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22. November 08

【ドラマ】倉本聡 『風のガーデン』~エロス/タナトスとしての“麻酔”という行為をめぐって~

 脚本家・倉本聡のドラマ『風のガーデン』が中盤にさしかかってきた。ドラマ開始当初は,『北の国から』のような富良野を舞台にした家族再生のドラマとして見ていたが,ここへきて,少し面白い展開になってきている。
 自分の職場不倫が主な原因で妻が自殺したことを理由に,家族から絶縁された独身の麻酔医・白鳥が富良野を追われて東京の病院で勤務医として働いている。しかもその白鳥はステージ4の膵臓癌に冒されており,何の因果が自分と同じ病気の二神というハゲタカ・ファンドマネージャーの男の主治医として癌性疼痛のケアにもあたっている。このようなバックボーンのある一人の麻酔医が,自分の死期が近いことを悟り,富良野に残した元・家族との和解を求めて,密かに再び富良野を訪れるというのがここまでの展開である。
 麻酔医というと,ひと昔前までは一般的には手術の際の麻酔の時だけ登場するイメージで描かれることが多かったが,近年の,例えば『ER』のような海外ドラマのように医事監修スタッフがしっかりと入り,脚本家もそれなりに勉強するようになってからは,かなり現実的な麻酔医の日常が描かれるようになった。それにより,この類の医療ドラマを楽しむ視聴者は,当然のことながら麻酔医の仕事は麻酔の導入だけではなく,術中の麻酔深度の管理,バイタルの管理はもとより,内科的領域では先ほど述べた癌性疼痛や神経痛のケアにおいても麻酔医の存在が欠かせないことをよく知っている。
 また,麻酔という医療技術の歴史をさかのぼっても,いろいろと興味深いことがたくさんある。麻酔の概念が西洋医療の歴史で本格的に登場してくるのは19世紀で,この時期に登場したエーテル麻酔法のモートン,クロロフォルム麻酔法のシンプソン,そして笑気ガスにも麻酔作用があることを発見したデヴィらによって,のちの近代的な麻酔学が確立していくわけだが,ビクトリア時代のこの時期が,ちょうどイギリスで興った芸術運動「ラファエル前派」の時代とも重なり,その「ラファエル前派」の画家たちの作風が,“麻酔”という行為,または状態と符号してみえるのである。
 それは,「ラファエル前派」の画家たちが描く女性像をみれば一目瞭然である。例えばミレーの『オフィリア』やロセッティの『ベアトリクス』に表れた恍惚とした表情は,意識レベルではすべての能動的な活動をいっさい停止して眠りに堕ちていく人間の表情であり,すなわちこれが全身麻酔を想起させるのである。またこの時代の精神・神経科医療では,女性の人権に対してまだまだ相当の偏見が存在していて,例えばヒステリーから起こる「卒倒」や「失神」といった意識症状も女性特有のものと思われていた。それは様々な古典的戯曲や歌劇の中でもしばしば描かれてきたモティーフである。つまりその無防備に脱力した状態こそが「死」と「エロス」を醸し出しているのであり,その表情が,まるで全身麻酔下におかれた人間の表情と類似するのである。
 だから,『風のガーデン』の中で倉本聡が設定した中井貴一が演じるやや中性的な男性医師が麻酔医であるのも自然と納得できるのである。私はこの中性的な男性医師に抱かれる恋人が,行為中や行為後に見せるであろう恍惚とした気だるい表情と,今まさに麻酔下に落ちていく患者の表情が同じようなものであるかのように連想するのである。
 もちろんこの医師が麻酔医であることは,自分の身にもやがてせまりくるであろう膵癌末期における壮絶な癌性疼痛との闘い,特に疼痛コントロールの切り札が次第になくなっていく状況まで描ききって癌という病の終末期のリアリズムを表現するとなれば,世の中に数多く存在するご都合主義のファンタジーな闘病ドラマとは一線を画すのに実に効果的な設定である。
 それからこのドラマでもうひとつに気になっているのは,ガーデンの先にある森の中に隠されているキャンピングカーの存在である。最新の医療設備が整った,まるで自治体の集団検診車のような外観のこの車は,富良野の自然の中にあってあきらかに異質である。しかし目下,富良野においては帰る所がない白鳥にとっては唯一の居場所であり,息子の岳の前では“大天使ガブリエル”の姿でガーデンに現れるという日課をこなした後,救いを求めるようにこの車の中に帰っていく。こんな白鳥の姿を見ていると,あたかもこの車自体が白鳥の身体の一部のようでもあり,状況に応じて白鳥の身体に接続される様々な機器のケーブルや輸液チューブが,まるで母体と白鳥を繋げるへその緒のようにも見えてくる。それを考えると,無機質なハイテク医療機器が搭載された自治体の検診車のような車が,森の中でとたんに有機性を帯びてくるのだから不思議である。
 脚本の倉本聡がこのキャンピングカーの存在をそこまで想起して書いたか否かはわからないが,これがもしSFドラマならば,その医療機器を統括する知性を持った医療コンピュータが現われて,白鳥とおそらくは「生命」の所存をめぐって禅問答でも始めるのであろう。このドラマでは,その役目を担うのはかつて白鳥を勘当した父と,白鳥のことを“大天使ガブリエル”だと思い込んでいる息子の岳のようである。
 いずれにしても,昨今,“闘病記”と謳っていながらその肝心の闘病の部分があまりにもファンタジーなドラマが多い中で,丁寧な脚本と映像の仕掛けが面白い作品である。

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