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17. Februar 09

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】学生のレポートを読む~『マイアミ美容整形外科』

 私が現在講義を行っている名古屋芸術大学の芸術療法講座では、芸術療法の歴史や理論とならんで、西洋医学史、西洋美術史なども学生に学ばせている。毎回の講義では、前半はだいだい歴史の講義、そして後半はそれに関連する具体的なトピックスをあげて、学生には授業内でミニ・レポートを書かせている。
 私が講義を受け持つクラスは一般大学の美学や教養課程などとは異なり、将来は何らかのかたちでクリエイターとして仕事にかかわっていくような学生たちのクラスで、他の学生たちとは異なり、いわば「アート」における当事者である。
 その当事者として、アートが社会とどのような関係を保ってきたのか、もっと専門的にいえば、ひところの「癒し」ブームで「アート」と「癒し」の関係が注目されだした時に、当事者として感じた違和感は無かったのだろうか、ということを同時に考えていくことも、講義の重要なテーマである。そのうえで、医学と芸術の双方の長い歴史の中で、そこに何か美学的接点を見いだせれば、それを探っていくものである。遠回りをするようだが、これらの行為を経てようやく、「アート」と「癒し」についての関係性を考えるスタートラインにたどりつけるのである。
 私の講義ではさまざまなワークショップを行い、またそれの動機づけとなるような映像資料もたくさん使用している。AC(公共広告機構)から借りた短い広告や、時には上映時間90分ほどの長いドキュメンタリー作品を上映する場合もある。その映像資料の中で、昨年特に学生たちから反響が高かったのが、海外ドキュメンタリー専門局のディスカバリー・チャンネルが制作した『マイアミ美容整形外科』というドキュメンタリー作品である。
 ひとつ補足しておくが、この作品は、全米で放送されている同名のTVドラマとは異なり、実際にマイアミで美容クリニックを開業している3人の美容外科医たちの日常を追ったドキュメンタリーである。
 このドキュメンタリー作品を見た学生たちが、なかなか興味深い問題提起などもしているので、作品の内容にふれながら、学生たちのレポートも少し振り返る。

 『マイアミ美容整形外科』を訪れる患者たちはさまざまである。わが国では、美容外科といえば若年層が中心的ターゲットであるという印象が長らく持たれてきた。しかし、専門的には形成外科という領域になるこの診療科目は、本来は美容だけに特化されたものではない。例えば乳癌で乳房を切除した女性のために行う乳房再建術や、軟部肉腫や大きな怪我などで顔を損傷した場合の顔面再建術も形成外科の領域である。また近年では、中高年富裕層がアンチエイジングのために形成外科を訪れることも珍しくはない。
 形成外科は、もともとは中世イタリアの医師、タリアコッツィ(Gaspare Tagliacozzi, 1545-99)によって、損傷した鼻や口唇を復元、再生させるために施術された当時としては前衛的な試みであったが、後にカール・ティールシュ(Karl Thiershe, 1822-95)らによって外科学の中に体系づけられていくことで、今日のように発展してきたわけで、基本的には身体部位の復元、再生という意味合いをもっている。
 この『マイアミ美容整形外科』のドキュメンタリーは、ここを訪れる患者たちの人生模様と、医師たちへの長いインタビューで構成されている。先ほども述べたが、ここを訪れるのは若年層とは限らない。私がもっとも印象に強く残ったのは、乳癌で乳房を失った中高年女性が、アンチエイジングのカウンセリングに訪れた場面である。この女性はまず自分のこれまでの人生を医師に語り始める。医師も黙ってその話を聞いている。要約すると、女性が医師に語っはことは、自分の今までの人生とは、子育てと夫に尽くす毎日を送ってきて、それが終わると今度は癌との闘病の日々。いつの間にか年だけをとっていた。つまり、今までの自分の人生には自分の時間も自分の自己実現もなかったと語っているのである。そして、今までの自分とは区切りをつけて新しい残りの人生を歩んでみたいとの理由で、顔面の若返り手術を望んでいるのである。しかしこの女性には若干の躊躇があって、それを医師にまた相談をする。
 彼女が抱いていた躊躇とは、癌患者が乳房再建術の他にも顔の美容整形をするなんておかしいのではないか、ということである。それに対して担当の医師は、どんな人間にだって幸せになる権利と資格があるのだから、過去の病気のことで負い目を感じることなんてまったくないよと声をかけてやるのである。
 また別のケースでは、身体のある部分に強いコンプレックスを持っている若い女性が訪れた時、その担当医師は、自分は必ずしもあなたにすぐに整形を勧めるものではない。何度も良く考えて、まず自分の思い込みが原因で辛くなっていることも理解したほうがいいとアドバイスする。
 これを見てもわかるとおり、マイアミ・クリニックの美容整形外科医たちは、患者の精神的な領域にまでふみ込んでサポートしているのがわかる。基本的にはクライアントの要求に応えるのがここの医師たちの役目ではあるが、外見を修正することはひとつの方法でしかなく、後の自分の人生をいかに充実させていくかは自分次第であることも患者に説明するのである。
 このような医師たちの態度には、最初は美容整形というものに若干の偏見を持っていた学生たちも、好感を持ったようである。多くの学生が、「マイアミのドクターたちは、一見すると患者の体を治しているようでいて、実際には心を治療している」、「安易に整形を勧めるのではなく、そのリスクについても説明している」、「患者の人生に丁寧に耳を傾けている」と、診療に臨む態度については好評価である。
 その一方で、学生からも異論が噴き出たのは、クリニックの医師たちがインタビューにおいて、自分が担当した患者のことをさかんに自分の「作品」であると言い、医師自らが自分はクリエイターだと思っているというくだりである。やはりアートにおける当事者である芸術大学の学生たちには、ここの部分が相当の違和感をもって浮かび上がったようである。

