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Mai 2009

24. Mai 09

【アート】山本 萠個展(ギャラリー・オーク,三鷹)

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山本 萠個展
2009年5月20日(水)~25日(月)
ギャラリー・オーク
http://www.gallery-oak.com/

 山本萠は,もともとは書家だった作家である。その作品も,書家時代の名残からか,墨や,極端に彩度を抑えたモノトーンに近い作品が多かった。だがその中で興味深いと感じたのは,画風には書家時代のストロークを意識した要素が断片的には継承されているが,筆は一切使わないということである。その理由とは,筆を使うと技巧的になり,画家として芽生え始めた自由な主題や動機が浮かびあがってくるのを邪魔するからである。では筆の代わりに何を使うのかと言えば,例えばつまようじの先であったり,そのマチエールから推測するに,ヘアピンのような扱いにくい素材であったりする。
 これらのツールは,画材ではなく別の用途で作られたものであり,筆のように墨を十分に染み込ませることは不可能である。したがって筆のようなしなやかなストロークを描くこともできない。反対に,紙との強い摩擦抵抗で生じるそのぎこちないストロークが,山本萠の身体性と一致するのである。
 山本萠の作品は,タイトルには非常に具体性を帯びたものが附帯されてはいるが,何か特定のモティーフを素描して描かれたものでもない。様々な材質の紙に,様々なツールを用いて,気の向くままに線を描いていく。この行為はアカデミックな技法による素描の線のように抑制されることはなく,半ば反復的な身体的行為によって形作られていく。山本が作品を制作する過程で何か影響を及ぼす要素があるとすれば,それは山本のその日の精神的,身体的コンディションなのであろう。
 これは,山本のようにインプロヴィゼーション的な抽象絵画を制作する作家にすべて言えることだが,その画布に表れたフォルムやストロークは,多分にその画家固有の身体性――具体的には,筋力,靭帯の柔軟性,関節の可動範囲といったものの差異で決定づけられていく。それは100号以上の大型の作品を描いた時に作家自身も重力に縛られた不自由な身体の存在を顕著に認識することと思うが,山本の作品の場合は,A3程度の小さな画面でも,そのぎこちない身体との双方向性を感じるのは,先ほども書いたが,書家時代の技巧を封じるために,わざわざ扱いにくいツールで描いているからである。この方法論は,長い棒の先端に絵筆をくくりつけて,画布から遠くの距離からドローイングを描いた中西夏之に通じるものもあって実に興味深い。
 この山本の着想は,自身が体調を崩し,心身ともに塞ぎこんでいる時に得たものだそうで,その出発点は,「作品を描く」という能動的に意識された行為ではなく,気分晴らしに手を動かしてみたという,非常に極私的な地点から立ち上がっている。そしてその地点から思いのままに線を描いていくうちに,何か形のようなものがでてきた,といったところであろう。
 この行為は,子どもやアカデミックな絵画教育を受けていない,いわゆるアウトサイダーといわれるものたちが体験する,非常に原初的な表現行為ともつながっている。彼らにとって何かを描く行為とは,心身に堆積されたさまざまな感情をアウトプットしていくという効用がある。実際に,山本萠の場合も,1枚の作品が完成した瞬間に,心身の力が解放されるような心地よさを感じると言っているとおり,「表現」という行為は,それがいかなる媒体であっても「強張った身体」を解放するという効力があるのである。
 近年,臨床心理学,精神医療の分野でアートが注目されるようになったが,山本萠の一連の創作過程を見れば,アートというものが,いかに人間にとって必要であるものかが精神医療分野の言説を借りるまでもなく理解できるであろう。

 山本萠は,現在難治性の持病を抱えている。そのことを具体的には作品の主題にすることはないが,作品を見ていれば,そこに投影された様々な心象風景が,「病」という日常を生きる山本萠の,その「病」の痕跡も同時に浮かびあがらせてくるのである。ある作品は,細い線が狭い個所を何度も反復を繰り返し,またある線は,心音を刻むように一定の密度を保ちつつ移動を繰り返す。彩色もされないこれらの画面のディテイルからは様々な想像をかき立てられ,例えば稜線が連なる風景に見えたり,あるいは昆虫の斑紋にも見えたりする。複雑にストロークが重なることによって,そのマチエールがデカルコマニーのような技法となって,それを描いている山本自身にもいろいろな風景を見させるのであろう。
 これはまるでロールシャッハーの図を見ているような行為であり,目の前に提示された抽象的な線や紋様を「記号」として認識した脳が,情報処理の段階で盛んに葛藤を繰り広げているのではないかと思うぐらい,複雑な想念が頭の中をめぐるのだが,これこそが,アートというものと対峙する時に味わう醍醐味ではないのか。あらゆるものがパッケージ化された現代に生きているからこそ,こういったアートという予断を許さぬイレギュラーの介入によって,われわれは改めて自己の不自由な身体の存在を認識し,「生きること」や「病む」ことについて向かい合えるのであろう。

山本 萠 次回個展
2009年7月18日(土)~23日(木)
ギャラリー島田(神戸)
http://www.gallery-shimada.com

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23. Mai 09

【映画】『宇宙戦艦ヤマト』の新作「復活篇」が今年12月に公開~波動砲6連射をめぐる是非~

 わが国のアニメ史の中で今や歴史的作品として位置づけられている『宇宙戦艦ヤマト』の新作,『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』が今年の12月に公開されることとなった。配給元は東宝で,現在は公開に向けて制作がスタートしている。
 ヤマトは,今さら詳しく説明するまでもないが,異星人から侵略を受けた地球を救うために,かつて太平洋戦争末期に九州の南端北緯30度43分,東経128度04分に沈んだ帝國海軍の戦艦大和を蘇らせ,宇宙を航行するという長大な物語である。テレビ放映された第1作の後は,劇場版の『さらば宇宙戦艦ヤマト』と,テレビシリーズの『宇宙戦艦ヤマト2』とに物語や設定が分かれている。この作品の見方としては,劇場版の2作目で物語を終えるバージョンをヤマトのいわゆる「正史」として評価される場合が多いようである。しかし,テレビシリーズの2作目以降も,例えば「自動惑星ゴルバ」(『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』)などの魅惑的な敵キャラクターも多数登場することから,根強いファンもいるのである。
 そして今回制作されることになった劇場版の新作は,そのテレビシリーズの続編から派生した最後の劇場版である『宇宙戦艦ヤマト 完結編』の後を継ぐ物語となるものである。
 完結編で水の惑星アクエリアスの海に船体が2つに折れた形で水没したヤマトが,新たな星間国家連合と戦うために,再び蘇るところから物語はスタートする。 
 実は,この「復活篇」の制作の話は,今から10年以上も前に立ちあがったことがある。この時には,この「復活篇」と並んで,スタッフやコンセプトを一新したまったく新しいOVAシリーズの『YAMATO2520』という作品がほぼ同時進行で進められていた。しかし現在,『YAMATO2520』の方は物語の佳境に入ったところで制作は中断され,劇場版の「復活篇」の方も,この作品をめぐる複雑な版権の問題も浮上して,制作も頓挫したままであった。
 今回正式に制作発表がリリースされた「復活篇」は,かつて企画されていたものとおおよその設定は変わってはいない。今回新たに分かったことは,白色彗星帝国やガミラス帝国よりも規模の大きい星間国家連合が敵として登場するここと,ヤマトの必殺技である波動砲が6連射できるという点である。

