々と結果ばかりを求めたがる今のわれわれには,このダイナミズムはまさに刺激的なのである。これを聞いたすべての人間が,加島さんの言うようなことを実践できるとは到底思わないが,子ども時代に土のある道で遊んだ経験があるのか,あるいは,物心ついた時にはすでに舗装された道路しか歩いた記憶がないのかで,一つの分岐点が生まれるであろう。 
 かつて神田,横浜と都会に住み,それから信州・伊那谷,そしてバリへと繋がる加島さんの道筋は,次第に失われつつある身体性を取り戻すための壮大な旅に思えてならない。その身体性を取り戻すという行為は同時に,人間が生まれ持った「生老病死」という「苦」と身体の不自由さをあらためて認識することにも繋がるが,そこで初めて「受け入れる」という心境に達することができるかもしれないと思うのだ。

 今回の「お話の会」では,トークの他に,加島さんを囲んでの歓談の場ももうけられた。会場では冷たいお茶と,名古屋の老舗和菓子店「両口屋」さん提供の菓子もふるまわれた。「旅まくら」,「信濃路」と銘のついた小さなお茶菓子は,今回のトークショーに因んで選ばれたものである。
 また現在,銀座のBar Kajimaでは6月27日まで,主にバリ滞在中に制作された加島さんの作品展が開催されている。

■加島祥造展 「伊那谷からバリへ」
2009年6月8日(月)~27日(土)
場所: Bar Kajima
    中央区銀座7-2-20 山城ビル2階
    電話 03-3574-8720
時間: 月曜~金曜(18:00~24:00)
    日曜日(15:00~21:00)

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20. Juni 09

【映画】 マイケル・ベイ監督 『トランスフォーマー/リベンジ』 世界最速先行上映へ行く (6月19日)

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 人類誕生よりもはるか大昔の時代から,宇宙の中で独自の文明を築いてきた知的生命体と,彼らが歴史の中で見守ってきた人類との友情の物語である。
 監督のマイケル・ベイはワールドプレミアの席で,“今回の作品には日本のサムライ魂を込めた”とコメントしたことで,公開前からかなり話題になっていた作品である。製作・総指揮にスピルバーグの名があるので,それも納得である。
 この物語の背景にあるのは,惑星サイバトロンにおけるオートボットとディセプティコンという2つの種族間の争いである。もともとこの惑星には,「知的生命体が存在する惑星は侵略してはならない」という協定があったのだが,それを片方のディセプティコン側が破ったことで,地球人類も巻き込む戦争へと発展していくのである。
 惑星サイバトロンから地球に入植してきた知的生命体は,われわれ人類や地球に生息するいかなる生物とも同根の起源を持たない機械生命体である。彼らは車や戦闘機等の乗り物や,金属性の日曜器具などに擬態する能力を持ち,普段はその擬態した姿で身を隠しているが,戦闘モードになった時には,日本のアニメや特撮ヒーロ番組にしばしば登場する,いわゆる超合金合体ロボのような姿に自由に変形することができる。映画タイトルにもなっている『トランスフォーマー』の由来はいうまでもなく彼らのその能力を表している。
 今回の『トランスフォーマー/リベンジ』は,前回にもましてCGによる映像表現が格段にスケールアップしている。SFXにCG映像が使われだした初期の頃の映画では,その質感やシュルレアリスティックな表現がいかにも新鮮に映ったが,それも見慣れた今日では,その技術を使ってどんな魅力的な「絵」が作れるのか,といったことにSFXにおけるCGというツールのあり方が求められている。そのような意味では,機械や乗り物が複雑に,しかもスピーディーに他の形態に変形していく過程をくまなく見せるというシークエンスの数々は,CGのもっとも得意とすることであり,自然界の生物の変態とは明らかに異なる演算的な動きは,われわれとは起源も文明もまったく異なる異種生命体としての彼らの特徴を良く表現しているのである。前回にも増して,これが一つの見せ場でもあるこの作品は,残念ながら人間ドラマのパートはやや凡庸で,70年代頃のベタなアメリカン・ファミリーという感じである。しかしこれは監督のマイケル・ベイが“良きアメリカ”の原風景として記憶にとどめるファミリーの典型なのであろう。

 トランスフォーマーに限らす,その他のSFX作品,そしてSF文学に至るまで,知性をもった機械生命体という存在はこれまで数多く登場してきた。それは大きく分類して,アンドロイドやサイボーグのように人類によって作られた人工生命体と,進化の過程で身体が機械化,あるいは何らかの理由で機械が知性や生殖能力を獲得して独自に進化していったものである。現在の科学の分野では,アンドロイドやサイボーグの実現がもっとも現実的だ。その他二つについては,それこそ人類が宇宙航海時代を迎え,戦艦大和に波動エンジンを搭載して銀河系の外へ出て行けるようにならなければ理解できない世界であろう。トランスフォーマーの世界観では,まだここの部分が謎であり,それは,“人類は神が創造したものならば,我々は誰によって生まれたのだろう”という問いかけが今後の大きなテーマとなりそうである。
 そもそも機械生命体,もしくは「機械が生きている」という状況は,なかなか想像しにくいが,見方を変えればお互い様である。つまりはサイバトロン星を故郷に持つ彼ら機械生命体にしてみれば,われわれ人類だって,たかだか4種の塩基配列と蛋白で合成された有機端末にすぎないわけで,なぜこんな脆弱な存在のものが長きにわたり文明を築いていたり,子孫を残せるのかが不思議であろう。
 これを考えると,生物,あるいは人間とそうでないものの定義が非常に曖昧なものとなってしまうのである。そこで数々のSF文学や映画では,人間ではないが限りなく人間に近い人工生命体を登場させて,あえて人間の定義を問うたのである。その方法論の一つとして,人間やあるいは完全な“生き物”になりたいと願う人工生命体の言葉を借りて,自分,すなわち人工生命体に無くて人間が持っているものに焦点を当てたわけである。そこで見えてきたのは,結局のところ文化や文明の構築と生殖能力の獲得なのである。
 例えば,『スタートレック・ネクスト・ジェネレーション』(以下TNG)では,アンドロイド士官のデータ少佐が,人間により近付くために,自分の電子頭脳のチップをコピーして娘を作ってみたり,猫を自分の子供のように世話したり,また,バイオリンの演奏や絵画作品の制作を通して,人工知能が苦手とする創造的なことにも果敢に試みたのである。TNGシリーズの中でも名作エピソードの一つである『人間の条件』は,データ少佐を機械としか認めていない艦隊司令部の幹部と,データ少佐を“人間”として扱っているピカード艦長以下エンタープライズ号のクルーたちが,データ少佐の処遇をめぐって法廷で争うというものである。ここでデータ少佐が人間なのか否かを問う裁判で決め手となったのは,データ少佐がいかに創造的な“人物”であり,クルーからも信頼されている誠実な“人柄”かということであった。これによりデータ少佐は,アンドロイドながら“人間”として認められたのである。
 トランスフォーマーの世界では,サイバトロンの機械生命体に,われわれ人類よりも長い歴史と文明を持たせることで,人工によるものではなく,自然進化の過程で誕生した可能性もある機械生命体ということに含みを持たせている。そして彼らに人間同様の感情も与えているのである。それについては今回は前回にも増して感情表現が豊かになっている。例えば,長い間戦闘機に擬態してスミソニアン博物館の中に隠れていたジュダイ・マスターのような年老いたディセプティコンが,遠い故郷に馳せる郷愁のような思いを吐露したり,人間に捕まったとたんに今度は人間にゴマをすり出したディセプティコンの手下などは,特に丁寧に描かれているキャラクターであり魅力的だ。そして彼らに「文字」の文化を持たせた発想も面白い。これにより,彼らが地球言語に帰属しない独自の文明を築いてきたことが証明されたわけである。

 機械に魂や生命が宿るという考え方にさほど抵抗なく同調できるのは,欧米諸国よりも,おそらくわが国日本であろう。この点について麻生太郎はその著書『とてつもない日本』(新潮新書)の中で,実に興味深い論を展開しているので一読の価値がある。特に興味深いのが、第二章「日本の底力」の中で論じられている「日本がロボット大国である理由」という章である。ここで麻生が批評の中心的な俎上にあげているのが、『鉄腕アトム』と『モダンタイムズ』だ。そして、欧米文化におけるロボットの存在は、その誕生自体がもともとは強制労働的な要素を含んでおり、先天的に人間社会とは対立せざるを得ない存在であると分析している。それに対してわが国の場合は、ロボットは人間の友達であるという文化が早くから根付いており、対立よりもまずは人間社会での融和が描かれてきた。
 麻生太郎は、その文化的素地を作ってきたのが『鉄腕アトム』をはじめとする日本の優れたマンガやSFアニメーションであるとしている。それによって、例えば欧米が人間の形を成さない工業用ロボットの技術が発達していったのに対してわが国の場合は、介護ロボット、接客ロボット、そして「アイボ」や「アシモ」のようなペットロボットのように、人間の実生活の中で直接関わる存在として、新たなロボット技術が開発される契機となったと指摘している。そして当然のことながら、その技術は単なる実験レベルで終わることなく、近年では、身障者や高齢者用に開発が進むパワードスーツの研究などにも応用されている。そしてそれらの思想の源流は『鉄腕アトム』などにあると麻生太郎は結論づけている。
 この考えに異論はない。それに加えて日本では,古来から神道が浸透しており,古代神道の世界観では「八百万神々(やおよろずのかみ)」といって,日本の中には800万ものカミサマがいることになっている。このカミサマたちは,動物を始め,山や川や海や森といった自然物に宿るカミサマだけではなく,人間が生活の中で身近に使っている道具や物にさえもカミサマが宿っていると考えるプリミティヴな世界観である。
 これらの文化的背景をベースに考えた場合,例えば農家の農具にカミサマが宿るならば,現代の道具である車や戦闘車両や戦闘機にもカミサマが宿っていてもまったく不思議ではない。
 マイケル・ベイ監督が,『トランスフォーマー/リベンジ』のプロモーションで一番力を入れたマーケットが実は日本で,ワールドプレミアの際の“日本のサムライ魂を込めた”という発言は,おそらくこの物語で展開される人間と機械生命体との間で取り交わされる自己犠牲の精神などを指しているのだとは思うがそれだけではなく,製作・総指揮にスピルバーグが名を連ねていることも考えると,わが国日本で連綿と続いてきたロボット文化やアニメ文化の中に内在する機械と人間との隔たりのなさのようなものも,ある程度の理解はしていると思えてならない。

