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08. September 08

【アート】澤田政廣記念美術館(静岡県熱海市)~人間の身体内部を想起させる,“呼吸”し,そして“代謝”する空間~

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 近年のわが国の美術館建築は,ポストモダニズムに即した非常にニュートラルで清廉な空間が多い。ややもするとこれが今日の美術館建築のスタンダードであると認識せざるを得ない感じではあるが,それとはまったくと言っていいほど対照的な建築構造を持つ美術館にも時たま巡り合うこともある。それらはやはり個人の作家の作品を収蔵したテーマ美術館であることが多い。
 静岡県熱海市にある澤田政廣記念美術館もその一つである。ここにはわが国近代具象彫刻の草分けである澤田政廣の戦前からの貴重な作品が収蔵されている。
 私などがわが国の近代美術の歴史を振り返る時,プロレタリアを基軸とした一連の戦前昭和の前衛芸術の面白さに目をひかれてしまいがちだが,この時期に高村光雲らの系譜を継ぐ伝統的な木彫と,西洋のモダニズムの狭間で,まさに孤高の領域で多くの作品を制作した澤田の作品の中にも,戦前,戦中,戦後を横断したわが国の近代美術の源流を見ることができる。
 例えば,1941年,つまり日米開戦の年に制作された「神通」という作品は,当時の日本人たちの高揚する思いが,その天空を浮揚するようなフォルムからもうかがえる。そうかと思えば,壁にレリーフとして展示されている「産業戦士」という作品は,ギリシャ時代のグラディエーターが斧を振りかざす背景に,工場の煙突から煙が上がっている様子は,当時,河辺昌久,村山和義らといった洋画家達によるムーブメントであった構成主義的なプロレタリアートの要素ものぞかせている。
 享年93歳であった澤田が生きた時代は激動の時代であり,その時代とともに産み出されていった芸術は,まさに多面体であると言っていい。その澤田の作品を収めたこの美術館も,身体内部のように有機的に入りくんだ複雑な構造である。
 澤田政廣記念美術館は,JR伊東線 「来宮」にある熱海梅園を流れる初川支流沿いの丘の上に立っている。まず美術館入り口の自動ドアには実に象徴的なフォルムのレリーフ様の装飾がなされ,若干細長い入口をくぐり抜けるとエントランスホールが開けている構造である。展示室に入ると誰でも最初に目につくのは,その壁面である。まるで絨毯の繊維のような苔状のものが全ての壁面に生えている。生えているという表現は少し変だが,これを実際に見た人にとっては,この“生えている”という表現がもっともふさわしいことがわかるであろう。この得体の知れない苔のようなものの正体は,この美術館の内装について詳しく書かれた月刊 『建築仕上技術』 という建築専門誌の151号(1988年2月)の「熱海市立澤田政廣記念館──その内外装仕上げについて──」と題した論文を読めば明らかである。
 ここの美術館を訪れた人の多くが不思議に思っていたその苔のようなものの正体とは,実はナイロン繊維でできた人工苔なのである。この人工苔を全ての壁面にコンプレッサーで静電植毛することによって,あの不思議な空間ができていたのだ。ありがたいことに,この人工苔が植毛された壁面は自由に手で触れることができる。美術館の手すりなどがところどころ禿げているのは,来場者によって触れられた跡である。しかもこのナイロンの人工苔は,この不思議な美観だけではなく,実際に防湿効果,保温効果,防音効果をもたらしているというから驚きである。まるで生きた身体内部組織のように代謝しているのである。宛ら子宮体部や消化管粘膜の絨毛組織といったところだ。
Photo_4   こればかりではない,ここの美術館に感じる独特の有機的な空気は,その構造にも理由がありそうだ。月刊 『建築仕上技術』 に掲載されている美術館の平面図を見ると,それが成人女性の子宮の断面図と非常によく似ているのである。つまり,まず美術館の入り口からエントランスにかけての細い通路は膣口から子宮膣部に相当し,左側の第一展示室と右側の第二展示室の角が子宮頚部である。そして子宮口に相当する蓮華の部屋を進んでいくと,その奥には子宮体部が広がっているという構造である。この点を考えると,壁面に植毛されたナイロン繊維の人工苔も,あたかも子宮体部の絨毛組織に思えてくるから不思議だ。しかも時折,美術館の来場者がこの“子宮体部”の空間で休憩をとり寛いでいたりする。
 熱海梅園内にあるこの美術館は,普段から熱海市民の散歩コースになっているようで,入館料も310円と安いせいか,散歩の休憩スポットとして訪れる人も多いそうである。そういう人たちも違和感なく受け入れてしまうこの空間は,まさに“母体”というのにふさわしいのかもしれない。その思いは,この建物から外へ出る時にも感じられる。採光はステンドグラスを利用するなどして最小限に留め,少し暗めの落ち着いた空間から外へ出る時に,入口の自動ドアが開いた瞬間に外界の光が一気に目に入ってくる様子は,まるで母体からこの世界に産まれ落ちる瞬間をも想起させる。これが偶然の産物なのか否かは定かではないが,間違いなくこの空間は,人間の身体内部のように呼吸し,代謝していることは間違いない。それは日頃の喧騒の中で失われがちなわれわれの五感や身体性を回復する装置としてもはたらいているのだ。

 

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