« 【現代詩】 詩人・三須康司さんを偲ぶ会が開催される(6月28日,東京銀座・藍画廊) | Start | 【映画】 古波津 陽監督 『築城せよ!』 »

30. Juni 09

【演奏会】 東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会 『金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界』(2009.6.28,ティアラこうとう)

Photo

 2009年6月28日に,わが国では前代未聞といっても過言ではないほどの実験的な演奏会が開かれた。この演奏会を行ったのは,金管楽器のアンサンブルで現代吹奏楽の様々な実験的な試みをしている東京ブラスソサエティである。
 今回の演奏会でプログラムとして取り上げられたのは,吹奏楽コンクール経験者には非常に馴染みの深いスウェアリンジェンの楽曲である。第1部と第2部で構成されたプログラムは,いずれも全曲スウェアリンジェンの作品であり,おそらくこのような試みは最初で最後であろう。

 スウェアリンジェンは,アメリカの現代吹奏楽の著名な作曲家で,吹奏楽の普及のためにかつて日本にも来日したことがあるほどに,親しまれている作曲家である。その楽曲の多くは「急-緩-急」を基本とする複合三部形式で,中でも“スウェアリンジェン節”と言われるほどに中間部のハーモニーが美しいのが特徴である。そして総じて明朗かつ華やかで,大編成バンド向けなのである。毎年行われる吹奏楽コンクールでは自由曲に彼の華やかな,言ってみればコンクール栄えする楽曲を選ぶバンドも多いと聞く。
 今回はその華やかなスウェアリンジェンの曲を,彼と個人的に親交の深い作曲家の戸田顕が英国スタイルの金管アンサンブル用に編曲をして,全13曲が演奏された。冒頭で“実験的”と書いたのは,まさにこの試みのことなのである。
 吹奏楽は通常,木管楽器,金管楽器,打楽器で編成される。管弦楽と異なり弦楽器が欠けるので,その分,管楽器による様々な音色の違いで色彩を作り,奥行の深いオーケストレーションにしていくことが必要なのである。その中から木管楽器を省くということはつまり,フルート,オーボエ,クラリネット,サックスといった実に多彩な音色を持っている楽器群を編成から全て省くことを意味し,編曲にあたった戸田顕も,大編成用に書かれた楽曲を,どうやって金管バンドのアンサンブルで色彩や奥行きを豊かなものにしていくのかで相当の苦労をしたことを語っている。
 具体的には,フルートやオーボエなどの特徴的な楽器のパートを金管でリライトする時に,どの楽器に割り振るのか,そして音の高さはどうかなどといったことで困難を極めたそうである。ましてやスウェアリンジェンという吹奏楽の中で非常に著名な作曲家の作品であることに加えて,多くの吹奏楽ファンが大編成のウインドオーケストラで聴き慣れているといった状況の中で,果たして金管アンサンブルだけでスウェアリンジェンの世界が作れるのか否かということである。
 この点について指揮者の山本武雄は,実に明快な解説をしてくれた。普段大編成で聴いている楽曲は色彩豊かな絵画だとすると,編成が限定された金管バンドによるアンサンブルは,いわば墨絵,水墨画のようなものとして楽しんでいただきたいということだそうだ。つまりどういう事かというと,金管バンドとはまさにモノクロームのデッサンであるわけだが,そこに色がまったく存在しないというのではなく,墨絵や水墨画もそうであるように,そのモノクロームの空間から色彩や質感を想像して欲しいということなのである。私はこのコメントを聞いた時,あの明朗で華やかで,いかにもハッピーエンドのハリウッド映画のような快活さをもったスウェアリンジェンの作品を,このように解釈して演奏することが可能なのかと,感動を覚えるとともに,非常に新鮮な気持ちに駆り立てられたのである。
 東京ブラスソサエティは,楽団名のソサエティが示すとおり,単なる演奏会というのではなく,教育的,および研究的要素からも吹奏楽の楽しみや奥深さなどをアプローチしている。この日も1曲演奏されるごとに指揮者の山本武雄の楽曲解説が入り,どんな意図で演奏されているのか,そしてこの楽団が,いかに実験的で困難な試みをしているのかが非常に良く伝わってくる。
 現代音楽の演奏会では,作曲家自らが楽曲解説だけで相当の時間をかけることは多々あるが,吹奏楽の演奏会でこのような試みを見たのは今回が初めてである。満員の客席を見渡せば,学生の姿も散見され,7月から8月にかけて行われる全日本吹奏楽コンクールに向けての研究で来ているということもわかるのである。こんな吹奏楽演奏家に向けてのメッセージであろうか,山本武雄の語りからは時折,吹奏楽の世界で偏見のもとで誤って認識されている事柄についての問題提起のようなものも感じられた。

