« August 2008 | Start | Oktober 2008 »

September 2008

30. September 08

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】後期集中講座レポートVol.1~「芸術療法」という言葉から受けるイメージ~

2008年度名古屋芸術大学 芸術療法講座
「美術史から考察する疾病論・医学概論」

 まず芸術療法講座後期集中講座の第1回目は,学生らがこの「芸術療法」という分野について,どれほどの馴染みと知識があるのかを知るために,簡単なレポートを提出してもらった。
 内容は,「芸術療法」という言葉から受けるイメージについて自由筆記の形式でその事柄を書くというものである。そこで出てきたものは,まず,「音楽療法」,「ダンスセラピー」,「箱庭療法」,「カラーセラピー」といった定型化された古典的なセラピーを例にあげるものも多かったが,それとは別にさらに細分化されたかたちでは,例えば「大人の塗り絵」,「ゆるキャラ」,「α派音楽」,「環境音楽」,「森林浴」など,昨今マスメディアの主に情報バラエティー番組といわれるもので話題となったいわゆる“癒し系”アイテムをあげるものも散見された。
 次に,学生らがどんな情報媒体を通して「芸術療法」の存在を認識したかについては,美学,芸術学などの専門書をあげたものの他に圧倒的に多かったのが,テレビ,新聞でのドキュメンタリーである。そのドキュメンタリーとは総じて病者や障害者をあつかったものであり,例えばある芸術の分野で突出した才能を持つ障害者の話や,また,精神科医療の分野で芸術表現を治療に導入しているケースなど,芸術と医療が具体的に結びついたものに関してはかなり強い印象を持っているのがわかる。そして注目すべきは,芸術分野を専攻している学生らが,これらのものに対して,何ら疑いの目もなく認めているわけではないということである。
 例えばある学生は,縁日の夜店でみかけたカラーセラピーまがいのものに“胡散臭さ”を感じていると書いている。またある学生は“昨今「アート」とか「セラピー」ということばが実に安易に使われている”といった,昨今の芸術療法という分野の抱える問題点をそのまま挙げている。その他にも,「アート」と「セラピー」をめぐる周辺領域をフローチャートで提示し,その中に“なんでもあり?”という言葉を書き込んだ学生もいた。
 ここにあがった学生らによる芸術療法という分野に対する異論,疑問,疑念は,普段,創作的活動に関わっているクリエイターとして感じた素直な意見であろう。つまり,芸術とはセラピーの分野でも必要であることにはかわりはないが,それならば何でも良いのか? という疑問であると私は考える。ある1人の学生が指摘した“なんでもあり?”という言葉がそれを投げかけており,医療の(特に精神科医療)分野で行われる様々な芸術表現のようなものが,クリエイターから見たらどう見えるのか,という一つの健全な批評精神の表れであると私は判断した。
 芸術療法の領域に,なぜこのような状況が生まれてきてしまうのかということについて,それは芸術療法に関わる「アート」と「セラピー」という異なる二つの分野のスタッフ,具体的には「アート」側ではクリエイター,そして「セラピー」側では医師,心理学者,カウンセラーなどが,双方の分野について深く理解していないことから起こるコミュニケーションの希薄さも原因にあることも学生に説明した。これは『アート×セラピー潮流』(フィルムアート社刊)の冒頭でも述べたとおりだが,つまり,医師,カウンセラーらのセラピー・スタッフの多くは,美学,芸術学といった領域で知識としてはアートを一応は理解してはいるが,「表現」という行為が持つ「闇」の部分についてはクリエイターとしての実感では理解できていない。ゆえに,何でもかんでもアートに見えてしまうという現象を生んでいるのは事実だ。一方で「アート」側の人間はどうかというと,昨今,アートがいろいろな分野とコラボレーションをして表現の定義が曖昧になりつつあるが,そのアートがセラピーの現場に関わる時に,アート側の人間もまた,医療や医学の分野について体系的な理解をしているわけではない。そこでやはり相互理解の誤差が生まれてくるわけである。しかも誤差が是正されないままにアートとセラピーをいとも簡単に結びつけてしまうことによって,“胡散臭い”,“なんでもあり?”という疑念が生じてしまうのである。
 これらの問題について考えていくには,やはり,本来「アート」と「セラピー」または「芸術」と「医学」はそんなに安易に結びつくものではないという大前提に立ったうえで,なおかつその接点を改めて求めていくという態度が必要である。そのために私の講義では,いわゆるアート・セラピーについて概説したり,アウトサイダーアートだけを取り上げたりはしない。医学と芸術の双方の歴史を通して,長い人類史の中で「病」,「身体」というものがどのように捉えられてきたかということにフォーカスを当てていくことを学生らにアナウンスした。私が第1回目の講義のガイダンスで学生に配布した医学史年表はそのためにある。この年表とともに美術史も振り返りながら,「芸術」と「医学」の接点で見えてくる「病」の形を浮き上がらせることから,ようやく芸術療法はスタートすると私は考えている。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