波動砲6連射をめぐる是非
 今回のヤマト劇場版新作で大きな論議を呼びそうなのが,「波動砲6連射」という設定であろう。
 アニメやSF作品でシリーズを重ねるごとに,武器や必殺技のスペックが向上していくことは多々あることであり,何も珍しいことではない。しかしそのスペックの極端な向上によって,本来その必殺技が持つ意味やコンセプトが失われてしまう場合もある。いわゆるスペックのインフレ状態である。
 以前私は,フィギュアスケートの不世出の2人の世界女王,浅田真央と安藤美姫を取り上げ,必殺技の美学について考察した。必殺技を必殺技と呼ぶにはその定義にいろいろと条件があって,まずは他にその技を凌駕するものがいないこと。浅田の場合ならばトリプル・アクセル,安藤ならばクワド・サルコウという男子スケーターでも難しい技のことを指す。次に必殺技を使うものは,相手を必殺で仕留めるだけあって,自分もかなりのリスクを負うということである。そしてチャンスは一度きりである。浅田や安藤の場合は,失敗すれば減点も大きくなるこの技を本番でも何度もトライしている。誰でも簡単にできる容易な技で要領良く得点を稼ぐ凡庸なスケーターよりも,浅田や安藤がアスリートとして世界中からリスペクトされているのは,肉体と身体性の極限に挑むという美学がそこにあるからである。アルベールビル・オリンピックでクリスティー・ヤマグチよりも伊藤みどりの方に世界からの称賛が集まったのも,同様の理由からである。
 少し話は古くなるが,『ウルトラQ』で怪獣ゴメスとリトラが戦った時,リトラが必殺技のシトロネラアシッドという液体をゴメスに浴びせて倒したが,この強酸性の液体によって自分の消化器,呼吸器も溶かしてしまったリトラも絶命した。
 この一撃必殺という絶対絶命の美学の中に,必殺技のもつダイナミズムとカタルシスがある。ヤマトの波動砲もまさにこれに相当するわけである。波動砲を撃つ時には,全てのエネルギーを波動砲に注入しなければならない。それにより他の武器は使えなくなり,艦内も省電力状態となる。この状態で一発にかけるわけである。
 ここから生成されるカタルシスは,“一発しかない”という事に基づいており,それはこれまでのいかなる困難な道程も一瞬にして解毒する。しかしこれが6連射できるとなれば,まったく意味が異なってくる。ヤマトの原型となった帝國海軍の戦艦大和でさえも,94式46サンチ主砲弾を撃つ時は,砲身が熱で焼けるので,架空戦記に登場する大和型戦艦のように主砲弾をあんなかたちで連射することは実際には不可能なのである。
 このような必殺技のインフレ状態が,かえってそこに込められたカタルシスを希釈してしまうのである。
 またもうひとつの疑問として,ヤマトが波動砲を6発も撃たなければならない状況とは一体どういった状況なのか,まるで想像がつかない。当時の「復活篇」の設定にあった移動型のカスケード・ブラックホールを消滅させるために必要なものなのか,あるいは波動砲を6連発しなければ勝てないような強大な敵でも登場するのであろうか。
 しかし我々は,あの彗星帝国をもって,圧倒的な威圧感と絶望感を味わったという経験がある。そして自動惑星ゴルバにおいては,得体の知れない異様な敵の姿と遭遇した時の恐怖感を存分に味わったのである。これらの敵キャラクターの存在は圧倒的であり,フォルム,イメージ,兵装も含めて今さらこれらを凌駕する敵などいるのだろうか。

ヤマトという「身体」
 「復活篇」に登場するヤマトは,「完結編」でアクエリアスに水没したヤマトと同一のものである。即ち今もって,帝國海軍時代の船体を継承していることになる。ヤマト第1作で,海底に沈んだ戦艦大和を内部から改造し,宇宙戦艦として蘇らせたというコンセプトが生きている以上,こうなるのであろう。鉄錆で覆われた戦艦大和が崩れ落ち,中から新たに生まれ変ったヤマトが登場するシーンについてはいくつか解釈があり,文字通り,帝國海軍の戦艦大和そのものを改造したと見る場合と,それは敵のガミラスを欺くために,戦艦大和の錆びた船体でカモフラージュしているのであって,ヤマト自体はまったくの新造戦艦であるとする場合である。
 常識から考えれば後者の解釈が自然であろうが,この作品が,宇宙空間を太平洋の海と見立てたメタファ構造になっているならば,沈没した戦艦大和が新たな兵装で蘇ったと解釈する方が,われわれ日本人の琴線に触れるのであろう。
 しかし今回DVDで公開されたプロモーション映像を見る限り,他の新鋭戦艦に比べて,フォルムも質感も違和感があるのがヤマトである。それは当り前で,人類が他の惑星に移民するような時代に,今もって帝國海軍時代の船体とフォルムを引きずっているのだから仕方あるまい。それが第1作では,ヤマト一隻で航行していたから気にならなかったのだ。しかしこの質感の相容れない違和感は,劇場版,テレビシリーズともに2作目の中で登場した新造戦艦アンドロメダを目の当たりにした時に決定的なものとなった。そして今回のPVの中に登場する大艦隊の中にいるヤマトを見た時に,一つの統一感のある「絵」の中でヤマトを見せることの難しさが伝わってきたのである。
 その点について,かつて「復活篇」と同時進行で途中まで制作された『YAMATO2520』では,ヤマトを含めたメカ・デザインをシド・ミードが担当し,そこに登場するヤマトも「第18代ヤマト」という形でネームシップとして艦名だけを継承している。これにより,デザインを一新したシド・ミード版のヤマトは,他の新鋭戦艦と並んでも違和感はまったくない。むしろ,ネームシップというコンセプトを出してきたことでイメージが広がったように思う。しかも,敵との闘いも,単なる惑星間戦争ではない。ヤマト側が波動エネルギーを持つ文明を築いてきたのに対して,対するセイレーン連邦という星間国家は,モノポール文明という独自の文化を持っている国家であり,そこで暮らす人々も,平衡感覚や空間構成において,われわれ地球人が美しいと感じる美意識とはまた異なった美意識を持っている。この文明,文化の対立が,単に力学だけで争う戦争とは違って面白かったわけである。
 だが,そういった文明対立をテーマに作品を作るのであれば,何もヤマトでなくてもいいわけである。このような理由から,『YAMATO2520』という作品は“ヤマトではない”と言う人も当然いるであろう。何もヤマトがガンダムやエヴァンゲリオンのような世界を描く必要はないという意味においてである。そこでやはり最初の振り出しにどうしても戻ってしまうのである。他の新鋭戦艦に比べてたとえフォルム・質感に違和感があろうとも,そこにヤマトがいることがきっと重要なのであろう。ここにわれわれ日本人が抱えている「大和」という実に象徴的な巨体が呪縛をもって横たわっているという情況を垣間見ることになるのである。
 ヤマトがこのように何度も復活を繰り返すのは,単に制作者たちの「欲」や「業」といった小さなレベルの問題ではなくて,戦後60年以上も経過し,いわば民俗的伝奇になりつつある「大和」のもつ悲劇性と,その鋼鉄の空間で展開されたであろう数々の修羅場がエロスやカタルシスとなって人々の欲望を誘発するからである。戦艦大和を史実として描いてヒットした映画『男たちの大和』でも,映画のヒットだけにとどまらず,尾道の旧造船所跡に設置した実寸スケールの大和のセットの一般公開も連日大入りであった。
 いわゆる,荒巻義雄の『旭日の艦隊』をはじめとする架空戦記にも,数多の大和型戦艦が登場する。これもあきらかに著者の身体を投影したものであろう。
 つまりヤマトとは何かと問われれば,それは,太平洋戦争の「正史」から,唯一はみ出してしまった艦としか,今のところは言いようがない。そして怪獣墓場の怪獣たちのように永遠に宇宙をさまようのであろう。しかし私はそんなヤマトがやはり日本人として好きである。

