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21. Juni 09

【アート】 詩人・加島祥造トークショー 『伊那谷からバリへ』(2009.6.20,文化クイントサロン)

158


 現在,季刊『銀花』第158号で60ページにわたって詩人で英米文学者の加島祥造さんの特集がくまれている。今回はこの特集に併せて,新宿の文化クイントサロンで加島さんのトークショーが行われた。
 150名ほどの来場者でうまった会場では,トークショーまでの間がある時間に,今年加島さんが滞在したバリでの生活風景や創作の様子が紹介された。今回「加島祥造 お話の会」と銘打たれたこのトークショーは,いつもならもっと広い会場で1000人,2000人は余裕で集まる普段の加島さんの講演会とは趣が異なり,まるで加島さんの信州・伊那谷のアトリエにおじゃましたような雰囲気の,まさに午後の“茶話会”に相応しいトークショーであった。

●「求めない」から「受け入れる」
 一昨年に加島さんが出版した詩集『求めない』(小学館)は,現代の詩人による詩集では異例の40万部を超えるロングセラーとなっている。この詩集の草稿が書かれだしたのは,ちょうど加島さんが老子の道徳径81章の自由律による訳や,その後に続く老荘思想についての仕事を一区切り終えた辺りであろう。この頃から,加島さんが読者のために個人で発行している詩誌『晩晴館通信』の中で,「求めない」と題する散文的な詩が断片的に載るようになった。
 「求めない」という新たな創作のテーマについて加島さんが初めて読者に向けて言及したのが,2005年10月発行の『晩晴館通信』第51号の中でのことである。この時伊那谷から私のもとに送られてきた『晩晴館通信』の表紙には,大中寺の芋のスケッチとともに,次のような短い詩が寄せられていた。

 求めない―
 すると
 しっかりした顔になる

 そしてページをめくると『「求めない」の話』というエッセイが初めに載っている。それによると,去年の夏(すなわち2004年の夏),突然に「求めない―」で始まる語群が次々と湧き出てきたことについて書かれている。それはアトリエにいる時,歩く時,時には食事を作っている時にも出てきたそうである。そして,4か月ほどかけてこれを毎日メモをしていたら,短い断片が150篇ほど,それから詩が13篇ほどにまとまったとのことである。それを整理して後に2007年に出版されたのが,ベストセラーとなった詩集『求めない』なのである。
 今これを見ると,この時の『晩晴館通信』の中で,すでに「求めない」というテーマはかなり明確なものとなっていたように思う。

 求めない―
 すると
 「自分」の時間が生まれるんだ

 求めない―
 すると
 無意識に捜していたものに気づく。

 求めない―
 すると
 人にきがねしなくなる

 実際の詩集『求めない』でも,このような散文詩が続いていく。これは老子の思想の中の「知足」(足るを知る)というものに必然的に繋がるものである。人間は基本的にいろいろなものを求めずにはいられない存在なのだが,そのことを認識したうえで,あえて「求めない」で生きてみよう。そうしたら自分の周りで何が見えてくるだろうという興味深い試みなのである。
 そしてしばらくしたら,今度は「受け入れる」という発想が加島さんの中には生まれてきたそうだ。これについて加島さんが初めて具体的に言及されたのは,2008年1月に発行された『晩晴館通信』第56号でのことである。この中の「偽正月の記」というエッセイで次のような散文が初めて出てくる。

 受け入れる
 すると
 ほんとに楽になるんだ
 信じなくともいいよ,ただ
 ぼくの言うことを
 受け入れると
 少し違うかもしれない

 私は初めてこれを読んだ時, 「求めない」から「受け入れる」へとどのように繋がるのかよく分からなかったのだが,この年の夏に,加島さんと個人的に親しい出版社,芸術家,友人ら100人ほどが伊那谷の加島さんのアトリエに集まって,庭でプライベートな「蕎麦と花火」の会が催された際,加島さんが突然思い立って始めた予定には無かったトークショーの席での話を聞いて,ようやく分かるようになってきた。
(実はこの時の模様は,加島さんのトークも含めて唯一私だけが映像を記録している。それもそのはずで,予定には無い“ゲリラ的”トークショーだったので,大勢のマスコミ関係者がいながらビデオカメラを用意している方が誰もいなかったのである。私は伊那の美しい風景や花火を動画に収めようと思って,たまたまビデオカメラを持っていたので,急きょそれを回すことになったのである。この時私が撮影した映像は,朝日新聞出版部と加島事務所の方へ送ってあるので,今後何らかのかたちで公開される機会もあるであろう。)