 この作品は,文化的背景によって異なる生命倫理や人間存在の定義についても深く考察してみるのも面白いが,もちろん基本的にはエンターテインメント作品として十分に楽しめることができる。特に,様々な機械や日用品が実に複雑な過程を経て戦闘ロボットに変態していく様子は見ていて飽きない。昔,子どもの頃,手塚治虫原作の実写版『マグマ大使』を見た時に,あのロケットの形から,どうやって人間の形に変形するのだろうとずっと不思議に思っていたことが一気に解決した気分になる。『マグマ大使』の映像世界では,ロケットの翼から手が出たり,ジェットエンジン部分から足が出たりして人間の形になるのだが,変形時に肝心の全体を映さないものだから,どうやって人間の形に変形するのかが全く分からなかったのである。
 こんな話をすると大人になって建築家や物理学者になった友人も,子どもの頃からそれが不思議だったようで,何度も図面で展開図などを書いて考えた記憶があるそうだ。『トランスフォーマー/リベンジ』の最新技術によるSFXを見ても,どこか馴染みのある感じがするのは,日本人の映画ファンには少なからずこのような原風景があるからではないか。加えて,ここに登場するキャラクター自体が,その源流はかつて日本の玩具メーカーのタカラが海外マーケット向けにメディアミックスしたものである。それが数十年の時を経て,日本に凱旋帰国したようなものだ。
 言うなれば私は今,かつて英国によって世に送り出された「鉄道」が,わが国日本が誇る世界最高峰たる「新幹線」という技術を搭載されて母国へ戻り,今まさにそれが英国の大地を走っているのを見て感慨に耽る英国人のような心境である。(6月19日,アメリカ人の友人ら3人と新宿ピカデリーで鑑賞)

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(迷彩柄のパッケージの中に収められた特製パンフレット 1600円)

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18. Juni 09

【アート】 銀座 Bar Kajimaで詩人・加島祥造さんの作品を展示中(6月27日まで)

 銀座のBarに1人で入るのは,なかなか敷居が高いと思われがちである。しかし,銀座・京橋界隈の画廊に寄った帰りに,たまには芸術談義もいいだろうと思った時に気軽に足を運べるのが,首都高ガート下のコリドー街界隈の路地に入ったところにたたずんでいるBar Kajimaである。
 ここでは現在,詩人で英米文学者の加島祥造さんの作品展が開かれている。
 Bar Kajimaは,カウンター席と,奥に明るめの照明がほどこされたギャラリースペースが設けられたギャラリー・バーだ。カウンター席にこしかけて,たまたま居合わせた隣の客と芸術談義をするも良し。作品をじっくり鑑賞したければ,奥のギャラリースペースでくつろげばいいのである。
 午後6時から開店するこのBarは,作品だけを見に訪れる客もいるが,他の客たちが楽しそうに歓談していたりすると,ついつい自分たちもカウンター席へとこしかけたくなってしまうようだ。私が訪れたこの日も,最初は加島さんの作品だけを見にくるはずだった客が,知らない間に私の隣の席に座っていた。

 英米経由のBarやPubの文化と日本の居酒屋の「赤ちょうちん」文化との大きな違いは,会社帰りのサラリーマンやOLたち,あるいは学生サークルの憩いの場である「赤ちょうちん」が,多分に仕事が終わっても会社やサークルでの上下関係を引きずっているのに対して,BarやPubの場合は,経歴や帰属も分からぬような隣の見知らぬ客とも対等の立場で共通の話題を探しながら気軽に会話ができることであろうか。ことにBar Kajimaのような,いわゆる昔でいうところの画檀的雰囲気のBarならば,集まる客もそれなりの客であり,銀座や京橋界隈でギャラリー巡りをした後に,1時間でも2時間でも隣の客と芸術談義ができるのが楽しいところである。
 BarやPubの文化は,もともとはドイツの社会学者ハーバーマスの「公共圏」論(独=Öffentlichkeit,英=Public sphere)に端を発している。ハーバーマスがここで語っている“パブリック”の精神が,後のパブリシティーやパブ・ハウスに継承されていった。
 また近年,ネットメディアの中で黎明期を迎えつつあるブログや「2ちゃんねる」のようなネット上の巨大掲示板は,ハーバーマスの「公共圏」論を源流としたパブリック・ジャーナリズムの形成にも一役かっている。それは,既存のマスメディアが編集権を振りかざし,情報のベーシック・バリューをコントロールしているのに対し,市民メディアたるネット上のパブリック・ジャーナリズムは,あらゆるニュースがメディア上で並列化されていき,そのニュースの受け手が膨大な情報の中から取捨選択することで,メディア・リテラシーを獲得していくことが求められるのである。
 銀座のBarが敷居が高いと言われるのは,何もその料金や雰囲気だけではなく,社会における相対評価(つまりは学歴,経歴,職業,身分,肩書きなど)でしか自分のアイデンティティーや価値を見いだせない人間は,最初からお断りということだ。ここの敷居をまたぐ時は,背広に付けた社章や議員バッチなどをお取り下さいということである。

 Bar Kajimaでの楽しみは,もちろんBar店内に展示されている芸術作品を鑑賞したり,マスターや隣の客と芸術談義に花を咲かせることにもあるが,それだけではなく,料理やお酒も実に美味しい。私のお勧めはなんと言っても,サワー種で焼かれたドイツの黒パンである。これにいろいろなチーズを乗せて食べるのだが,これは病みつきになる。このしっとりとした湿り気のある黒パンには,ビールもワインも相性がいい。他にも,じっくりと煮込んだ鶏牛蒡や季節の素材を使ったマスター手製のジビエ料理も楽しめる。

Bar_kajima1
カシスビール(700円)


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黒パンとチーズ(900円)


■加島祥造展 「伊那谷からバリへ」
2009年6月8日(月)~27日(土)
場所: 銀座コリドー街 Bar Kajima
    中央区銀座7-2-20 山城ビル2階
    電話 03-3574-8720
時間: 月曜~金曜(18:00~24:00)
    日曜日(15:00~21:00)

■加島祥造トークショー
2009年6月20日(土)
場所: 文化クイントサロン
    渋谷区代々木3-22-7 新宿文化クイントビル2階
時間: 15:00~16:00
料金: 1500円
【申し込み】先着100名
はがきに「加島祥造お話の会参加希望」と明記し,住所,氏名,電話番号を書いて『銀花』編集部までお送り下さい。
『銀花』 編集部
渋谷区代々木3-22-7 文化出版局 季刊 『銀花』 編集部まで

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14. Juni 09

【格闘技】 『詩のボクシング』 王者・ねじめ正一VS挑戦者・谷川俊太郎(1998年10月10日,水道橋バリオホール)

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日本朗読ボクシング協会選手権試合
世界ライト級タイトルマッチ(3分10R)
王者・ねじめ正一VS挑戦者・谷川俊太郎
(於:1998年10月10日 水道橋バリオホール)
実況:小林克也
解説:高橋源一郎
ジャッジ:平田俊子,八木忠栄,町田 康
大会コミッショナー:楠かつのり

