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03. Mai 09

【訃報】 忌野清志郎氏(58)癌のため逝去~独語辞典にサインをしてもらった思い出~

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 わが国を代表するロック歌手・忌野清志郎が癌のため亡くなった。
 上の画像は,今から約20年ほど前に,たまたま清志郎さんと会った時にドイツ語の辞書にサインをしてもらったものである。場所は,今はもうなくなってしまった六興出版という小さな出版社でのことである。
 地下鉄有楽町線の江戸川橋駅を椿山荘方面の出口に出ると,そこには昔,川沿いに面した場所に立つ六興出版という小さな出版社が3階建て位の雑居ビル風の社屋を構えていた。ここに何の用件があって行ったのかはもう覚えていないが,ここの出版社を訪れた際,たまたま出版社に来ていた清志郎さんを見かけたのである。サインの日付を見ると1987年2月20日となっていて,清志郎さんの著書『十年ゴム消し』が出版された頃なので,おそらくはプロモーションの打ち合わせに来ていたと思われる。
 この時私は,当然のことながらサイン色紙などという気の利いた物は持ち合わせていなかったので困っていると,「何か記念になるものとか無いの?」と清志郎さんが言ってくれたので,その時たまたま持っていたドイツ語の辞書の表紙にサインをしてもらったのである。
 このドイツ語の辞書とは,三省堂から出ていた中級者用の独和辞典で,医学用語の併記もあってなかなか便利な辞書であった。現在私は独文献や新聞を読む際にはDudenの独-独辞典を使っているので,もう三省堂の方は使わなくなって久しい。しかし清志郎さんのサインがあるのでどうしても捨てられずに今でも本棚の片隅に置いているのである。

 清志郎さんの訃報を伝えるニュースでは,軒並みどこの放送局も,“日本を代表するロック歌手”と紹介し,代表作として『雨上がりの夜空に』をあげているところが多かった。たしかにこの曲は名曲である。いろいろな意味でロックな曲である。ロックという音楽がその昔,フォーク以上に大人たちから“不良の音楽”と言われていた理由はこの曲を聞けばわかる。
 代表作『雨上がりの夜空に』は,自分が愛用のバイクのエンジンの不具合を,些細なことで心変わりをする気難しい女性のことに例えて歌っているものだ。音楽,特にロックの世界では,バイクに限らず様々な乗り物やあるいは楽器を女性に例えることは多々あることだ。そして,乗り物や楽器がそれを操作する人間の身体と密接に関わることから,男女のエロスへと必然的にイメージが繋がる。ミュージシャンたちも当然それを意識して曲を書いている。例えばHIPHOPグループのKICK THE CAN CREWが書いた『マイクロフォンのテーマ』という曲は,マイクの形を男性器に例えて歌ったものだ。ソウルの神様JBにいたっては,“セックスみたいな音楽をやろうぜ”,“音楽みたいにいかすセックスをやろうぜ”とさらに直情的に訴えている。
 こんな音楽を家や学校で聞こうものなら,当然PTAのママゴンたちが黙っているわけがない。家にバンド青年を招こうものなら,頑固オヤジのパパザウルスが,“あんな不良と付き合うな”と怒るだろう。これがロックである。
 今日は清志郎さんを偲び,清志郎さんのロック魂とは何かについて書く。

 忌野清志郎という一人のミュージシャンを理解しようとする時に,『雨上がりの夜空に』が引き合いに出されることは正しい。しかし彼の真髄に迫るには,やはりこれまでさまざま事情で二度と放送できなくなった作品に触れなければ,その面白さは分からないであろう。報道各局がなかなかその点を取り上げなかったのは,二度と蒸し返されたくないという傷を脛に抱えているからだ。
 その代表的な作品といえは,やはり『あこがれの北朝鮮』やパンク『君が代』,そして『FM東京のうた』あたりではないだろうか。
 まず『あこがれの北朝鮮』だが,この曲は一見すると昔の左翼やリベラル新聞のように北朝鮮を賛美しているような印象を受けるが,牧歌的なメロディに乗って流れてくる「北朝鮮であそぼう♪ 」,「北朝鮮は良い国 ただで連れてってくれる~♪ 」という歌詞をみれば,これが相当なアイロニーを含んだ曲であることがわかるであろう。方向性としてはテリー伊藤の著書『お笑い北朝鮮』や『お笑い革命 日本共産党』と同様のものを感じる。しかも,「北朝鮮は良い国 ただで連れてってくれる~♪ 」というのは,読み方によっては北朝鮮による拉致事件を暗示したものでもあり,または北朝鮮を“地上の楽園”と謳って帰国事業を推進していた当時のジャーナリズムを皮肉っているようにも聞こえる。帰国事業を率先して推奨していた朝日新聞にはまったく耳の痛い話だ。このような事は絶対に訃報記事の中では書けないであろう。
 忌野清志郎の作品の中でたびたび論議の俎上に上がるのはなんと言ってもパンク『君が代』である。この曲が収録されたアルバムが発売中止になったというロックとしての“お墨付き”まである。私が思うに,そもそも何で人々は,こんなにも『君が代』にセンシティブになるのだろうか。そこに記された歌詞はいかようにも解釈ができるわけで,五輪やサッカーの国際試合で荘厳に吹奏される『君が代』も,国歌としての風格があってなかなか良いが,パンクやロックの『君が代』があっても何ら悪くはない。むしろ,サッカーの国際試合で時折耳にする,“歌手”と称される人が歌う,もはや原形を留めていない異形の『君が代』よりは,よほどメッセージ性がある。
 大阪城ホールで布袋寅泰との共演で歌った『君が代』では,『君が代』の歌詞にある「君」という部分に二人称を充てた。「今日,大阪城ホールに来てくれた“君”たち 愛してるよ~♪」という具合にである。『君が代』の歌詞が,この国の未来永劫の平和と繁栄を願ったものであるとするならば,「君」を二人称に充てて歌うのも間違いではない。熱狂的な阪神ファンの間で阪神が勝利した時に熱唱される『君が代』と『六甲おろし』をシャッフルした『苔がむすまでタイガース』という“君が代”だって,『君が代』の一つである。
 このような事をいったら不謹慎と思われるかもしれないが,昨日NHKで放送していたアニメ主題歌の特集番組で『創世のアクエリオン』というアニメの歌詞の「一万年と二千年前から愛してる 八千年過ぎた頃からもっと恋しくなった 一億と二千年あとも愛してる」というフレーズを聞いた時,私は,『君が代』の中の「千代に八千代に」の部分を思い出してしまったぐらいである。このように『君が代』が自由自在に取り扱えるような環境にならなければ,『君が代』が英国国歌や米国国歌のように多くの国民から愛される日はなかなかこないのではないかとさえ思うのである。つまり,清志郎のパンク『君が代』は,われわれ日本人に大きな踏み絵を踏ましているということなのである。

