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05. Juni 09

【CS放送】 石川雅之原作の『もやしもん』 放送スタート(アニマックス)

 昨日からCS放送局アニマックスで石川雅之原作の『もやしもん』の放送がスタートした。
 この物語は,主人公の農大生・沢木惣右衛門直保とそれをとりまく研究室の仲間や,風変わりな教授をめぐるディープな人間関係を面白おかしく描いた作品である。大学の研究室という狭い空間で醸し出される人間関係は,文字通り,いい具合に“発酵”しかけた麹のようである。
 ここに登場する農大生の直保には他の人間にはないある特殊能力を持っている。それは菌類やウイルスを肉眼で見ることができる能力である。そのために,直保の視点で描かれた『もやしもん』の世界では,なんと菌やウイルスもかわいいキャラクターとして登場するのである。そしてこれらの“ゆるい”いでたちのかわいい菌類は,あの『Dr.スランプ アラレちゃん』に登場した,人格を持ったしゃべるウンコと同様に,声を出すのである。
 全話を通して登場する菌類は,乳酸菌や麹菌などのわれわれ人間の暮らしに関わりの深い菌類に始まり,O-157,ボツリヌス,インフルエンザなどの毒性の強いものたちも,ユーモラスなキャラクターとして登場する。
 このように「病」や菌類における擬人化の源流は,西洋絵画では一連の「死の舞踏」の中に求めることができよう。

 「死の舞踏」では,「死」,「病」,「老い」という人間の抱える苦について,それを化け物や権力者,時には宗教家,裁判官,医者としての姿で描き,我々人間は,常に,「死」,「病」,「老い」と隣り合わせなのである,というメッセージを送っている。この「死の舞踏」の歴史は実に長く,古くはキリスト教登場期の写本の中にも多く見ることができる。その後時代とともに「死の舞踏」は変容を繰り返し,かつてはペスト,コレラ,麦角といった古い時代の伝染病が多く擬人化されたのに対し,近代では「癌」が工業化社会の象徴として擬人化されたり,「公害」や「戦争」,「ドラッグ」といった今日的テーマも「死」の象徴として様々に擬人化されている。
 「死の舞踏」における「死」や「病」を理解するには,仏教思想にある「生老病苦」や「四苦八苦」の思想も助けになるだろう。つまり,人間は誰しも生まれながらにして様々な苦を抱えており,それが「生老病苦」である。そしてここにさらなる苦が加わって「四苦八苦」となるわけだが,これをけして恐れるな,あるいは自分から遠ざけるな,ということである。
 わが国では長い間,「死」について語ることをタブーとされてきた。例えば欧米の病院ではシスターや牧師が普通に廊下を歩いているが,この状況に特に違和感はない。一方で,もし日本の病院の廊下を袈裟を着た坊主が歩いていたら,それを見た多くの人は,おそらく「葬式」などを連想して,ネガティブな感情がわいてくるであろう。
 この違いは何かというと,欧米のいわゆるホスピタルは,その前身が教会の修道院であり,その空間の成立自体に死を看取るという宗教的要素があったのである。そのような歴史的背景で近代化が進んできた欧米のホスピタルは,「治療」と「看護」そして「介護」が全人的に共存しているのである。一方で仏教徒が一番多いであろうわが国の場合には,欧米的理念に基づく科学的な臨床学と,死にゆく人を送るという宗教的要素を担うものとが融合することなく分断されたままなのである。
 もちろん国内にもキリスト教系のホスピタルは数多くあり,そこでは死にゆく人の全人的ケアが実践されてはいるが,それでもここの空間に袈裟を着た坊主はなかなか入っていけないであろう。それは,何も現代の医療空間だけに問題があるのではなく,日本の仏教が,これまで人間の生活史に寄り添うものではなく,“葬式仏教”でしかなかったという点も指摘できる。

 文化人類学者の上田紀行は,この“葬式仏教”的日本仏教に疑問を感じ,都内の禅宗の寺で「仏教ルネサンス塾」という寺子屋的なトークショーやワークショップを精力的に行っている。また,僧侶で医師の対本宗訓は,かつて臨済宗佛通寺派元管長というポストを捨てて,すでに僧侶でありながら医者になるために医学部へ進学したという経緯があり,仏教の世界でも,「葬式」といった人が死んでからのことではなく,死にゆく人とも寄り添っていくことの大切さが提言される機会が増えてきてはいる。
 このような状況と関連して,近年では仏教の寺院が経営する老人介護施設やホスピスも登場するようになった。まだまだこれらは少数派であるが,ようやく欧米のシスターや牧師と同様に,僧侶が医療現場に堂々と入っていける環境が出来てきたといったところである。

 話を『もやしもん』に戻すが,西洋美術史における「死の舞踏」が,「死」や「病」を生活史の中で身近に捉えていこうとするものならば,『もやしもん』の世界もまた,菌やウイルスといった普段は目に見えないものたちの生活史に目をやるものである。これらのものたちに親近感こそわかないまでも,その活き活きとした生活史を垣間見ることで,これらのものたちも必死に毎日生きているという健気な姿も伝わってくるから不思議なのである。
 かつて,のど薬のCMで擬人化されていた「エヘン虫」や,『アンパンマン』に登場するバイキンマンは見るからに悪者だが,それでもどことなく憎めないのは,日本古来のたとえば「ツツガムシ」信仰や「疱瘡神」信仰にみられる,カミサマとして祀られた「病」の源流があるからだ。この点が,「病」を人間社会から駆除しようとした西洋世界とは異なるのである。
 普段は日本アニメを楽しんでいる欧米の友人たちも,菌類やウイルスが擬人化して登場する『もやしもん』の世界観はなかなか最初は理解しがたいであろうが,これもかたちを変えた現代における「鳥獣戯画」と思えば,ますます興味がわいてくるであろう。

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