 衛星放送NHK BS-2では現在,BSアーカイブと銘打って,過去10年間の放送作品から特に視聴者からの反響が大きかった番組を再放送している。昨日(13日)に放送されたのが,『詩のボクシング』である。
 『詩のボクシング』とは,詩を“ことばの格闘技”と捉えて,日本を代表する現代詩の詩人たちが,ボクシングのリングに見立てたステージに上がり,互いに自作詩,即興詩をリングの上で読み合って,ジャッジ3名のもと勝敗を決めるというイベントである。ジャッジ3名の他に,リングアナ,実況,解説者,大会コミッショナーまでこの“試合”に立ち会うので,リングに上がるのがボクサーか詩人であるかの違いだけであり,フォーマットは公式のボクシングルールと何ら変わりはない。
 ふだんから現代詩にも格闘技にも馴染みのない人間にとっては,この詩とボクシングの取り合わせは,まったくもって唐突なものに見えるかもしれない。しかし,そのどちらかに少しでも触れたことのある人間であれば,詩とボクシングとの間に何らかの共通点を見出せるであろう。
 つまり,詩をただ書くだけではなく,自分の声を出して読むという行為は,格闘技がそうであるように,身体的行為なのである。ただ,詩の場合は,多くは格闘技のように他者や観客から客観的なジャッジもされることもなく終わるので,これが,あたかも格闘家のように全身をさらけ出した身体的行為であると気がつかない人間の方が多いだけである。
 大会コミッショナーの楠かつのりは,現代詩が置かれているジャッジ不在の状況に風穴を空けるためにこの企画を思い立ったという。現代詩におけるジャッジとは,すなわち他者による批評のことである。格闘技の場合は,それが判定となり,ジャッジが採点したポイントの差で勝敗が決まる。それは格闘技に限らず,どんな表現媒体でも,世の中に向けて何かを投げかければ,当然そのことに対する反響が返ってくるはずではあるが,コミッショナーの楠かつのりなどが指摘するように,詩人はただ仲間内の同人の詩誌に詩を発表するだけで,広く世の中のジャッジは受けていない。そこに詩檀が抱える閉塞性があるわけだが,楠かつのりやそれに賛同した詩人たちは,詩檀が長らく引きずってきた閉鎖性,閉塞性に風穴を空けるために,リングに立つことを決意したわけである。
 当初はプロの詩人たちだけで行われていた『詩のボクシング』であるが,現在では一般素人を対象としたオープントーナメントも行っている。こちらの方もプロの詩人たちのボクシングと同様に人気があり,下は小学生から上は90歳の高齢者まで参加者がいる。『詩のボクシング』のリングに素人も立たせるのは,実は良いアイディアなのである。これは,例えれば水泳のマスターズ選手権のようなものだ。水泳のマスターズ選手権というのは,五輪選手や実業団の競泳選手ではなく,一般の水泳愛好者たちが集う選手権であり,競技に参加する楽しさとともに,広く地域にスポーツ文化を根付かせていくという要素も担っている。こちらにも現役90歳スイマーがいるのである。
 例えばスポーツや国民体育の在り方について,三島由紀夫は『実感的スポーツ論』という評論集の中でこんなことを書いている。

「たとえば私は空想するのだが,町の角々に体育館があり,だれでも自由にブラリとはいれ,僅少の会費で会員になれる。夜も十時までひらいており,あらゆる施設が完備し,好きなスポーツが気楽にたのしめる。コーチが,会員の運動経験の多少に応じて懇切に指導し,初心者同士を組み合わせて,お互いの引込み思案をとりのぞく。そこでは,選ばれた人たちだけが美技を見せるだけではなく,どんな初心者の拙技にも等分の機会が与えられる」(三島由紀夫『実感的スポーツ論』より)

 この三島のエッセイは,東京五輪の開催に合わせて『読売新聞』に5回にわたって連載されたもので,三島はすでにこの時から「体育」と「市民スポーツ」のあり方,そしてそれが地域の文化といかに結びついていくのかを予見していたことになる。『詩のボクシング』の大会コミッショナーである楠かつのりも,詩というものが閉鎖的,選民的な詩檀から離れて,スポーツのように市民文化として広がっていくことに何らかの可能性を求めているのであって,それは現在まずまず成功しているといえる。

 詩の朗読とは,『詩のボクシング』のようにマイクを使った朗読もあれば,詩人の肉声だけで行われる朗読もある。私の良く知る野間明子,坂井のぶこ,伊藤洋子といった女流詩人たちは,マイクを使わず肉声で朗読するタイプの詩人である。一方で,今まで何回か一緒にイベントをこなしたことのある一色真理などは,肉声ではなくマイクごしに自作詩を朗読するタイプの詩人である。また,昨年の6月に亡くなり,間もなく一周忌を迎える故・三須康司は,舞台に立って第三者に向けて自作詩を読むことを一切しなかった詩人である。「二人称画廊」の主人でもあった三須康司は,自分の主宰する画廊の名前にもあるように,“二人称”ということにこだわった詩人だ。彼は,画廊や美術館で出会った評論家,美術作家個人に対して,二人称,つまり「あなた」という個人に向けた詩をノートの切れはしに書き,それを「あなた」たる評論家や美術作家個人へ手渡すという行為を行った詩人である。
 今ここに上げた詩人たちは,詩人の中でも目に見えるかたちでアクティヴに活動している詩人たちであり,その他多くの詩人といわれる人間たちは,依然として仲間うちの詩誌の中に詩を書くという行為にとどまっている。
 詩の朗読形態については賛否両論あり,マイクを使った朗読を認めない詩人ももちろん存在する。このような詩人たちは,詩人の肉声をもってそれを自分自身の身体と捉えているので,自分の肉声と,肉声が届く空間の間に,いかなる媒介者も許さないのである。このストイックな感覚はそれなりに理解はできる。
 例えば作曲家の黛敏郎は,ヴァレーズにインスパイアされて書いた吹奏楽編成の『トーンプレロマス55』という楽曲についてこのように述べている。

「人間の息を利用する管楽器と,手に依る打楽器を生命とする打楽器のアンサンブルが発する音のエネルギーの集積は,トーンプレロマスという言葉に一番相応し,効果をあげてくれることだろう。」

 つまり,弦楽器のように,「楽器」と「身体」との間に「弓」という媒介を通す楽器は,そこで何らかの恣意的要素が生まれてしまうからそれは排除して,「息を吐く」,「手で叩く」という身体的行為が直接音に繋がる管楽器と打楽器を編成に選んだということである。この黛敏郎の吹奏楽に対する身体的なこだわりは,肉声による朗読を行う詩人と共通のものを感じる。

 では一方で,『詩のボクシング』のように,マイクを通した詩の朗読にはいかなる意味や意義があるのかを考察してみる。一連の『詩のボクシング』をテレビ中継やライブ会場で実際に見てきて思ったことは,ここに2つの暗喩が存在するということである。まず一つは,わざわざこれを“ことばの格闘技”と銘打っていることに大きく符号する。つまり詩人がリング上でマイクを掴むという行為は,これまで主にプロレスのリング上でプロレスラーによって行われてきた,いわゆるマイク・パフォーマンスを連想させるのである。
 格闘技のマイク・パフォーマンスとは多分にショーアップ的要素が含まれており,リング上のレスラーが対戦相手個人,あるいは客席にいる演出上は敵対しているレスラーに向かって,言葉で挑発行為を繰り返すのである。そして最後は手に持ったマイクをマットへ叩きつける。すると今度はその挑発に乗ったレスラーがリングの中に上がってきて,マットの上に転がったマイクを拾い上げ,その挑発に受けて立つ,というものである。
 『詩のボクシング』での初代王者・ねじめ正一と挑戦者・谷川俊太郎の戦いを見ていると,両者とも遊び心としてそのことを非常に良く理解しており,終始,緊張感の中にもユーモアのある挑発行為を応酬していた。これだけを見れば,格闘技のフォーマットを実に忠実に遂行しているのがわかる。だから彼らの口から“詩は格闘技である”という言葉がでてきても異論はない。
 『詩のボクシング』におけるマイクを使った詩の朗読に存在するもうひとつの暗喩とは,文字通り,ラッパーたちによるDJバトルである。HIPHOP音楽におけるラッパーやDJたちは,マイクを片手に即興で言葉をあやつり,その技術を互いに競い合うのである。日本では代々木で行われるB-boy ParkのDJバトルが有名で,ここから多数のラッパーやDJたちが誕生している。DJバトルの源流は,古くはニューヨーク,ソーホーの不法居住地区やデトロイトから8マイルの貧困黒人街にあり,ここで貧しい黒人ラッパーたちが日夜マイクを片手にDJバトルを繰り広げているのだ。彼ら黒人ラッパーが題材にするのはドラッグやセックス,そして貧困などに加えて,敵対するグループに対する辛辣な批判である。これはHIPHOP用語では“ディスる”(disrespect)と言い,日本では,ハードコアなHIPHOPユニット「キングギドラ」のメンバーであるZEEBRAが『公開処刑』という曲の中で,Dragon AshやKICK THE CAN CREWという売れ筋のグループをボロクソにディスったことがきっかけで,一時音楽業界でもファンを巻き込んで論争にも発展したことがある。
 また,そこに対戦相手こそ存在しないが,現在は報道番組のキャスターを務める古舘伊知郎の『トーキングブルース』というトークライブこそ,8マイルの貧困黒人街のDJやラッパーの詩的精神を正統に継承しているものではないだろうか。中でも1999年12月31日の夜にミレニアム・カウントダウンのイベントとして浄土宗西山禅林寺派総本山の禅林寺で行われたものは,近年の彼の仕事の中では最高峰のものであろう。
 ラッパーやDJたちが手にするマイクは,単に音声を増幅させるための音響機器としてあるのではなく,そのマイクを叩いたり,服や体に擦りつけたりして様々な音を出すための身体と一体化したツールなのである。さらにいえば,KICK THE CAN CREWが『マイクロフォンのテーマ』という曲の中で歌っているとおり,マイクはその形状からして勃起した男性器の象徴であり,このようなことを考えると,マイクを握るという行為自体に身体性が立ち上がってくるのである。以上のような意味合いから考えれば,『詩のボクシング』のようにマイクを使った詩の朗読が,必ずしも肉声だけによる詩の朗読よりも劣っている,または身体性が欠如しているとも言えないのである。
 ただ,現代詩の朗読よりも歴史の長いDJバトルにこそ,真の言葉の戦いがあるようにも思う。詩人たちは熾烈なDJバトルの壇上に上がってこそ,格闘技としての詩の帰結をみるのではないだろうか。

