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14. Mai 09

【現代詩】 野間明子第一詩集 『玻璃』(漉林書房)~詩人,野間明子が20年ぶりに朗読ライブの舞台に立つ~

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 詩人・野間明子の第一詩集『玻璃』(漉林書房)を,ほぼ20年ぶりに開いて読んでいる。先日,書斎の本棚を整理している時に,ベルクソンやドゥルーズの本と一緒に奥の方から思い出したように出てきたもので,部屋の掃除や本棚の整理の手を中断して何度も熟読していたら,いつの間にか日が暮れてしまったというわけだ。
 この詩集の中には,刊行された時とほぼ同時期の今から20年ほど前に,銀座のギャラリー・ケルビームでの朗読ライブで実際に野間明子の肉声で聞いた「プロキオン」と「玻璃」という作品も収録されている。
 本のページをめくると,「プロキオン」が掲載されているページに付箋のように一通の手紙が挟まっていた。それはこの詩集の作者,野間明子から私宛に書かれたものである。内容は,「プロキオン」や「玻璃」という作品を私が気に入ってくれたことへのお礼,詩誌『見せもの小屋』(漉林書房)に私の感想を掲載したことについての報告,そして近況などである。
 「中野通り近くで井上さんと似た方にすれ違ったのだが,一瞬にして通り過ぎてしまって声をかけられなかった」
 という事なども書かれている。
 この手紙をいただいたのはもう20年近く前のことなので,私がどんな用件で中野駅付近に出向いたのかは記憶にないが,たぶん単館上映館の「中野武蔵野ホール」か「ひかり座」で何かの上映会でもあったか,あるいは年代的に推測して,「Plan-B」あたりで小杉武久のパフォーマンスでも見に行く途中であったのかもしれない。
 自分が気に入っている作品が収録されている詩集にもかかわらず,なぜこんなにも長い間,ページを開かなかったのかというと,この時代はだんだんと海外の美術展への出品が多くなってきた時期に合わせて,医学史,医療人類学,医学概論研究のために遠方で長期滞在する機会が多く,東京の家を空けることが多かったのである。その都度荷物を整理していたら大事なものまで奥にしまわれていたというわけだ。
 それともう一つ,この詩集の中で特に気に入っている「プロキオン」と「玻璃」については全部暗記していたので,本のページをめくる必要もなかった。
 その作品「プロキオン」が,なんと20年ぶりに野間明子の肉声により蘇ることになった。詩人・天童大人が企画している朗読ライブの6月の舞台に野間明子が立つことになったのである。

 「プロキオン」は,場所は特定されてはいないが,入り組んだ住宅街の背の高い建物に囲まれた小さなアパートから「私」の周辺を雑記した作品である。

プロキオン
き・おーん
ぷろきおん

 これが「プロキオン」の冒頭である。この後,読んでいても息をつく間もなく怒濤のごとく周辺描写が展開されていく。

あたしは菜っぱを食べている,曇ったステンレスの両手鍋でちぬと水菜が煮えている,強火でなければ消えてしまう錆びたガスコンロにかかっている,ビスケットの罐をひっくりかえしたガス台に金茶色の脂染みが消えない/昆布だしで煮て食べている,残り少なくなった中味にちぬの脂が浮いている,青いチェックのビニールクロスがかかっている,チェックの上の花模様にしょうゆ差しの丸い跡が消えない,花模様の向こうに煮たった薬罐を乗せたビニールの縮みが消えない

 先ほど「雑記」と書いたが,これは精密に描かれた素描に近いかもしれない。詩人が「言葉」というツールをふんだんに使い描かれた「素描」である。
 自分の半径数メートルの日常を描きながら,その複雑に入り組んだ空間からわずかに見える「空」からプロキオンという星座が遙か彼方に見える。

夜の外北天一一・三光年にプロキオン,いぬのさきがけ,泣き濡れた殺人者,銭湯へ行くとき星が見える,子午線にそって十三分歩く,オリーブみたいな娘にオルガンを弾かせる男がドラム罐で次から次へぼろを焚く

 私は当時,このスケール感に圧倒されて,一度聞いただけでこの作品が好きになり,その場で詩集を買い求めたのである。それからというものの,この作品を何度も読んでいるうちに,この作品の骨格に,非常に音楽的なものを感じるようになったのである。具体的には,ロマン主義以降の交響曲にみられる特徴的な形式,つまりは,第一楽章の第一主題が第二楽章以降も下層に潜伏していて,それとリンクする「動機」が時折顔を覗かせながら,最終楽章に再び力強く主題が現れる,というものである。例えばエルガーの交響曲などがそうだ。
 「プロキオン」では以下のように「主題」が再び現れる。

あたしが菜っぱを食べている,もう汁がすっかりひっついている,ゼラチンだけがたぎっている,燃え続け噴き出し続ける円環のガスの列からそれでもき・おーんと光きこえてあたしは,思わず歯と歯の間心細い宇宙を噛みしめる

 そして最後に,

き・おーん
キ・オーン
プロキオン

 でしめくくられる。
 短い作品でありながら,こういった骨格を持っている作品なので,途方もない時間の流れを感じる奥行のある作品になっている。そして,わずかな隙間の空から遥か彼方に星座が見えるというような描写のせいで,宇宙の摂理からみた人間存在の空虚さを一瞬感じ,一人冷気を帯びた空間に放り出されるような孤独感にとらわれて恐ろしくなるのである。
 この作品の中で唯一感じることができる熱源はガスコンロであり,「私」を取り囲む小宇宙の中でそれが“き・おーん”と光っているのである。

 あれからおおよそ20年という月日が経過して,再びライブでこの作品を聞く機会が間もなくやってくる。野間明子がこの作品をライブのプログラムに入れてくれたのは,先月,田川紀久雄「詩語りライブ」で同席した時に,私が直々にこの作品をリクエストした事に加えて,先日の彼女への電話でも,再度この作品をどうしても聞きたいと強くリクエストしたための配慮であろうか。
 その時野間明子は電話口で,「昔,ケルビームで聞いた時のプロキオンとは違うものになるかもしれない」,「今回はひとつの試みとしての舞台に立ち会っていただくことになる」と話してくれた。
 堅い破裂音で始まるこの作品は,朗読者泣かせの作品であるといえる。マイクを通さない肉声による朗読の場合,最初の出だしで肉声がうまく乗らなかったならば,この後怒濤の様に押し寄せてくる言葉の洪水に溺れてしまうであろう。それだけ「プロキオン」は声を出して読むには難しい作品なのである。

La Voix des poètes(詩人の聲)
野間明子ライブ

2009年6月10日(水)
場所◇ギャルリー東京ユマニテ
    東京都中央区京橋2-8-18 昭和ビルB1
時間◇会場18:30 開演19:00
料金◇予約2500円 当日2800円
    (学生1500円)(学生1800円)
予約・問い合わせ◇「北十字舎」 TEL03-5982-1834 FAX03-5982-1797

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