« 【アート】 詩人・加島祥造トークショー 『伊那谷からバリへ』(2009.6.20,文化クイントサロン) | Start | 【書評】 三橋貴明著 『新世紀のビッグブラザーへ』(PHP研究所) »

22. Juni 09

【現代詩】 「詩人・三須康司さんを偲ぶ会」のお知らせ(6月28日,銀座・藍画廊)

■「三須康司さんを偲ぶ会」■
2009年6月28日(日)
午後1時~夜まで(入場無料)
場所:藍画廊
〒104-0061 東京都中央区銀座1-5-2西勢ビル2F  
Phone/FAX. 03-3567-8777
http://homepage.mac.com/mfukuda2/index.html
*各自,飲み物,食べ物差し入れ歓迎
*会場では「三須康司遺稿集(序)」が配布される予定

 昨年の6月28日に,詩人で二人称画廊の主人だった三須康司氏が無くなってから,もう間もなく一周忌を迎える。東京銀座の藍画廊では,ちょうど命日にあたる28日の午後1時から,三須康司氏と関わりの深かった美術作家,評論家,詩人,画廊オーナーなどが集まって,ささやかながら三須康司氏を偲ぶ会が開かれる。
 また会場では,この日のために三須康司氏と関わりの深かった作家の平岡ふみをらがまとめた「三須康司遺稿集(序)」も配布される。この「遺稿集(序)」は,三須康司氏が主宰していた二人称画廊で開催された展覧会リスト,三須康司氏と関わりの深かった人物によるテキストに加え,三須康司氏が生前に書き残した作品などで構成される貴重なものである。今後はさらに,今回の「遺稿集(序)」に漏れたものも新たに加え,より充実した「遺稿集」の発行準備がすすめられる。(なお,今回藍画廊で来場者に配布される「遺稿集(序)」には,井上リサにより書かれたテキストも収録されている)
*   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *   *


 詩人・三須康司のことをよく知っている人がいるとすれば,その多くは1960年代あたりから,公募美術団体には属すことなく活動をしていたキャリアの長い美術作家か,あるいは70年代あたりから,銀座,神田界隈の画廊を中心に作家活動を行ってきた美術作家であろうと想像する。別の言い方をすれば,三須康司という人物は,日本のマスなアート・シーンとは離れた所から,作家の作品を個別に見続けてきた人である。そしてこの行為は昨年6月に亡くなるまで続けられた。
 この空間でかつて三須康司と出会った美術作家たちは,必ずしも日本の現代美術のメイン・ストリームを歩いてきた作家とは限らない。なぜなら,三須康司は,自らが画廊の名前に採用するほどに“二人称”という問題にこだわっているのであって,批評対象である作家がどのセクトに属するのか,また,無名であるのか有名であるのかといったことは一切関係ない。三須康司にとって重要なのは,「私」(三須)と「あなた」(美術作家)との間にある「二人称」の関係なのである。「二人称」の関係を結んでこそ,「批評」という行為が始まるというのが三須康司の考え方だ。ゆえに,三須康司にいったんつかまったら,なかなか逃れることはできないのである。
 しかし,当時から三須康司のこの批評スタイルを理解しなかった人間も多くいて,70年代の血気盛んな作家たちとはしばしば大喧嘩になり,出入り禁止となった画廊もあると聞くが,今となってはどれもこれも懐かしい逸話である。
 80年代になり,単館上映映画や欧州の辺境の家具や建築などとともに,物珍しいスノップなスタイルとして一時もてはやされた“アートブーム”によって,現代アートを取り巻く情況も次第に様変わりしていくこととなる。これまで銀座界隈の貸し画廊で個展を行ってきたような作家たちが,欧米から流入してきたコマーシャルギャラリーやオルタネイティブ・スペースで個展やコンペに参加するようになり,かつてアートシーンの中心的な場所であった銀座からは老舗画廊が次々と店じまいして,より「人」と「カネ」が集まる六本木,青山界隈へと人もアートシーンも移っていった。
 そこで,あたかも広告代理店の“仕掛け”のように,新興のアート・メディアによってカタログ化されたアート・ムーブメントの中で,アートも美術作家も消費されていったわけである。
 その結果,まるでハゲタカ・ファンドに食い荒らされた日本経済のように,アートそのものが枯渇して,だんだんと先細っていったように見えるのは私だけではないはずだ。そして僅かに発行される美術誌も,批評誌という役割を自ら放棄してしまったように思える。
 こんな状況になっても,三須康司の批評スタイルは変わらなかった。三須康司は,彼の目指すこの世界における最小限の社会単位である二人称という関係性も存在しないような私小説的な作品を作って自閉する病者としてのアーティストが増えていっても,二人称の関係を求めて根気よく画廊巡りを続けたのである。
 そして現在,三須康司と同時代を生きてきた作家たちや友人たちも次第に鬼籍に入り,美術業界の中でも三須康司のことをオン・タイムで知る人は少なくなってきたのだ。しかし今だからこそ,われわれは三須康司の仕事を振り返らなければならない時がきているのではないか。
 今一度,三須康司が生きた時代,見てきた世界を掘り起こし,マスなアート・シーンの中でいったんリセットされて,現在はもう無かったこととされている様々な情況の痕跡をアーカイヴしていくことが,残された我々に課せられた仕事であろう。(三須康司さん一周忌に寄せて,井上リサ)

|

« 【アート】 詩人・加島祥造トークショー 『伊那谷からバリへ』(2009.6.20,文化クイントサロン) | Start | 【書評】 三橋貴明著 『新世紀のビッグブラザーへ』(PHP研究所) »

アート」カテゴリの記事

Kommentare

Kommentar schreiben



(Wird nicht angezeigt.)




TrackBack


Folgende Weblogs beziehen sich auf 【現代詩】 「詩人・三須康司さんを偲ぶ会」のお知らせ(6月28日,銀座・藍画廊):

« 【アート】 詩人・加島祥造トークショー 『伊那谷からバリへ』(2009.6.20,文化クイントサロン) | Start | 【書評】 三橋貴明著 『新世紀のビッグブラザーへ』(PHP研究所) »