■楠かつのり(日本朗読ボクシング協会コミッショナー)ブログ
http://imageart.exblog.jp/

■詩のボクシング 公式web
http://www.asahi-net.or.jp/~DM1K-KSNK/poetry-boxing.htm

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13. Juni 09

【プレス試写会】 林家しん平監督 『深海獣雷牙』 (2009年・クロスロード)

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 6月11日(木),下北沢の北沢タウンホールで林家しん平監督の新作怪獣映画『深海獣雷牙』(2009年・クロスロード)のプレス試写会が行われた。
 今回公開された作品は,前作の『深海獣レイゴー』に続く,監督としては2作目の商業ベースの作品である。
 物語は,前作で戦艦大和と戦った深海の大怪獣レイゴーが,戦後60年の時を経て現代に蘇り,浅草の下町で大暴れするというもの。

 まず,しん平監督の映画づくりは,脚本段階から相当に時間をかけているという印象がある。怪獣映画のスタンダードなセオリーをよく理解しているしん平監督は,もちろん書き出したら早いのであろうが,構想を練る段階では,相当の思考的実験がなされているように思う。なぜならば,しん平監督の怪獣映画の場合,どんな怪獣を登場させるか,そしてその怪獣でどこの町を壊すかということを考える以前に,まだ誰も手を付けていない怪獣映画における余白部分を探すことから始まるからである。
 前作『深海獣レイゴー』では,物語の設定を太平洋戦争とした。そしてこの時代にゴジラ級の大怪獣を登場させ,現代あるいは未来の,いわば何でもありのオーバーテクノロジーでその怪獣と人間が戦うのではなく,戦艦大和以下連合艦隊に装備された近代火器だけで大怪獣と戦ったのである。これは初号のタイトルにも一時採用されていたように,文字通り『大和VSレイゴー』なのである。この作品の中で我々は,大和の94式46サンチ主砲弾が大怪獣目がけて炸裂するという,特撮怪獣映画史上,未だかつて見たことのなかったシーンと遭遇できたわけである。そしてなおかつ,史上最強の超弩級戦艦大和とゴジラ級の大怪獣が真剣に戦ったらどちらが強いのかという,怪獣好きの大人ならば誰しも少年少女時代に一度は空想したであろうある種のロマンの帰結をここに見たことになる。
 そして今回新たに公開された『深海獣雷牙』の世界は,浅草の町内という余白で展開される。
 近年の商業ベースの怪獣映画では,大都市や観光地のランドマークが怪獣によって派手に破壊されることにエロスやカタルシスが生成されていた。また,怪獣映画がNHKの歴史大河ドラマと同様の,ある種の「町興し」的要素も持っているならば,都市や有名観光地が怪獣に踏み潰されることは広告的宣伝効果にもつながる。この時我々は,都市という大きなフレームの中で怪獣を遠景から眺めているのであり,文字通りスクリーンの向こう側の怪獣をメインイベンターである客体として見ているのである。このような空間の中で,今回しん平監督が掘り起こしたのが,浅草の町内という空間なのである。ここで人々は,都市の中で同化した遠景としての怪獣ではなく,風呂屋や床屋や長屋の物陰からこちらを睨む怪獣と鉢合わせになるのである。

 怪獣特撮映画でリアリズムを求める場合,怪獣と人間との対峙を,24時間緊張感を保ったままの状況に描きたくなりがちだが,そこには当然のことながら人々の日常の暮らしがあり,戦時下あるいは非常時の中にあってもその日常は続いていくのである。怪獣も,なにも24時間暴れているわけではない。しん平監督の今回の作品は,その非常時下の日常空間の中での浅草の人々の,人情あふれる暮らしぶりを活き活きと描いているのである。だから,前作のレイゴーが怪獣の出てくる戦争映画とするならば,『雷牙』は,怪獣の出てくる人情ドラマであるといえるのである。そして「怪獣」という要素で2つの作品がつながることによって,両作品が「陰/陽」の関係を互いに補完し合っているのである。
 『深海獣レイゴー』の世界が戦時中の夜の海で展開され,しかも人間を容赦なく襲うレイゴーの深い情念が「陰」の世界を作り出していたのに対して,今回の『深海獣雷牙』は底抜けに陽気である。その陽気さとは,火事や祭りで大騒ぎをする浅草下町の人々の気質が作り出しているものであろう。怪獣がすぐそこまで迫っているというのに,家族を置いて情婦のもとへ走る下町のダメおやじこそ,案外これが極限状態に達した人間の本性かとも思えて愛らしくなる。また,長屋の物陰から怪獣の姿と対面した時の下町おやじの第一声も,悲鳴をあげるどころか,「カッコ良い!」である。しかも怪獣特需で大儲けをして,娘たちと一緒に旨そうな焼肉をほうばっている姿などを見ると,つくづく下町の人々のたくましささえ感じてくるのだ。
 このような下町の人々の人情味溢れる生活を描けるのは,噺家という顔も持ち合わせているしん平監督ならではないか。出演者もプロの役者陣と並んで錚々たる噺家の方々が,浅草の日常の中を活き活きと生活しているのである。これを見る限りはただの人情物語になってしまうが,この作品はあくまでも特撮大怪獣映画なのである。このような人情パートが随所に挿入されながらも,そのすぐ頭上では,大怪獣が大暴れしているという構図である。

 おそらくこれからこの作品を見る怪獣映画ファンの間では,評価が真っ二つに分かれるかもしれない。殊に,24時間緊張感を保ったまま怪獣と対峙したような状況にリアリズムを求める類の怪獣映画ファンからしてみれば,そこにまるで「寅さん」の世界みたいな「涙」と「笑い」の人情悲喜劇が挿入されることに違和感を覚えるかもしれない。だが,林家しん平という監督が何がしたい監督なのかを理解すれば,その違和感も次第に解消されていくであろう。しん平監督と親交の深い雨宮慶太監督も,“この世に映画は2種類しか存在しない。一つは怪獣が登場する映画であり,もう一つは怪獣が登場しない映画である”と言っているとおり,しん平監督は,冒頭でも述べたように,これまでどの怪獣映画も手をつけなかった余白を掘り起こすというフォーマット的実験を行っているのである。そして今回は,怪獣映画のフォーマットに浅草の人情と色艶的世界が収まったのである。
 だからといって,怪獣映画の様式美を放棄してしまったわけではない。この作品の中には,怪獣映画ファンだからこそ気づくであろう,そして喜ぶであろう様々なシークエンスが盛り込まれている。例えば,夜の海を航行する小型船舶が洋上で得体の知れない何者かに襲われるシーンや,観光地ではしゃぎまくっている空気の読めないDQNカップルが,一瞬にして怪獣の餌食となるお馴染みのシーンは,もはや怪獣映画における伝統的様式美なのである。中でも,昔ながらの風俗店が立ち並ぶ路地が炎に包まれていくシーンは,熱海が舞台となった『大巨獣ガッパ』で温泉歓楽街が大炎上するシーンをも彷彿とさせる。
 そして,隅田川から上陸した大怪獣が,あの川沿いに聳える有名ビール会社の通称“うんこビル”に一撃を与え,その黄金のうんこオブジェが夜空に舞い上がるシーンで,この怪獣映画が,真夏に相応しい陽気なお祭り映画であることを堂々と宣言しているのである。
 怪獣映画というからには,当然,怪獣と戦う何らかの軍隊か,それに準ずる組織が必要である。そこで『深海獣雷牙』の世界観で設定された組織とは,台東防衛隊という組織である。本来ならばこのような場合は自衛隊か,あるいは被害が諸外国にも及ぶ場合には米軍,または国連軍の出番であるかとも思われるが,台東防衛隊としたところに,先ほども述べたとおりこの作品が,浅草の町内という余白をもって展開されるに相応しい整合性がでてくるのである。
 今回,帝國海軍やわが国自衛隊の代わりに大活躍する台東防衛隊は,地元商店街の人々の有志によって組織された自警団のようなものだ。ここに集うメンバーは,普段は履き物屋や古本屋の主人だったりする。いわばクラスター爆弾やステルス戦闘機を隠し持っている火消し隊である。この火消し隊が,浅草の夜空を舞台に大怪獣と死闘を繰り広げるのだ。軽快な挿入歌のリズムに乗って展開される大怪獣との戦いは,まさにお祭りそのものであり,在庫一掃処分セールさながらに怪獣の頭上に投下されるクラスター爆弾は,浅草の真夏の花火のように美しい。町の人たちもそれを見物して大喜びといったところである。
 そして,あたり一面焼け野原になった町の上にどこまでも広がる青空を見た時に,盛大に盛り上がった祭りの後の,あの何ともいえない郷愁のようなものを感じるのである。
 公開は8月の予定。まさに風呂上がりの真夏の夜に浴衣を着て見るのにふさわしい作品である。

『深海獣雷牙』公式web
http://d-raiga.jp/
『深海獣雷牙』公式ブログ
http://blog.d-raiga.jp/

■先行上映■
6月27日(土)22:30~池袋・新文芸坐
「深海獣雷牙」先行上陸!特撮怪獣天国
林家 しん平監督「深海獣雷牙」「深海獣レイゴー」
手塚 昌明監督「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」
雨宮 慶太監督「ゼイラム」
オールナイト4作品上映と3監督によるトークショー
挿入歌の「らぶぶ(あやか・かおり・ケイリ)」も登場

■井上リサによる林家しん平監督作品レビュー記事一覧
林家しん平監督 『深海獣雷牙』 ついに完成
林家しん平監督 『深海獣雷牙』 撮影快調!
林家しん平監督 『深海獣レイゴー』(2008・インターメディア,於・北沢タウンホール)
林家しん平監督 『深海獣レイゴー』 遂に公開決定

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11. Juni 09

速報! 林家しん平監督 『深海獣雷牙』 プレス試写会大盛況

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 6月11日,下北沢の北沢タウンホールで,林家しん平監督の新作怪獣映画『深海獣雷牙』のプレス試写会が行われた。
 マスコミ多数,特撮関係者多数,キャストの皆様,スタッフの皆様も駆けつけて,大賑わいの中,上映も成功裡に終わった。
 これまで怪獣映画といえば,お正月映画が定番であったが,この作品は真夏に公開するに相応しい“お祭り”映画。
 詳細は明後日の記事で!