 忌野清志郎のロック魂の真骨頂は,やはりゲリラライブという言葉に表れている。『FM東京のうた』がその象徴である。清志郎は過去に,RCサクセション名義で作られたいくつかの楽曲をFM東京(現在の東京FM80.0MHz)で一方的に放送禁止にされたという事に抗議をするために,タイマーズとして出演した民放歌番組の生放送中に,放送禁止用語が入った『FM東京のうた』という曲を突然演奏するというゲリラ的行為にでた。「FM東京 腐ったラジオ~♪」,「FM東京 政治家の手先♪」,「オマ○コ野郎 FM東京♪」と実に挑発的な歌詞はスタッフや司会者や他の出演者を一瞬で凍りつかせてしまい,誰も生放送中の演奏を止めることができなかったという伝説のライブである。
 世の中では彼のこのような一連の行為や音楽的志向を称して,“ロック”と認めているのであろうが,それは表層にすぎない。彼のロック魂とはその表層にあるのではなく,社会とのスタンスにあるのである。
 清志郎がテーマとするものは政治や社会風刺に抵触するものがもともと多い。いわばロック的に言えば,“反体制”である。しかし彼の場合,例え反体制であっても,いわゆる反体制側の勢力に利用されるようなことはなかった。原発や自衛隊や『君が代』をテーマにすれば,そういったものの是非を問うような特定の思想をもった集団がこぞって寄ってきそうだが,彼の場合はそれに乗っかるようなことはしなかった。いかなるものや勢力に対しても自由に吠えるのがロックであり,そもそもロックとダサい市民運動を一緒にされたら困る。そのうえ,こんなヤバいミュージシャンを抱えた日には,いつまた突然「オマ○コ野郎♪」とやられるかわからない。歴史的にたびたび芸術というものを自分たちの国策プロパガンダに利用してきた左翼たちも,本当にヤバいものには手を出せないということの先例である。反対に言えば,「エコ」だの「地球市民」だの「スローライフ」だのとこの手のものに簡単に利用されてしまう自称アーティストたちは,もはや毒にも薬にもならないどうでもいい人たちということになる。

 忌野清志郎の死因は癌であると発表された。咽頭癌からリンパ節転移と骨転移に進行し,それによる多臓器不全で亡くなったのであろうと想像できる。彼のwebページでは,最初の癌宣言の後,音楽活動の様子とともに時折病気の様子などについてもファンには知らされていた。一時期癌から復帰した事や,癌が転移したことなども簡素なかたちで報告はされていたが,それはしばしば著名人にありがちな,詳細な闘病記ではなかった。したがって我々は,彼が抗癌剤治療でどんなに苦しんだのか,あるいは骨転移による癌性疼痛でどれだけのたうちまわったのかは知ることはできない。またそれをこと細かにファンに対して報告するのも,“ロック”ではないのかもしれない。
 だから復帰ライブのあと順調に回復しているように思っていた多くのファンにとって,彼の死はあまりにも突然のことなのである。ファンの中には,ロックも癌には勝てなかったという人もいるかと思うが,それは違うのではないか。
 「病」の経験によって作風や人生観が変化するアーティストはたくさん存在する。世の中もそのようなもののほうが必然的に受け入れやすく,アーティストの方にしても“「病」と闘いながら”という大義名分が後から付いてくるので説得力があってやりやすい。逆に変わらないほうが難しいのである。忌野清志郎というアーティストは,音楽活動の中に,その「闘病」という気配を務めて感じさせないようにしたことに,私はやはりロック魂を強く感じるのである

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