28. September 08

【アート】加島祥造墨彩画展 『山河に還る』(10月2日~8日・丸善名古屋栄店)

Photo 加島祥造墨彩画展 『山河に還る』
信州伊那谷の自然の中に暮らし,現代の文人画を目指し,詩を作り,画を描く。
墨彩で描かれた伊那谷の心象風景,および書の新旧作品約40点を展観いたします。
平成20年10月2日(水)~10月8日(水)(最終日16:00閉館)
丸善 名古屋栄店4階ギャラリー
http://www.maruzen.co.jp/corp/shop/nagoya.html
〒460-0008 名古屋市中区栄3-2-7

【加島祥造トークショー】
『求めない』から『受け容れる』へ
10月5日 13:30開場 14:00開演
定員100名
料金2500円(丸善名古屋栄店4階ギャラリーで販売中)
Map_nagoya_01

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

24. September 08

【上映会】 映像でメコンを渉る 第3回 『水の恵みと人々、カンボジア』(メコン・ウォッチ事務所・御徒町)

 メコン・ウォッチでは、これまで収集してきた映像資料や作成したドキュメンタリーを皆さまと一緒に鑑賞する会を定期的に開催していきます。第3回は、カンボジアの川や湖での漁業に関する作品をご覧いただきます。英語字幕の作品ですが、カンボジアや漁業に関心のある方は英語が苦手でも十分興味を持って見られると思います。皆さまのお越しをお待ちしています。

■日時:2008年10月3日(金)18:30開場、19:00上映開始、終了予定20:30
■場所:メコン・ウォッチ事務所(JR御徒町駅より徒歩5分)
 台東区東上野1-20-6 丸幸ビル2F(1Fがローソン)
 地図:http://www.mekongwatch.org/images/map.png
※会場の場所が少々わかりにくくなっております。地図をよくご確認の上お越しください。
■参加費無料
■参加申込:事前にご連絡下さい。お申込みの際には、お名前、ご所属、緊急連絡先、メコン・ウォッチ会員の方はその旨もお伝えください。定員25名(先着順)。定員を超えた場合のみ、こちらからお断りの連絡をさせていただきます。
■申し込み・問い合わせ:(特活)メコン・ウォッチ(担当:木口、木村)
 Tel: 03-3832-5034 Fax: 03-3832-5039
 Eメール: event@mekongwatch.org
 Website: http://www.mekongwatch.org

【上映作品】
「洪水が引いたあと」(原題:"When the floods recede") 55分
 監督 Peter Degen, Pocho Alvarez
 制作 Peter Degen, Peter Swift

 カンボジアには「水のあるところには魚がいる」ということわざがあります。人々は季節によって溢れかえる水の中で暮らしていますが、「洪水」は人々に豊かな漁業資源をもたらすものでもあるのです。
 上映作品は、トンレサップ湖周辺を中心に、漁業や人びとの生活の風景を生き生きと鮮やかに描いています。特にさまざまな形の漁具を使って魚を捕る風景や、農民が牛車を連ね、プラホックという魚の発酵食品を作りに水辺に向かう映像は一見の価値があります。しかし、このような生活も近年の様々な社会変化により変容を強いられており、住民は過酷な現実に直面しています。
 制作者のPeter Degen氏はメコン河委員会漁業プログラムの元職員であり、現在もカンボジアで漁業の専門家として活躍しています。Degen氏の深い洞察と美しい映像、住民の語りをお楽しみください(カンボジア語・英語、一部英語字幕つき。音声には多少雑音が入ります。)

