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20. Juni 09

【映画】 マイケル・ベイ監督 『トランスフォーマー/リベンジ』 世界最速先行上映へ行く (6月19日)

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 人類誕生よりもはるか大昔の時代から,宇宙の中で独自の文明を築いてきた知的生命体と,彼らが歴史の中で見守ってきた人類との友情の物語である。
 監督のマイケル・ベイはワールドプレミアの席で,“今回の作品には日本のサムライ魂を込めた”とコメントしたことで,公開前からかなり話題になっていた作品である。製作・総指揮にスピルバーグの名があるので,それも納得である。
 この物語の背景にあるのは,惑星サイバトロンにおけるオートボットとディセプティコンという2つの種族間の争いである。もともとこの惑星には,「知的生命体が存在する惑星は侵略してはならない」という協定があったのだが,それを片方のディセプティコン側が破ったことで,地球人類も巻き込む戦争へと発展していくのである。
 惑星サイバトロンから地球に入植してきた知的生命体は,われわれ人類や地球に生息するいかなる生物とも同根の起源を持たない機械生命体である。彼らは車や戦闘機等の乗り物や,金属性の日曜器具などに擬態する能力を持ち,普段はその擬態した姿で身を隠しているが,戦闘モードになった時には,日本のアニメや特撮ヒーロ番組にしばしば登場する,いわゆる超合金合体ロボのような姿に自由に変形することができる。映画タイトルにもなっている『トランスフォーマー』の由来はいうまでもなく彼らのその能力を表している。
 今回の『トランスフォーマー/リベンジ』は,前回にもましてCGによる映像表現が格段にスケールアップしている。SFXにCG映像が使われだした初期の頃の映画では,その質感やシュルレアリスティックな表現がいかにも新鮮に映ったが,それも見慣れた今日では,その技術を使ってどんな魅力的な「絵」が作れるのか,といったことにSFXにおけるCGというツールのあり方が求められている。そのような意味では,機械や乗り物が複雑に,しかもスピーディーに他の形態に変形していく過程をくまなく見せるというシークエンスの数々は,CGのもっとも得意とすることであり,自然界の生物の変態とは明らかに異なる演算的な動きは,われわれとは起源も文明もまったく異なる異種生命体としての彼らの特徴を良く表現しているのである。前回にも増して,これが一つの見せ場でもあるこの作品は,残念ながら人間ドラマのパートはやや凡庸で,70年代頃のベタなアメリカン・ファミリーという感じである。しかしこれは監督のマイケル・ベイが“良きアメリカ”の原風景として記憶にとどめるファミリーの典型なのであろう。

 トランスフォーマーに限らす,その他のSFX作品,そしてSF文学に至るまで,知性をもった機械生命体という存在はこれまで数多く登場してきた。それは大きく分類して,アンドロイドやサイボーグのように人類によって作られた人工生命体と,進化の過程で身体が機械化,あるいは何らかの理由で機械が知性や生殖能力を獲得して独自に進化していったものである。現在の科学の分野では,アンドロイドやサイボーグの実現がもっとも現実的だ。その他二つについては,それこそ人類が宇宙航海時代を迎え,戦艦大和に波動エンジンを搭載して銀河系の外へ出て行けるようにならなければ理解できない世界であろう。トランスフォーマーの世界観では,まだここの部分が謎であり,それは,“人類は神が創造したものならば,我々は誰によって生まれたのだろう”という問いかけが今後の大きなテーマとなりそうである。
 そもそも機械生命体,もしくは「機械が生きている」という状況は,なかなか想像しにくいが,見方を変えればお互い様である。つまりはサイバトロン星を故郷に持つ彼ら機械生命体にしてみれば,われわれ人類だって,たかだか4種の塩基配列と蛋白で合成された有機端末にすぎないわけで,なぜこんな脆弱な存在のものが長きにわたり文明を築いていたり,子孫を残せるのかが不思議であろう。
 これを考えると,生物,あるいは人間とそうでないものの定義が非常に曖昧なものとなってしまうのである。そこで数々のSF文学や映画では,人間ではないが限りなく人間に近い人工生命体を登場させて,あえて人間の定義を問うたのである。その方法論の一つとして,人間やあるいは完全な“生き物”になりたいと願う人工生命体の言葉を借りて,自分,すなわち人工生命体に無くて人間が持っているものに焦点を当てたわけである。そこで見えてきたのは,結局のところ文化や文明の構築と生殖能力の獲得なのである。
 例えば,『スタートレック・ネクスト・ジェネレーション』(以下TNG)では,アンドロイド士官のデータ少佐が,人間により近付くために,自分の電子頭脳のチップをコピーして娘を作ってみたり,猫を自分の子供のように世話したり,また,バイオリンの演奏や絵画作品の制作を通して,人工知能が苦手とする創造的なことにも果敢に試みたのである。TNGシリーズの中でも名作エピソードの一つである『人間の条件』は,データ少佐を機械としか認めていない艦隊司令部の幹部と,データ少佐を“人間”として扱っているピカード艦長以下エンタープライズ号のクルーたちが,データ少佐の処遇をめぐって法廷で争うというものである。ここでデータ少佐が人間なのか否かを問う裁判で決め手となったのは,データ少佐がいかに創造的な“人物”であり,クルーからも信頼されている誠実な“人柄”かということであった。これによりデータ少佐は,アンドロイドながら“人間”として認められたのである。
 トランスフォーマーの世界では,サイバトロンの機械生命体に,われわれ人類よりも長い歴史と文明を持たせることで,人工によるものではなく,自然進化の過程で誕生した可能性もある機械生命体ということに含みを持たせている。そして彼らに人間同様の感情も与えているのである。それについては今回は前回にも増して感情表現が豊かになっている。例えば,長い間戦闘機に擬態してスミソニアン博物館の中に隠れていたジュダイ・マスターのような年老いたディセプティコンが,遠い故郷に馳せる郷愁のような思いを吐露したり,人間に捕まったとたんに今度は人間にゴマをすり出したディセプティコンの手下などは,特に丁寧に描かれているキャラクターであり魅力的だ。そして彼らに「文字」の文化を持たせた発想も面白い。これにより,彼らが地球言語に帰属しない独自の文明を築いてきたことが証明されたわけである。

