« 【アート】京橋・藍画廊,今年の12月に20年の京橋時代に幕を下ろす。~来年からは銀座で再スタートの予定~ | Start | 【試写会】『マシュー・バーニー:拘束ナシ』(映画美学校第2試写室) »

14. August 08

【コラム】点滴はやはりネオ・ゴジックホラー的アイテムなのだろうか?~『ハチワンダイバー』における“永久機械”としての清十郎と点滴装置~

 最近までフジテレビ系列の深夜枠で放送していた『ハチワンダイバー』は,演出もカット割りもカメラワークも,どれをとっても実に劇画的で,なかなか面白かった。このような表現を見ていると,実写とアニメの境界線は,ますます曖昧になってきたことがわかる。
 『ハチワンダイバー』は,タイトルだけを見ただけでは一体何のドラマか分らないが,これが将棋のドラマなのである。私は毎年名人戦だけは新宿西口広場や千駄ヶ谷の将棋会館まで,わざわざ大盤解説会に行くほどの将棋好きなので,知人のテレビ関係者から“今度深夜枠で将棋のドラマをやるらしいよ”と聞いて以来,ずっと放送を楽しみにしていた。将棋のドラマと聞いていたので,私はてっきり,以前に放送された故・村山九段のような実在の人物の伝記モノか,女流棋士を主人公にした物語,あるいはまったくの創作で,とんでもない技が繰り出される少年ジャンプ的対戦モノなのかとも想像したが,まさかこのようなドラマが来るとは予想していなかった。
 『ハチワンダイバー』の“ハチワン”とは,「81」のことで,将棋の駒を並べる枡の数,すなわち9×九=81を表している。そして“ダイバー”と唱っているのは,棋士がその局面に対峙した時,その局面の裏側,あるいは深層など,つまりあらゆる棋士たちがいろいろな比喩で述べてきた局面の次なる展開を模索するための心理的領域を,あたかも深層心理や,あるいは仏教思想で言うところの阿頼耶識という空間(海)へ潜る(ダイブする)という行為で表した言葉なのだろう。
 この“局面の深層に潜る”,という感覚が非常に興味深い。まるで攻殻機動隊のようである。実際に,100手まで先を読んでいるのではないかといわれる羽生さんの頭の中では,一体何がどのように展開されているのかをもし映像化できるなら,私も見てみたい。もしや電脳世界で将棋の駒を運ぶタチコマでもいるのではあるまいな。
 この『ハチワンダイバー』の中で奨励会を追われた真剣師たちで作る闇の組織「鬼将会」の総帥を怪演していたのが,劇団「第七病棟」の石橋蓮司である。加藤一二三九段のようにかがんた姿勢で車イスにこしかけて黒装束を身にまとい,眼光だけは異様に鋭いその風貌は,まさに悪魔に魂を売った人間の姿である。そしてこの男の背後には,異様な色をした輸液剤が充填された点滴の装置が架設され,それが時おり磔刑図のようにも見える。この男, 桐嶋清十郎の必殺技はあの羽生さんをも凌ぐ「千里眼」で,なんと1000手先まで局面を読めるのだ。このあたりが非常に劇画的で,その必殺技を繰り出す時に背後に架設された点滴の滴下液量を調節するクランプが全開にされ,その得体の知れない輸液剤が清十郎の体内に急速投与されていく。
 この光景を見ていて,点滴の器具や装置は,それが架設される空間や演出によって,実に邪悪で魅惑的なオブジェになり得ることをあらためて思いだした。その理由の一つは,本来は脱水改善,体液平衡補正の目的で開発された点滴(輸液)という技術が,今日ではカロリーコントロールにまで用途範囲が広がり,通常の静脈注射とは明らかに異なる大容量の薬剤投与というインパクトに,いつしか点滴=エネルギーチャージというようなイメージが一人歩きをして,それが一般的に定着していったからである。そのエネルギーチャージという要素の中には当然のことながらドーピングの要素も含まれる。またIVH(高カロリー輸液)のように,口から食物を摂取するのではなく静脈のみからエネルギーを摂取して生命を維持するという,近代ではなかった新たな身体性の様態が形成されたことも影響しているだろう。つまり,清十郎の身体は,点滴の容器の中に充填された万能の血液機械の循環によって,瀕死の病人どころか,悪魔に魂を売った不老不死の永久機械的身体にさえ見えてくるのである。このことが,例えば欧米の古典的名作フランケンシュタインなどをも想起させ,そこに携えられた様々な理化機器や医用機器などが,非常に邪悪で猟奇的な空間を作り出しているのである。