 山本武雄の語りで面白かったのは,「皆さん,もうお腹一杯ですか?(スウェアリンジェンの曲ばかりで(笑))」,「第二部も全部スウェアリンジェンです」,「今日はスウェアリンジェンしかやりません」というものである。このコメントを聞くたびに観客たちは大きな笑いとともに拍手をする。これはどういうことかというと,スウェアリンジェンという作曲家が,なんとなくインテリ層の偏見により,評価の低い作曲家とされてきた経緯があり,そのことに大きな違和感を覚えていた客たちが,山本の伝えたいことに共感したということである。
 そして山本武雄は,「世の中には,“スウェアリンジェンは教育的な作曲家だから名曲は作れない。”,“ベートーベンとスウェアリンジェンを同列に語るな”なんて言う人がいるが,自分はそうは思わない」,さらに「ベートーベンを演奏したから格調が高い演奏会で,スウェアリンジェンはレベルが低いなどと思うのは間違いで,どんな楽曲でもそれをどのように解釈して演奏したかが大事である」とまで言ったのである。この言葉に私はまったくもって異論はない。
 今回,スウェアリンジェンの作品だけでプログラムを組んだという試みは,単に技術的な試みにとどまらず,吹奏楽界において根強く蔓延するつまらない偏見に対する大いなるクリティークなのである。山本武雄の言葉からにじみ出てくるスウェアリンジェンという作曲家に対する愛情と敬意あるれる態度は,満員の観客にも共感を得た。このような一体感のある演奏会は久しく聴いていない。そして,全曲スウェアリンジェンの演奏会などというものは,今後再び聴く機会はなかなかないであろう。
 またいつかこのような演奏会が開かれた時には,演奏会の冒頭でぜひ「全国1億2000万人のスウェアリンジェン・ファンの皆様こんにちは!」と言って欲しいのである。

 尚,今回は全曲スウェアリンジェンの演奏会ということで,アンコールの楽曲は用意されていなかった。しかし席を立たずに拍手を続ける観客に応えるかたちで,『ロマネスク』が再び演奏された。

■演奏曲目
(第一部)
シルバークレスト
狂詩曲ノヴェナ
河ながれるところ
センチュリア
レット・ザ・スピリット・ソア
語りつがれる栄光
勝利の時

(第二部)
管楽器と打楽器の為のセレブレーション
ロマネスク
インヴィクタ序曲
新しい日が明ける
栄光のすべてに
不滅の光

■井上リサによるスウェアリンジェン関連記事
【演奏会案内】 金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界(東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会)
【コラム】スウェアリンジェンは,なぜインテリ・サヨクから小バカにされるのか?

|

« 【現代詩】 詩人・三須康司さんを偲ぶ会が開催される(6月28日,東京銀座・藍画廊) | Start | 【映画】 古波津 陽監督 『築城せよ!』 »

音楽」カテゴリの記事

Kommentare

Kommentar schreiben



(Wird nicht angezeigt.)




TrackBack

TrackBack-Adresse für diesen Eintrag:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/204825/45494599

Folgende Weblogs beziehen sich auf 【演奏会】 東京ブラスソサエティ第33回定期演奏会 『金管バンドで贈るスウェアリンジェンの世界』(2009.6.28,ティアラこうとう):

« 【現代詩】 詩人・三須康司さんを偲ぶ会が開催される(6月28日,東京銀座・藍画廊) | Start | 【映画】 古波津 陽監督 『築城せよ!』 »