 学生たちからはこのような意見が寄せられた。まず多かったのが、「患者の身体を作品に例えるのは医師としていかがなものか」という意見である。この意見の背景には、「患者の身体が、まるで彫塑などの素材みたいに扱われている」という嫌悪感と、「作品」というからには医師と患者の共同作業でなければならないのに、医師自身はその「作品」についてリクスを負っていないではないか、という制作態度についての疑問である。一方でこれに対して、「美を追求することにおいてはアートも医学も関係ないのではないか」という意見もある。また、テレビドラマなどで、医師が手術時間の短さや、出血量の少なさをゲームのように競う事例をあげて、「医師にももともと自己顕示欲が強い人たちもいて、その気持ちが自然に言葉になって表れただけで、けして患者のことをモノ扱いしているわけではない」といった意見や、「自分の仕事に自信があるから作品と言うことができる。」、「職人に近いプロフェッショナルである」という意見も寄せられた。
 どのレポートも、このマイアミ・クリニックの医師たちの日常や患者の人生模様をとおして、人間の「美」の本質について考察されたものだが、この中で非常に興味深かったのが、「人間の美しさは若さだけでなない」、「年を重ねた女性の美しさもある」といった意見である。これは実に少数派の意見であったが、20歳前後の、まだ世の中でいろいろなことを経験していない学生たちからこのような意見が出てくる理由にも注目したい。これは、アンチエイジングという潮流に対して、老齢学のような学問が台頭してきたことも多少の影響はあるであろう。例えば数年前にベストセラーになった赤瀬川源平の『老人力』や、五木寛之のエッセイ集『不安の力』などは、老いてく身体、弱い自分をとことん容認していくような内容である。詩人で英米文学者の加島祥造訳による自由律による『老子』が今もってロングセラーとなっているのは、この世の中は、強くて美しいアスリートのような人間たちだけが暮らしているのではない、ということを気づかせてくれるからである。
 最後に、自分なら美容整形をしてみたいかと学生に尋ねたところ、やはり自分のこととなると抵抗があるようである。その理由は、「病気ではないところにメスを入れるのに抵抗がある」というものであった。医療とは本来、健康を害した部分に施しをして、健全な身体にもどす、ということならば、人よりも劣ると見える顔や身体は、果たして「病」なのかという問いもここで生まれてくるのである。だから、“病気ではないところにメスを入れる”という言葉にはなかなか重みがあると思った。(2008年10月18日の講義レポートより)
 
 

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