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今回はこんな大怪獣が浅草の町で大暴れ

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浅草の町内を守る「台東防衛隊」は,なんと政府に内緒でF-22も配備。
もうすぐ捨てなければならないはずのクラスター爆弾も,まるで隅田川の花火みたいに町中で炸裂!
(この記事を書いた時には,ラプターに見えた戦闘機は,詳しいブログ読者さんによると,F-15とF115だそうです。)

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試写が終わって,ロビーで軽い打ち上げパーティーの様子

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10. Juni 09

【現代詩】 詩人・野間明子朗読ライブ(ギャルリー東京ユマニテ)

 詩人・野間明子が,おおよそ20年ぶりに,本格的な朗読ライブの舞台に立った。この日に読まれた作品は,野間明子の第一詩集『玻璃』(漉林書房)に収録されている「鬼」,「ヒュドラ」,「プロキオン」,「雨期」の代表作などを中心に,1時間の舞台の中で,『玻璃』の前後に書かれた作品も朗読された。
 この中で,「プロキオン」は,今から20年ほど前に,画家・梅崎幸吉が主宰する銀座7丁目の裏路地にあったギャラリー・ケルビームでの朗読ライブでも読まれたこともある思い出深い作品である。当時ギャラリー・ケルビームでは,現代アートの作品の展示だけではなく,音楽,パフォーマンス,朗読といった様々なイベントが毎日のように行われていた。その中で,主に詩人・田川紀久雄が主宰する漉林書房の同人の詩人たちが多くライブの舞台に立ち,自作詩を発表していた。
 この日,20年ぶりにソロ・ライブの舞台で読まれた「プロキオン」は,当時のものとは大分違った印象を受けた。まず,ケルビームとユマニテでは,空間の構造が大きく異なる。ユマニテは真四角に近い空間で,床がリノリウムなので,詩人の肉声が床にも良く反響されている。それがいわばアンプのような効果を生み,肉声に艶が出て有機的な音質になる。特に女性詩人の高音域に,この特徴が顕著に出るようである。
 一方で,ケルビームは細長い空間で,床が絨毯であったので,それが逆に消音効果を生むので,詩人の肉声が堅牢な質感となる。しかもユマニテの空間のように肉声がほとんど反響をしてくれないので,詩人の力量の差が圧倒的に出るのである。このような条件の中で,かつて野間明子は,非常に無機質で堅牢な質感の肉声を,ギャラリーの最後方まで飛ばし,迫力ある朗読ライブを行ったのである。この時に読まれた「プロキオン」という作品は,もう何度も私は批評で書いているが,インパクトの強い作品なのである。
 しかし,今回読まれた「プロキオン」は,ケルビームの頃に聞いたものとはまったく印象の異なるものとなっていた。ここで,ケルビームでのライブが映像資料として残っていないことが本当に悔やまれるが,まず,ひと呼吸ずつ間をとりながら読む冒頭の3行,即ち

 プロキオン
 き・おーん
 ぷろきおん

の後に,早いテンポで怒涛の如く言葉が展開していくパートが現れるのである。それがこの部分だ。

「あたしは菜っぱを食べている,曇ったステンレスの両手鍋でちぬと水菜が煮えている,強火でなければ消えてしまう錆びたガスコンロにかかっている,ビスケットの罐をひっくりかえしたガス台に金茶色の脂染みが消えない/昆布だしで煮て食べている,残り少なくなった中味にちぬの脂が浮いている,青いチェックのビニールクロスがかかっている,チェックの上の花模様にしょうゆ差しの丸い跡が消えない,花模様の向こうに煮たった薬罐を乗せたビニールの縮みが消えない」

この後もまだまだ続くこのパートを,当時の野間明子は,息もつかずに一気に読んだのである。この作品の中では菜っ葉と魚の煮物が鍋でぐつぐつ煮えたぎっており,その煮立った鍋から聞こえてくる世話しない音のイメージが,この早いテンポと非常に良く合うのである。
 それに対して,今回再び朗読された「プロキオン」は,全体的に落ち着いたテンポであり,20年前の朗読と比較するとリズムやテンポにはあまり抑揚はない。その分,野間明子は一語一語を拾うように読んでいくので,感情も声に乗ってくる。そのためなのか,以前の「プロキオン」を聞いた印象では,現代詩の非常に実験的な作品のように聞こえたのだが,今回このように改変された「プロキオン」では実験的な作品の片鱗はもはや見ないが,その代わりに,野間明子自身の私小説的寓話の世界が広がっていくので,これはこれで面白い。当時,「プロキオン」や表題作品である「玻璃」だけが突出した作品に思えていたが,今回のライブを聞くかぎりでは,その他の作品,「鬼」,「ヒュドラ」,「雨期」と並んでも,違和感はない。
 テキストはいわば音楽に例えれば楽譜と同様で,そのテキストはリズムやテンポも含めて読み手の解釈に委ねられる。同じ読み手でも,年代によって解釈が変わってくるのは珍しいことではなく,われわれは同時代に生きているからこそ,その変容を楽しむことができるのである。

 ライブが終わった後,帰りの電車の中で野間明子と一緒だったので,ケルビーム時代の想い出話しなどに華が咲いた。野間明子に言われて思い出したのだが,実は当時,私も画家・梅崎幸吉が企画した朗読ライブの舞台に一度だけ立ったことがあるのである。この時は詩人の伊藤洋子とデュオの舞台に立ち,私のドイツ語の詩「リンゲルの海」を,伊藤洋子が和文訳で,そして私は原文のドイツ語で朗読したのである。しかしこれも当然のことながら映像資料も音源も残っていないのが残念である。野間明子が当時を振り返って言うには,私の声と伊藤洋子の声がお互いに良いハーモニーになっていたそうである。
 それから野間明子からはこんな言葉も聞けた。
「詩人は世の中に相手にされていないから,自分の作品が批評の俎上に上げられることにも慣れていない」
 とのことである。
 この言葉は現在,現代詩に関わるすべてのものたちが抱えている問題なのであろう。同人活動は盛んだが,それが世の中に向かっていないことは確かである。かつて,詩人・一色真理らと一緒に現代詩のイベントをやった時も,このような話をした記憶がある。あれからやはり20年の時を経ているが,詩壇は何も変わっていない様子である。そんな中でも,かつてケルビームという,ユマニテなどとは比較にならないほどのタイトな空間で鍛え上げられた野間明子が,再び肉声の朗読ライブの舞台に帰ってきてくれたことは素直に嬉しい。

■井上リサによるその他の野間明子レビュー記事
野間明子第一詩集 『玻璃』(漉林書房)~詩人,野間明子が20年ぶりに朗読ライブの舞台に立つ~

 

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09. Juni 09

【映画】 『宇宙戦艦ヤマト』 復活篇,今度の敵は国連軍だ

 今年12月に公開予定の『宇宙戦艦ヤマト』復活篇は,「特報」というかたちでPVを公開するなど,少しずつその全容が明らかになってきた。プロットの骨子の部分は,以前に「胎動編」というヤマト新作のコンセプト設計を追った短いドキュメンタリーで公開されたものをそのまま踏襲している。すなわち今度の物語は,地球に移動型のブラックホールが接近したために,人類は他の惑星へ移住することを決断し,大移民団で航海に出るというものだ。そこに,人類の移住を快く思わない勢力が登場して,地球と戦争になるわけである。
 ヤマトには毎回様々な国家が敵国として登場してきた。それはどれもこれもインパクトの強いものであり,登場キャラクターやそのテーマ音楽もアニメ史上に残るような秀逸なものが多い。そしてこの敵国は,実在の特定国家を何らかのかたちでイメージさせるような演出がなされている。
 例えば,第1作に登場するガミラス帝国は,あきらかにドイツ第三帝国を連想させられる。この国家は一度滅びた後,今度はガルマン=ガミラスという新興国家として復興をするわけだが,この名前を見ても,遠い地球の歴史の中に存在したゲルマン民族と同根のものを感じるのである。もちろんこれは私個人の想像の域をでないが,次に登場した白色彗星帝国ガトランティスは,プロデューサーの西崎義展がしばしばコメントしているとおり,あれは米帝そのものである。日本人から見たら(いや,私の友人のアメリカ人までそのように指摘したが),あの渦を巻いたガス雲で覆われたガトランティスは,まさに原子爆弾を想起させるようなもので,その中から登場した巨大な高層ビルが立ち並ぶ都市国家の姿は,まさしくニューヨークの夜空に浮かぶ摩天楼である。
 ヤマトの一連の物語のコンセプトを,宇宙を太平洋の海に例えた宇宙空間で展開される太平洋戦争と理解するならば,このような仮想敵国の設定は現実味を増すのである。これは,西崎義展が年代的にもいわゆる戦中派の中に含まれることをみても,納得せざるを得ない。
 そして今度の敵は,SUS国家連合という非常に規模が大きい星間国家連合である。SUSと聞いて,一瞬スタートレックの惑星連合USSを連想したが,この「復活篇」に西崎義展の名がクレジットとして明記されていることを考えると,このSUS,すなわちスーパー・ユナイテッド・スターという星間国家連合は,明らかに国連軍をイメージしたものであるといえる。ユナイテッド・スターはまさに“ユナイテッド・ネイション”=UNに他ならない。