 点滴に使用する輸液剤のことを“血液機械”と書いたが,医療現場で医療的目的で使用される点滴の輸液剤は,実際にも機械のように極めて精密なものである。まず点滴の歴史を振り返ると,スコットランドの医師トーマス・ラッタがコレラ患者の静脈に直接電解質を投与して,その効果が医学史上初めて認められた後,シドニー・リンガーによって汎用生理的電解質液(リンゲル液)が発明されてから,点滴(輸液)の歴史は本格的にスタートした。その後ハルトマン,バトラー,ダロウ,ギャンブルといったアメリカの小児科医たちによって近代的な輸液の理論が確立されていくことになる。
 点滴(輸液)の歴史に登場する人物たちに小児科医が多いのは,自家中毒や軽度の発熱や嘔吐・下痢によっても容易に脱水症状を起こしてしまう乳幼児の治療現場で,これを速やかに改善するための医療技術が求められていたからである。因みにわが国で戦後になって近代的輸液理論を確立したのは当時東大小児科医局にいた高津忠夫である。高津は一時信州大学でも研究を重ね,この時に創製した「信大液」が,後の国産輸液剤の基礎となる「東大小児科1号液」(ソリタT-1号液)の前身である。そして高津ももちろん小児科医であった。
 これをみてもわかるとおり,まず点滴(輸液)の最初の目的が体液平衡,脱水改善であったことがわかる。その後,1970年代にアメリカのダドリックらにより高濃度の糖分やビタミン,脂肪などを含む輸液剤が臨床試験を経て開発され,今日のように術後のカロリーコントロールにも適用されるようになった。つまり,しばしば比喩雑じりで使われる“点滴=エネルギーチャージ”という概念の適用は,意外と新しいのである。またその概念が加わることによって,ヒト血漿の環境を人工的にトレースして生まれたリンゲル液よりもさらに,“代用血液”という概念が一般に広がったとも考えられる。

 では次に,なぜ怪奇小説や物語の中で,点滴(輸液)の器具や行為が猟奇的なるものとして脚色されていったのかを考えてみる。そうすると,まずそれは宗教的背景が原因のひとつであることに行きつく。
 例えばガリレオの例をみてもわかるとおり,キリスト教社会では宗教と科学はしばしば多くの対立を生んでいる。医師がその生贄になったことも珍しくない。そういった背景の中で,人間の体内に異物を入れることも,保守的な宗派によっては神への冒涜としても捉えられ,あまり好まれなかったのである。特にそれが液体であれば,それは即ち血液を連想させてしまうのである。だからかつてトーマス・ラッタが重症コレラ患者に対して行った静脈内への電解質持続注入の試みの後,ほぼ100年近くも静脈注射の歴史が滞っていたのも全く無関係とはいえない。当時の保守的なキリスト教社会では,同時に輸血も含めてタブーに抵触するおそれがあったのである。それゆえに,物語の中ではそれを歴史的背景にした対立項として,悪魔的,猟奇的装置として機能するのだ。
 かなり古い映画になるが,『レガシー』(1979年,イギリス・アメリカ合作)という怪奇映画も,それを非常によく描いていた。『レガシー』は,悪魔に魂を売った富豪の男が,自分の後継者を選ぶために,世界各地から名家出身の者たちを屋敷に呼び寄せ,そこで猟奇的な事件が連続して起こるというストーリーである。物語の設定も伝統的なキリスト教社会が残るロンドン郊外であり,物語の中核となる古い屋敷もフランケンシュタイン博士が棲んでいるようなゴシック様式の調度品が設えてある。ここの建物の中に実は隠し部屋があって,その隠し部屋とは,欧州のうす暗い森のようなゴシック様式とは相反する近代的医療設備が施された白亜の空間なのである。そこで悪魔との取り引きで不老不死の生命を得た男が横たわっており,その男の身体には点滴をはじめとする生命維持装置が装着されている。しかもその点滴の色が,清十郎の身体に装着されたそれと同様に,実際の医療現場ではあり得ないような異様な色をしており,この状況の得体の知れなさを強調しているのである。この状況の“肝”とは,不老不死という霊的な状況と近代医療が頂点で結びついているところにある。これは神学の立場からも医学の立場からも,同時にタブーに抵触しているわけだ。いわば「悪魔の方程式」を見てしまった瞬間である。
 『ハチワンダイバー』の清十郎の身体もまた,欧州の黒い森のようにどこまでも暗黒な精神世界と,それの支持体である“血液機械”としての点滴装置がドーピングという行為によってリンクしているところに,魅惑的な猟奇性を孕んでいるのである。清十郎の身体は,この「悪魔の方程式」のサークルの中にいる以上は不老不死の永久機械である。しかし,ひとたび人間としての「正気」や「情」を取り戻した時に,その結界が破られ,その身体も精神も滅びていくという運命にあるのだ。

|

« 【アート】京橋・藍画廊,今年の12月に20年の京橋時代に幕を下ろす。~来年からは銀座で再スタートの予定~ | Start | 【試写会】『マシュー・バーニー:拘束ナシ』(映画美学校第2試写室) »

コラム」カテゴリの記事

Kommentare

Kommentar schreiben



(Wird nicht angezeigt.)




TrackBack


Folgende Weblogs beziehen sich auf 【コラム】点滴はやはりネオ・ゴジックホラー的アイテムなのだろうか?~『ハチワンダイバー』における“永久機械”としての清十郎と点滴装置~:

» 宇宙家族ロビンソン [アメリカテレビ映画・テレビドラマ ふぉーえばー]
1997年、ロビンソン一家は、初の宇宙移民として、アルファ・ケンタウリのアルファ・セントリー星を目指して飛び立つ。 ところが、この宇宙移民計画を阻止しようと、環境測定ロボットB-9に宇宙船破壊プログラムを仕込もうとした某国スパイ(ザッカリー・スミス博士)がその作業に手間取り、宇宙船とともに発射されてしまう。... [mehr]

verlinkt am: 14. August 08 18:43 Uhr

« 【アート】京橋・藍画廊,今年の12月に20年の京橋時代に幕を下ろす。~来年からは銀座で再スタートの予定~ | Start | 【試写会】『マシュー・バーニー:拘束ナシ』(映画美学校第2試写室) »