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17. August 08

【名古屋芸術大学・芸術療法講座】2008年度 後期集中講座の準備 

 9月から始まる名古屋芸大・芸術療法講座の後期集中講義の準備を始めている。
 シラバスを見ての通りだが,昨年とは大幅な改編はない。その代わり昨年受講した学生からたいへんに要望の多かった映画・映像作品についても補足していくつもりである。
 名古屋芸大で行っている芸術療法講座の講義は,タイトルこそ「芸術療法」であるが,内容は「芸術療法」に限定したものではない。むしろ昨今の「芸術療法」周辺領域に対する問題提起を込めた内容であると自負している。その問題提起とは,昨今例えば「アート」と「癒し」(私は基本的に“癒し”という言葉を安易に使うのは嫌いだが)をいとも簡単に結びつけてしまう傾向などがあげられるだろう。それによって世間ではアウトサイダー・アートがその本質を理解されぬままもてはやされたり,擬似健康番組が量産されていく結果となる。その過程においてもっとも問題となるのは,人が「病む」という問題について深く考察する機会を得ぬまま,「癒し」の様式や結果だけを求めていくことである。それらの要因を生んでいる原因の一つに,医療現場に関わる者は,しばしば芸術についての体系的理解が不足していたり,また方法論としてアートをセラピーの現場に導入していくアーティストやクリエイターも医学概論として医学という学問をあまり理解しているわけでもないということがあげられる。この双方のコミュニケーションの希薄さが,「病」というものを互いに深く考察し,ケアの方向性を精密にデッサンしていくことへの困難性を生んでいる。

 本来,「アート」と「医療」,または「芸術」と「医学」はそんなに容易く結びつくものではない。だが,それらを横断する接点は必ず存在しているということを実感するためにも,私の講義では毎年,ギリシャ時代までさかのぼって西洋美術史と医学史を同時進行で横断しながら学生らに学ばせている。これは,芸術と医学の両極が,それぞれ「病」と「身体」について,歴史的にどう関わってきたのかを知るためである。
 例えば,「病」とは一体どこからやってきたのだろうか? 人類は歴史的に「病」とどう対峙してきたのだろうか? これらを深く考察することで,「癒し」よりもまず,「病」とは何なのか,ということを「医学」と「芸術」の2つの座標から考えることからスタートする。
 芸術大学で行う講義であるから,図版,動画といった視覚的資料を多様していくが,内容的には医学部で行う医学概論や医療人類学の講義に相当するものである。
 昨年は,古代ギリシャから現代までを,代表的な芸術作品と医学史年表で振り返ったが,今年は学生の要望の多かった映画,映像,ドキュメントフィルムなどを「現代の身体的表現」というカテゴリで補足していく。その中にはもちろん今日のクリエイターを目指している学生らが日頃の創作活動の中で大いに刺激を受けているであろうSFX映画やゲームなども含まれる。また,近代日本の「闇」の部分を非常に秀逸に描いてきた表現として,怪獣映画や怪奇映画などについても言及する。つまり今年はこれらのものをもって,「病」,「身体」,「表現病理」について学生らとともに考えていく内容にしたいと考えている。
 現在それらを含めた映像資料を鋭意編集中である。 

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