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14. Mai 09

【現代詩】 野間明子第一詩集 『玻璃』(漉林書房)~詩人,野間明子が20年ぶりに朗読ライブの舞台に立つ~

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 詩人・野間明子の第一詩集『玻璃』(漉林書房)を,ほぼ20年ぶりに開いて読んでいる。先日,書斎の本棚を整理している時に,ベルクソンやドゥルーズの本と一緒に奥の方から思い出したように出てきたもので,部屋の掃除や本棚の整理の手を中断して何度も熟読していたら,いつの間にか日が暮れてしまったというわけだ。
 この詩集の中には,刊行された時とほぼ同時期の今から20年ほど前に,銀座のギャラリー・ケルビームでの朗読ライブで実際に野間明子の肉声で聞いた「プロキオン」と「玻璃」という作品も収録されている。
 本のページをめくると,「プロキオン」が掲載されているページに付箋のように一通の手紙が挟まっていた。それはこの詩集の作者,野間明子から私宛に書かれたものである。内容は,「プロキオン」や「玻璃」という作品を私が気に入ってくれたことへのお礼,詩誌『見せもの小屋』(漉林書房)に私の感想を掲載したことについての報告,そして近況などである。
 「中野通り近くで井上さんと似た方にすれ違ったのだが,一瞬にして通り過ぎてしまって声をかけられなかった」
 という事なども書かれている。
 この手紙をいただいたのはもう20年近く前のことなので,私がどんな用件で中野駅付近に出向いたのかは記憶にないが,たぶん単館上映館の「中野武蔵野ホール」か「ひかり座」で何かの上映会でもあったか,あるいは年代的に推測して,「Plan-B」あたりで小杉武久のパフォーマンスでも見に行く途中であったのかもしれない。
 自分が気に入っている作品が収録されている詩集にもかかわらず,なぜこんなにも長い間,ページを開かなかったのかというと,この時代はだんだんと海外の美術展への出品が多くなってきた時期に合わせて,医学史,医療人類学,医学概論研究のために遠方で長期滞在する機会が多く,東京の家を空けることが多かったのである。その都度荷物を整理していたら大事なものまで奥にしまわれていたというわけだ。
 それともう一つ,この詩集の中で特に気に入っている「プロキオン」と「玻璃」については全部暗記していたので,本のページをめくる必要もなかった。
 その作品「プロキオン」が,なんと20年ぶりに野間明子の肉声により蘇ることになった。詩人・天童大人が企画している朗読ライブの6月の舞台に野間明子が立つことになったのである。

 「プロキオン」は,場所は特定されてはいないが,入り組んだ住宅街の背の高い建物に囲まれた小さなアパートから「私」の周辺を雑記した作品である。

プロキオン
き・おーん
ぷろきおん

 これが「プロキオン」の冒頭である。この後,読んでいても息をつく間もなく怒濤のごとく周辺描写が展開されていく。

あたしは菜っぱを食べている,曇ったステンレスの両手鍋でちぬと水菜が煮えている,強火でなければ消えてしまう錆びたガスコンロにかかっている,ビスケットの罐をひっくりかえしたガス台に金茶色の脂染みが消えない/昆布だしで煮て食べている,残り少なくなった中味にちぬの脂が浮いている,青いチェックのビニールクロスがかかっている,チェックの上の花模様にしょうゆ差しの丸い跡が消えない,花模様の向こうに煮たった薬罐を乗せたビニールの縮みが消えない

 先ほど「雑記」と書いたが,これは精密に描かれた素描に近いかもしれない。詩人が「言葉」というツールをふんだんに使い描かれた「素描」である。
 自分の半径数メートルの日常を描きながら,その複雑に入り組んだ空間からわずかに見える「空」からプロキオンという星座が遙か彼方に見える。

夜の外北天一一・三光年にプロキオン,いぬのさきがけ,泣き濡れた殺人者,銭湯へ行くとき星が見える,子午線にそって十三分歩く,オリーブみたいな娘にオルガンを弾かせる男がドラム罐で次から次へぼろを焚く

 私は当時,このスケール感に圧倒されて,一度聞いただけでこの作品が好きになり,その場で詩集を買い求めたのである。それからというものの,この作品を何度も読んでいるうちに,この作品の骨格に,非常に音楽的なものを感じるようになったのである。具体的には,ロマン主義以降の交響曲にみられる特徴的な形式,つまりは,第一楽章の第一主題が第二楽章以降も下層に潜伏していて,それとリンクする「動機」が時折顔を覗かせながら,最終楽章に再び力強く主題が現れる,というものである。例えばエルガーの交響曲などがそうだ。
 「プロキオン」では以下のように「主題」が再び現れる。

あたしが菜っぱを食べている,もう汁がすっかりひっついている,ゼラチンだけがたぎっている,燃え続け噴き出し続ける円環のガスの列からそれでもき・おーんと光きこえてあたしは,思わず歯と歯の間心細い宇宙を噛みしめる