 私は在欧中に,国連職員の友人たちとも親しくする機会が多かったが,不思議なことに,G8に含まれない途上国の友人たちほど,国連に対して必要以上の期待を寄せていて,国連で仕事をすることに夢や誇りを持っているのである。私のように日・独・英の西側言語を使い,西側諸国に生まれ育ったものにとって,国連というもはや形骸化された埃まみれの組織に,なぜにそんなに期待を寄せるのかまったく理解ができなかったのだ。
 国連とはもともと戦時中の国際連合をそのまま引き継いだような組織であり,先の大戦の戦勝国で常任理事国が固められている。日本は憲法9条が足枷となって他の先進加盟国ほどはいろいろなことを協力できないでいる。しかし経済支援や復興支援などでは大きな貢献をしている。それでも国連における日本の地位は依然として低く,国際的評価もあまりされていない。
 麻生太郎の著書『とてつもない日本』の中には,自衛隊の給水車などに「キャプテン翼」の絵が付いていて,それが日本のものであると途上国の子どもたちにもすぐに分かるので喜ばれている,というようなエピソードが書かれていた。しかしそれでも戦時中に指定された敵国条項はまだそのまま残っており,今もって日本は国連から理不尽な扱いを受けているというのが,私がいろいろな国に滞在中に強く感じた正直な印象である。
 それにもかかわらず,日本でも「国連」と名の付く物は何かと有り難がり,それがステイタスになっていることにも違和感を覚えるのだ。
 このような思いにかられたときに,私はある2つの作品を思い出した。一つは,現代美術作家の柳幸典の国連旗のインスタレーション作品と,もう一つは,詩人で格闘家のアントニオ猪木の第一詩集『馬鹿になれ』(角川書店)に採録されてる「生き地獄」という詩である。
 柳幸典の作品は,私も出品した現代美術の国際展『人間の条件』展(1994年,青山スパイラル)に出品されたもので,国連旗を染め抜いたインスタレーションである。われわれがいつも見慣れている国連旗は北半球側から地球を見た地図であるが,柳幸典が染め抜いた国連旗は,南半球側から地球を見た地図になっている。つまり,国連というものが,所詮,北半球諸国の資本主義によって貧しい南半球の途上国を搾取してきたにすぎないといわんばかりの作品だ。そして世界を裏側から見ているのである。

 猪木の詩ではこのようなフレーズがでてくる。

 「ぼろぼろと どこへ行くのか悲しい荷物」

 これが「生き地獄」の冒頭である。そして読み進むうちに,これが一体何の荷物なのかわかってくるのである。

 「ソマリアの暑い太陽は
 容赦なく大地を焦がし
 水分の最後の一滴まで奪い取っていく
 小さな肉体が白い布に包まれて
 まるで荷物のように
 ぼろぼろと 無造作に運び去られる」

 これを読んでわかるとおり,冒頭で猪木が“荷物”と言っていたのは,実はソマリアで死んだ子どもの遺体のことだ。これが国連職員によって白い布に包まれて,まるで“荷物”のように撤収されていく様子を表しているのである。
 この詩集のあとがきで,詩人の百瀬博教もこの作品を取り上げているが,国連職員にとってはこれは「死の日常」にすぎないのだが,猪木の目からみた場合,あまりにも遺体の扱いがぞんざいだったのであろう。西側の論理でいくら調停に入っても,国連は常に無力であることを物語っている詩なのでる。
 ヤマトのプロデューサーの西崎義展も,どことなく国連というものの存在に欺瞞さを感じているのではないかと思ってしまうのは,冒頭で述べたとおり白色彗星帝国の都市国家がニューヨークの摩天楼を暗喩しているからである。このメタ構造の中で,SUS国家連合が,当然のことながら国連軍に見えてしまうのは,私の考えすぎであろうか。

■井上リサによるヤマト関連記事
【映画】『宇宙戦艦ヤマト』の新作「復活篇」が今年12月に公開~波動砲6連射をめぐる是非~

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08. Juni 09

【プロ野球】 金本知憲の空間と身体

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 阪神4-3ソフトバンク(3回戦)
 7日に行われたプロ野球交流戦,阪神×ソフトバンク第3回戦は,阪神が今季4度目のサヨナラ勝ちをおさめた。
 勝利を決めたのは,今や阪神の不動の4番打者となった金本知憲である。これにより金本は,田淵や竹之内と並ぶ球団タイ記録を達成したことになる。普段は民放をまったく見ない私も,この日はプロ野球ニュースを久しぶりにハシゴをしたのだが,残念ながらこのことについて詳しく報じているメディアは私の知る限りは見あたらなかった。
 そこで翌朝,阪神の極右プロパガンダ紙『デイリースポーツ』紙を開くと,予想どおり金本の文字が1面で躍り,下段では,田淵,竹之内の記録に並んだことも詳しく書かれていた。一つの情報源だけに頼っていては真実を知ることは出来ない。『デイリースポーツ』を読まなかった多くの人は,このことを知ることはなかったであろう。

 金本がこのたび達成した記録とは,1シーズンで4度にわたりサヨナラ勝ちの決勝打を打ったという記録である。金本のように華がある選手の場合,一つの試合での出来事がインパクトが強いので,今シーズン何度もサヨナラ勝ちの場面を見ているような気がするが,実際にはたかだか4度なのである。この数字を見ても,チャンスの場面で確実に試合を決めることの難しさと,そしてそのような場面に打席が回ってくることの確率を考えたら,金本の数字は驚異的なのである。
 しかし金本は今回の記録よりもさらにすごい記録をなおも更新中である。それは連続フルイニング出場という驚異的な世界記録であり,これは2006年4月9日に大阪ドームで行われた対横浜戦で達成された。この時金本が破った記録というのが大リーグでカル・リプケンが保持していた903試合連続フルイニング出場という記録であった。金本が4月9日に刻んだ世界記録は現在も更新中であり,このままでいくと,2010年に1500試合ということになる。おそらくこれは,これから先も誰も破ることが出来ない記録になるだろう。

 連続フルイニング出場とはどれだけ大変なのかを理解するには,自分の好きな選手の1シーズンの打席の全記録を振り返ってみればいい。連続フルイニング出場ということは,怪我で試合を休むのはもちろんダメであるし,例え全試合出たとしても,途中で代打を送られたり,守備固めのためにベンチに下げられたりしてもダメなのである。
 だから,全試合出場した選手はたくさんいるかもしれないが,フルイニングとなると,かなり厳しいのである。
 往年のプロ野球OB諸兄からみると,近頃の選手は怪我や病気で簡単に試合を休むような印象があるらしい。そして成績不振を怪我のせいにしたりする。このような今風の選手たちに比べて金本が超越している部分は,打席に立ったら一斉の言い訳をしない,ということである。もちろん金本も人間であるからシーズン途中で体調を崩すこともあろうし,怪我もする。ではなぜフルイニング出場の世界記録を更新中なのかというと,骨が折れても試合に出てくるからである。
 阪神タイガースの試合を見たことのない人間にはおおよそ信じられないことと思うが,金本はかつて,左腕が骨折しているにもかかわらず試合に出たことがあった。そして片腕でバットを持ってヒットを打ったのである。金本のこの行為は,文字通り近代野球のセオリーとは逆行,あるいは逸脱するようなことであり,どこか劇画的なのである。
 スポーツとして近代化がなされた日本プロ野球は,古くは劇画『巨人の星』に代表されるような精神鍛錬主義から近代運動生理学へと移行していったわけだ。その中で洗練されていった日本プロ野球は,メジャーリーガーとも互角に戦えるようにまで合理的になったが,そこで失われたものもあるだろう。
 金本知憲という一人のアスリートが作り出す空間と身体性は,日本プロ野球の伝統であった,いわゆる“体育会系”を素とする精神鍛錬主義と,そして近代運動生理学の究極を体現するハイブリッドなものである。現在40歳を越えるその肉体は衰えるということを知らず,今もって多量の男性ホルモンを分泌しているという。金本が“化け物”と言われる所以はここにある。
 また,徹底した身体管理は運動生理学に基づく科学的なものであり,オフシーズンにこれらをメンテナンスすることによってシーズン中の最高のパフォーマンスを維持しようとするのである。だからといって,金本自身が極端に近代生理学に傾倒しているのかといえば,そうではなく,同時に日本プロ野球の伝統,あるいは日本古来の「求道精神」のようなものも兼ね備えているところが,チームメイトの精神的支柱となりえる理由でもある。
 例えば金本は,朝起きたらまず自宅の神棚に向かい,水,米,酒を順に捧げるのである。そして出発前と帰宅後には必ず両手を合わせて神棚に一礼するのである。
 これをストイックと言ってしまうのは簡単であるが,金本のこんな一面を覗いてみると,近代運動生理学に基づくスポーツとしてのベースボール・プレイヤーではなくて,明らかに求道者としての姿が浮かんでくるのである。これは“卓球無双”と言われる平野早矢香とも通じるものがある。
 もし仮に,野球のカミサマというものがこの世にいるとしたら,私も毎日,「今日も金本が怪我しませんように」と,神の頂である六甲山の方角に向って,遠き東京の地から手を合わせたくなるのである。