■メコン・ウォッチには活動の中で収集した映像資料や、プロジェクトで制作したドキュメンタリーなどの蓄積があります。人々の暮らしを紹介したもの、社会・環境問題を取り上げた作品、研究機関の制作した資料など、作られた背景や内容、視点は様々です。これらは商業ベースにのる可能性が低く、一般の方の目に触れる機会はほとんどありません。メコン圏への理解を深めていただくため、これらの資料を生かして定期的に鑑賞会を開催していきます。

※この会では、上映作品の選定・準備のお手伝いをしてくださるボランティアを募集しています。月に2回ほど事務所に集まっていただけることが条件です。ご関心の方はメコン・ウォッチまでご連絡ください。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

18. September 08

【映画】井口昇監督 『片腕マシンガール』 (2008年)

Photo_3    ヤクザ一家に家族や友人を皆殺しにされた少女が,マン・マシーンとなって敵どもを豪快に処刑していく『キルビル』みたいなカッコ良い映画。
 脚本・監督を務める井口昇は,長らくAV業界でキャリアを積んできたつわものである。その昔は,にっかつロマンポルノの現場から,優れた映画人を輩出していったように,現在はアダルト業界からも異色のクリエイターが生まれてくる時代である。また一方で,アダルト作品の制作の現場にも,一級のクリエイターが集まることも珍しいことではない。例えば,海外でも評価が高かった前田俊夫原作のアニメ『超神伝説うろつき童子』の制作スタッフなどがそうで,特に作画スタッフには日本アニメの世界で数々の実績を積んできたクリエイターたちが集まり,第1作から音楽を手懸けている天野正道も,現代音楽や吹奏楽の分野で非常に高く評価を受けているわが国を代表する現代作曲家のひとりである。また,アダルトレーベルで有名なKUKI(九鬼)のスタッフの中にも,昔から暗黒舞踏や現代アートに興味を持っている人もいて,そんな噂を聞きつけて,だいぶ前になるが私もKUKIの制作現場を訪ねたことがある。
 当時(1990年初頭)はちょうど,現代アートのジャンルにインタラクティブ(双方向性)やヴァーチャル(仮想現実)という新しいインスタレーションの概念が台頭してきた頃で,ネットがまだ無かったあの時代では,誰もがそのような事を簡単に出来るわけでもなく,その表現スキルは目新しい表現としてもてはやされた。しかしすでにゲーム業界などではこのインタラクティブや特にヴァーチャルという概念は,技術的にも現代アートとは比較にならないほどはるかに進んでいて,その中でも新しい試みを牽引していたのは,間違いなくアダルトゲーム業界である。当時私がKUKIのスタッフルームで見せてもらったのは,パソコンのマウスの動きに連動して画面の中の男性の下半身が動くという極めてシンプルなシステムのものであった。これを体験した時の印象は,世間一般でいうところの卑猥なもの,あるいはいかがわしいものというよりも,例えば,メディアを介して分断された有機端末としての身体の在り様を突き付けられた感じである。そしてマニュピレータの役割を担うマウスをつかんだ瞬間に,自分と,それから画面の中に存在する仮想の身体が一つにつながり,ついには身体の境界が曖昧になっていく。こういった身体感覚は,日常で普通に暮らしているだけではなかなか感じることはできない。これはまさにクリエイターの創造の産物であり,アダルト作品の制作スタッフが常にこんな面白いことを考えていることに,私は非常に新鮮な感覚を得たのを覚えている。
 彼らに共通して言えることは,飽くなき新たな身体性の追求である。仮想の世界で新たな身体を創ることであり,それが芸術表現であるのか否かの問題ではない。
 こういう状況の現場を実際に見てきた私にとっては,井口昇という一人の映画クリエイターがAV業界出身であっても,何ら驚かない。むしろ,そこでどのような身体表現を培ってきたのかに興味がわく。
 『片腕マシンガール』もまさにそんな作品である。この映画は全編を通して,日常生活を送っている人間の想像をはるかに超えた,あらゆるパターンの外傷性侵襲に見舞われた身体を体感することができる。主人公のアミの左腕が煮えたぎった油で天婦羅に揚げられたり,背後から包丁でさされた人間の喉から血液とともに未消化の胃の内容物が吐き出されるシーンなど,斬新な猟奇的表現が実に多い。これらの画面から伝わる鈍痛,穿孔痛,圧迫痛,刺激痛などを想像しているうちに,人間の身体とは別の見方をすれば,身体各部に高性能のセンサーをネットワークさせた有機端末でもあることがわかってくる。そしてその有機端末が壊れる瞬間,つまり死ぬ瞬間に起こる,まるでケンシロウに経絡秘孔を突かれた時のような無機質な脊髄反射が時に滑稽にうつるのである。