 そして最後に,

き・おーん
キ・オーン
プロキオン

 でしめくくられる。
 短い作品でありながら,こういった骨格を持っている作品なので,途方もない時間の流れを感じる奥行のある作品になっている。そして,わずかな隙間の空から遥か彼方に星座が見えるというような描写のせいで,宇宙の摂理からみた人間存在の空虚さを一瞬感じ,一人冷気を帯びた空間に放り出されるような孤独感にとらわれて恐ろしくなるのである。
 この作品の中で唯一感じることができる熱源はガスコンロであり,「私」を取り囲む小宇宙の中でそれが“き・おーん”と光っているのである。

 あれからおおよそ20年という月日が経過して,再びライブでこの作品を聞く機会が間もなくやってくる。野間明子がこの作品をライブのプログラムに入れてくれたのは,先月,田川紀久雄「詩語りライブ」で同席した時に,私が直々にこの作品をリクエストした事に加えて,先日の彼女への電話でも,再度この作品をどうしても聞きたいと強くリクエストしたための配慮であろうか。
 その時野間明子は電話口で,「昔,ケルビームで聞いた時のプロキオンとは違うものになるかもしれない」,「今回はひとつの試みとしての舞台に立ち会っていただくことになる」と話してくれた。
 堅い破裂音で始まるこの作品は,朗読者泣かせの作品であるといえる。マイクを通さない肉声による朗読の場合,最初の出だしで肉声がうまく乗らなかったならば,この後怒濤の様に押し寄せてくる言葉の洪水に溺れてしまうであろう。それだけ「プロキオン」は声を出して読むには難しい作品なのである。

La Voix des poètes(詩人の聲)
野間明子ライブ

2009年6月10日(水)
場所◇ギャルリー東京ユマニテ
    東京都中央区京橋2-8-18 昭和ビルB1
時間◇会場18:30 開演19:00
料金◇予約2500円 当日2800円
    (学生1500円)(学生1800円)
予約・問い合わせ◇「北十字舎」 TEL03-5982-1834 FAX03-5982-1797

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12. Mai 09

【CS放送】 『ルードの昆虫記』~昆虫たちの生態を通して退化した「五感」,「身体感覚」を再構築する~

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 CS放送アニマルプラネットでミーアキャットやワオキツネザルのドキュメンタリーと並んで人気が高いのが,生態学者ルード・クラインパストがパーソナリティーをつとめる『ルードの昆虫記』である。毎回虫好きのルードがいろいろな秘境を訪ねて,そこに生息する虫などの生き物たちの生態を紹介する番組である。
 声の吹き替えをやっているのが『ちびまる子ちゃん』のおじいちゃんの声でお馴染みの青野武氏。これが実に良い味を出している。虫が可愛くて可愛くてしかたがないルードの人柄がこちらにも伝わってくる。
 この番組は,同じく虫好きで有名な解剖学者の養老孟司氏も推薦する質の高いドキュメンタリーである。単なるネイチャリング番組というのではなく,養老氏ご自身も「脳化する社会」で批判している文明社会と人間の在り方についても問題提起している優良な科学教養番組である。
 しかしそれはわかるのだが,ルードの虫を愛するあまりのユニークな行動に毎回釘付けになり,科学教養番組ということさえこちらは忘れてしまうのだ。
 この番組を見たことがない方は,ルードとは一体どんな人物なんだろうと思うかもしれないが,昆虫好きのムツゴロウさんと言えばイメージがわくだろうか。動物王国のムツゴロウさんは,どんな獰猛な動物でも怖がらずに仲良くしようとする。例えば,オーストラリアに生息する肉食の有袋類タスマニアデビルの群れの中に入り,いろいろなところを血が出るほどに噛まれているのにもかかわらず,「よーしよーし,良い子だ,良い子だ」といって平気で顔を近づけたりする。お笑い芸人がネタにするほどにムツゴロウさんの行動はインパクトが強い。いつかムツゴロウさんは動物に喰われてしまうのではないかと思っているのは私だけではないはずである。
 『ルードの昆虫記』のルードもまったく同様である。ルードにとってはクモもサソリも可愛い友達であり,平気で顔に近づけたりする。番組のオープニングタイトルでは顔を近づけすぎてカマキリに鼻を噛まれるシーンがあり,「あっ!やられた!」という声も吹き替えでちゃんと入っている。実際に番組内ではもう何回も毒虫に噛まれており,その解毒のための血清の置いてある病院を探しに行くところでその日の番組が終わってしまった回もあるので,笑いごとではすまないのである。
 しかしルードの好奇心はとどまるところを知らない。
 ルードは,虫たちがわれわれ人間よりもすぐれた能力を持っていることを証明するために,体を張った実験もたくさん試みている。例えば,重量が軽いために高所から落下してもさほど致命傷にはならない虫の能力を実感するために,虫とスケールを合わせた高所から自分もマットレスを敷いた地面に飛び降りたり,高速で空中を飛び回る虫の体に負荷される重力を体感するために,戦闘機に同乗してアクロバット飛行を体験したりしたこともある。

 虫好きのルードにとって一番辛いのは,文明や文化が異なる部族を訪ねた時であろう。いくら今流行りの“多文化共生”などという,どことなくプロ市民臭い言葉を出してきても,食文化だけはどうしても生理的に受け入れられない場合が多々あるのである。ルードは世界各国をフィールドワークしている生態学者なので基本的には多文化理解のある人物で,どんなものを出されてもたいていのものは美味しそうに食べるのだが,虫を喰う食習慣がある部族から招待を受けた時はさすがに泣きそうになっていた。
 文明から隔てた森林で暮らす部族にとって,虫は重要なタンパク源である。彼らの中にはカブトムシやカミキリムシの幼虫を蒸して食べたり,クモを焼いて食べるという食習慣を持っている者たちもいる。ルードがそのような食習慣のあるベネズエラの熱帯雨林のある部族を訪ねた時に,大きなタランチェラを焼いた料理が出てきて涙目になったことがある。「この人たちにとっては“食べ物”なのはわかるけど,ボクにとってはクモは食べ物ではなくて友達なんだよ」と泣きそうな顔で視聴者に語りかけ,料理される前のクモをこっそりと一,二匹逃がしてやったのを私は見逃さなかった。