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これは金本が連続フルイニング試合出場の世界記録を伝えた記事
(「デイリースポーツ」2006年4月10日付 一面)

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07. Juni 09

【映画】 林家しん平監督 『深海獣雷牙』 ついに完成

 林家しん平監督が昨年から制作に取り掛かっていた新作怪獣映画『深海獣雷牙』がついに完成した。昨日スタッフの方から連絡をいただき,それによると6月にはマスコミ関係者,特撮関係者向けのプレス試写会と,一般向けの先行上映会を行った後,夏に公開となる模様。
 しん平監督がこの作品に取り掛かったのは,昨年の8月あたりからである。それは,昨年しん平監督の商業ベースとして公開された第1弾の怪獣映画『深海獣レイゴー』の上映と併せて新文芸坐で行われたオールナイトのトークショーの席で明らかにされたものだ。レイゴーの上映が終わってトークショーに入った時,エンドロールにさりげなく映り込んでいた“レイゴー2”という文字を,会場のファンは見逃さなかった。私もトークショーの中で,この,あたかもレイゴーの続編でも作られるかのようなことをによわす“レイゴー2”というクレジットについて忌憚なく監督に向けて突っ込んだところ,「実はレイゴーの2作目の制作が本日決定しました!」という答えが突然返ってきて,会場のファンも私もたいへん驚いたのだが,すぐさま会場からは大拍手が起こった時のことが蘇ってくる。

 しん平監督は,これまで金子修介監督の平成ガメラ3部作にインスパイアされた自主製作映画なども制作するなど,ふだんから“怪獣魂”あふれる監督である。
 怪獣映画における醍醐味とは,もちろん登場する怪獣が格好が良くて,その怪獣に破壊されるビルや街並みにエロスやカタルシスを感じることである。しかしそれだけではなく,しん平監督の作品は,その怪獣の存在が,当事者としてのわれわれとどのように関わっているのかというリアリズムも同時に構築していくことが,脚本作りの段階からの独創性を浮かび上がらせている。
 しん平監督が得意とするのは,これまで数多の特撮番組,怪獣映画では空白地帯となっていた「場」や「空間」,あるいは「余白」を掘り起こしていくことである。初代コジラを契機に連綿と続くわが国の怪獣文化の中で,もうすべてのことがやり尽くされてしまったように感じるが,それでもしん平監督は,そのすべてのことがやり尽くされてしまったように見える世界の中にも,わずかな余白を見出して,そこで新たな物語を構築していくのである。
 前作『深海獣レイゴー』では,物語の舞台を太平洋戦争時代に設定した。われわれが子どもの頃より見てきた数多の特撮番組,怪獣映画の時代設定は,同時代か,もしくは近未来の日本が設定であることが多かった。したがって,大怪獣を迎え撃つ防衛隊も,オーバーテクノロジーで武装した史上最強の部隊である。わが国自衛隊も,ここぞとばかりにレーザー兵器やミサイルはもとより,核をも凌駕する戦術兵器で大怪獣と応戦する。テレビ画面や映画のスクリーンでミサイルや光線砲が飛び交うシーンはお馴染みのシーンである。
 このような状況に見慣れてきたわれわれにとって,太平洋戦争時代にゴジラ級の大怪獣が存在していたという設定自体が非常に新鮮なものであった。そしてこの大怪獣を迎え撃つのは自衛隊ではなくて,戦艦大和を旗艦とする帝國海軍の連合艦隊なのである。深海から出現した大怪獣レイゴーめがけて,大和の94式46サンチ主砲弾が炸裂し,雪風以下駆逐艦隊が,円形布陣でレイゴーを包囲して砲弾を雨あられと浴びせかけるのだ。今までどんな怪獣映画でも見たことのない大怪獣と近代火器の激突に,まさに胸躍る思いがした。
 そして今回公開される『深海獣雷牙』は,タイトルでもわかるとおり,前作のレイゴーとは何らかの関わりがあるのがわかるであろう。ここに登場する雷牙という大怪獣は,レイゴーと同族のものか,あるいはかつて大和と戦ったものの生き残りなのかは映画本編を見てからのお楽しみだが,あの頃のレイゴーよりもさらにパワーアップして,海から陸に上がってきたものであることは間違いない。今度はこの大怪獣が,浅草の町で大暴れするのである。
 今回,しん平監督が雷牙の世界で掘り起こしてきた「余白」とは,浅草という“町内”である。われわれは,大都市や有名観光地のランドマークが怪獣に壊されるのはさんざん見てきたわけである。そこで逃げ惑う人々も,怪獣目線で見て豆粒のような存在だ。しかし,浅草という小さな町で怪獣を大暴れさせることによって,そこで暮らす人々と怪獣との距離感がいきなり縮まるのである。もはや怪獣は,噴煙立ち込める瓦礫とともに遠景として眺めるものではなく,風呂屋や床屋の窓から見える存在なのだ。人々を怪獣から守る防衛隊も,自衛隊規模の大部隊が展開されるのではなく,台東防衛隊という地元自治体の自警団のようなものである。この存在も,例えば町の消防団やボウイスカウトなどの慈善団体に近いニュアンスがあり,浅草の路地を隔てた怪獣との白兵戦も期待できる。
 このリアリズムが,昔から火事と祭りが大好きそうな浅草の人々の暮らしの中で,どのように作り込まれているのか興味深い。まさに怪獣という“祭り”が,夏の浅草の夜空を派手に彩るような作品になりそうである。

『深海獣雷牙』公式web
http://d-raiga.jp/
『深海獣雷牙』公式ブログ
http://blog.d-raiga.jp/

■先行上映■
6月27日(土)22:30~池袋・新文芸坐
「深海獣雷牙」先行上陸!特撮怪獣天国
林家 しん平監督「深海獣雷牙」「深海獣レイゴー」
手塚 昌明監督「ゴジラ×モスラ×メカゴジラ 東京SOS」
雨宮 慶太監督「ゼイラム」
オールナイト4作品上映と3監督によるトークショー
挿入歌の「らぶぶ(あやか・かおり・ケイリ)」も登場

■井上リサによる林家しん平監督作品レビュー記事一覧
林家しん平監督 『深海獣雷牙』 撮影快調!
林家しん平監督 『深海獣レイゴー』(2008・インターメディア,於・北沢タウンホール)
林家しん平監督 『深海獣レイゴー』 遂に公開決定

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06. Juni 09

【アート】詩人・加島祥造展 「伊那谷からバリへ」(2009年6月8日~27日,Bar Kajima・銀座)

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 詩人で英米文学者の加島祥造さんから個展のご案内が届く。
 加島祥造さんと私とは,ユングの解釈をめぐる一連のやりとりがきっかけで6年ほど親交が続いている。もともとの始まりは,私の著書『芸術・思想家のラストメッセージ』(フィルムアート社)の中で,晩年のユングの短い評伝を書いた時に,ドイツ語で書かれたユングの自伝にでてくる老子のことばの和訳を,加島さんの著書『タオ 老子』の中から引用させていただいたことにさかのぼる。この時から加島さんとは手紙を通してユングをめぐるやりとりが長い間続いている。
 近年では,信州の伊那谷に毎年おじゃまして,創作の現場を拝見する機会も増えてきた。加島さんが一連の自由律による老子の翻訳の後に取り組んでいるのは,白楽天などの漢詩や,老荘思想にふれることによって新たにでてきた「求めない」という生き方である。この「求めない」については,加島さんの同名の詩集が現代詩では異例のベストセラーになり,カレンダーにもなっている。
 この「求めない」の次にでてきたテーマが,「受け入れる」というテーマである。これはただ「受け取る」のではなく,自分に課せられたすべての状況を「受け入れる」ことであることは,昨年加島さんのアトリエである「晩晴館」で行われたトークショーの時にすでにその萌芽を見せていたテーマである。近年の作品は,それを意識した表現も見られるようになってきた。
 個展のタイトルに出てくる“バリ”とは,加島さんが毎年訪れているバリ島のことである。近年はバリ島滞在中に制作された作品も多い。伊那谷とバリとでは,地形も気候もまったく異なるが,世の中の喧騒や「時間」に制約を受けることはないという点では共通しているのであろう。会いたい人とだけ会って,やりたい仕事だけをやり,あとは好きな時間に作品を制作するということは,東京に暮していては不可能に近い。伊那谷やバリに暮していればこれが可能なのかもしれないが,反対に,今度は会いたいときに人に会えないという孤独がつきまとうのである。
 かつて大学教授時代は都心に暮して都会的な生活をしてきた加島さんが,伊那谷に一人で暮すようになって,あの人間の存在を拒絶するような冬の駒ヶ根連峰の風景を見ながら描いた初期の作品は,まさに人間の割り込む余地がないような厳しいものだが,加島さんがそれから何度も伊那谷で四季を過ごすようになってからは,夕菅やチョウといった足もとにいる小さな生き物たちにも目がいくようになり,その作品の変化を知るだけでも興味深い。

