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30. März 09

【名古屋芸術大学・芸術療法講座講義】 広告批評 「IMAGINATION」(2002年・AC制作)

 私が講義を行っている芸術療法講座では、学生に様々なワークショップを取り組ませるために、それの動機付けとなるような映像資料もたくさん見せている。映像資料は上映時間が1時間を超える長いドキュメンタリー映画の場合もあるが、1、2分程度の広告を見せる場合もある。
 今回学生に見せた広告は、AC(公共広告機構)が2002年に制作した「IMAGINATION」という作品である。この作品は、人間の本来持つ表現欲求と、それを「表現病理」として捉えようとした時に浮上してくる精神医療の偏見、固定観念を訴えかけた広告である。ACは、これまでにも覚せい剤、DV、育児放棄などといった社会問題を数多く扱い、その映像広告は強烈なインパクトを持って、それを一度でも見たことのある人の記憶の中に焼き付いているであろう。その中でも、私の講義の内容と関わりの深い「表現病理」について扱った「IMAGINATION」という作品は、そのインパクトでは群を抜いている。
 「IMAGNATION」はストーリー仕立ての広告である。まず小学生たちが教室で絵を描いているシーンから始まる。多くの児童は、花や風景や動物といった、いわゆる大人から見て“子供らしい”といわれる絵を、“好ましい”とされる明るい色調で描いている。しかしその中に一人だけ、画用紙を黒いクレヨンで必死に塗りつぶしている児童がいて、担任の教師はその児童を奇異の目で見ているのである。その児童は来る日も来る日も、ひらすら画用紙を黒く塗りつぶすことに熱中しているので、他の児童とは明らかに様子が違って変だと思った担任は、カウンセラーに相談したようである。その児童は彼の意に反して精神科病棟のようなところに連れて行かれて、彼を取り囲んだ精神科医たちから様々な尋問を受ける。
 これが、「IMAGINATION」の前半部分である。もしこのまま終わってしまっても、それなりにいろいろなメッセージを残す作品となるのだが、後半のラストに思わぬ展開がある。その思わぬ展開というのは、誰もいない放課後の教室で、おそらく精神科病棟に隔離されてしまったであろうあの児童の残した黒い画用紙を見つけた担任が、それを床の一面に並べると、大きなクジラの絵が完成するというものである。そして「子供から、想像力を奪わないで下さい」というメッセージが最後に挿入される。
 この広告は、このようにアートにおける「表現」と、心理学・精神分析学・精神医療、そして近年になってメジャー領域に台頭してきた「病跡学」における「表現病理」の問題とも深く関わる作品であり、その部分が学生たちにも相当のインパクトをあたえたようである。

 まず、このACの広告を観てのレポートとして一番多かったのが、自分が子供のころに学校で同じような嫌な思いや経験をしたことを例に挙げて、心理学や精神医療からのアートへのアプローチに対して疑問を呈したものである。具体的には、他の多くの児童とは異なった色合い、題材などの図画を描いて担任から偏見を持たれたり、また、学内・学外の絵画コンクールで“お手本”として選ばれる作品は、大人が喜びそうな、どこか定型化したものばかりで、それが非常に不愉快であったことなどである。
 学生から話を聞いてみても、自分の進路に芸術系の大学を選択した学生は、子どもの頃に、少なからずこのような思いをしたものが多く、それゆえに、心理テストや精神分析学の分野で絵画をツールとして使用することについて、否定的意見を持つ学生もいる。つまり彼ら、クリエイターの立場からして見れば、心理テストや精神分析は過去の統計に過ぎず、自分の制作したものまでそれによって規定化されるのを拒むわけである。しかも性格診断や病理診断に利用されるとなれば、それはクリエイションという行為に対する最大の屈辱ということになるわけだ。
 ACの広告をみて、過去のこのような嫌な体験を思い出してしまった学生は、無意識ながらもアートにおける「表現」と、そこに病理を見出す「病跡学」という学問の意義、あるいはやや踏み込んで、それらの是非について問題提起したといえる。そのことが、この分野に対する疑いと、「反精神医学」的な精神医学批判につながってくるのである。そして、学生の中には、この広告の途中までは自分も精神科医と同様の視点で、画用紙を黒く塗っている児童のことを「異常」であると固定観念で見てしまったことを強く自己批判しているものも多い。それらの学生のレポートの中には、心理学や精神医学は誰もが信頼できる「科学」ではなく、あれは「文学」にすぎない、という批判も出てくるのである。

 また別の視点で学生が注目したのは、映像学から見た高い技術である。学生の中には、将来は広告クリエイターを目指しているものも多数いるので、彼らからしてみれば、1分30秒という短い時間に、あれだけ明快なメッセージが込められている点や、無駄のないカメラワークに感心したようである。しかし同時に、映像による広告が、紙媒体の広告よりも数段にインパクトが高いことに注目して、時と場合によって、それがプロパガンダとなり得る危うさにも言及している。このことは、テレビや新聞といった近代的マスメディアに見られる情動的な報道よりも、スーパーフラットなネットのストレートニュースに真理を見出そうとするネット世代のリテラシーなどが垣間見えて、この点も非常に興味深かった。(2008年9月27日の講義レポートより)

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