 ルードの一連の行動を見ていると,その虫に対するエスカレートしたフェテッシュに近い感覚を垣間見て,それを例えば多くの人がムツゴロウさんに対して向ける面白おかしい眼差しと同様に,そのユニークさだけをついつい楽しんでしまいがちであるが,この番組を毎回見ているうちにある事にきがついてくる。
 その“ある事”とは,虫の生態を通して,われわれ人間が文明社会で退化してしまった五感や身体感覚を改めて認識するということである。
 かつて,都心にも土がたくさんあって,子どもたちは学校が終わった後は塾や習い事をハシゴするのではなく,大勢で川遊びや虫採りをして過ごしていた時代,その時代の子どもたちは,森や川で遊ぶ時に生き物のいる「気配」のようなものを感じることができる野性的な感覚が今よりも備わっていたのではないかと思うことがある。
 具体的には,森や林でクワガタ採りやセミ採りに出かけた時,その姿を見る前から,なんとなくあの木の枝の裏側にセミが止まっていそうだな,とか,この石をひっくり返すと虫が出てきそうだなと肌で感じる独特の感覚である。これは自然の中で遊ぶうちに身についたものであり,私の場合は今でもこの感覚を失わずに持っている。
 真夏に木々が茂る路地を歩いている時に,シルエットだけでセミが止まっているのがわかるし,木の肌に擬態したニイニイゼミやミンミンゼミの斑紋も,一目見ただけで見分けられる。アブラゼミやミンミンゼミの鳴き声にかき消されたニイニイゼミの鳴き声も聴き分けることができるし,草原の中で隠れているカマキリも簡単に見つけられる。
 こういった五感や身体感覚は,都会の日常生活では実際には役に立つことはないであろうが,実は大切なものであると認識している。例えば,去年までは庭に来ていた虫たちが,ある日忽然と消えたりしたら,一体何が起こったのかと思うだろう。それは,虫や野生生物が感じる環境の変化を彼らと同様に察知することにもつながり,結果的に自分を取り巻く小さな生態系から大きな地球環境にも目を向けるようになる。
 これは自分の足もとにいる虫たちが教えてくれることであり,まずは安全な虫から手で触ってみることから彼らとのコミュニケーションが生まれるのである。子どもの頃,一度でも虫と遊んだ経験があれば,虫を手に持った時の虫から伝わってくる感覚が記憶に残っているはずである。
 例えば,高村光太郎はこんな詩を書いている。

 飛びたつとき わが掌を掻きてゆきし蝉の翅の力の忘らえなくに

 わが家の書斎には,この高村光太郎の詩を「書」で表した詩人で英米文学者の加島祥造さんの作品が飾ってある。一昨年,信州の伊那谷にある加島さんのアトリエを訪れた際に頂いたものだ。
 この「書」を見るたびに,子どもの頃に虫を掴んだ時の記憶や,その時に感じた虫の力強さ,そして伊那谷の加島さんのアトリエで出会った虫たちのことなどが鮮明に思い出される。人間に抵抗するように強い力で指にしがみついたクマゼミやノコギリクワガタたちである。
 このような自分と虫との来歴を振り返ると虫を目に入れても痛くないほど愛情を注ぐルードの行動も,次第に理解できるようになるのである。その反対に,虫も素手で触れないくせに,エコだのロハスだのと叫んでいるプロ市民の女性たちはまったく信用ならない。チョウやバッタが背中に止まったぐらいで何が“キャー! 虫が怖い”だ。自分たちも生態系のサークルの中にいることを忘れるなと言いたい。

 現在,生物工学の分野でも虫の存在は注目されている。『ルードの昆虫記』でも,自然観察だけではなく,医学などのさまざまな臨床研究の現場でも虫たちが役に立っていることをレポートするシリーズがある。この時いろいろな研究施設を訪れるルードは,「お前たちはすごいねえ」とまるでわが子を見るように鼻高々なのである。
 世界各地をフィールドワークをしているルードは,残念ながらまだ日本には来たことがないようだ。日本は古来より虫の音を楽しんだり,その美しさを見て楽しむという固有の虫の文化を持っている。パラワンオオクワガタやヘラクレスオオカブトもK-1のバーリトゥーダーのようで格好がいいが,日本のカブトムシやノコギリクワガタも小振りだがなかなか味わいがあって良いものである。ぜひルードには,そんな日本の虫たちの素晴らしさについても知ってもらいたいものである。

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10. Mai 09

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】 2008年度学生のフィールドワークを読む~医療空間における風景画の作用~

 2008年度芸術療法講座のフィールドワークで,病院のロビー等でよく見かける風景画について興味深い考察をしている学生のレポートがある。(フィールドワークの概要や私の大学での講義の内容はこちらを参照に→http://ringer.cocolog-nifty.com/kunst_und_medizin/2009/04/2008-9fc0.html
 この学生は近隣のK市にある内科クリニック(仮にA医院とする)を訪ね,そこで院長にインタビューを試みている。
 まずこの学生は,A医院に展示されている油彩画が,すべて風景画であることに注目したようだ。そこでこの点について詳しい経緯を尋ねてみると,意外な理由があることがわかったそうである。
 普段われわれが病院で目にする絵画は,たしかに風景画や静物画などが多い。近年では,あえてアートと医療の空間的繋がりを意識し,病院関係者自らが作品や芸術家の主張を理解したうえで,現代アート作品を積極的に展示しているケースも散見するようになった。名古屋芸大の近隣病院でも,わざわざギャラリースペースを設けて現代アート作品を展示してあるところもある。しかしこれらのケースはまだまだ例外であり,多くの医療機関ではオーソドックスな油彩画などを展示してあるところの方が多い。それは今回,様々な医療機関で作品を見てきた学生のレポートでもわかる。
 そのような状況の中,何の変哲もない風景画だけが並んだ空間にこの学生は興味を持ったようで,あえて風景画だけをセレクトしているのか,たまたまそのような状況になったのかを院長に尋ねている。そこでわかったのは,風景画だけを並べたのは院長の意図としてやっているということである。その理由は,例えば人物画などを置くと,その絵の中で描かれている人物の喜怒哀楽の表情が,時としてそれを見た患者に精神的に不安を与えてしまう場合があるかもしれない,という配慮からだそうである。
 今まで特に気がつかなかったが言われてみれば確かにそうである。人物画には必ずそこに描かれた人物の「視線」が存在する。その絵を眺めることは,即ち作品に描かれた人物の「視線」とも対峙することにもなる。その「視線」が鋭いものならば,精神も同時に弱っていると考えられる患者に対して,不安な気持ちを与えることも多々あるだろう。それでなくてもポスターや観光写真と違って,画家の手により描かれた作品は,それだけでも画家の思いが強くこもっているものであるから,そこから見る側に発せられるであろう時として過剰なメッセージは,病人にとっては精神的に負担になることもあるであろう。