 この作品を見て,このようなある意味,身体というものを突き放して遊べる感覚に陥るのには理由がある。それは惜しみないスプラッター・シーンや身体崩壊シーンが続出するにもかかわらず,その「場」の空気というか,例えばコンクリートの廃墟があったり,いかにも今日的なニュータウンの核家族や,人の気配がまったくない寂れた北関東のようなロケーションが,実に乾いた空気を作り出しているからである。本来ならばもっと湿度の高い空間でこそ,このような作品の生々しさやエロスは伝わってくるものだが,あえてそれをやらずにクールな空間におさめたことに,この作品の明るさと楽しさがある。
 キャラクターもとても魅力的で印象に残る人たちばかりである。その中でもやはり良い味を出しているのは,町工場で働く善良なスグルさんだ。彼はヤクザ一味の抗争に巻き込まれるまでは,妻とともに小さな町工場を細々と経営し,一人娘とともにつつましく暮らしてきたような人だ。その彼が娘を殺されたことを機に,静かに復讐の炎を燃やしていく複線が,のちに拍手喝采でもって現れる怒涛のカタルシスを補強しているのである。
 いつもは都会の片隅でひっそりと生きている小市民のスグルさんが,娘の死を機に復讐を決意し,ただ黙々と工場の片隅で必殺兵器を作っている姿を見るにつけ,その兵器が一発目の咆哮をあげる瞬間が非常に待ち遠しい。このような気持ちになったのは,塚本晋也監督の『バレットバレエ』以来である。しかもここに至るまでに随所に古き良き日活時代を思わせる人情的シークエンスが散りばめられている。それゆえに,これから始まる残忍な処刑さえも,興奮と拍手のうちに共感を得る仕組みになっているのだ。まさに,我慢に我慢を重ねて耐えてきた状況から,ついに“やっちまいな!”という場面が訪れるのである。
 善良なスグルさんが作った必殺兵器とは,非常に殺傷能力が高い身体装着型のマシンガンとチェーンソーである。それは自分の命と引き替えにアミと妻のミキに託される。そしてそれはヤクザのリンチで片腕を切り落とされたアミの身体と一体化して最初の咆哮をあげるのである。切り落とされた片腕の代わりにマシンガンという新たな身体を獲得したアミは,狩りを楽しむプレデターのように敏捷に動き回ったかと思えば,サイコガンを持ったコブラのようにヤクザのボスの前で仁王立ちしてマシンガンを構える。この復讐のマン・マシーン化したアミのえじきになったヤクザたちは,ワルに相応しい最もむごい死に方をしていくのでカタルシス倍増なのである。
 この物語でもうひとつ面白いところが,アミのマシンガンに対抗して,非常にローテクな殺戮武器がでてくるところだ。これらの武器はマシンガンやチェーンソーほどの殺傷能力はなく愚鈍な印象なのだが,これがワルたちの手にかかると実に生々しく邪悪になる。スグルさんの妻のミキの脚を食い千切ったのも鉄で出来た虎ばさみのような武器である。ワルたちの手にする武器の数々は,「投げる」「振り回す」「突き刺す」「叩きつける」といった古代ギリシャ時代の兵士の野蛮な武器の面影がある。アミのマシンガンやミキのチェーンソーが失った身体の一部だとしたら,ワルたちが繰り出すローテク武器は,人間の原初的な暴力性をその行為で象徴的に表したものである。
 人類が初めて手にした武器が「石」であったように,あの時代から人間の考える残虐な行為の数々は今も同じである。このような武器の中で,唯一アミのマシンガンに対抗できそうなのはヤクザのボス・木村の妻スミレが両胸に装着した乳輪様のドリルである。これを男性が装着するとすれば,塚本晋也監督の『鉄男』と同様に擬似的男根として局部に装着されるのだろう。どうやらこれは男性諸兄の,いわゆる永遠の“男のロマン”であるらしい。
 実はこの武器こそが,これはアミやミキがマン・マシーンとなって装着する兵器と唯一互角に戦えそうなのだが,前者は死んでいった身内の怨念や失った自分の身体を補遺する身体の一部であるという執念が宿っている。スミレのドリルが敗れた原因の理由を探せば,死者の怨念とそれを弔う者の執念が宿った兵器には勝てなかったということではないだろうか。
 それから,上映中に非常に象徴的だったのは,続々と登場するワルたちの処刑シーンに,会場から拍手や歓声が巻き起こったことである。この事態は,私が足を運んだシアターだけの特有のものなのか,それとも全国的にこのようなことが起こっているのかは定かではないが,日本のシアターでこのような光景を見たのは初めてなので,こちらの方も新鮮であった。
 近年このような作品は,わが国で猟奇事件が起こるたびに批判の対象とされてきた。そのたびに,どうみてもアートが何たるかを微塵も理解していないような社会学者や多少左翼がかった精神科医たちは,たちまちこのような作品に病根を求めようとしてきたわけだが,それはいささかナンセンスな考えである。ホラーやスプラッターというものは本来,辛気臭い空間で一人楽しむものではなく,こうやって大勢で盛り上がってカタルシスを感じながら楽しめるものであり,われわれはその健全性の中に,クリエイターの表現に内在する猟奇性をエンターテインメントとして味わうのである。

