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06. August 08

【コラム】 「水曜スペシャル川口浩探検隊シリーズにおける映像民俗学的考察」

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 1970年代にテレビ朝日系列の水曜スペシャル枠で放送していた探検隊シリーズが,最近DVDでリリースされている。これは『川口浩探検隊』といわれるもので,毎回南米,東南アジアのいわゆる未開とされる土地へ赴き,そこに生息されるとされる伝説上の生物や未知の部族についてフィールドワークするというものである。フィールドワークなどというと非常に学問的に聞こえるが,この番組はお笑いミュージシャンの嘉門達夫もネタにしているとおり,世間ではいわゆる“やらせ”番組の先駆けとして見られていた側面も大いにある。例えば,川口隊長以下探検隊が,番組が言うところの“人跡未踏”のジャングル地帯に入っていく時,必ず同行の撮影スタッフがアクシデントに巻き込まれる。この時たいていは,「あー!」とか「うぁぁぁぁー!」という絶叫が後ろの方から起こり,川口隊長が振り向くと,崖を滑り落ちたり,丸太の下敷きになったりしているスタッフがいたりする。かと思えば,川口隊長が突然足を止めて「危ない! 動くな!」と叫ぶ。一体何事かと思うと,今度は探検隊のメンバーの服にサソリや毒グモが着いていて,川口隊長がすかさずそれを退治するのである。こういった情景を見ていると,この番組をオンタイムで見ていた子供時代の私でも,“わざと転んだにきまっている”,“サソリや毒グモもスタッフが用意したものにきまっている”と思って見ていたものである。
 圧巻なのは,前出の嘉門達夫も歌にしている“上から降ってくる蛇”である。探検隊が洞窟や穴に潜入すると,どういうわけか蛇が頭上からたくさん落ちてくるのである。絶対にスタッフが上から落としているだろうという場面だ。もし今の時代にこのような番組でこんな演出めいたことをやったならば,他にハードなドキュメンタリー番組やまじめな歴史・民俗検証番組があるだけに,袋叩きにあっていただろう。しかし70年代のテレビ業界はもとより,番組視聴者たちも今よりもおおらかであったようだ。番組に対する苦情は毎回あるものの,番組自体は絶大な人気を誇っていたようで,次から次へと新しい探検ネタを繰り出してくる。われわれ視聴者も,それを承知で番組に突っ込みを入れながらも楽しんでいたように思う。
 探検隊シリーズでもう一つ欠かせないのは,未開の集落の部族たちとのニアミスである。番組上では“人跡未踏”の地であるから,これは歴史的にも大発見であり,本来ならばネイチャー誌にでも論文として投稿されてもいいぐらいのスクープである。戦前の多くの人類学的フィールドワークとは異なり,それを映像として記録しているのでなおさらである。しかし当たり前だがそのような事はなされたことはもちろん一度もない。
 探検隊シリーズでのお楽しみはこれだけではない。メインはやはり,毎回番組のタイトルでも登場する“謎の生物”たちである。「巨大怪蛇ゴーグ」,「魔獣バラナーゴ」,「怪鳥ギャロン」,「古代恐竜魚ガーギラス」と,皆それぞれこの世のものとは思えない凄い名前が付いている。しかし残念ながら,その姿を番組でお目にかかったことは遂に一度もなかった。集落の長老から話を聞いたり,足跡のようなものを見つけたり,あるいは鳴き声だけの録画に成功したりと断片的であり,一向にその本体を表わさない。番組の最後ではなんとなくそうなるのは分かっているのだが,いつも騙されて最後まで見てしまう。このような番組を,昔は一応一介のドキュメンタリーのようなものとして放送していたのだから,なんともおおらかな時代である。
 しかし一度だけ,川口隊長が本当にピラニアに指を食いちぎられたことがある。この時にはさすがにテレビの前で凍りついた人もいたであろう。探検隊シリーズという,いわば擬似ドキュメンタリーの中で,想定外のことが起こったからである。そしてそれを本当の事として番組で流したのである。私はこの時から少し,探検隊シリーズに対する見方が変わった。どのように変わったかというと,単に“やらせ番組”として見るのではなく,もっと異なった見方を見つけたのである。それは何かというと,これは“やらせ”に見せかけたメタ・フィクションであり,その余白やノイズの中に,実は“何か”があるということを凝視するということである。その“何か”というのは,けして外には出せないもののことである。つまり一つ例にあげれば,それは民俗的禁忌の類である。フィールドワークで一番恐ろしいのは,別にサソリでも毒蛇でもなく,実は民俗的禁忌に触れることである。昔の洋画で白人の探検家たちが未開の部族,所謂“人食い人種”に捕まり食べられてしまう,などという現代ではまさに滑稽な都市伝説のような話がしばしば登場したが,これはまさに未開の地で民俗的禁忌に踏み込んでしまった状況を,非常に分かりやすく描いているのである。