 この学生のレポートを読んでいてある一人の人物のことを思い出した。それは,一昨年ひっそりと亡くなった詩人で二人称画廊の主人だった三須康司のことである。三須康司は,生涯にわたって現代アートにおけるレディメイドによる立体作品やインスタレーションという表現形態を「作品」としては認めなかった人物である。その理由は簡単で,作家(美術作家)自らがそれ(素材)を自分の手で作っていないからという事である。サルトル的思考を大前提にした三須康司らしい考え方である。
 そして,三須康司のような考え方でいけば,結局のところ「作品」と言えるのは,絵画,彫刻,版画という表現形態に集約されてくる。だから当然私の作品に対しても,絵画やデッサンについては批評の俎上に乗せるのだが,一方で,1980年代から多数制作してきて私の代表作になっている野外のアースワークや,1990年代から制作している最新医療機器を使用したメディアワークやインスタレーション作品は「作品」とは認めないわけである。(→私のアートワークはこちらのデータベースを参照にhttp://www.t3.rim.or.jp/~lisalabo/
 これらの私の作品を美術館に見にきた三須康司はいつも決まって言うことがあった。それは,「器具や機械も自分で作れ」,「あなた(井上)が,作品の素材にしている器具や機械も自分で作ることによって,初めてその中にあなたの“怨念”が宿って作品になる」という文言である。つまり,メディアワークやインスタレーションで作品のユニットとして配置している心電図モニターや超音波診断装置等の電子医療機器から,人工呼吸器,全身麻酔器,人工透析器,輸液ユニットにいたるまで,全部自分で作れというのである。
 三須康司からのこの問いに対して答えるために,私は東京大学の物理学者の友人に技術協力をしてもらい,私の作品コンセプトをベースに彼が書いた回路設計図をもとに,電子医療機器メーカーにオーダーメイドで私の作品と同期する心電図の波形シミュレータなどを制作してもらったことがある。これは私の作品のためだけに制作されたものであり,生産ラインにのせて工業製品として作られたものとは異なる。しかし三須康司はそれを見ても,「いくら作品のためのオーダーメイドでも,あなたが自分の手て作らなかったら意味がない」と言ったのである。
 ようするに三須康司は,PC改造が趣味の与謝野馨大臣がバラックから部品を集めてきて自作PCを作るように,何でも自分で作れと言うのである。それを言うならば,刷り師に外注している版画家や,図面を引くだけで自分では作らない彫刻家たちはどうなるのかと尋ねたところ,そんなものは芸術家とは認めないと切って捨てたのである。
 三須康司の考え方では,いろいろな「記号」を配置して「コンセプト」というものを表現した芸術は,もはや芸術とは認めないというこのなのである。この点については,足かけ10年以上にわたり三須康司と議論を交わしてきたが,ついに決着をつけることはできなかった。その議論の中で,たびたび三須康司の口から出てくるのは“怨念”という言葉であった。
 「作品は作家の“怨念”が込められてこそ,作品である」ということである。そして三須康司はこんなことも言っていた。

 「現代アートの小品が手ごろな値だからといって,画商でもないのに喜んで買っていく人がいるが,“怨念”がこもった本物の作品ならば,そんなものは気味が悪くて家には飾れないはずだ」

 詩人でもあった三須康司の口から出たこの強烈な言葉が,実は前出の学生のレポートにもフィードバックしてくるのである。つまり,この学生が訪ねた院長は,絵画という表現形態の中でも人物画が一番“怨念”がこもりやすいと判断したのではないか,ということである。人物の表情に描かれた「喜怒哀楽」という言葉がまさにそれを表している。
 そして,そんなものは精神的にも重い気分の患者たちにどんな影響を与えるかわからないので,風景画や静物画を展示するほうが,患者にとっても心が安らぎ,余計な不安感を与えないであろうとの患者に対する配慮である。
 他の学生のレポートの中にも,医療空間に展示された絵画の種類,技法について,同様の考察をしたものがいるが,医療関係者側のこのような患者の視点に立った配慮とは正反対に,元気がない時はむしろ静かな作風の作品よりも,生命感や躍動感があふれる激しい作品の方が患者に元気を与えるのではないかと結論づけた学生もいる。
 同じ問題をテーマにしながらも,このコントラストは実に興味深いので,また後日取り上げることにする。(名古屋芸術大学芸術療法講座2008年度フィールドワークより)

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07. Mai 09

【CS放送】 ウルトラマンレオ(第40話) 『MAC全滅! 円盤は生物だった!』

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 怪獣映画や特撮番組の中には,いわゆる「トラウマ怪獣」といわれるジャンルがあるようで,我が家でも怪獣好きの人間が集まって映画上映会などをやる時には,なぜかカッコ良い怪獣談義よりもトラウマ怪獣談義で盛り上がるのだから不思議である。
 GW中にママゴンやパパザウルスに外に遊びに連れて行ってもらえなかった可哀想なチビッコたちのためだろうか,CS放送各局ではアニメや特撮番組のシリーズを一挙放送というのをやっていた。こういう企画自体は,昔,スーパーチャンネルで定期的に企画していた「スタートレックまるごと24時間」がもっとも馴染みがある。
 今回私が録画しながら視聴していたのはCS放送ファミリー劇場で放送していた『ウルトラマンレオ』一挙放送である。この作品は円谷プロの70年代のウルトラシリーズの後期を飾る作品である。主演は,現在民俗楽器や日本の伝統的な和楽器とコラボレーションした「語り」のライブを行っている「真夏座」の真夏竜氏。彼が「おおとりげん」という人間体で登場し,ウルトラマンレオに変身して怪獣や宇宙人と戦うのである。
 『ウルトラマンレオ』という作品を,けして子ども番組などとバカにしてはいけない。70年代の毒気満載のこの作品を何の気なしに気軽に見ていると,とんでもないものを見せられるから要注意である。

 この作品は全話を通して,第一シリーズと第二シリーズに大きく分けることができる。第一シリーズでは,その他のウルトラシリーズと同様に,防衛隊とウルトラマンが怪獣や宇宙人と戦うシリーズである。もしこれだけならば,数多あるウルトラシリーズの中でここまでもインパクトのある作品にはならなかったであろう。
 問題は第二シリーズである。ここに始めて登場する「円盤生物」なるものが最終話まで異彩を放っているのである。この「円盤生物」なるものは,レオよりも前作の『ウルトラマンA』に登場した「超獣」よりもインパクトがあるかもしれない。
 地球侵略を企むブラックスターのブラック指令が母星ブラックスターから毎回地球に召還する円盤状の宇宙生物が円盤生物である。それはクラゲ状のものから甲殻類や昆虫風のものまでいろいろいる。
 円盤生物第1号として地球に召還されたのが,トラウマ怪獣としても人気が高いシルバーブルーメという円盤生物である。なんとこのシルバーブルーメは,防衛隊隊員が誕生日パーティーをやっている基地に急襲をかけ,基地ごと体内に丸呑みして,隊員と防衛隊基地は全滅する。そして地球に降り立ったシルバーブルーメは,防衛隊隊員と地元住民の交流の場であったスポーツクラブの建物も破壊し,主人公のおおとりげんと親しい人間たちも,ほぼ全員被災して死亡する。
 ここまでがあっという間の出来事である。子ども番組でありながら,災害では女性や子どもといった弱いものが呆気なく死んでいくことをリアリズムを持って描いているところが容赦ない。