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

11. September 08

【コラム】麻生太郎の内科身体的修辞法(自由民主党総裁選)  

Photo_4  私のように,芸術や学問の世界にどっぷりと浸かっていると,とかく世間の物事には疎くなってしまうのだが,さすがに今華々しく展開されている自民党の総裁選については,いろいろなニュースがこちらにも入ってくる。昨日総裁候補が5氏出揃い,各局報道番組では総裁候補の皆さんが一堂に出演され,それぞれ自分の得意分野を活かしながら次期政権での政策を述べられていた。内容が非常に明快であったのは麻生氏と石破氏である。与謝野氏の経済政策の話も聞く価値ありだが,マクロ経済についてはまだまだ勉強不足の私には,少々ハードルが高かったようだ。その中で特に内容が面白かったのは麻生氏だ。もちろんこれは政治的論点からではなく,あくまでも美学的論点から麻生氏が面白かったのである。
 ということで,今日は,自民党総裁選にちなみ,あえて美学的論点からなぜ麻生氏の話が面白かったのかを考察する。
 
福田氏が辞意を表明して総裁選の流れになった時から,私はたびたび麻生氏の経済政策に関する発言を耳にしてきたが,例えば,心臓がバクバクいっている状態の人に無理をやらせるのはいかがなものかなど,とかく国家を人間の身体に例えた発言がいつも印象に残っていた。
 
昨日の共同記者会見でも,改革には当然痛みは伴う。だから痛み止めもリンゲル注射も必要という言葉まで飛び出した。これは構造改革によってしわ寄せがきた地方都市に対しては,個別になんらかのフォローが必要であることを言っているのがわかる。リンゲル注射の意味も,麻生氏は,痛み止めを処方した後,栄養を与えるという意図で使われていたが,私はむしろこれを,「経済の循環改善と補正」というふうにとらえた。それはさながらアシドーシスやアルカローシスのように電解質異常をきたしてバランスを失った血漿(経済)を,時間をかけて修正していく行為に符号する。つまり,1号液で静脈確保をしつつ循環改善をしたのち,3号液などで体液平衡の補正をゆっくりと行っていくという,Dr.ギャンブル流の定石のパターンである。そこのところが,麻生氏が掲げる財政立て直し策と偶然にも身体的に符合してくるところが実に面白かった。
 
