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23. Mai 09

【映画】『宇宙戦艦ヤマト』の新作「復活篇」が今年12月に公開~波動砲6連射をめぐる是非~

 わが国のアニメ史の中で今や歴史的作品として位置づけられている『宇宙戦艦ヤマト』の新作,『宇宙戦艦ヤマト 復活篇』が今年の12月に公開されることとなった。配給元は東宝で,現在は公開に向けて制作がスタートしている。
 ヤマトは,今さら詳しく説明するまでもないが,異星人から侵略を受けた地球を救うために,かつて太平洋戦争末期に九州の南端北緯30度43分,東経128度04分に沈んだ帝國海軍の戦艦大和を蘇らせ,宇宙を航行するという長大な物語である。テレビ放映された第1作の後は,劇場版の『さらば宇宙戦艦ヤマト』と,テレビシリーズの『宇宙戦艦ヤマト2』とに物語や設定が分かれている。この作品の見方としては,劇場版の2作目で物語を終えるバージョンをヤマトのいわゆる「正史」として評価される場合が多いようである。しかし,テレビシリーズの2作目以降も,例えば「自動惑星ゴルバ」(『宇宙戦艦ヤマト 新たなる旅立ち』)などの魅惑的な敵キャラクターも多数登場することから,根強いファンもいるのである。
 そして今回制作されることになった劇場版の新作は,そのテレビシリーズの続編から派生した最後の劇場版である『宇宙戦艦ヤマト 完結編』の後を継ぐ物語となるものである。
 完結編で水の惑星アクエリアスの海に船体が2つに折れた形で水没したヤマトが,新たな星間国家連合と戦うために,再び蘇るところから物語はスタートする。 
 実は,この「復活篇」の制作の話は,今から10年以上も前に立ちあがったことがある。この時には,この「復活篇」と並んで,スタッフやコンセプトを一新したまったく新しいOVAシリーズの『YAMATO2520』という作品がほぼ同時進行で進められていた。しかし現在,『YAMATO2520』の方は物語の佳境に入ったところで制作は中断され,劇場版の「復活篇」の方も,この作品をめぐる複雑な版権の問題も浮上して,制作も頓挫したままであった。
 今回正式に制作発表がリリースされた「復活篇」は,かつて企画されていたものとおおよその設定は変わってはいない。今回新たに分かったことは,白色彗星帝国やガミラス帝国よりも規模の大きい星間国家連合が敵として登場するここと,ヤマトの必殺技である波動砲が6連射できるという点である。

波動砲6連射をめぐる是非
 今回のヤマト劇場版新作で大きな論議を呼びそうなのが,「波動砲6連射」という設定であろう。
 アニメやSF作品でシリーズを重ねるごとに,武器や必殺技のスペックが向上していくことは多々あることであり,何も珍しいことではない。しかしそのスペックの極端な向上によって,本来その必殺技が持つ意味やコンセプトが失われてしまう場合もある。いわゆるスペックのインフレ状態である。
 以前私は,フィギュアスケートの不世出の2人の世界女王,浅田真央と安藤美姫を取り上げ,必殺技の美学について考察した。必殺技を必殺技と呼ぶにはその定義にいろいろと条件があって,まずは他にその技を凌駕するものがいないこと。浅田の場合ならばトリプル・アクセル,安藤ならばクワド・サルコウという男子スケーターでも難しい技のことを指す。次に必殺技を使うものは,相手を必殺で仕留めるだけあって,自分もかなりのリスクを負うということである。そしてチャンスは一度きりである。浅田や安藤の場合は,失敗すれば減点も大きくなるこの技を本番でも何度もトライしている。誰でも簡単にできる容易な技で要領良く得点を稼ぐ凡庸なスケーターよりも,浅田や安藤がアスリートとして世界中からリスペクトされているのは,肉体と身体性の極限に挑むという美学がそこにあるからである。アルベールビル・オリンピックでクリスティー・ヤマグチよりも伊藤みどりの方に世界からの称賛が集まったのも,同様の理由からである。
 少し話は古くなるが,『ウルトラQ』で怪獣ゴメスとリトラが戦った時,リトラが必殺技のシトロネラアシッドという液体をゴメスに浴びせて倒したが,この強酸性の液体によって自分の消化器,呼吸器も溶かしてしまったリトラも絶命した。
 この一撃必殺という絶対絶命の美学の中に,必殺技のもつダイナミズムとカタルシスがある。ヤマトの波動砲もまさにこれに相当するわけである。波動砲を撃つ時には,全てのエネルギーを波動砲に注入しなければならない。それにより他の武器は使えなくなり,艦内も省電力状態となる。この状態で一発にかけるわけである。
 ここから生成されるカタルシスは,“一発しかない”という事に基づいており,それはこれまでのいかなる困難な道程も一瞬にして解毒する。しかしこれが6連射できるとなれば,まったく意味が異なってくる。ヤマトの原型となった帝國海軍の戦艦大和でさえも,94式46サンチ主砲弾を撃つ時は,砲身が熱で焼けるので,架空戦記に登場する大和型戦艦のように主砲弾をあんなかたちで連射することは実際には不可能なのである。
 このような必殺技のインフレ状態が,かえってそこに込められたカタルシスを希釈してしまうのである。
 またもうひとつの疑問として,ヤマトが波動砲を6発も撃たなければならない状況とは一体どういった状況なのか,まるで想像がつかない。当時の「復活篇」の設定にあった移動型のカスケード・ブラックホールを消滅させるために必要なものなのか,あるいは波動砲を6連発しなければ勝てないような強大な敵でも登場するのであろうか。
 しかし我々は,あの彗星帝国をもって,圧倒的な威圧感と絶望感を味わったという経験がある。そして自動惑星ゴルバにおいては,得体の知れない異様な敵の姿と遭遇した時の恐怖感を存分に味わったのである。これらの敵キャラクターの存在は圧倒的であり,フォルム,イメージ,兵装も含めて今さらこれらを凌駕する敵などいるのだろうか。