 円盤生物の奇襲を受けた後の物語は,画面全体にも隠遁とした暗さが漂っている。電気,ガス,水道といったライフラインはかろうじて確保され,交通機関や医療機関,報道機関も最低限は機能しているが,怪獣や宇宙人と戦うために特殊兵装をした防衛隊は全滅し,市民の治安は警察と自衛隊に準ずるものが守っているという脆弱な状態である。しかも,円盤生物の来襲で両親を失った孤児もたくさんいて,そういった孤児たちは,よその家庭や親戚の家に身を寄せている。人々もどことなく殺伐としていて,この状況を例えるならば,まさに戦時下の日本そのものである。
 中でも市民たちにとって大きなダメージとなったのは防衛隊の全滅だけではなく,日頃何かと防衛隊隊員と地元住民の交流の場であったスポーツクラブの壊滅であろう。これによって市民は信頼によって結ばれていた地域コミュニティを失ったのである。その結果,互いが疑心暗鬼になり,防衛隊の援護もなく一人で円盤生物と戦っているウルトラマンレオに対しても怒りや憎しみの矛先を向けたりする。
 これはスイス政府が市民のために提言して各国でベストセラーになった『民間防衛』で挙げられている他国の侵略者による様々な工作行程の手法とまさに符合する。『民間防衛』では,ただ単に武力で侵略するだけではなく,思想侵略,文化侵略,人口侵略などについても詳しく言及されているが,これは現在,国体が揺らぎかけている日本が置かれている状況ともおおいに共通する部分がある。それをやってのけるブラック指令はなかなかのものだ。
 しかもこのブラック指令は,様々な禁じ手を使うのである。その中でも,ここまでやるかと思ったのは,工作活動で孤児たちを取り込んで,この孤児の子どもを使って一般市民を襲わせるのである。これは見ていていたたまれないものがある。まるで自爆テロのために訓練された中東の少年兵のようだ。幼気な子どもが市民を毒ガスで襲うのである。バルタン星人だってここまではやらなかった。番組は異なるが,『マグマ大使』に登場した宇宙の侵略者ゴアだって,宇宙細菌をばらまく怪獣で地球を襲ったりしたが,子どもには手を出さなかった。ブラック指令はまさにビン・ラディンのような存在である。

 円盤生物の造形も,不可解極まりない。あの不可解さとテクノロジーを現代の映像技術で表現すると,例えば『バトルスター・ギャラクティカ』に登場するサイロンの有機細胞でできた戦闘機のようなものになるのだろう。いずれにしても,宇宙生物というからには,地球上のいかなる生物にも造形的な由来を受けない物体であるのが好ましい。人知の想像を超えたところに宇宙生物の醍醐味がある。その点を考えると,ウルトラシリーズにはこれまで多くの宇宙生物や宇宙人が登場したが,地球の重力に影響されないであろう形態をした円盤生物は,まさに宇宙生物というのに相応しい。しかも時に知性的でありながら,停戦合意や講和について話し合えるような相手でもないところが最悪なのである。
 この円盤生物シリーズで唯一の救いは,最後は子どもたちが協力してブラック指令を倒すことである。これは,防衛から治安まで,今まで何でもウルトラマンに頼ってきた市民のウルトラマンからの自立や,親からの独立を意味しているのであろう。今見ても,非常にコンテンポラリーなテーマが埋め込まれた作品である。

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03. Mai 09

【訃報】 忌野清志郎氏(58)癌のため逝去~独語辞典にサインをしてもらった思い出~

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 わが国を代表するロック歌手・忌野清志郎が癌のため亡くなった。
 上の画像は,今から約20年ほど前に,たまたま清志郎さんと会った時にドイツ語の辞書にサインをしてもらったものである。場所は,今はもうなくなってしまった六興出版という小さな出版社でのことである。
 地下鉄有楽町線の江戸川橋駅を椿山荘方面の出口に出ると,そこには昔,川沿いに面した場所に立つ六興出版という小さな出版社が3階建て位の雑居ビル風の社屋を構えていた。ここに何の用件があって行ったのかはもう覚えていないが,ここの出版社を訪れた際,たまたま出版社に来ていた清志郎さんを見かけたのである。サインの日付を見ると1987年2月20日となっていて,清志郎さんの著書『十年ゴム消し』が出版された頃なので,おそらくはプロモーションの打ち合わせに来ていたと思われる。
 この時私は,当然のことながらサイン色紙などという気の利いた物は持ち合わせていなかったので困っていると,「何か記念になるものとか無いの?」と清志郎さんが言ってくれたので,その時たまたま持っていたドイツ語の辞書の表紙にサインをしてもらったのである。
 このドイツ語の辞書とは,三省堂から出ていた中級者用の独和辞典で,医学用語の併記もあってなかなか便利な辞書であった。現在私は独文献や新聞を読む際にはDudenの独-独辞典を使っているので,もう三省堂の方は使わなくなって久しい。しかし清志郎さんのサインがあるのでどうしても捨てられずに今でも本棚の片隅に置いているのである。

 清志郎さんの訃報を伝えるニュースでは,軒並みどこの放送局も,“日本を代表するロック歌手”と紹介し,代表作として『雨上がりの夜空に』をあげているところが多かった。たしかにこの曲は名曲である。いろいろな意味でロックな曲である。ロックという音楽がその昔,フォーク以上に大人たちから“不良の音楽”と言われていた理由はこの曲を聞けばわかる。
 代表作『雨上がりの夜空に』は,自分が愛用のバイクのエンジンの不具合を,些細なことで心変わりをする気難しい女性のことに例えて歌っているものだ。音楽,特にロックの世界では,バイクに限らず様々な乗り物やあるいは楽器を女性に例えることは多々あることだ。そして,乗り物や楽器がそれを操作する人間の身体と密接に関わることから,男女のエロスへと必然的にイメージが繋がる。ミュージシャンたちも当然それを意識して曲を書いている。例えばHIPHOPグループのKICK THE CAN CREWが書いた『マイクロフォンのテーマ』という曲は,マイクの形を男性器に例えて歌ったものだ。ソウルの神様JBにいたっては,“セックスみたいな音楽をやろうぜ”,“音楽みたいにいかすセックスをやろうぜ”とさらに直情的に訴えている。
 こんな音楽を家や学校で聞こうものなら,当然PTAのママゴンたちが黙っているわけがない。家にバンド青年を招こうものなら,頑固オヤジのパパザウルスが,“あんな不良と付き合うな”と怒るだろう。これがロックである。
 今日は清志郎さんを偲び,清志郎さんのロック魂とは何かについて書く。