それからとても興味深かったのが,麻生氏の口から今ではほとんど聞かなくなったリンゲル注射という懐かしい響きの言葉がでてきたことである。この言葉は,戦前,戦中,戦後初期,つまりわが国近代ではたしかに生きていた言葉だ。この時代は現在とは違って点滴に適用される輸液剤も種類が極めて少なく,生理食塩水,リンゲル液,低濃度のブトウ糖液しかなかった。60年代入ると,東大小児科の高津忠夫らによって現在のような多電解質液が開発されていくが,麻生氏が子供時代だった頃は,確かにリンゲル注射しかなかったのである。そしてそれが,時には起死回生の切り札として象徴的な役割を担ってきたのは事実であり,例えば遠藤周作の文学作品などにも登場するその強い象徴性は,わが国の近代医学が背負ってきた光と影を同時に表している。そして,麻生氏の口から出るリンゲル注射という言葉には,懐かしさとともに,どこかわが国が,近代から戦後の産業立国へと立ちあがっていった時の時代の手触りのようなものを感じるのである。つまり,かつてのトヨタや松下のようなものだ。これらの企業が世界と戦える優れた国産製品を開発していたころ,舶来品であったリンゲル注射も,「ソリタ-Tシリーズ」として優れた国産品として生まれ変っていったのである。
 
麻生氏の言葉が面白いのは,その言葉の背景に,近代日本がここまで歩んできた「骨格」のようなものが見えるからである。リンゲル注射は,その一つの例だ。おかげで今日は,麻生氏の言葉に思わず,わが国における輸液近代史まで頭の中で振り返ってしまった一日であった。戦後60年がすぎて,ここまで疲弊してしまった「日本」という身体を,果たしてDr.ギャンブルのように治療することができるか,お手並み拝見といったところだ。

| | Kommentare (0) | TrackBack (1)