ヤマトという「身体」
 「復活篇」に登場するヤマトは,「完結編」でアクエリアスに水没したヤマトと同一のものである。即ち今もって,帝國海軍時代の船体を継承していることになる。ヤマト第1作で,海底に沈んだ戦艦大和を内部から改造し,宇宙戦艦として蘇らせたというコンセプトが生きている以上,こうなるのであろう。鉄錆で覆われた戦艦大和が崩れ落ち,中から新たに生まれ変ったヤマトが登場するシーンについてはいくつか解釈があり,文字通り,帝國海軍の戦艦大和そのものを改造したと見る場合と,それは敵のガミラスを欺くために,戦艦大和の錆びた船体でカモフラージュしているのであって,ヤマト自体はまったくの新造戦艦であるとする場合である。
 常識から考えれば後者の解釈が自然であろうが,この作品が,宇宙空間を太平洋の海と見立てたメタファ構造になっているならば,沈没した戦艦大和が新たな兵装で蘇ったと解釈する方が,われわれ日本人の琴線に触れるのであろう。
 しかし今回DVDで公開されたプロモーション映像を見る限り,他の新鋭戦艦に比べて,フォルムも質感も違和感があるのがヤマトである。それは当り前で,人類が他の惑星に移民するような時代に,今もって帝國海軍時代の船体とフォルムを引きずっているのだから仕方あるまい。それが第1作では,ヤマト一隻で航行していたから気にならなかったのだ。しかしこの質感の相容れない違和感は,劇場版,テレビシリーズともに2作目の中で登場した新造戦艦アンドロメダを目の当たりにした時に決定的なものとなった。そして今回のPVの中に登場する大艦隊の中にいるヤマトを見た時に,一つの統一感のある「絵」の中でヤマトを見せることの難しさが伝わってきたのである。
 その点について,かつて「復活篇」と同時進行で途中まで制作された『YAMATO2520』では,ヤマトを含めたメカ・デザインをシド・ミードが担当し,そこに登場するヤマトも「第18代ヤマト」という形でネームシップとして艦名だけを継承している。これにより,デザインを一新したシド・ミード版のヤマトは,他の新鋭戦艦と並んでも違和感はまったくない。むしろ,ネームシップというコンセプトを出してきたことでイメージが広がったように思う。しかも,敵との闘いも,単なる惑星間戦争ではない。ヤマト側が波動エネルギーを持つ文明を築いてきたのに対して,対するセイレーン連邦という星間国家は,モノポール文明という独自の文化を持っている国家であり,そこで暮らす人々も,平衡感覚や空間構成において,われわれ地球人が美しいと感じる美意識とはまた異なった美意識を持っている。この文明,文化の対立が,単に力学だけで争う戦争とは違って面白かったわけである。
 だが,そういった文明対立をテーマに作品を作るのであれば,何もヤマトでなくてもいいわけである。このような理由から,『YAMATO2520』という作品は“ヤマトではない”と言う人も当然いるであろう。何もヤマトがガンダムやエヴァンゲリオンのような世界を描く必要はないという意味においてである。そこでやはり最初の振り出しにどうしても戻ってしまうのである。他の新鋭戦艦に比べてたとえフォルム・質感に違和感があろうとも,そこにヤマトがいることがきっと重要なのであろう。ここにわれわれ日本人が抱えている「大和」という実に象徴的な巨体が呪縛をもって横たわっているという情況を垣間見ることになるのである。
 ヤマトがこのように何度も復活を繰り返すのは,単に制作者たちの「欲」や「業」といった小さなレベルの問題ではなくて,戦後60年以上も経過し,いわば民俗的伝奇になりつつある「大和」のもつ悲劇性と,その鋼鉄の空間で展開されたであろう数々の修羅場がエロスやカタルシスとなって人々の欲望を誘発するからである。戦艦大和を史実として描いてヒットした映画『男たちの大和』でも,映画のヒットだけにとどまらず,尾道の旧造船所跡に設置した実寸スケールの大和のセットの一般公開も連日大入りであった。
 いわゆる,荒巻義雄の『旭日の艦隊』をはじめとする架空戦記にも,数多の大和型戦艦が登場する。これもあきらかに著者の身体を投影したものであろう。
 つまりヤマトとは何かと問われれば,それは,太平洋戦争の「正史」から,唯一はみ出してしまった艦としか,今のところは言いようがない。そして怪獣墓場の怪獣たちのように永遠に宇宙をさまようのであろう。しかし私はそんなヤマトがやはり日本人として好きである。

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