 その探検隊シリーズも現在は藤岡弘が隊長を引き継ぎ,番組がいくつか放送されている。これは以前のシリーズと比べて“やらせ”風味が大分減退したが,完全なドキュメンタリーといえるかどうかは微妙なところである。しかしここで私はあるドキュメンタリー作家の作品を見たことをきっかけに,そもそも完全なドキュメンタリーなんて存在するのか,という疑問に行きつくのである。その問題提起をしたのは佐藤真監督の『阿賀の記憶』という作品である。私は5月に日本映像民俗学の会の主催するプライベートな上映会でこれを見る機会を得た。(記事参照:http://ringer.cocolog-nifty.com/kunst_und_medizin/2008/06/post_619f.html
 『阿賀の記憶』は,阿賀野川流域の集落で暮らす人々の暮らしを記録したドキュメンタリー映画である。ここの集落では,わずかながらの漁業が生業としてあるだけで,高齢者だけが寄り添って生活している,所謂“限界集落”ともいえる場所である。そこに佐藤監督以下撮影スタッフが入り,一定期間そこで生活しながら集落での日常の出来事を記録するのである。そこで問題となってくるのは,この“日常の出来事”というくだりである。
 まず,カメラを向けられた集落民は,みな驚くほど饒舌に話す。中には家族に対する愚痴まで語り出す者もいる。川で舟に乗ってアユ漁をしている漁師も,カメラを向けられるととたんに“カメラ目線”で多少の演技がかった投網さばきを見せる。これらの映像はけして監督によって演出をつけられたものではない。しかしまったくの阿賀の日常であるかというと,そうでもない。つまり,本来は平穏に時が過ぎていくはずの日常の阿賀に,カメラと撮影隊という非日常が入り込んだことで,空気が変質したのである。カメラが回っていることで,被写体になった人は,あえて“日常”を演じるようになるのである。これはもちろん佐藤が意図的にやっていることなのだ。ようするに,ドキュメンタリー映画業界で長らく問題提起されていた,“日常空間を壊さない完全なるドキュメンタリーなど存在するのか”ということを映像という手段で表現したのだ。このような形でのアンチテーゼの提示方法について,佐藤は自著の中で,多少の悪意を込めてやっていることも告白している。この手法は前作の『阿賀に生きる』でも顕著である。例えば川舟の進水式のシーンがあるが,舟が進水して阿賀野川を下っていく時に,なんと本来そこに一番最初に乗るはずの船大工よりも先に,カメラを抱えた撮影隊が乗り込んでいるのである。この状況は,今まさに秘境探検へと赴く川口浩探検隊そのものだ。私はこのシーンを見た時に,何十年かぶりに探検隊シリーズのBGMまで頭の中で流れてしまったほどだ。
 佐藤真のこのような方法論の先に見えてくるのは何かというと,カメラという異物が入ってきた空間は,もはや日常ではなく,あくまでも日常的に振る舞われた演技的空間であるということである。例えばそれは,本来は伝承のために人々の生活の中に存在していた民俗芸能が,いつしか他者に見せるための観光産業へと変質していく様子とも似ている。ヒロシマの平和公園に行くと,そこで被爆体験を語ってくれる原爆語り部たちや,近年は多くは比較的文明的な生活をしているにもかかわらず,旧来の民族衣装で観光客の前に登場してくれるマサイ族などがそれであろう。
 こういったカメラの前における演技的空間を逆手にとって,“冒険バラエティ”ともいえる新たなジャンルを開拓したのが川口浩探検隊シリーズである。この番組は前述でも触れたとおり,ドキュメンタリーにおけるあらゆる問題を孕んでいる。しかし私が目下,もっとも関心があるのは,約束事としてある演技的空間の中で粗を探す行為ではなく,むしろその余白で起こった想定外の事である。つまり具体的にいうと,何らかの理由で放送できなかった部分である。それは多分に民俗的禁忌に触れる部分も含まれているに違いない。もしそれを見ることができれば,私の探検隊シリーズに対する映像民俗学的評価も多少は異なってくる。しかし,ディレクターズカット版DVDでも出ない限りそれが出来ないのがなんとも残念である。

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