08. September 08

【アート】澤田政廣記念美術館(静岡県熱海市)~人間の身体内部を想起させる,“呼吸”し,そして“代謝”する空間~

1_2
 近年のわが国の美術館建築は,ポストモダニズムに即した非常にニュートラルで清廉な空間が多い。ややもするとこれが今日の美術館建築のスタンダードであると認識せざるを得ない感じではあるが,それとはまったくと言っていいほど対照的な建築構造を持つ美術館にも時たま巡り合うこともある。それらはやはり個人の作家の作品を収蔵したテーマ美術館であることが多い。
 静岡県熱海市にある澤田政廣記念美術館もその一つである。ここにはわが国近代具象彫刻の草分けである澤田政廣の戦前からの貴重な作品が収蔵されている。
 私などがわが国の近代美術の歴史を振り返る時,プロレタリアを基軸とした一連の戦前昭和の前衛芸術の面白さに目をひかれてしまいがちだが,この時期に高村光雲らの系譜を継ぐ伝統的な木彫と,西洋のモダニズムの狭間で,まさに孤高の領域で多くの作品を制作した澤田の作品の中にも,戦前,戦中,戦後を横断したわが国の近代美術の源流を見ることができる。
 例えば,1941年,つまり日米開戦の年に制作された「神通」という作品は,当時の日本人たちの高揚する思いが,その天空を浮揚するようなフォルムからもうかがえる。そうかと思えば,壁にレリーフとして展示されている「産業戦士」という作品は,ギリシャ時代のグラディエーターが斧を振りかざす背景に,工場の煙突から煙が上がっている様子は,当時,河辺昌久,村山和義らといった洋画家達によるムーブメントであった構成主義的なプロレタリアートの要素ものぞかせている。
 享年93歳であった澤田が生きた時代は激動の時代であり,その時代とともに産み出されていった芸術は,まさに多面体であると言っていい。その澤田の作品を収めたこの美術館も,身体内部のように有機的に入りくんだ複雑な構造である。
 澤田政廣記念美術館は,JR伊東線 「来宮」にある熱海梅園を流れる初川支流沿いの丘の上に立っている。まず美術館入り口の自動ドアには実に象徴的なフォルムのレリーフ様の装飾がなされ,若干細長い入口をくぐり抜けるとエントランスホールが開けている構造である。展示室に入ると誰でも最初に目につくのは,その壁面である。まるで絨毯の繊維のような苔状のものが全ての壁面に生えている。生えているという表現は少し変だが,これを実際に見た人にとっては,この“生えている”という表現がもっともふさわしいことがわかるであろう。この得体の知れない苔のようなものの正体は,この美術館の内装について詳しく書かれた月刊 『建築仕上技術』 という建築専門誌の151号(1988年2月)の「熱海市立澤田政廣記念館──その内外装仕上げについて──」と題した論文を読めば明らかである。
 ここの美術館を訪れた人の多くが不思議に思っていたその苔のようなものの正体とは,実はナイロン繊維でできた人工苔なのである。この人工苔を全ての壁面にコンプレッサーで静電植毛することによって,あの不思議な空間ができていたのだ。ありがたいことに,この人工苔が植毛された壁面は自由に手で触れることができる。美術館の手すりなどがところどころ禿げているのは,来場者によって触れられた跡である。しかもこのナイロンの人工苔は,この不思議な美観だけではなく,実際に防湿効果,保温効果,防音効果をもたらしているというから驚きである。まるで生きた身体内部組織のように代謝しているのである。宛ら子宮体部や消化管粘膜の絨毛組織といったところだ。
Photo_4   こればかりではない,ここの美術館に感じる独特の有機的な空気は,その構造にも理由がありそうだ。月刊 『建築仕上技術』 に掲載されている美術館の平面図を見ると,それが成人女性の子宮の断面図と非常によく似ているのである。つまり,まず美術館の入り口からエントランスにかけての細い通路は膣口から子宮膣部に相当し,左側の第一展示室と右側の第二展示室の角が子宮頚部である。そして子宮口に相当する蓮華の部屋を進んでいくと,その奥には子宮体部が広がっているという構造である。この点を考えると,壁面に植毛されたナイロン繊維の人工苔も,あたかも子宮体部の絨毛組織に思えてくるから不思議だ。しかも時折,美術館の来場者がこの“子宮体部”の空間で休憩をとり寛いでいたりする。
 熱海梅園内にあるこの美術館は,普段から熱海市民の散歩コースになっているようで,入館料も310円と安いせいか,散歩の休憩スポットとして訪れる人も多いそうである。そういう人たちも違和感なく受け入れてしまうこの空間は,まさに“母体”というのにふさわしいのかもしれない。その思いは,この建物から外へ出る時にも感じられる。採光はステンドグラスを利用するなどして最小限に留め,少し暗めの落ち着いた空間から外へ出る時に,入口の自動ドアが開いた瞬間に外界の光が一気に目に入ってくる様子は,まるで母体からこの世界に産まれ落ちる瞬間をも想起させる。これが偶然の産物なのか否かは定かではないが,間違いなくこの空間は,人間の身体内部のように呼吸し,代謝していることは間違いない。それは日頃の喧騒の中で失われがちなわれわれの五感や身体性を回復する装置としてもはたらいているのだ。

 

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

05. September 08

【シンポジウム】「<ひと>を守る――日本の精神医療と制度を使った精神療法」(京大会館)

【シンポジウム要旨】
 病を癒すには、まず医療をめぐる環境を癒してからでなければならない――――。度重なる医療改革や病院機能評価によって、ますます硬直しつつある現在
の医療・社会システムに風穴をあけ、<人>が癒える場所を取り戻すために何が可能なのか。医療実務者と思想研究者が相集って議論することが、今こそ求められている。(『医療環境を変える――制度を使った精神療法の実践と思想』、京都大学学術出版会、20089月刊より)

日時:2008920日(土)午後2時から午後5時まで

場所:京大会館2階 210号室(参加無料)

発言予定者:精神科医師  菅原 道哉(元東邦大学、恵友会)

        精神科医師  和田 央(京都府立洛南病院)

        精神科看護師 吉浜 文洋(神奈川県立保健福祉大学)

        思想研究者  合田 正人(明治大学)

        精神科医師  三脇 康生(仁愛大学)

                           ほか

主催:科研プロジェクト「ひと概念の再構築をめざして――人文科学・医療・アートをつなぐ問いかけ」

(京都大学大学院 人間・環境学研究科/多賀 茂)

問い合わせ:s.taga@hy5.ecs.kyoto-u.ac.jp

| | Kommentare (0) | TrackBack (0)

« August 2008 | Start | Oktober 2008 »