 「受け入れる」とは,自分が「求めない」ものが来てしまった時に,それをなんとか「受け入れる」心境ではないだろうか。加島さんが自由律で訳した老子の道徳径の中の第39章「五郎太石でいればいい」も「受け入れる」極意のようなものが書かれている。ようするに人間はみな,何らかの役割を持って生まれてきており,国のリーダーになるものもいれば,河原に転がる五郎太石のような人間もいる。でもそれでいいじゃないか,ということである。自分が今やっていることが自分に課せられた役割なのだから,そのことを世の中に相対化してみじめになるなよ,ということのようだ。
 加島さんは「蕎麦と花火」の会のトークショーでは,“自分はもうすぐ,人生でもっとも大きなものを受け入れなければならないところに来ているんだよ”と語っていたことが印象的である。これはまさしく「老い」や「病」や「死」を意味することである。

●伊那谷からバリへ
 加島さんがバリで休暇を過ごすようになったのは80歳になったころからだそうだ。冬の伊那谷が独居生活をするのにはあまりにも厳しい環境なので,暖かいところへ逃げたくなって,毎年2月~3月のもっとも厳しい時期にはバリで過ごされている。最初はご覧のとおり,寒さ凌ぎのためのバリ滞在であったのだが,バリで毎年生活しているうちに,そこで60年前の日本の原風景を見るきっかけになったそうだ。そのことが,近年の創作のテーマである「求めない」や「受け入れる」の世界を広げることにも繋がっている。
 加島さんが毎年休暇をとる場所は,観光客がツアーで押し寄せてくるような騒がしい場所ではなく,奥まった農村部や,漁民が暮らす静かな集落である。そこにある安価なバンガローを1ヵ月ほど借り切って,地元住民とも飲食をともにしたりする。
 東京と比べて信州の伊那谷がいくら自然が多いからといって,年々舗装された道路が増え,近くには国道も通り,高い電線も張り巡らされている。東京と伊那との比較ではそれほど気にならなかったこれらのことが,バリへ毎年行くようになって気になるようになったそうだ。バリ農村部の集落に比べると,伊那も都会だなと。
 そしてバリで過ごし,地元の人たちとの交流で,自分が子どもだった時に親から聞かされた日本の童謡や民謡,それから電線の見えない風景が身体感覚として蘇ってきたとのことである。これはバリで過ごして初めて自分の中から出てきた感覚で,人間が子ども時代に享受する様々なものから受ける身体感覚こそが,老いてきた時に大切になってくると語ってくれた。それはおそらくその民族,故郷における土着性のことを加島さんは言っているのだと思われる。土の上や草むらを裸足で歩く感覚,虫を捕まえてそれを手に持った時の感覚,そしてそこの土地で親や兄弟から聞かされた民話や民謡など。こういった情緒的なものが,いよいよ「老い」を迎えた時に蘇ってくるというのだ。そこでいろいろなものを「受け入れる」ことができて,楽しくなるのだそうだ。
 何でも早々と結果ばかりを求めたがる今のわれわれには,このダイナミズムはまさに刺激的なのである。これを聞いたすべての人間が,加島さんの言うようなことを実践できるとは到底思わないが,子ども時代に土のある道で遊んだ経験があるのか,あるいは,物心ついた時にはすでに舗装された道路しか歩いた記憶がないのかで,一つの分岐点が生まれるであろう。 
 かつて神田,横浜と都会に住み,それから信州・伊那谷,そしてバリへと繋がる加島さんの道筋は,次第に失われつつある身体性を取り戻すための壮大な旅に思えてならない。その身体性を取り戻すという行為は同時に,人間が生まれ持った「生老病死」という「苦」と身体の不自由さをあらためて認識することにも繋がるが,そこで初めて「受け入れる」という心境に達することができるかもしれないと思うのだ。

 今回の「お話の会」では,トークの他に,加島さんを囲んでの歓談の場ももうけられた。会場では冷たいお茶と,名古屋の老舗和菓子店「両口屋」さん提供の菓子もふるまわれた。「旅まくら」,「信濃路」と銘のついた小さなお茶菓子は,今回のトークショーに因んで選ばれたものである。
 また現在,銀座のBar Kajimaでは6月27日まで,主にバリ滞在中に制作された加島さんの作品展が開催されている。

■加島祥造展 「伊那谷からバリへ」
2009年6月8日(月)~27日(土)
場所: Bar Kajima
    中央区銀座7-2-20 山城ビル2階
    電話 03-3574-8720
時間: 月曜~金曜(18:00~24:00)
    日曜日(15:00~21:00)

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