 忌野清志郎という一人のミュージシャンを理解しようとする時に,『雨上がりの夜空に』が引き合いに出されることは正しい。しかし彼の真髄に迫るには,やはりこれまでさまざま事情で二度と放送できなくなった作品に触れなければ,その面白さは分からないであろう。報道各局がなかなかその点を取り上げなかったのは,二度と蒸し返されたくないという傷を脛に抱えているからだ。
 その代表的な作品といえは,やはり『あこがれの北朝鮮』やパンク『君が代』,そして『FM東京のうた』あたりではないだろうか。
 まず『あこがれの北朝鮮』だが,この曲は一見すると昔の左翼やリベラル新聞のように北朝鮮を賛美しているような印象を受けるが,牧歌的なメロディに乗って流れてくる「北朝鮮であそぼう♪ 」,「北朝鮮は良い国 ただで連れてってくれる~♪ 」という歌詞をみれば,これが相当なアイロニーを含んだ曲であることがわかるであろう。方向性としてはテリー伊藤の著書『お笑い北朝鮮』や『お笑い革命 日本共産党』と同様のものを感じる。しかも,「北朝鮮は良い国 ただで連れてってくれる~♪ 」というのは,読み方によっては北朝鮮による拉致事件を暗示したものでもあり,または北朝鮮を“地上の楽園”と謳って帰国事業を推進していた当時のジャーナリズムを皮肉っているようにも聞こえる。帰国事業を率先して推奨していた朝日新聞にはまったく耳の痛い話だ。このような事は絶対に訃報記事の中では書けないであろう。
 忌野清志郎の作品の中でたびたび論議の俎上に上がるのはなんと言ってもパンク『君が代』である。この曲が収録されたアルバムが発売中止になったというロックとしての“お墨付き”まである。私が思うに,そもそも何で人々は,こんなにも『君が代』にセンシティブになるのだろうか。そこに記された歌詞はいかようにも解釈ができるわけで,五輪やサッカーの国際試合で荘厳に吹奏される『君が代』も,国歌としての風格があってなかなか良いが,パンクやロックの『君が代』があっても何ら悪くはない。むしろ,サッカーの国際試合で時折耳にする,“歌手”と称される人が歌う,もはや原形を留めていない異形の『君が代』よりは,よほどメッセージ性がある。
 大阪城ホールで布袋寅泰との共演で歌った『君が代』では,『君が代』の歌詞にある「君」という部分に二人称を充てた。「今日,大阪城ホールに来てくれた“君”たち 愛してるよ~♪」という具合にである。『君が代』の歌詞が,この国の未来永劫の平和と繁栄を願ったものであるとするならば,「君」を二人称に充てて歌うのも間違いではない。熱狂的な阪神ファンの間で阪神が勝利した時に熱唱される『君が代』と『六甲おろし』をシャッフルした『苔がむすまでタイガース』という“君が代”だって,『君が代』の一つである。
 このような事をいったら不謹慎と思われるかもしれないが,昨日NHKで放送していたアニメ主題歌の特集番組で『創世のアクエリオン』というアニメの歌詞の「一万年と二千年前から愛してる 八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった 一億と二千年あとも愛してる」というフレーズを聞いた時,私は,『君が代』の中の「千代に八千代に」の部分を思い出してしまったぐらいである。このように『君が代』が自由自在に取り扱えるような環境にならなければ,『君が代』が英国国歌や米国国歌のように多くの国民から愛される日はなかなかこないのではないかとさえ思うのである。つまり,清志郎のパンク『君が代』は,われわれ日本人に大きな踏み絵を踏ましているということなのである。

 忌野清志郎のロック魂の真骨頂は,やはりゲリラライブという言葉に表れている。『FM東京のうた』がその象徴である。清志郎は過去に,RCサクセション名義で作られたいくつかの楽曲をFM東京(現在の東京FM80.0MHz)で一方的に放送禁止にされたという事に抗議をするために,タイマーズとして出演した民放歌番組の生放送中に,放送禁止用語が入った『FM東京のうた』という曲を突然演奏するというゲリラ的行為にでた。「FM東京 腐ったラジオ~♪」,「FM東京 政治家の手先♪」,「オマ○コ野郎 FM東京♪」と実に挑発的な歌詞はスタッフや司会者や他の出演者を一瞬で凍りつかせてしまい,誰も生放送中の演奏を止めることができなかったという伝説のライブである。
 世の中では彼のこのような一連の行為や音楽的志向を称して,“ロック”と認めているのであろうが,それは表層にすぎない。彼のロック魂とはその表層にあるのではなく,社会とのスタンスにあるのである。
 清志郎がテーマとするものは政治や社会風刺に抵触するものがもともと多い。いわばロック的に言えば,“反体制”である。しかし彼の場合,例え反体制であっても,いわゆる反体制側の勢力に利用されるようなことはなかった。原発や自衛隊や『君が代』をテーマにすれば,そういったものの是非を問うような特定の思想をもった集団がこぞって寄ってきそうだが,彼の場合はそれに乗っかるようなことはしなかった。いかなるものや勢力に対しても自由に吠えるのがロックであり,そもそもロックとダサい市民運動を一緒にされたら困る。そのうえ,こんなヤバいミュージシャンを抱えた日には,いつまた突然「オマ○コ野郎♪」とやられるかわからない。歴史的にたびたび芸術というものを自分たちの国策プロパガンダに利用してきた左翼たちも,本当にヤバいものには手を出せないということの先例である。反対に言えば,「エコ」だの「地球市民」だの「スローライフ」だのとこの手のものに簡単に利用されてしまう自称アーティストたちは,もはや毒にも薬にもならないどうでもいい人たちということになる。

 忌野清志郎の死因は癌であると発表された。咽頭癌からリンパ節転移と骨転移に進行し,それによる多臓器不全で亡くなったのであろうと想像できる。彼のwebページでは,最初の癌宣言の後,音楽活動の様子とともに時折病気の様子などについてもファンには知らされていた。一時期癌から復帰した事や,癌が転移したことなども簡素なかたちで報告はされていたが,それはしばしば著名人にありがちな,詳細な闘病記ではなかった。したがって我々は,彼が抗癌剤治療でどんなに苦しんだのか,あるいは骨転移による癌性疼痛でどれだけのたうちまわったのかは知ることはできない。またそれをこと細かにファンに対して報告するのも,“ロック”ではないのかもしれない。
 だから復帰ライブのあと順調に回復しているように思っていた多くのファンにとって,彼の死はあまりにも突然のことなのである。ファンの中には,ロックも癌には勝てなかったという人もいるかと思うが,それは違うのではないか。
 「病」の経験によって作風や人生観が変化するアーティストはたくさん存在する。世の中もそのようなもののほうが必然的に受け入れやすく,アーティストの方にしても“「病」と闘いながら”という大義名分が後から付いてくるので説得力があってやりやすい。逆に変わらないほうが難しいのである。忌野清志郎というアーティストは,音楽活動の中に,その「闘病」という気配を務めて感じさせないようにしたことに,私はやはりロック魂を強く感じるのである

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