 機械に魂や生命が宿るという考え方にさほど抵抗なく同調できるのは,欧米諸国よりも,おそらくわが国日本であろう。この点について麻生太郎はその著書『とてつもない日本』(新潮新書)の中で,実に興味深い論を展開しているので一読の価値がある。特に興味深いのが、第二章「日本の底力」の中で論じられている「日本がロボット大国である理由」という章である。ここで麻生が批評の中心的な俎上にあげているのが、『鉄腕アトム』と『モダンタイムズ』だ。そして、欧米文化におけるロボットの存在は、その誕生自体がもともとは強制労働的な要素を含んでおり、先天的に人間社会とは対立せざるを得ない存在であると分析している。それに対してわが国の場合は、ロボットは人間の友達であるという文化が早くから根付いており、対立よりもまずは人間社会での融和が描かれてきた。
 麻生太郎は、その文化的素地を作ってきたのが『鉄腕アトム』をはじめとする日本の優れたマンガやSFアニメーションであるとしている。それによって、例えば欧米が人間の形を成さない工業用ロボットの技術が発達していったのに対してわが国の場合は、介護ロボット、接客ロボット、そして「アイボ」や「アシモ」のようなペットロボットのように、人間の実生活の中で直接関わる存在として、新たなロボット技術が開発される契機となったと指摘している。そして当然のことながら、その技術は単なる実験レベルで終わることなく、近年では、身障者や高齢者用に開発が進むパワードスーツの研究などにも応用されている。そしてそれらの思想の源流は『鉄腕アトム』などにあると麻生太郎は結論づけている。
 この考えに異論はない。それに加えて日本では,古来から神道が浸透しており,古代神道の世界観では「八百万神々(やおよろずのかみ)」といって,日本の中には800万ものカミサマがいることになっている。このカミサマたちは,動物を始め,山や川や海や森といった自然物に宿るカミサマだけではなく,人間が生活の中で身近に使っている道具や物にさえもカミサマが宿っていると考えるプリミティヴな世界観である。
 これらの文化的背景をベースに考えた場合,例えば農家の農具にカミサマが宿るならば,現代の道具である車や戦闘車両や戦闘機にもカミサマが宿っていてもまったく不思議ではない。
 マイケル・ベイ監督が,『トランスフォーマー/リベンジ』のプロモーションで一番力を入れたマーケットが実は日本で,ワールドプレミアの際の“日本のサムライ魂を込めた”という発言は,おそらくこの物語で展開される人間と機械生命体との間で取り交わされる自己犠牲の精神などを指しているのだとは思うがそれだけではなく,製作・総指揮にスピルバーグが名を連ねていることも考えると,わが国日本で連綿と続いてきたロボット文化やアニメ文化の中に内在する機械と人間との隔たりのなさのようなものも,ある程度の理解はしていると思えてならない。

 この作品は,文化的背景によって異なる生命倫理や人間存在の定義についても深く考察してみるのも面白いが,もちろん基本的にはエンターテインメント作品として十分に楽しめることができる。特に,様々な機械や日用品が実に複雑な過程を経て戦闘ロボットに変態していく様子は見ていて飽きない。昔,子どもの頃,手塚治虫原作の実写版『マグマ大使』を見た時に,あのロケットの形から,どうやって人間の形に変形するのだろうとずっと不思議に思っていたことが一気に解決した気分になる。『マグマ大使』の映像世界では,ロケットの翼から手が出たり,ジェットエンジン部分から足が出たりして人間の形になるのだが,変形時に肝心の全体を映さないものだから,どうやって人間の形に変形するのかが全く分からなかったのである。
 こんな話をすると大人になって建築家や物理学者になった友人も,子どもの頃からそれが不思議だったようで,何度も図面で展開図などを書いて考えた記憶があるそうだ。『トランスフォーマー/リベンジ』の最新技術によるSFXを見ても,どこか馴染みのある感じがするのは,日本人の映画ファンには少なからずこのような原風景があるからではないか。加えて,ここに登場するキャラクター自体が,その源流はかつて日本の玩具メーカーのタカラが海外マーケット向けにメディアミックスしたものである。それが数十年の時を経て,日本に凱旋帰国したようなものだ。
 言うなれば私は今,かつて英国によって世に送り出された「鉄道」が,わが国日本が誇る世界最高峰たる「新幹線」という技術を搭載されて母国へ戻り,今まさにそれが英国の大地を走っているのを見て感慨に耽る英国人のような心境である。(6月19日,アメリカ人の友人ら3人と新宿ピカデリーで鑑賞)

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(迷彩柄のパッケージの中に収められた特製パンフレット 1600円)

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