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24. Mai 09

【アート】山本 萠個展(ギャラリー・オーク,三鷹)

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山本 萠個展
2009年5月20日(水)~25日(月)
ギャラリー・オーク
http://www.gallery-oak.com/

 山本萠は,もともとは書家だった作家である。その作品も,書家時代の名残からか,墨や,極端に彩度を抑えたモノトーンに近い作品が多かった。だがその中で興味深いと感じたのは,画風には書家時代のストロークを意識した要素が断片的には継承されているが,筆は一切使わないということである。その理由とは,筆を使うと技巧的になり,画家として芽生え始めた自由な主題や動機が浮かびあがってくるのを邪魔するからである。では筆の代わりに何を使うのかと言えば,例えばつまようじの先であったり,そのマチエールから推測するに,ヘアピンのような扱いにくい素材であったりする。
 これらのツールは,画材ではなく別の用途で作られたものであり,筆のように墨を十分に染み込ませることは不可能である。したがって筆のようなしなやかなストロークを描くこともできない。反対に,紙との強い摩擦抵抗で生じるそのぎこちないストロークが,山本萠の身体性と一致するのである。
 山本萠の作品は,タイトルには非常に具体性を帯びたものが附帯されてはいるが,何か特定のモティーフを素描して描かれたものでもない。様々な材質の紙に,様々なツールを用いて,気の向くままに線を描いていく。この行為はアカデミックな技法による素描の線のように抑制されることはなく,半ば反復的な身体的行為によって形作られていく。山本が作品を制作する過程で何か影響を及ぼす要素があるとすれば,それは山本のその日の精神的,身体的コンディションなのであろう。
 これは,山本のようにインプロヴィゼーション的な抽象絵画を制作する作家にすべて言えることだが,その画布に表れたフォルムやストロークは,多分にその画家固有の身体性――具体的には,筋力,靭帯の柔軟性,関節の可動範囲といったものの差異で決定づけられていく。それは100号以上の大型の作品を描いた時に作家自身も重力に縛られた不自由な身体の存在を顕著に認識することと思うが,山本の作品の場合は,A3程度の小さな画面でも,そのぎこちない身体との双方向性を感じるのは,先ほども書いたが,書家時代の技巧を封じるために,わざわざ扱いにくいツールで描いているからである。この方法論は,長い棒の先端に絵筆をくくりつけて,画布から遠くの距離からドローイングを描いた中西夏之に通じるものもあって実に興味深い。
 この山本の着想は,自身が体調を崩し,心身ともに塞ぎこんでいる時に得たものだそうで,その出発点は,「作品を描く」という能動的に意識された行為ではなく,気分晴らしに手を動かしてみたという,非常に極私的な地点から立ち上がっている。そしてその地点から思いのままに線を描いていくうちに,何か形のようなものがでてきた,といったところであろう。
 この行為は,子どもやアカデミックな絵画教育を受けていない,いわゆるアウトサイダーといわれるものたちが体験する,非常に原初的な表現行為ともつながっている。彼らにとって何かを描く行為とは,心身に堆積されたさまざまな感情をアウトプットしていくという効用がある。実際に,山本萠の場合も,1枚の作品が完成した瞬間に,心身の力が解放されるような心地よさを感じると言っているとおり,「表現」という行為は,それがいかなる媒体であっても「強張った身体」を解放するという効力があるのである。
 近年,臨床心理学,精神医療の分野でアートが注目されるようになったが,山本萠の一連の創作過程を見れば,アートというものが,いかに人間にとって必要であるものかが精神医療分野の言説を借りるまでもなく理解できるであろう。

 山本萠は,現在難治性の持病を抱えている。そのことを具体的には作品の主題にすることはないが,作品を見ていれば,そこに投影された様々な心象風景が,「病」という日常を生きる山本萠の,その「病」の痕跡も同時に浮かびあがらせてくるのである。ある作品は,細い線が狭い個所を何度も反復を繰り返し,またある線は,心音を刻むように一定の密度を保ちつつ移動を繰り返す。彩色もされないこれらの画面のディテイルからは様々な想像をかき立てられ,例えば稜線が連なる風景に見えたり,あるいは昆虫の斑紋にも見えたりする。複雑にストロークが重なることによって,そのマチエールがデカルコマニーのような技法となって,それを描いている山本自身にもいろいろな風景を見させるのであろう。
 これはまるでロールシャッハーの図を見ているような行為であり,目の前に提示された抽象的な線や紋様を「記号」として認識した脳が,情報処理の段階で盛んに葛藤を繰り広げているのではないかと思うぐらい,複雑な想念が頭の中をめぐるのだが,これこそが,アートというものと対峙する時に味わう醍醐味ではないのか。あらゆるものがパッケージ化された現代に生きているからこそ,こういったアートという予断を許さぬイレギュラーの介入によって,われわれは改めて自己の不自由な身体の存在を認識し,「生きること」や「病む」ことについて向かい合えるのであろう。

山本 萠 次回個展
2009年7月18日(土)~23日(木)
ギャラリー島田(神戸)
http://www.gallery-shimada.com

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