 今回の個展会場となっている場所は,銀座7丁目のガード下のコリドー街にあるBar Kajimaである。Barの名前でわかるように,加島さんの御子息が経営している画壇バーだ。かつての新宿ゴールデン街とまではいかないが,コリドー街には今でも絵描き,詩人などがたくさん集まるバーがいくつか存在する。中央通りは海外の有名ブランドショップが並ぶようになって,昔の銀座を知る人はこの変容ぶりに驚くであろうが,コリドー街だけは,古き良き銀座の風合いを残したままである。
 Bar Kajimaは,細長いカウンター席の向こうにわずかながらのギャラリースペースがあり,カウンター席とは対照的にやや明るめの照明が施されている。ここで毎月いろいろな画家たちが作品を並べているのである。外へ出なければパリの雰囲気である。たまたまその日に隣り合った見知らぬ客とも遠慮なく芸術談義ができるのがこのような空間の楽しいところなのだ。
 本来ならば,銀座の中央通りこそ,こういった店が軒を連ねるほうが,町の景色としては味わいがあるのだが,近年はこういったBarだけではなく,画廊そのものが数が減ってきているのである。その中には,もっと金や人が集まりそうな場所へ移転したものもあるが,多くは事実上閉鎖に近い形で空間を閉め,作家の仲介や画商として事務所業務だけをしているところもある。このような状況を考えると,銀座で場所を一旦閉じた後,同じく銀座で再び画廊をリニューアル・オープンさせた藍画廊は,極めて異例なケースである。

 Bar Kajimaは,行くたびにいろいろな画家の作品が見られるだけではなく,ここの店で出てくる酒や料理も一級品である。特に,サワー種で焼かれたレア風味の黒パンは,他の店では食べたことがない。この直径3ミリほどにスライスされた湿り気のある黒パンに合うのが,カマンベールチーズと辛めのワインである。料理では,香ばしいラム肉と季節の野菜サラダがお勧め。
 このようなジビエ料理を口にしながら芸術談義ができる数少ないBarである。

加島祥造展 「伊那谷からバリへ」
2009年6月8日(月)~27日(土)
場所: 銀座コリドー街 Bar Kajima
    中央区銀座7-2-20 山城ビル2階
    電話 03-3574-8720
時間: 月曜~金曜(18:00~24:00)
    日曜日(15:00~21:00)

加島祥造トークショー
2009年6月20日(土)
場所: 文化クイントサロン
    渋谷区代々木3-22-7 新宿文化クイントビル2階
時間: 15:00~16:00
料金: 1500円
【申し込み】先着100名
はがきに「加島祥造お話の会参加希望」と明記し,住所,氏名,電話番号を書いて『銀花』編集部までお送り下さい。
『銀花』 編集部
渋谷区代々木3-22-7 文化出版局 季刊 『銀花』 編集部まで

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05. Juni 09

【CS放送】 石川雅之原作の『もやしもん』 放送スタート(アニマックス)

 昨日からCS放送局アニマックスで石川雅之原作の『もやしもん』の放送がスタートした。
 この物語は,主人公の農大生・沢木惣右衛門直保とそれをとりまく研究室の仲間や,風変わりな教授をめぐるディープな人間関係を面白おかしく描いた作品である。大学の研究室という狭い空間で醸し出される人間関係は,文字通り,いい具合に“発酵”しかけた麹のようである。
 ここに登場する農大生の直保には他の人間にはないある特殊能力を持っている。それは菌類やウイルスを肉眼で見ることができる能力である。そのために,直保の視点で描かれた『もやしもん』の世界では,なんと菌やウイルスもかわいいキャラクターとして登場するのである。そしてこれらの“ゆるい”いでたちのかわいい菌類は,あの『Dr.スランプ アラレちゃん』に登場した,人格を持ったしゃべるウンコと同様に,声を出すのである。
 全話を通して登場する菌類は,乳酸菌や麹菌などのわれわれ人間の暮らしに関わりの深い菌類に始まり,O-157,ボツリヌス,インフルエンザなどの毒性の強いものたちも,ユーモラスなキャラクターとして登場する。
 このように「病」や菌類における擬人化の源流は,西洋絵画では一連の「死の舞踏」の中に求めることができよう。

 「死の舞踏」では,「死」,「病」,「老い」という人間の抱える苦について,それを化け物や権力者,時には宗教家,裁判官,医者としての姿で描き,我々人間は,常に,「死」,「病」,「老い」と隣り合わせなのである,というメッセージを送っている。この「死の舞踏」の歴史は実に長く,古くはキリスト教登場期の写本の中にも多く見ることができる。その後時代とともに「死の舞踏」は変容を繰り返し,かつてはペスト,コレラ,麦角といった古い時代の伝染病が多く擬人化されたのに対し,近代では「癌」が工業化社会の象徴として擬人化されたり,「公害」や「戦争」,「ドラッグ」といった今日的テーマも「死」の象徴として様々に擬人化されている。
 「死の舞踏」における「死」や「病」を理解するには,仏教思想にある「生老病苦」や「四苦八苦」の思想も助けになるだろう。つまり,人間は誰しも生まれながらにして様々な苦を抱えており,それが「生老病苦」である。そしてここにさらなる苦が加わって「四苦八苦」となるわけだが,これをけして恐れるな,あるいは自分から遠ざけるな,ということである。
 わが国では長い間,「死」について語ることをタブーとされてきた。例えば欧米の病院ではシスターや牧師が普通に廊下を歩いているが,この状況に特に違和感はない。一方で,もし日本の病院の廊下を袈裟を着た坊主が歩いていたら,それを見た多くの人は,おそらく「葬式」などを連想して,ネガティブな感情がわいてくるであろう。
 この違いは何かというと,欧米のいわゆるホスピタルは,その前身が教会の修道院であり,その空間の成立自体に死を看取るという宗教的要素があったのである。そのような歴史的背景で近代化が進んできた欧米のホスピタルは,「治療」と「看護」そして「介護」が全人的に共存しているのである。一方で仏教徒が一番多いであろうわが国の場合には,欧米的理念に基づく科学的な臨床学と,死にゆく人を送るという宗教的要素を担うものとが融合することなく分断されたままなのである。
 もちろん国内にもキリスト教系のホスピタルは数多くあり,そこでは死にゆく人の全人的ケアが実践されてはいるが,それでもここの空間に袈裟を着た坊主はなかなか入っていけないであろう。それは,何も現代の医療空間だけに問題があるのではなく,日本の仏教が,これまで人間の生活史に寄り添うものではなく,“葬式仏教”でしかなかったという点も指摘できる。

 文化人類学者の上田紀行は,この“葬式仏教”的日本仏教に疑問を感じ,都内の禅宗の寺で「仏教ルネサンス塾」という寺子屋的なトークショーやワークショップを精力的に行っている。また,僧侶で医師の対本宗訓は,かつて臨済宗佛通寺派元管長というポストを捨てて,すでに僧侶でありながら医者になるために医学部へ進学したという経緯があり,仏教の世界でも,「葬式」といった人が死んでからのことではなく,死にゆく人とも寄り添っていくことの大切さが提言される機会が増えてきてはいる。
 このような状況と関連して,近年では仏教の寺院が経営する老人介護施設やホスピスも登場するようになった。まだまだこれらは少数派であるが,ようやく欧米のシスターや牧師と同様に,僧侶が医療現場に堂々と入っていける環境が出来てきたといったところである。

 話を『もやしもん』に戻すが,西洋美術史における「死の舞踏」が,「死」や「病」を生活史の中で身近に捉えていこうとするものならば,『もやしもん』の世界もまた,菌やウイルスといった普段は目に見えないものたちの生活史に目をやるものである。これらのものたちに親近感こそわかないまでも,その活き活きとした生活史を垣間見ることで,これらのものたちも必死に毎日生きているという健気な姿も伝わってくるから不思議なのである。
 かつて,のど薬のCMで擬人化されていた「エヘン虫」や,『アンパンマン』に登場するバイキンマンは見るからに悪者だが,それでもどことなく憎めないのは,日本古来のたとえば「ツツガムシ」信仰や「疱瘡神」信仰にみられる,カミサマとして祀られた「病」の源流があるからだ。この点が,「病」を人間社会から駆除しようとした西洋世界とは異なるのである。
 普段は日本アニメを楽しんでいる欧米の友人たちも,菌類やウイルスが擬人化して登場する『もやしもん』の世界観はなかなか最初は理解しがたいであろうが,これもかたちを変えた現代における「鳥獣戯画」と思えば,ますます興味がわいてくるであろう。

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